北村 悠馬

黒と毒の中に埋もれる本性、直接触れて知ればきっと病み付きになるはず…。

そんな暴き甲斐のある、飄々とした猫っぽい新人声優(たまにお姉さんキャラの姓名判断士)。
実はアニメとゲーム関連が大好物。その辺を話題に出すと意外となつきやすかったりして……(笑)

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ぼくのかんがえたさいきょうのせかい awake

 ———。  起動フェーズ、ファイナルシークエンス……完了。 前任者からのメモリーデータインストール……完了。 ジャッジアドミニストレーティブオーソリティ……エンプティ。  パーソナルネーム:オメガ。駆動開始します。  一定の機械音を経た後、視界が開ける。事前に通知されていた通り、機能に異常は無い 現在の座標も三次元的に差異は無い。私が現在あるべき場所、室内である。「お目覚め、なのは見れば分かる。エラーも無さそうっちゃね、ああ何よりだ」 眼前の女性個体が私に言い放つ。長く緩やかな黒髪を掻き、若干乱れた白衣を着直しながら、元より眠たげとあった表情を更に疲労に歪ませ私の顔に無遠慮に触れた。「ここでキミが私に攻撃の一つでも加えてくれたら愉快なんだが、そんな気も無さそうだね。実につまらない」 この人は何を言っているのだろう。「さて。私が村上詩織だという事は分かるね?」 私の合成された頬を軽く摘みながらの問いに、首肯を返す。「ならもう他の確認も要らんな。付いて来たまえ、早く引き渡しを済ませよう」 村上詩織は私に背を向け、本当に早々に室外へと歩き出した。仕事人間であるのかとも考えられるが、ポケットに手を入れ煙草をふかしながら揺らめきを伴い歩く様を見せられると素直に肯定し難い。 地下の部屋より、正しく距離を保ちながら私も後に続く事数分。適度な発展を遂げている都市を遥か下にエレベーターで見ながら、過ぎて来た如何なる部屋より大きく重厚な扉の前へと辿り着いた。村上詩織が扉横の指紋・網膜認証を解除し、プシュリと音を立てて扉が左右にしまわれる。 と、更に現れた同じ大きさの木製の扉の中央を足蹴にし、私をその部屋の中へと招き入れた。それで良いのだろうか。確か入口のプレートは『社長室』となっていた筈なのだが。 1フロアの半分を占めているこの部屋には、飾り気というものが全く無かった。中央に客対応用のテーブルとソファ、壁代わりの窓前に執務机、隅に申し訳程度の茶器が備えられている以外は剥き出しのセラミックグレーな壁と床のままである。この部屋の主、ひいては私の主の性格が垣間見えるようで安心だ。 安心だ、などと私が感じている事自体が滑稽と言えるのだろうけれど。「シャッチョサンシャッチョサン、お待たせしましたよ」 村上詩織が部屋の奥へと調子外れな声を飛ばす。記載が無いが、この人間は一体この組織の中でどのような立場なのだろう。目覚めてここに至るまでに限ってもそれなりの暴挙———奔放さが認められるが。 そのような事には全く触れる気配の無いその人は、世界を見下ろせるかのような窓際から一歩だけこちらへと振り返ると、静かな、しかし厳かな強さのある声でこちらに言い放つ。「扉を蹴り開けるなと何度言えばその脳に刻まれるのだ」 別に認められてはいなかったらしい。  金銭的な処罰を口にされ「げ」と言いながら自分の端末を弄る村上詩織をよそに、主は私の前に後ろ手を組んだ背を美麗に伸ばして立った。「先代同様いや、それ以上の働きを期待している。何せ我が社の最新ギアだ。最前線で、それこそ我が社の顔として、全世界へ誇れるよう励め」「はい。歯車の最後の一つが滅ぶまで」 祝いや労いの言葉がある訳でも無い、支配者然たる態度への返し。しかし、これが決して形骸的な物だけでない事を、私は記(し)っている。 人間で言う初老の一般的概念に全く該当しない主は、やや黒みがかった隆々たる身体を垂直に保ったまま幾らかの業務的会話を私と続ける。近くで聞くと更に声の張りが凄まじい。70デシベル程度はあるのではないか。私でなければ一般会話すら公害認定されるかもしれない、恐るべき人間である。 無論、この声量のみで人の上に立っている訳ではない。ノーベル物理学賞を45歳にして授された確かな技術力と発想力、そしてマネタイズの手腕があってこそ。人望は……どうだろう。先代の記憶ではそこまで詳細なデータは無い。何せほぼ主以外と関わりが無かったのだし。 それは以後の業務において私が判別し、資料化しておけば良いだろう。うん。「いや~、そんな機会も機械も無いんじゃないかなぁ~?」 唐突に村上詩織が会話を遮る。あまりに唐突過ぎて主も僅かに面喰ったようだ。それはそうだろう、発言が意味不明だ。「いやさ、製作者として創造物の意図を汲み取っただけさね」 この人は技術者なのかエスパーなのかどっちだろう。社長室で煙草ふかして。「私はただの良い女だよ。それはそうと、キミは微妙に自分の役割をまだ把握し切れていないようだね。社長、何故そこを初めに言わないのかな?」「村上よ、お前はあれか。好物は最初に食べるタイプか。ならば相容れんな」「すいません私ビーガンなもんで順番もくそも」「菜食主義だろうがその中に優劣があろう」「じゃあスムージーだけで生きてるって事でいいです」 いよいよ何の会話なのか私にも推し量れない。 この妙な流れを切るように主は咳払いを一つ入れ、「オメガよ、私がお前の主であるのは今日までだ」「本日邂逅したのに、ですか」 専属従事契約解除には最低でも10日の猶予が必要だと法で定められている筈なのですが。何と言いましたか、確か自律型駆動機械雇用均等法、とか言うので。 主は微かに瞳と口の端に茶目っ気を入れて私に返す。「なに、別に貴様が用済みになったという訳ではない。でなければ先に業務指示など出す筈が無かろうが」「左様でございましたか」 おかしいです。私これでも我が社の最新AIを積んでいる筈なのですが、この人の意図が全く理解出来ません。先代はいったいどうこの人と仕事していたのでしょう。 そもそも、このある種反社会勢力の首領に間違われそうな外見をしている人間がトップに立つ我が社が、企業・個人向けの従事・介護ヒューマノイドの生産と派遣を一手に担っているという事が微妙にまだ信じられない気がするのです。いえ、データ上は事実ですし何ならシェア88%という数字もあるのですが、人間で言うところのギャップと言うか皮肉と言うか、そういった理由で。「別にこのマフィアのボスめいた爺さんが、目を輝かせてキミらを手ずから現場で作っている訳ではないのだがね。ましてや頬擦りでもしようものなら私でも吐く自信がある」 補足してくれるのは良いのですが、本当にこの女史は私の思考吹替ソフトでも持っているのではないですか。警戒度の基準を何段階か上げておきましょうか。 あと、流石に社長に対して無礼が過ぎる気がします。まだ私の主なんですけれど、現時点では。「それで、結局私は誰に仕え、何をすれば良いのでしょうか?」もう話の主導権だけはいただきましょう。有能ですから、私。こんな事をしても不興を買わないことは分かっています。そしてやはり、主は一切気分を害した様子は無く私にこう返しました。「孫だ」「……お孫さん、ですか」 一応確認しますが、我が社は平たく言えばお世話系ヒューマノイドの生産派遣会社です。 おっと私社長秘書からベビーシッター的な部署に配置換えですかね?確かつい先程最前線で広告塔として励むよう言われた気がしたのですが。それとも今後我が社はそちら路線を売りにしていく御予定が——「データにある筈だぞ~。社長のお孫さんは今15歳だ。メイド的な事は別の個体が既に長年やってくれてるさ」 あ、本当ですね。何故か顔写真は無いのですけれど。「孫が学生の間は念の為、社内にも存在は極力残さずにいたのだよ。いつ何時、孫に危険が及ぶやも知れんからな」 ただ社長という立場上、血縁の存在だけは何かしら示しておかねばならなかったという事ですか。顔に似合わず親バカ、もとい爺バカな事を言いますね。この強面。「自慢では無いが、孫は私に似て頭の出来が良くてね。既に会社の経理の一部を任せているくらいだ。おかげでその部においては17%無駄の改善が見られた」 いや自慢ですよねそれ。それに未成年が手を加えて改善される無駄とは、一体どこを切り捨てたのでしょうか。「それに私にもまだ教えてくれんが、大学留学の頃から何やら壮大な計画を立てていたようでな。正直、あの子の親ですらもう手が付けられん人脈も創り上げているらしい。いやはや、末恐ろしい孫だよ、はっはっは」 それは笑いごとなのでしょうか。 あと、お孫さんは既にそういう学歴の方でしたか。親御さんの話は出て来ませんが、主からすれば些事なのですかね、ご子息。この爺バカめ。「それで。私の業務はそのお孫さんの従者という事で間違い無いでしょうか」「うむ。基本はそれで間違い無い」 基本は、とは。「その……、孫のひた隠しにしている計画について探りも入れて欲しいと言うかな。少しで良いから情報を私に流して貰おうという事でだな、うむ……」 何やら赤くなった顔を背けて口籠っておりますが、強面の老人にそんな事をされても私にとってはただ聞き取り辛いだけなのでやめて欲しいのですけれど。 つまり、家族間の秘め事を探るのにわざわざ使われるわけですよね、私。一応最新のギア何ですけれどね、私。決してヒューマノイド尊厳を振りかざしている訳では無いですよ、ええ。「無論、優先されるのは孫のサポートだ。近い将来我が社の長となり、遠くない未来に人類の頂点に立つ存在を支える。それこそ、ヒューマノイドの存在意義にふさわしい事ではないかね?」 それはその通りなのでしょうが、随分な色眼鏡発言だと思うのですが。老眼鏡でなければいいですね、その色眼鏡。 それに、一つだけ確認しておかなければいけません。まだこの人が主である内に。「お孫さんの計画が人類にとっての悪であった場合でも、支える事が優先されますか?」 その問いに、主は緩み切った顔を元に正し、再びあの静かで深みのある声になって返した。「その時は貴様の判断において全力で阻止しろ。繁栄こそ人類の、我が社の命題であるのだから」  「私って別にさぁ、キミの秘書じゃないんだよねぇ。分かる?」「それはもう、痛い程に。特に太腿の辺りが」 社を出て移動中の車内。後部座席で膝枕をさせながら、腕を組みふんぞり返る人間というのを私は初めて見ました。愚痴付きで。交通はある程度自動制御されている世の中とは言え、村上詩織も一応人間なのですから安全装置くらい着用した方が良いとは思うのですが。いつ悪意を持って人間が突っ込んで来るとも限らないのですし。 社長からお孫さんの元へ私を送り届けるよう命令された時もそうでしたが、この人の顔は基本歪んでますね。造形の話では勿論ありませんよ?「ところで、村上様は主のお孫さんにお会いした事は?」「ん~。残念ながら、今キミの求める情報を教えてあげられそうにはないよ。そもそも、私はとっても真面目な仕事人間だもんで、権力だ経営だ政治だのにはノン関心の研究者オブ研究者。他人の事なんか知りもしないっちゃね」 ドヤ顔で私の顔に煙草をふかしながら言ってくれていますが、つまる所あなた友達いませんね?「何か失敬な事考えてくれてそうだが、腐れ縁とでも呼ぶべき男が私にもいるのだよ。ヒューマノイドに必ず継承データがあるように、人間も必ず何かしらに繋がっているものだ。まあ勿論、無駄なものは極力排除して来てはいるがね」「無駄、ですか」「上辺だけの有象無象との付き合いなど私のようなタイプには不要なだけだよ。勿論、その無駄にこそ価値を求める人間の方が大多数なのだろうが、それは生涯の大いなる目的を為そうとする者の思想ではない。仕える者ならば記録しておくといい。己の主が、為すべきを為す者かどうかを見定めるという事をね」「ヒューマノイドの私がそのような事をしても良いのでしょうか」 主を自ら見限らないとも限らないような事を、創造物が創造種をジャッジするような事を。 創造種であるところの創造主は、「まぁ良いんじゃないかな。少なくともキミは私が作った訳だし、インプットされたデータとして入れ知恵も活用したまえ、はっはっは」 そのような軽い笑いで済ませて良い話では無かったような気がしますが。あと流石に人の膝枕の上で煙草をふかそうとするのだけはやめましょう。灰が顔面に落ちますし。「……記録の片隅にだけ置いておきますね」 そうでないと、出会い頭に新たな主に失礼な視線とスキャナーを向けてしまいかねません。 特別描写するような事の無い静寂を車内でもうしばし過ごしてから、私達は目的地である都内でも有数な田舎町へと辿り着いた。あくまでも都内。まごう事無き都内。の、田舎町。 主曰く、お孫さんはそこそこ喧騒というものが嫌いらしい。自宅にいようが世界中の人間と会える時代、住居環境は最大限に大事だそうで。田園風景が残るような風景の中に、まるでそぐわない未来型邸宅がでででん。素材だけがメタリックな武家屋敷と言うか領主屋敷と言うか、防火防弾素材の薄白い塀に囲まれたそんな平屋である。 なお、山の中でも何でもないのにご近所と呼べる家屋は百メートル以上先であり、商店街と呼べるものに至っては車が必要な距離。新たな主は余程閑静な環境が好きか、人嫌いかのどちらかだろう。 身の丈の倍程度の高さ四方の門前で村上詩織と二人立っていると、センサーの起動音の後に重々しく扉が観音に開いた。私達の来訪は事前に伝わっていたらしい。「ほう、中は存外スッキリしているのだね。無駄に庭園でも広がっているのかと思ったが」 村上詩織の言うように、塀の中は外とは完全に別世界、全て同様の素材で囲まれているまさに未来型邸宅の範。塀に囲まれていたにも拘らず平屋だと分かっていたのはその1階層が単純に高かったからで、人によっては神殿と評したくなるかもしれない御宅だ。 そして門から数歩しかない玄関前で更に何かスキャニングをされると、徐に中から『お入りください』と若干無機質な女性の音声がした。「何だ、ここまで来てオープンはセルフなのかい。不思議な文化だな」そのボヤキに多少同意しながら、私は金属製の玄関扉を音を立てて引き開けた。 と同時に、激しく上体を後ろに反らす。そこに村上詩織がいないのは予め確認済み。 1秒後、私の首があった位置をこぶし大の鉄振り子が勢い良く通過して行った。往復した事を確認した後、弱くなった振り子を上体を起こしてキャッチする。手の中で僅かにミシッと言った気が。「…………わぁお」村上詩織の間の抜けた声が、静かに響いた。「本当に。この家の周辺の時代文化はどうなっているんかいねぇ、あっちゃこっちゃへ寄り道し過ぎじゃないかな。こんな某遺跡映画でしか見ないようなトラップを玄関に仕掛ける感性、100年位前に絶滅したかと思ったが」 その頃と言うと、西暦がまだ使われていた時代でしょうか。20世紀半ばと言ったところでしょうね。「しかし、よく初見で今のを回避出来たものだね。流石は私自慢の最新ギアだ」「いえ、普通に扉を開けた瞬間中で何かが外れた音がしたものですから」 重い金属扉の軋む音の影に隠れて、もう一つ。 私が止めて慣性を失った振り子は、ゆっくりと巻き上げられ天井に回収されて行った。このトラップの優しい所は、扉が重いおかげでそこを支点に楽に体を反らせるという点でしたね。 とは言え、普通かつ運動神経の鈍い人間だとこれを躱せたかどうかは疑問でしたが。「やっぱり、ウチのギア相手だとこのトラップは効果が薄かったか」唐突に、奥の曲がり廊下から声がした。「普通の客なら、今頃そこに寝転んでいる筈だったんだけどな」 そんな少々狂気じみた事を言いながら姿を現したのは、まだ骨格が成長しそうな少年。少し緩めに波を描く首筋までの黒髪が、壁に反射した照明のせいで無駄に艶めいている。上下黒いシンプルなシャツとパンツの素材はそんな事無いのに。「……。ひじきか?」 と、村上詩織が当人に届かない声量で口走った事は即座に私の記録からは消しておこう。誰の為にもならない。 何はともあれ、主よりも不遜な態度で私達を出迎えたこの人こそが、「問おう。お前が僕のパートナーか?」 ……私が確認するより先に聞かれてしまいました。「はい。パーソナルネーム:オメガ。これよりあなた様と契約させていただきます」 胸に右手を添え、会釈する。この相互確認で、我々の関係は今ここに結ばれました。簡単に聞こえるかもしれませんが、これで意外と複雑な法と意思に縛られているのですよ?口約束だろうが契約は契約です。会話は全て記録されてますし。「あとこちら。私の設計者、村上詩織様です」「ついでか、私は。まあ、どうも」 特に頭を下げたりもせず、村上詩織も私の新たな主に面通しを終える。主は主で私達を改めて観察しているような素振り。「次期社長。先に確認したいんだが、このトラップの原始さはわざとだな?」 え、まず確認する事がそれですか。「気になった事はとにかく確認したい性質でね」「嫌いじゃないな、その性格。その通りだよ。充分油断してただろ、ここに来るまで?」「ここまで風景に落差があればね、あるとしても誰だってもっとハイテクな撃退システムを期待するさ」 それこそ、塀の中が日本庭園だったら少しは、ほんの少しくらいはそんな原始的な可能性も過ったかもしれませんが。「まあ入ると良い。もうトラップは無いよ」そう言って、主は廊下の奥へと消えて行った。私も確認したかったんですが、玄関にトラップを仕掛けていたのは主がVIPだからですか?それともただの主の趣味なのでしょうか?「呼び方の件だけど」「は?」天井の8割が天窓になっていた明るく広大なリビングに入るや否や、主がそんな事を言い出した。「じーさんと同じなのはご免被るから、僕の呼び方は『マスター』で統一するように。そもそも主なんて呼び方はいまいち国内的だからな。僕の立場に合わない」「かしこまりました、マスター」 そもそも論を言えば、ヒューマノイドは国際規格なので別にその土地に合った言語体系をしてもらって一向に構いませんし、トランスレーターも最早誰もが持つ時代なので気にしなくても構わないと思うのですが。これもマスターの趣向という事で記録しておきましょう。「じゃあ、オメガの生みの親たる私は次期社長の事を何と呼べば良いのかな?」「好きに呼べば」「をい!」 マスターは村上詩織に興味が無いのでしょうか。「オメガは直接の契約関係だから気にしただけで、僕自身が誰からどう思われようと興味無いね。所詮人間の評価なんて多分に主観が入るもんだ、そんな精度の欠く物に一々僕は振り回されたくはない」 呼び方一つにそんな主張を聞かされるとは予測出来ませんでしたが、これもマスターの個性ですか。村上詩織は何だか顔が引き攣っていますが、これはどういった心境なのでしょうね。「今日は会社の引き継ぎって事で良いの?」「はい。現社長からはとにかく早々に行けと。こちら主要データです」 出社の際預かっていたメモリースティックを、胸の谷間部分から引っ張り出してマスターに手渡す。いえ、これはこうしろとの現社長からの指示だったもので、私自身にも何故こんな非効率的な行為を行うのか理解に苦しみます。現にマスターも5ミリ程メリッと眉頭が沈みましたし。「……まあ、今日という日に寄越したのは何も知らないじーさんなりの配慮か。無駄に演出好きなじーさんにしては地味だけど、今回ばかりは評価してやってもいっか」 主要データを雑にポケットに突っ込み、マスターは私達が来る前までいたのであろう中央のソファに座ってホログラムのPCを弄り出した。何か余程の優先事項があるようで、こちらには耳しか向いてない。「確認なんだが次期社長。今日は誕生日だったりするのかい?だとしたらコレは私からのプレゼントという事にして欲しいものだけども」「コレと言いながら私を指差さないでしただけませんか」 私の所有権は一応会社ですし。「何でそういう結論になる?」「誕生日の件だとするなら、祖父が微妙に疎遠っぽい孫に合わせて何かを急がせるならそれくらいしか思い付かないという事。プレゼントにしたい件だとするなら、そうすればもう一つおじーさんに別でプレゼントをねだれるという事だよ。今進めているそのプロジェクトに関しての押しの一手、みたいな部分でもね」 その瞬間、『こいつ一体どこまで知っているのだ……!?』、みたいな顔にマスターがなったりはしません。せいぜい、『おっと勘の良い奴かな』、程度のものでした。 マスターは別に村上詩織の意見を採用したりはせず、誕生日の件だけは素直に認めて作業を続けます。私もその情報だけは記録しておかねばと思いつつも、そろそろ手持無沙汰感が拭えず、せっかくなのでこの家の把握を試みておく。 30畳程度のリビング兼キッチンダイニング兼客間兼何かもうあれこれの開放的過ぎるこの空間。余計なインテリアは殆ど無く一見セキュリティが心配されるが、スキャンを賭けてみれば壁全体に複数のトラップが仕込まれています。何ですか、クレイモア地雷って。個人の家に仕掛けて良いレベルの物なんでしょうか。 それと、この家は上では無く下に広がって作られていたようですね。災害や防犯の意識からすれば確かにその方が効果的です。ここが爆心地にでもならない限りはシェルターにもなり得ると思われますので覚えておきましょう。 それにしても。何階建てなのでしょうか、この家。「あまり無駄に探ろうとはするなよ、対探知センサー用の設備もある階層からはある」 マスターが、作業を終えたのかPCを閉じながら警告なさいます。この時代の人間は勘が良過ぎやしませんか。「ヒューマノイドだろうが人間だろうが、思考パターンは行動を制限すればある程度絞れる。いかに自分の理想とした状態に周りを導けるかが人の上に立つ者に必要な技能だ」「立場はともかく、まあそういった事が出来る人間は確かに上には行き易いかもしれないな。単純に無駄な行動が減るし、生産性というものはどの分野にも付いて回る問題っちゃね。育成する手間が無い分ヒューマノイドの方が生産性に優れているというのはもう50年以上前から証明されている事さ」 私の知能に無い話が次々とご教授されて行きます。えっと、私は何か開発部門でも任される予定でもおありでしたっけ?「……それも、問題と言えば問題なんだろうけどな」 マスターがそんな事を呟いて立ち上がり、部屋の隅に備えられているエレベーターを無線で起動させながら私達を手招き。階段がありませんが、停電した時とか移動はどうするんでしょう。きっと自家発電システムがあるのでしょうが。 8人乗り程度のエレベーターに乗り込むと、マスターが指紋認証付きのボタンを押した上で備え付けのテンキ―にパスコードを打ち込んだ所で、ようやくエレベーターが重々しい音と共に稼働を始めました。家の造りの割に随分と旧式な機械を使っていますね。「ワイヤー滑車式のエレベーターはリニア式に比べるとメンテも楽だからな。用途が家の中メインなら尚更だ」「部品の製造も替えが簡単に利くからねぇ。リニア式はまだまだ製造出来る町工場も限られるから、経済にも貢献していて良いんじゃないのかな?」 そういう問題でしょうか。いえ切実な問題かもしれませんが精々1件の工場しか賄えませんよ1機のエレベーターでは。「あと、別の都合もある」 そう言って、マスターは黙って階層板を見つめます。 そういえば、随分深くまで降りて来ていませんか?居住空間にしては深すぎる気がしますけれど。「今から行くのはパイプラインだ」「「は?」」 さすがに私と村上詩織の声が重なりました。「寝起きするのは地下1階、2階が貯蔵庫、そこから下が……僕の世界だ」 何とも要領を得ない説明のまま、チンと到着の音が鳴ってエレベーターが止まりました。警告もあったのでスキャンはしていませんが体感では地下50mと言った所でしょうか。扉が開くとまだそこは狭い褐色の壁の通路でしたが、そこから更に10m程歩いた新緑の扉を開いた途端、ここがどこなのかを理解しました。直径15m程度の新円型の巨大通路。経年による影響の強い鉄褐色の壁面に這う大小問わない無数の配管。一歩踏み出す度に足音と吹き抜ける空気の反響が渡るどこからともなく続く直線の道。ここはかつて水害が起きた際の排水用に設計され、結局利用頻度も少なく廃棄された関東地方の中でも小規模な地下河川調水池トンネルのようです。私達が出て来たのはその側道に位置する場所だったんですね。エレベーターが旧式だったのもこの場所との都合でしたか、リニア式に対応する電圧がここでは取れませんし。「まるでドラマに出て来る犯罪組織のアジトみたいな風合いだぬん」「何てことを言いますか」 確かに人間の創作においてそのような描写が多いとは聞きますが。「まあ、別に地下組織であることに変わりは無いからその感想は正しいけど」トンネルの中央へと移動しながら、マスターは再び何やらPCを開き始める。上でしていた時よりも更に多くのディスプレイが中空に浮かび、まるで我々の視界かと錯覚するかのような多重配置にまで広がる。ハッカーなんでしょうか、マスターは。村上詩織の言う、仕えるべき資質を判断するに足る材料として良いのでしょうかね。「今から」 大した声量を出さなくともここでは広がるマスターの声が、血統を感じさせる重みを持って私達に届く。「僕の生涯を賭ける計画の核心を君達に見せる。そうすれば、特に説明せずとも僕が何なのかが分かるだろう。それを経て判断すると良い、僕という人間の器がこの世に存在して然るべきか否かという事を」 マスターの背後にこのトンネルを塞がんとするばかりの大きなディスプレイが浮かぶ。と同時に、この場所にあらゆる場所からの通信電波が降り注ぐ感覚がした。「それは、もし私だけでもヤベエと判断したらこの場で君を消し去っても構わないという事かな?」「やれるものならやってみるといい」 軽口に対して重い切り返しですね、マスター。「そして、一つこの間に考えておいて欲しい事がある」 マスターの、私達の前に、一つ、また一つと、青い小さなモニターが浮かんで行く。マスターの浮かべた巨大モニターに相対するようにその群衆の目は空間を埋め尽くし、情報の波濤として立ち塞がった。「人間という種のあるべき姿とは、何なのか」 その波濤の全てを受け止めんとするかの如く威風堂々とマスターはこの場で、文字通り世界中の人間の前に立ち始めていた。「……て言うか。私、ただの付き添いの筈だったんだけどな」「知らなかった頃には戻れませんね」 嘆息を受け流しつつ見た巨大モニターに映し出されたその言葉を、私は自身に刻み込むように呟く。「『バベル』……」   そこからの時間は、簡易に表せる程浅い中身ではありませんでした。また、記録に残していものでも無かった気がしたのでバックアップメモリ共々デリートしておきました。「それで。あれを見せて君は私達に——、私に何をして欲しいのかな?」 リビングに戻ってからの村上詩織のマスターへの態度はあれを経ても変わりませんね。更に言えば、若干口角がこれまでより上がっているように見えますが。「一応私は会社の人間であるのだし、オメガを巻き込む予定でいるなら技師としては報告せざるを得なくなっちゃうんだけどねぇ?」 威圧の籠った瞳を向けられてもマスターは表情を崩さずに、一仕事やり終えた後のコーヒーを嗜みながら。「いずれ僕が社長になるんだから構わないだろう」「そう来ますか。いやまあそうだろうけど、大人と女には責任ってものがありましてな」 そこに女を引き合いに出す必要がありますか。何ですか女の責任って、知らないんですけどそんなもの。軽口で変な事言うのやめませんか?「責任と言うなら、僕が一生面倒見るつもりだけど」「何だい、この唐突なプロポーズ的台詞は」「え。そんなつもりは」「無いだろうね、うん。けど一応気を付けておくといい、立場のある人間の発言は皆都合の良いように取ろうとするものだよ」 ただの社長が社員に向けた発言でさえこう聞こえるのですしね。「ただ。ぼくのかんがえたせかいに君達が欲しいのは間違ってはいないけど」 一ミリも表情を動かさず他人にそう言える人間とは希少なものではないのでしょうか。マスター、凄いですね。「……。ま、別に私は面白そうだから協力するのにやぶさかでは無いのだけれどね」「大人の責任はどうしました?」 あ、つい口に出してしまいました。「ふむ。ではその大人の責任として、次期社長に私からも一人優秀な人材をご紹介させて頂こうじゃないか」「「何故!?」」 あ、マスターとシンクロ率100%。喜ばしいですね、こんな事ですけれど。「裏切らぬよう人質を差し出してやろうと言っているんじゃないか。案ずるな、表向きはただの細マッチョかぶれだが、割とノリと面倒見が良い事は腐れ縁の私が保証しよう。人体実験にでも何にでも使うと良い」「案じなくともそんな予定は更々無いけどな」 どちらにせよこの人酷いですね。こんな人に造られた私、性格に不具合とか起こさないでしょうか。心配です。「あ。どーせなら、例の要になるプログラムの設計、私にも弄らせてみないか?言っちゃ悪いが、次期社長はガリ勉チックでまだエンタメ性というものの経験値は低かろう?折角やるなら誰もが楽しめるものにした方が物事は長続きしやすくなるものだぞ?」 この二人初対面ですよね?私もですけれど。「どうせ次期社長の事だ。私の事も最初から調べてあった上での今日だろう?私の可愛いオメガを使う税金のようなもので構わない、私にプログラムの根幹を弄らせろぉ!」 テンションが上がってますよ、落ち着いて下さいプログラマー。「……。……。僕の邪魔をしなければ、その能力を好きに発揮してくれて構わないぞ」 今結構葛藤がありましたよね、画面からの情報では流石にこういう所は予習出来ませんから。どんなに数字が優秀であれ。これだから人間という生き物は分かりません。 しかしそこはマスター。大事なのは核(コア)であるという事を忘れてはいませんね。「それでオメガ。お前は当然、僕の計画に。僕に従ってくれるよな?」 マスターの無垢で濁りの無い漆黒の双眸が、私を見ていた。私の設計には誤差一ミリも狂いはありませんし、今の所何の染みも汚れも私のボディには付いていませんよ、そんなまじまじと見た所で。「——先代もそうでしたが。私達はマスターの為に存在している前に、己が仕えるべき者と認めた上で契約を交わしているのです。マスターは、ご自身の事を何も疑わずお進み下さい。私はそれに何処までもお付き合い致しましょう」 少し前の、村上詩織の言葉が消し飛んでしまっている訳ではありません。そこはきちんと片隅にありますよ。嘘つきませんよ。 私の胸の中の駆動音が落ち着いた事を確認すると、マスターの中ではもうこの話題に関しての着地が済んだのか、微かに満足そうに自分でコーヒーを注ぎ直しに向かいました。その後何分経っても私達を放置したままであったので、許可を取った上でお暇させて頂く運びとなった訳であります。なお、特に見送りもトラップもありませんでした。「ともかくと、なかなかにぶっ飛んだ孫ちゃんのお眼鏡にも無事叶ったようで良かったな、オメガたん」「その呼び方は良くありませんが、良かったです」来た時に襲われた玄関扉を閉めて空を見上げてみれば、一面朱色。塀の中なのでまだ判断は完全には致しませんが、どう見ても夕暮れです。会社を出てから体内時計でも7時間程度は経過していますから、景色に頼らずとも時間帯は把握出来るのですが。「で。私とオメガでは親子に見えたりはしないだろうか?」「は?」 唐突に何を言い出すのですかこの人は。「私はまだ20歳そこそこなのだが、キミは半永久的にそのリクルートな外見だろう?今は私が美人のお嬢さんだから良いが、次期社長の計画が形になる頃……まあ10年位先か。その頃には私もヘソ出しに勇気の要るくびれ美人のお姉さんだ」 自称くびれ美人なのに出すのは躊躇するんですか。あと私は寸胴体型なのでどこも出てませんね。これはあなたのせいでしたか。「甚だ不快なんで、見知らぬ人が私らを見た時うっかり私に『素敵なお嬢さんですね~』などと言って来る輩がいないようしたいのだが、どうしたらいいと思う?」 んな事に私のOSの機能を割かせないでいただけませんか。 幾ら時代が進んだとはいえ、人間の寿命と老化の関係性がそれ程変わったとは思えませんが。それに外見がそこまで重要な事なのでしょうか、と言うのは簡単ですが、これも人間特有の何かなのでしょう。 と言うより。あなた私の生みの親なのですからそう言われても何も間違いが無いのではないでしょうか。「……。でしたら、ずっと姉妹と言い張ったら良いのではないですか」「成程。姉なら私が年上になっても問題無い訳だしね」 いえそうではなく、自己暗示と言いますかプラシーボ効果を利用した細胞保持作用狙いだったのですけれどもういいや。「現実的な解決策を提示するならば、研究者と言えど適度な運動を心掛けるべきかと」「いきなり地味な事を言い出したね。だが折角のご提言だ、早速今から実行に移すとしようではないか」 塀の門を出た所で、西日の差す光景と共にその現実を知る。「……ここから駅まで、舗装された道を歩いたら何キロだい?」「15km、という所でしょうかね」 邸宅からの機密保持用の妨害電波か何かの影響で強制退場させられた社用車と運転手ヒューマノイドに置いて行かれた私達が会社に戻ることが出来たのは、理科系縛りしりとりのネタが尽きかけていた、日の出が小さなマンションの上から見える頃でした。  そして。再び私達がこの家のあの場所を訪れたのは、あの日から10年後の今日までは無かったのです。

混沌たる世界での裏側で

前回ブログを更新した頃、まさかこんなことになると誰が思っていましたかね。  主宰の片割れ、北村です。 公式ツイッターの方では既に発表していますが。 秋の4回目の本公演は、コロナ禍と医療状況の逼迫状況を鑑みて延期する事となりました。 勿論、コロナ禍に負けず稽古・本番に向かうことも出来ましたが、私自身がまず日頃ドラッグストアで医薬品を販売する立場にあり敏感でなければならない事。そしてそもそもが都内の感染者数が全く落ち着かない中キャストに都内を移動させるリスクを負わせる事。未来的に公演時期に緊急事態宣言が明けて安心してお客様を迎えられるか不明な事。これらの事を総合的に考えての結論、ではありました。 ですが、まずもって7月31日のキャスト同士でのオンラインでの顔合わせをした際、私がまず関係者全員にこういった条件を提示しました。 「8月31日の時点で①緊急事態宣言が解除される②都内の1日の感染者数が500人を切る。このいずれかの条件すら世間が満たさなかった場合は延期を決定する」 数字についてはともかく、内容について反対する人はいませんでした。 稽古そのものは28日まで通常通り進み、殺陣の稽古も並行し、ギリギリまで世間の動向を監視はしておりました。運営としてもどちらに転んでも良いよう準備を進めておりました。ですが、まあああいう結果になった訳で。延期にした直後に一気に100人単位になったらどうしてくれようか、ともちょっと思っておりましたがそんな事も無く。まだまだ緩やかな下降でしかない状況ですので、予定は揺ぎ無い物になったと言う訳です(ちなみに9月中に条件を達成しようとも既に変更手続きも完了しています)。 本番2ヶ月も前に決めるには早くないか?という意見もあるかもしれませんが、稽古が本格化するこのタイミングこそが自主的決断の最終ラインだったのです。計画の初めからある程度コロナ禍に関しては盛り込んでおり、その前提でスケジュールも組みメンバーの招集も厳選していたのですが。うんまあ究極の予想外な夏だった、とw他のメンバーも並行して仕事や稽古があり、そちらへのリスクを減らすという事もありますし被害は最小限に抑えねば!というのもあります。  と、あれこれ理由を挙げはしましたが。 一言で言えば、日和った訳です(笑)8月の頭に実は職場で濃厚接触者関係でドタバタも起きており、コロナに対する危険度、そしてその面倒度(対処面で)の認識も私の中で1段階上がったのも日和った理由の一つです。 いや、間接的にでさえコロナの罹患って良い事無いなと実感してますからね?実はメンバーの中にも罹患経験者がいまして、未だに後遺症があるとの事です。ただの風邪だの、若いから罹らないだの、未だにそんな事を言っている人がいたらぶん殴りたいくらいですよw ただ。ある意味では今回の作品はそういった人達に向けた内容だったのかもしれませんが(まあそもそもこんな時期に制作した脚本ですし)。  そんな訳で、もうつべこべぐちぐち言うのはやめにしてこれからの事を見て行かにゃあなりませんばい。  ひとまずは作品の広報は続けて行きますし、何よりまずは皆さん、ツイキャス配信!見てね!!多分そこでしれっと企画決まる事も多いのでw 毎週木曜、21:15と22:00ですから!!!    他の上演する団体の皆様に、フォルトゥナのご加護を。 

ふぇあくぉカードをお持ちの皆様へ

昨年10月から始まり、全4回に渡って行われた、『まわれ!混沌童話集』のプレストーリーイベント、『FAIRYTAIL QUAUTER:』。そちらにおいで下さった皆様にお配りしておりましたポイントカードですが、遂にそれが役に立つ時がまいります!!  じゃあいつどんな風に役に立つのだ?という問いにはこのようにお答え致します。 「受付でスッと差し出すと、ポイントに応じて良い事があるよ!」   …………  もうちょっと具体的に、ですよね。はい。 2~3ポイントの方 → 無条件で中二割適応(出すだけで500円引き)4ポイントの方 → 無条件の中二割 or 過去作品DVD(非売品)いずれか1枚と交換 という事になります。3ポイントの方はごめんなさい、中二割条件免除のみの特典となります。 中二割適応の特典を受ける場合は、受付で「お名前と、ユニゾンアーツをお持ちでしたらご提示ください」と言われた際に、ユニゾンアーツの代わりにカードをドヤ顔でお出しになってからお名前をお伝えください(別にドヤ顔をする必要はありませんが、ちょっとした特別感は味わえます)。  4ポイントの方向けの交換作品ラインナップは、 ①~始まりの逸話~「いつか誰かのBLACKBIBLE」Aチーム②~始まりの逸話~「いつか誰かのBLACKBIBLE」Bチーム③~再びの邂逅~「棄てられし者の幻想庭園」 のいずれかとなります。台本も販売しておりますから、併せて見ると2倍お楽しみいただけるかもしれませんw  ポイントカードと特典は引き換えとなりますので、忘れてしまうと特典が受けられません。ご注意くださいませ。 そう言えば、『FAIRYTAIL QUARTER:』ってどんな話だっけ?と思ってしまった方は、終演後の物販で『まわれ!混沌童話集 with FAIRYTAILQUARTER:』をお求め頂くと全容を改めて読むことが出来ます!(紙芝居はありません) それでは当日、劇場でお待ちしております★ 

物販情報

なかなか確定情報をお出しできずに、おっともう公演1か月前ですね。申し訳ありません。  今回は、これまでよりも物販関連に力を入れてみております!いずれも団体初めての試みを盛り込んだ物ばかり、是非観劇の際はお求めくださいね☆ それでは、各種ご紹介です。  ①本公演DVD(3000円予定)『まわれ!混沌童話集』の本公演の模様を収めた映像作品。完全受注生産となります。3回目にして初の、シュヴァルツ作品映像化です! ②本公演台本(1500円予定)本編『まわれ!混沌童話集』+全4回プレ公演『FAIRYTAIL QUARTER:』を収録した台本。読んでも楽しいを目指して毎回作られている台本。カットされた迷言やネタ、ヒロイン達の前日譚も収録された豪華版です! ③過去作品台本、ノベライズ第1回公演『いつか誰かのBLACKBIBLE』の台本と、第2回公演『棄てられし者の幻想庭園』のノベライズ版。今作品がお気に召しましたら是非過去作もどうぞ。純異世界冒険コメディと暗躍ギルドダークコメディです。 ④ブロマイド(300円~)役者のソロ、組み合わせで撮影されたブロマイド各種。お得なセット売りもご用意! ⑤武器チェキ・役者チェキ(1000円~)本編で使用された武器を実際に構えてチェキが撮れる武器チェキと。役者に、あるいは役者とチェキが撮れる役者チェキ。武器チェキは滅多にお目に掛かれない機会だと思われます。是非、中二病スタイルでお越しいただいてご利用ください!!(普段着でもご利用いただけます)※係員の指示に従っていただけない場合はご利用をお断りする場合がございます。  以上、現状お知らせ出来る物販情報でございます。初めて体験型の物販もご用意致しましたので、この機会にぜひ☆ 

今回の中二割条件

ふぇあくおも終わりまして、さて後は本公演に向けての準備に入る訳ですが。 種々順番待ちな情報がありますので、随時出せる時に出していく事にしましょう!  と言う訳で、情報第1弾。当団体のある意味名物、誰でも使える中二割についてです。 中二割というのは何ぞや、という方のためにまずご説明しましょう。我々の作風が中二病という若干特殊なノリを含めてお届けするにあたり、お客様にもさながらプールに入る前のシャワーの如く、空気に予め馴染んでいただくため受付の際に中二病的なワードを言って頂こう!という試みです。そして、我々のそのノリに賛同していただけた皆様に感謝の印みたいな意味を込めて一定の割引を行うサービスが、中二割です。別に本当の中二病である必要はありません。そして、毎回その言っていただく内容は異なっております。それはその作品に合わせた内容の条件が提示されるからなのですが。  では、今回の中二割の適応条件の発表です!! それは、『童話の登場人物の力を借りて放つ必殺技「ユニゾンアーツ」を叫ぶ事』 です。  例文としましては、 「お名前と、ユニゾンアーツをお持ちでしたらお願いします」と聞かれますので、「ピーターパンの力を借りて放つ、エターナルチャイルド(永遠の幼児化)の使い手!〇〇〇〇(ご予約名)です」などで答えます。すると、中二割が適応される流れです。  ユニゾンアーツの内容はどんなものでも構いませんが、童話の登場人物とのユニゾンアーツであることが条件です。アニメやゲームの登場人物では適応されませんのでご注意ください。また、あまりマイナー過ぎる登場人物だと判断に迷うかもしれませんので、チョイスは攻め過ぎない方が無難でしょうw 中二割を利用する際は、迷いや恥ずかしさは置いておいて全力で叫んでいただくと意外とスッキリするのでお勧めです。会場にお越しの際は、何事も楽しんでください。我々も、皆様から齎される秀逸なユニゾンアーツを楽しみにしています☆ 

『棄てられし者の幻想庭園』外伝・真夏の余の夢

ソナタ「暑っっっっっっっっちぃのぉ~~~~~~~~」イノリ「冷房の効いた店内のテーブルに寝っ転がってうざい声出さないでもらえませんか、叩き出しますよ?」 オペレーション・ラビリンスから2ヶ月が経ち、ギルド『幻想庭園』もすっかり通常運転に戻って来たとある快晴の日の朝である。開店準備中のイノリとしては暇人が現れるだけでもやや面倒なのに、この魔女なので輪をかけて面倒臭いところである。ソナタ「にっこり殺人宣言をするでないわ、こんな常時灼熱光線降り注ぐ中にギルド1柔肌の儂を放り出すなど。ここ最近のミッションの時は毎度秘部以外全身に艶めかしく日焼け止めを塗りたくるんじゃぞ?」イノリ「艶めかしく塗る必要無いじゃないですか」ソナタ「気分じゃよ気分。ほれ~、個室で儂のこの超絶美脚や美しいくびれの臍周りに液体を塗りたくるんじゃぞ?高画質で保存して販売するようなせくしぃでぴんきぃな空気にならざるを得ぬではないかっ」イノリ「そのまま自室に引き籠っててもらえませんか、気色悪いんで。あと三十路間近のそういう映像に需要あるんですかね?」ソナタ「お主真夏の紫外線より儂を抉って来るのぉ!?」 一般世間でもあまり受け入れられる嗜好でも対象でもなさそうだし、この人。イノリ「……ま、出て来て一日中ああやってぼへ~っとされていられるよりは、変態でもソナタさんの方がマシですか」ソナタ「んあ?」 イノリの溜息と共に送られた視線の先には、虚空を見つめながらのろのろとミリ単位でモップ掛けをするカフェボーイの姿。しかも観察していると時折悩まし気な吐息をふぅと出してまた元に戻るやつ。ソナタ「……何じゃい、あの恋に恋するJKみたいな空気を醸し出すキングオブ地味男は」イノリ「化石めいた表現しないでもらえますか。七月くらいからずっとあんなんなんですよ、カフェの方はまだ客が少ないから良いとしてもミッションの方にも軽く影響が出てるんでミコ姐さんがちょっとお怒り気味で……」ソナタ「あ~。そう言えば最近あ奴ミッションに組み込まれとらんかったの~」 『幻想庭園』では大きなオペレーションが無い時も常時何でも屋のような感覚で政府や地域社会から雑用めいた依頼があり、それをミッションと称してこなし日常生活的な報酬を得ている。その振り分けは毎朝マスタールームの外に掲示板的に張り出されており、ミッション情報は全員が共有できるようにはなっていた。ソナタ「あ奴、何かやらかしたのかえ?」イノリ「やらかしてはいないけど、仕事に精彩と精度が欠けて評判が落ちるくらいならやらせないって」ソナタ「随分とお客様の声を気にする闇の組織じゃな」 どこも世知辛い時代である。人類の生存競争とは最早気遣いに左右されるのであろうか。イノリ「当の本人に聞いても『あー、うん』とか生返事して来るだけで、さり気無く飲み物に雑巾の搾り汁を入れても大したリアクションもしてくれなくって。もう面倒臭いから最近は放置なんです」ソナタ「天使の笑顔でさり気無く何してくれとるんじゃこのメイドは。……まあよいわぃ」 悪い笑みを浮かべてテーブルから飛び降りたソナタは、スキルを駆使しなくても直立したフタバの背後へと忍び寄り。ソナタ「そいやぁっ!!」フタバ「んぎょへっ!?」 一回転してからの超下段真空回し蹴りによる膝カックンをかましてフタバをK.Oさせた。ソナタ「おー、ちゃんとリアクションするではないか」フタバ「膝が大爆笑だわ!」イノリ「はーい、じゃあ楽にさせてあげる」 イノリに引き上げられてカフェの椅子に腰を下ろされたフタバだが、フタバ「……背もたれが密着してるんだが?」イノリ「そりゃ背もたれに括りつけているので」フタバ「早業過ぎるだろう!!」ソナタ「つか、何でワイヤーなんぞ持っとるんじゃ……」 その理由は、『断章・笑うメイドの裏事情』を見てみよう!ソナタ「で。何なんじゃ、最近のお主が年がら年中寝起き面しとるのは。熱中症なら経口補水ゼリーを下の口から直腸投与してやろうぞ?」イノリ「うわぁ……」フタバ「こっちがドン引きしたいけど物理的に出来ないっ!……体調に問題なんて無いっすよ」イノリ「だろうね。雑巾の搾り汁飲んでもトイレに駆け込まなかったし」 それは体調がどうこうと言うよりも胃が丈夫かあるいは鈍いだけだろうとソナタはツッコみたかったが、自身のお笑いのプライドに賭けてもうツッコまない。ソナタ「それで口を割らぬという事は、何か精神的な隠し事かの。まあさっきの感じからして……色恋沙汰じゃろうがなぁ?」フタバ「……別に100パーセントそうとは限らないじゃないっすか」ソナタ「ふふふ。この儂にいつまでも隠し事が通じると思うでないぞぉ?」 不穏な笑いを浮かべながら、ソナタはギルドの方へとトタトタ引っ込んで行く。イノリ「……拷問でもするのかな」フタバ「だとしたらお膳立て最高ですよねぇイノリさんや」イノリ「先週麻薬密売組織の検挙がありましてね」フタバ「もう都市伝説じゃなくていいんじゃないの、戦うメイドの部分だけ……」 ある意味大人気になりそうな予感だけはする、キャラソンでも売り出せば多少は儲かるのではないだろうか。そうなると少しはミコトの機嫌も取れそうかもしれないが、逆におチャラけた提案をするなと怒り倍増かもしれない。その確率は50:50。イノリ「あ、返って来た」 予想より早くソナタの足音が聞こえて来たと思ったら、ソナタ「せんせー、お願いしまっす!!」シグレ「いやだから何なんだ」 特に事情を知らされていなさそうなサイコメトラーが引き連れられていた。 その意味するところに、対象であろうフタバの額から軽く汗が流れ落ちる。イノリ「……って言うか自分、何もしないんじゃんよ」 シグレ「…………。成程、大体分かった」 それから問答無用で『読心術』をフタバの持っていたモップに使ったシグレは椅子にどっかと腰掛けてから、シグレ「馬っっっっっっっっっっっっっっっっっっ鹿じゃねえの?」ソナタ「おぉ~、その蔑みの目と合わせて本気度がよく分かるタメじゃの」 イノリが差し入れた水を一気に飲み干してからシグレは腕と足を組み、まるでマスターのようにふんぞり返りつつフタバを攻める。シグレ「お前こういうキャラじゃねえだろーがよ、鏡見ろ鏡」フタバ「それは毎朝してますけど……」イ・ソ「えっ!?」フタバ「洗顔くらいさせて!」シグレ「ハ~……。キャラが理系だから似合わねえっつってんだよ、面倒臭えビョーキ掛かりやがって」 その『ビョーキ』という無駄に平坦な言い方に女性陣は当然引っ掛かる。イノリ「精神科の知り合いいたかなぁ」ソナタ「隔離出来る研究所なら知っとるがの~」イノリ「それ刑務所の事ですか?」フタバ「俺に何の罪が!?」 黙秘権は罪ではない筈なのだが。ソナタ「でシグレよ、ビョーキとは何じゃ?まさかモノホンの病では無かろ?」 その問いにシグレは少し目を閉じて考える素振りをしてから、キメ顔でこう言った。シグレ「   アカネロス症候群」イ・ソ「……………………はぁ?」 本気で理解出来ないと言った顔と声の二人である。フタバ当人は気まずそうに三人から顔を背けている。 そこでシグレは付け足してみる。シグレ「別名、恋の病」 それがこの空間にしばらくの静寂を生み出すことになろうとは、言った当人にはこれっぽちも予想出来ていなかった。だって決まったと思ったんだもん。イ・ソ「…………………………………………はんっ」フ・シ「揃って鼻で笑う事!!?」 全責任は多分シグレにあった。シグレでさえなければもうちょっと笑いの起こるやり方もあったろうに。ソナタ「全く、今時恋の病だとか化石じみた表現するからじゃよ」イノリ「あなたがそれを言います?」ソナタ「ニッコリ笑顔のドスを利かせたってもう儂は怯まんぞっ。は~、しっかしマジの色恋沙汰じゃとはの~。んで相手はどこの誰じゃ、カフェの客か?どこぞの現地妻か?」 その言い方が本気臭しかしておらずイノリもそんな顔をしていたので、男性陣はつい顔を見合わせる。シグレ「……いやだから、アカネロス症候群だって言ったろ」イノリ「え~?ん~、あかねろす症候群……。あかねろす……。あかね、ロス……、アカネ……。あ」ソナタ「アカネ……。あ~、もしかしてこないだの……。って、ええ!?」フタバ「二人共気付くの遅すぎやしない!?」 もう一度記しておくと、今はオペレーション・ラビリンスから2ヶ月程経った8月である。ソナタ「かー。まっさかお主、あの人類破滅計画みたいな修羅場の陰でそんな邪な恋慕をぼーぼーにしとったとはのぉ」シグレ「邪て……」イノリ「横縞より、縦縞の方がスタイル良く見えるよ?」シグレ「服の模様の話なんかしてねーだろぅ、あとモデルポーズ取るな」フタバ「あのいじるならちゃんといじって!?!」ソナタ「うぉ、自分からイジメてくれ発言とはドMここに極まれりか……」フ・シ「イジメてとは言って無くない!?」ソナタ「冗談じゃよ。しっかしの~、お主そこまでアカネと接点あったかの?」 オペレーション・ターニングの時もフタバは参加せず、オペレーション・ラビリンスに関しても目立った関わりがあったようには誰も思え無かった。それとも誰も与り知らぬ所で断章にすらならないエピソードでもあったのだろうか。フタバ「いや、別に何があったって訳じゃないけど……」 本当に無かった。イノリ「けど?何でアカネちゃん?」ソナタ「ほーじゃほーじゃ、こーんなに見目麗しい乙女達と長年過ごしておって手も足も出さんかったくせにのぉ」シグレ「それじゃ単に女共にボコられたみたいじゃんか……」 実際問題ミコト辺りには手も足も出ないのだろうけれど。 と、フタバが急にグッと拳を固めて主張する。フタバ「そーいうところっすよ!!!!!」3人 「は?」 主張における顔の紅潮具合が、相当の鬱憤さを物語っている。フタバ「ここの女性陣は、美人なのはともかくキャラが濃過ぎるっっ!!!!」シグレ「あ~……」 シグレが遠い目で真っ先にそれに同意した。フタバ「暴力秘書に腹黒メイドに宝塚に眠り天然に合法ロリババァ!そんなのと長々暮らしてたら、ああいう普通女子に癒されて恋しちゃっても仕方が無いってもんでしょうがっ!ちょっとした笑顔とか挨拶とか陰のある伏し目顔とか、守ってあげたいって気に100%なるでしょうがぁぁぁぁぁっ!!!!!!」 何となくフタバの頭の中では今、『白いワンピースと麦わら帽子姿で向日葵畑をバックにこちらへ微笑むアカネちゃん20歳』の図が浮かんでいるんだろうなぁと聞いている3人は思った。あるいは今ここがどこぞの山頂とかだったらそれをするにふさわしい光景なのかもしれない。 しかし悲しいかな、ここはカフェで椅子で、磔である。ソナタ「うふふ~。イノリ~、メリケンサックとか無いかの~?」イノリ「あはは~。ソナタさん、生憎栓抜きしか~」ソナタ「じゃあ、爪と歯のどっちをへし折って行くかの~」イノリ「折れても治せますしね~」フタバ「失言すみませんでし、たああぁぁぁだあぁあぁぁっっ!!!!!!!!」 背後の凄惨らしい光景に、シグレは一人目を閉じ、合掌。本音の暴露は計画的にね。 勿論こんな戯れで本当に『完全懲悪』のお世話になると後で雷が落ちるため、実際は二人に全力で1分程手をつねられただけで口には支障無く、フタバの事情聴取はそのまま続行される。フタバ「…………千切れるかと思った」ソナタ「ヒトの皮膚はそこまで軟じゃないわい。んで、地味男が地味娘に浸透圧よろしく惚れたんはまあええがの、ど~すんじゃ?」フタバ「どう、とは?」イノリ「悶々としてるだけで良かったの?ってことでしょ」フタバ「……良いも何も、ルール違反でしょうが。こんなの」 当然誰も忘れてはいないが、ここは闇の組織。メンバー内ならまだしも表の世界の人間との色恋沙汰など様々な方面から考えても許可される訳が無い。アイドル事務所よりも恋愛には厳しいのである。当人に規律の自覚があるのはまだ幸いではあった。シグレ「かと言って、このままミッションに支障出っぱなしってのはさすがにどうかと思うぞ」イノリ「仕事中に結ばれる訳の無い推しの写真見つめてハァハァしてるようなもんだからねぇ」ソナタ「キモイの」フタバ「そこのメイドは話盛らないでくれます!?」 風評被害が甚だしい。そこまではさすがにしていない……筈。ソナタ「ま、シグレの言う事がもっともじゃが、こればっかりはの~。闇の組織にとって光の存在への恋の病は、普通の恋愛よりも厄介で障害の高い物なんじゃなぁ~」シグレ「恋愛したことねえ行き遅れのババァが何を偉そーに」 ソナタ渾身のドロップキックが放たれたが、シグレは見事回避。更に襲い掛かろうとするソナタだったがシグレの長い腕に額を押さえられて何をやってももう届かなかった。イノリ「溜息かリビドーか分かんないもの聞かされるこっちの身にもなって欲しいんだけど、どうにかなんないの?」フタバ「何かもう色々すみませんねぇ!……だから、その内収まると思って黙ってたのに」シグレ「お前のキャラからしてそれはねーわ」 フタバがこのギルドに来た経緯。それはとてもありきたりな、社会における人間界の狭間での理不尽な悪意。理系で実直で有能で、誰よりも前を向いて組織に尽くしていたからこその反感。ここに来てからそれはそれなりに丸くはなったものの、過去が無くなった訳では勿論無い訳で。 早い話が、フタバはソナタとは違う意味で恋愛なんて物には一切合切触れて来なかった堅物非リア充理系男子の典型なのである。放ち損ねた恋心の上手い処理なぞそう出来る筈も無い。イノリ「漫画にしたらフタバ君って恋心をダークマターとか言い始めそうなキャラだよね」フタバ「そこまで酷くないだろ!?」シグレ「まあ確実にデータキャラだよな。見た目だけはラノベ主人公みたいなのになぁ」 取り敢えず、脱線が酷いのでここで無理矢理話が戻される。ソナタ「溜めてダメなら、出すしか無いのぅ」 シグレに抑えられて額を赤くしながら、ソナタはしれっと言う。イノリ「本人に?」ソナタ「儂に言われてもの~」フタバ「死んでも言いたくない」シグレ「だが、会って告白する訳にもなぁ」 そこでソナタが腕を組みながら、ニヤ~っと笑みを浮かべつつ、ソナタ「要は、直接コンタクトを取るのがギルド的にイカンのじゃろ?ならば気付かせず告白すれば良いだけの話じゃて」シグレ「……それ、伝わるのか?」ソナタ「目的はこの確率男の思いを本人に飛ばす事であって、伝える事ではな~い!」イノリ「え、要は言い逃げするって事?」 それは最強にズルい自己満足行為。 しかしソナタはフタバに取り調べの刑事よろしく肩に手を置き、悪い顔を寄せる。ソナタ「おにーさんよぉ、儂らの立場は理解しておるじゃろ?これは儂からの最上級の妥協点の提示じゃ。この機を逃して一生悶々としたまま皆の足手まといになりたいのかえ?」フタバ「その言い方は、ズルくないっすかね……」ソナタ「どーなんじゃ、おぉ?好きなおなごに告白したいんか、したくないんかぁ?」フタバ「…………。出来れば、したい……すけど」ソナタ「よーーーーし決まりじゃあ!」 バシッと掴んでいた肩を叩いて、意気揚々となるソナタ。フタバは重~~~~~い諦めの溜息。イ・シ (もうほぼヤクザじゃん……) ヤクザでもこんな頭の悪い脅しはしない気もするが名誉のために言わない事にする。イノリ「でもソナタさん、実際問題そんな事どうやるんです?どこにいるかも知らされてないのに」 イノリのそのもっともな問い掛けに、ソナタは無い胸をふんぞり返しつつ最大級のドヤ顔を浮かべて返して来た。ソナタ「儂は『存在の魔女』じゃぞ?人間の存在感一人二人どーにかするなんて、朝飯前ってなもんじゃ~!」  ちなみに『存在の魔女』とは、自称であるのだが。   シルバ「…………オペレーション・フェスティバルぅ?」 マスタールームでの職務中に持ち込まれた謎の提案に、シルバも机で手に顎を乗せて訝しむ。ソナタ「うむ~。もう夏も終わりじゃろ?久々に儂らも夏らしいイベントと思い出に浸りたくっての~」 ソナタはいつものようにおチャラけた態度でしれっと嘯く。小道具として団扇まで引っ張り出して。ソナタ「少し離れた場所じゃが、今夜丁度夏祭りがあるとゆー予言をコヨミから聞いての~。ミッションで行けぬ者には悪いんじゃが、行ける者達だけでも行くべきではないかと思うてな?」ミコト「コヨミの予言、ですか?」 同じく書類整理をしていたミコトが眉間に皺を寄せて話に加わる。ソナタ「ほーじゃほーじゃ。もしかしたらもしかするかもしれんじゃろ?羽を伸ばしついでに警戒に当たろうではないかえ、という話じゃよ」 コヨミの『懐中時計』でランダムに見える未来は基本的に良い物では無い。常ではコヨミの『懐中時計』が発生したらそれに従って数人で警戒に当たることにはなっているのだが、シルバ「夏祭り会場ねぇ……。具体的に何が見えたんだ?」ソナタ「え?……、知らん。儂は夏祭りがあるとゆーとこにしか関心無かったからの~。現場に行けばまた何かしら見えるのではないかえ?」 嘘の含有率は100%にしない事。それが嘘をつき通す基本である。ミコト「あなた、オペレーションにかこつけて遊びたいだけでしょう」ソナタ「遊びながらも仕事をスマートにこなしてこそプロというもんじゃろ~?心配せんでも、きっちり仕事はするわい」 不敵に笑ってそう言えばらしく見えちゃうのがソナタのキャラクターの利点である。 その顔をシルバもじ~っと眺め、最終的には、シルバ「……ミコト、今日は大きなミッションは何かあったか?」ミコト「え。あ、はい。マスターは夕方から1件ありますがその他のメンバーは特には。早朝ミッションのメグミも午後には帰還するでしょうし」シルバ「ふむ。なら、監督はシグレに任せとけばいいだろう。適当に選抜させて任に当たらせろ」ミコト「かしこまりました」ソナタ「うをい、儂に仕切らせるんちゃうんか!?」シルバ「何で関西弁混じり。オペで行かせてやるだけありがたいと思え、日頃勝手にふらついてるんだから」 シルバが言うのは、ソナタの長期出張ミッション帰りの寄り道の話である。決してソナタがギルドから抜け出して夜の街に繰り出しているとかではない。 とは言え、これで正式にソナタ達は外に出る大義名分を得た事になった。シルバ「くれぐれも、羽目を外し過ぎないようにな?」 そこだけは最後にニッコリと釘を刺されながらだったが。  ソナタがリビングに戻るとシグレとコヨミがまったりとしていたため、ソナタはグッと成功を伝えてから自分はソファに寝転んで伸びをし、案外緊張した体をほぐし始めた。コヨミ「それでソナタさん?肝心の告白はどうするの?」 ソナタがシルバの所に言っている間コヨミはシグレからおおよその説明は受けていたため、そのまま話に入って来る。ソナタから理由も言われずアカネの居場所を見るよう突然言われた時は困惑していたが、今はそんな雰囲気微塵も無い。シグレ「そもそも、母親と一緒に夏祭りに来るんだろ。無理なんじゃね?」 シルバの所に行く前にさらりと説明したソナタの策は、『コヨミの『懐中時計』でアカネの居場所を探し出し、何かのどさくさに紛れてやんわり告る』という実に穴の開いたものだったのだが、その結果がまさかの『今日、母親と一緒に某夏祭り会場にいる』だったおかげで元からふわっとしていた難易度が明確に跳ね上がってしまったのである。 が、この合法ロリババァさんは余裕の態度を崩さない。ソナタ「お主ら、儂の『因果の鎖』を舐めるでないぞ?周りに何百人いようが、例え草むらの陰でお楽しみ中営み中だろうが、ステルス性能に微塵も問題は無いのじゃよ」コヨミ「お楽しみ中だったらさすがに遠慮してあげるべきだと思いますけどね」 もしそうだったら告白などする気にもなるまい。シグレ「そもそも、ステルス状態はお前がなるんであってフタバは見えまくりなんじゃねえのか?母親の前で告白なんて、もうプロポーズだろ」ソナタ「じゃから舐めるでないと言うておる。ま、正確に言えば認識を弄る訳なんじゃが、儂と手を繋いでおれば其奴もこのスキルの効果内かつそのハイロゥも思いのままじゃ。欠陥があるようなら、儂は今ここにこうして五体満足ではおられんて」コヨミ「確かに、色々大変な所に潜り込んでますからね」 ついこの間も政府の秘密研究所に行ったとか行かないとか。今時捕まってどうにかされるような機関が日本にあるのかそもそも疑わしいが。ソナタ「それに万が一勘付かれたとて、儂のスキルはあくまでその場にいる事を疑わせないスキルじゃ。保険としては十分じゃろ?」シグレ「バレてもフタバがいる事の違和感は感じないってか?それはそれで良いんだか悪いんだか」コヨミ「その時は記念写真でも撮っておいてあげたら良いんじゃないですかね」 それはいつかフタバの黒歴史になると思われる。それか酒の肴か何かに。ソナタ「ま~念のためメグミにラックアップしてもらえば盤石じゃろ。忘れとりゃせんか、儂らはそこそこの超人なんじゃぞ?『精霊の盾』を無くし『闇の業』を封じた一般人になんぞ裏をかかれる訳なかろうが」 異常が日常な環境にいるとついつい感覚が麻痺してしまうものである。あるいは小を兼ね過ぎている大になってしまっていて図り兼ねるか。互いが互いを補うスキルを持っているギルドの面々からしたら、油断でもしない限りは一般人に負ける事は無いのは確かなのだが。コヨミ「それで、私達は現地では何をすれば?」ソナタ「お主等はアカネの正確な居場所を見つけ次第監視。儂はフタバを連れて死角からアカネに接近し、通常ならギリギリ声が届く距離から告白させて離脱、が基本の流れじゃな。他にも面白い事があればこなしたい所じゃが……、まあお主等は物陰からニヤニヤしとってくれ」シグレ「逆に俺達が目立ちかねないなそれ」ソナタ「プロなんじゃから頑張らんかい。んで、当の本人は何処行ったんじゃ?」コヨミ「折角だからって、イノリさんが服装のコーディネートしてます」 アカネに会うまでは姿もろ出しなので、スーツやらメイドやらの制服姿では当然祭り会場では浮きまくりの目立ちまくりである。それに気分的にもTPOに合った方が良いというものだし、万が一記念写真を本当に撮るようなことになれば尚更な事だった。 そしてその告白する当人が現地で行う事は特に無く、逆に仕込みのソナタ達はアカネの動向を把握しておく必要がある上にそれなりに移動に時間が掛かる事もあるため、3人はこれ以上の細かい話は現地でという事にして準備に入る事になった。 リビングを出るシグレとコヨミの後姿を最後までソファに座ったまま眺めていたソナタは、あの二人も着替えなきゃなんだよなぁと思いながらハタと思う。ソナタ「……そんな都合の良い衣装ウチにあったっけかの?」   その解は、完全一致したリアクションから発覚する。4人 「うわぁ……」フタバ「やめてその可哀想な物を見る目」 イノリに連れられ後から来たフタバは、そりゃあもうチャラかった。 確かに会場は海沿いの商店街で、暑さもあって一般客の中にも開放的な格好の人もそこそこ多い。夏祭りというワードから考えれば別におかしなことでは無いのかもしれない。 が、それでも。ソナタ「どこぞの間違ったDJ志望の若者かお主は」シグレ「絶対祭りで女の子ナンパする系のアホの子だな」 前を開けた派手なアロハシャツにゴールドのゴテゴテしたネックレスとか、そのまま海にダイブしても大丈夫みたいな素材のハーフパンツにサンダル履きの格好とか、オールバックに立てた髪型とか。 正直、全く似合って無かった。と言うより着慣れていない感が丸出しなのである。メグミ「イノリさん、本気ですか~?」イノリ「本気も本気。だから縛って連れて来たのよ」コヨミ「諦めたんだね、フタバ君……」 かつてオペレーションでこんな格好になった件があっただろうか。無いとしたら、もしかしたらこれはイノリの趣味なのかもしれない。そう思うとあまりこの格好自体の趣味の悪さをどうこう言い辛いのだが、イノリの方はと言えば白いTシャツにデニムのホットパンツなんて普通過ぎる格好をちゃっかりしているのだから面白がっていることは間違い無さそうだった。ソナタ「ま、こうして会場近くに潜めていられた以上もう格好なんぞ何でも問題無いんじゃがな。さてコヨミよ、説明しとくれ」 日頃オペレーションでは待機して情報収集に当たる事の多いコヨミは、今回もそのために連れて来られていた面もあった。嘆息しつつもコヨミは使い慣れたタブレット端末を操作しながら、コヨミ「はいはい。えーと、この夏祭りはまずこの商店街から海岸沿いの大通りに向かって山車がのんびり練り歩いて、最終的に海に山車を入水させたと同時に花火大会が始まるって言う流れらしいのね?」シグレ「なんつー殺伐とした祭りだ……」コヨミ「海神に捧げる祭りだとからしいよ。昔は生贄がどうこうとかって言う慣習があったらしいけどそれを山車にしたんじゃない?」イノリ「その山車にアカネちゃんが乗ってたりしたら、面白いんだけどね~」 ニッコリ言っても誰も同調してくれなかった。理由は多々あろうが、少なくとも現状においてそんな事になったらマイナスでしかないし。コヨミ「まあその可能性は無いから良いとしてね。祭が終わるのが3時間後、それが今回のタイムリミットって事で」シグレ「この辺の建物からサーチしてみたが、アカネは確認出来なかった。まだ来ていないか直接海側の方に行くかのどっちかだな。それが分かるまではうっかり見つからないように待機ってところか」 到着という結果が分かっていてもその過程までは不明なのが、『懐中時計』の欠点である。『読心術』で商店街の建物の視界記憶を辿ったところで、無い事実は分からないのだからそこはどうしようもなかった。ソナタ「も~ひとつあるぞ?告白する当人が、ちゃ~んと心の準備をしておく事じゃ。無様に噛み倒したくなければのぅ?」フタバ「うぐ。分、かってるっての……」 伏し目がちに言うところを見ると、腹は据わっていないらしい。 他のメンバーにとっては、別にそれでも構わないのだが。メグミ「はい、じゃあごっつんこで~」フタバ「んがっ!」 突如メグミがフタバに軽い頭突きをかます。勿論まだ縛られているフタバへのいじめではなく『最期の一葉』による運の注入なのだが、本来は軽く触れれば良いだけなのでこれもメグミなりの気合い入れのつもりなのだろう。メグミ「ぐっどらっく~」 親指をグッと立てて寝ぼけ眼。メグミが言うとなかなか説得力のある台詞である。 それにフタバが僅かに頷くのを確認したところで、ソナタ「よし、それではオペレーション・フェスティバルの開始じゃ~!」 声のボリュームだけは少し抑えめに天を指してソナタが宣言すると、フタバ以外はそれぞれ索敵のために方々に動き出す。そして残されたフタバの拘束を外しつつ、ソナタはニコリとこう言った。ソナタ「では、お主は儂と仲良くお祭りデートと洒落込もうかのぅ?」フタバ「……はい?」   余程廃れていない限り、どんな地方でも祭とあらば何だかんだで人は集まり往来も賑わう。それは古来から日本人に刻まれた祭好きという遺伝子がそうさせているという説が存在する程に自然な事として今日もこうして証明されている。 海辺の商店街という事で渚にまつわるエトセトラなイベントを求めて来ている者も中にはいるが、大半は出店屋台を巡ってそうした雰囲気や喧騒を愉しむ人々。家族連れ、カップル、仲間内、お一人様と事情は様々であるが、悪目立ちするような人やアクシデントも無く楽しい時は自然と流れていた。 その商店街の道幅は山車が通るという割にはそう広くも無く、日頃なら車が遠慮せず擦れ違える程度。それこそ両サイドに屋台があるため現状は4,5人が横並びになれば何も擦れ違うことが出来ない程で時折そこかしこで接触事項は生じていたのだが、その度にお互いが気を遣って横並ぶのをやめる程にこの祭の客は楽しむという事に理解があった。ソナタ「無いわ~、今時そんな出来た種族。優等生しか生きてちゃいけないのかの~この地区は」 往来のど真ん中であからさまにそんな事を口走る輩がいても誰も怒らないし気にしない。 例えそれが、道のど真ん中でめっちゃ邪魔に腕を組んで歩くカップルに見える存在だったとしても。フタバ「何もこんな形で実証してくれなくても良かったんすけどね、『因果の鎖』」 左腕にぴったり子泣き爺の如くしがみ付くソナタに対して、今日二回目の死んだような目を向けソナタ「ってちょっと待てい。子泣き爺とは何じゃ、麗しい素敵女子が彼氏に寄り添い甘えとる様じゃろう!?」 素敵女子はじゃ~じゃ~言わないもん。ソナタ「何じゃとぅ、キャラ作りの問題とな!?……ま~ええわもう。そしてフタバよ、お主も何でそんな燻製の鮭みたいになっとんじゃい。仮にも年上のお姉さんと手繋ぎ腕絡みのデート体験なんじゃぞう?もっと恥ずかしがらんかこのチェリーが」 あるような無いような胸に腕を抱えつつ体をすり寄せてフタバを攻めるソナタなのだが、フタバ「いやそんな、反対側で焼きもろこしと焼き鳥を器用に持ってたまに齧り付くオッサン女にときめけと言われても」 これじゃ質の悪い酔っ払いに絡まれただけにしか思えない。求めているのはそういうのじゃないと今朝声高に伝えた筈なのだが。 ソナタは少しむすっとしながらも食べることはやめず、今度は行き交う人々を見つつ逆に自然とそのまま会話を始める。ソナタ「こーいうのも、あったかもしれん青春の1ページというやつなんじゃろうな」フタバ「まあ。別に俺はまだそんな目を細める程の年じゃないっすけど」 お互い、一般的な青春物語を過去に持たない身である。放棄と剥奪の差はあれど。ソナタ「実際。やっておいて何じゃが、儂の方はあまりときめかんもんじゃの。男は見た目さえ良ければどんな女でもこうひっつけば興奮するもんじゃろうが」フタバ「男のハードル下げ過ぎですから。あなたどんなイケメンでも暴力男にときめくんですか」ソナタ「……ま、それは無いのぅ。それだけは無い」 ほんのり、ソナタの腕を掴む力が緩む。フタバは十分ゆっくりだった歩く速さをまた気持ち落とした。フタバ「それで、これに何の意味が?」ソナタ「予行演習じゃよ。ほれ、お主みたいな場違いが儂みたいな可憐な乙女と腕を組んでおっても誰も何ともせんじゃろ?」フタバ「……………………」 ズルズルズルズルズルズルズルズル。ソナタ「あっ、やめてっ、背筋が伸びるっ。あと髪が地面に付いて痛んじゃうっ!」 体も髪もぷらーんとなって腕に寄生する蛹みたいになる。肉体派でも無いフタバでも引き摺れるソナタの体重とは如何に。ソナタ「それは乙女の秘密じゃがっ……!っとぉ」フタバ「いい加減話進めたいんですがね」ソナタ「別に嘘は言っとらんじゃろ~。儂が何言っても周りは気にしとらんし、注目もされんじゃろ?ここの空気に同化しとる証拠じゃ」フタバ「それはもう分かりましたから、じゃあ離れてもらっていいすか」 夏場なのであまりべったりされると当然暑いし。ソナタ「だーもう、せっかちな若者の代表かお主は、ついでに色気の無い。うっかりばったりしちゃった時の保険でもあるんじゃよ。後は儂の気晴らしと、お主の予行演習も兼ねてじゃな~」フタバ「予行演習って何度も言いますけど、『因果の鎖』の事はもう分かったって   」ソナタ「アホかお主。デートの予行演習に決まっとろうが」 ビタッと、フタバの足が止まった。フタバ「……誰の?」ソナタ「お主の」フタバ「誰との?」ソナタ「アカネとの」 しれっと言うソナタに対し、フタバの目が外からでもグルングルンしているのが分かる。ソナタ「何を妄想して混乱しとるんじゃ。別にアカネに限った話では無いがの、この先スリップ系のオペレーションが無いとも限らんじゃろ?その時おなごのリードひとつ出来んで失敗、何て事になられても困ろうに。せっかく都合の良いシチュじゃからと、お主の情操教育も含めた条件でこのオペレーションの許可貰っとるんじゃよ」 一部、都合の良い話が含まれております。 なお、当人にはそれでも通じる模様です。ソナタ「そこんとこ、今の所お主の儂への対応は0点じゃ。まーったく儂をときめかせる要素が出て来んではないかこの未経験堅物理系め。そんなんでアカネへの告白が上手く行くもんかの~?」 焼きもろこしで頬をグリグリしつつ得意気に下からの上から目線で査定して来やがる魔女。立ち止まっている事も相まって全く持って容赦が無い。 さすがにこうなると、フタバ「だ、ったらっ!!」 焼きもろこしをグリ付けるソナタの手を不意に掴んで横に引けば、自然と身体が開いて互いに正面を向く。そこを、フタバ「こういう事をしてみたら、良いんですかねっ……!」 抱き付かれるのではなく、自分からソナタの背に手を回して抱き寄せてみる。まるでダンスのフィニッシュのような形になって。ソナタ「         」 顔が近過ぎてフタバからは全ては見えないが、確かにソナタの目は瞳孔がキュッと縮んで大きく見開かれていた。 恐らく今自身の表情は出来る限りのキリリ顔になっている筈だと信じて、そのソナタの瞳を真っ直ぐ見続けるフタバ。こうして異性と至近距離で見つめ合うなんて経験過去に無かったが、ソナタ相手ならさっきと同じで全然ドキドキとかしないじゃないかと内心少し安心してしまっていた。 だって口を結んでいれば呼吸が荒くなっても全然分からないし、力を入れれば手の震えもおさまるし、きっと顔の距離だってもう数秒あれば簡単に零距離になる筈なのだ。ほら、もう三十秒くらいこのままでいるけどちっとも恥ずかしくなんかなってないじゃなフタバ「ほぐっ!?!」 みぞおちに、小さくて丸い物が喰い込んで来た。ソナタ「腰が引けておるわ、たわけ」 ソナタの顔が、零距離から上にどんどんずれて離れて行く。その刹那に、その目が細くなっているのだけは見えて。 早い話、フタバが崩れ落ちていた。引いていた筈の手だけは再び引っ張り上げられて。フタバ「~~~~~~~~っ!?」ソナタ「全く。儂ならば簡単に唇を奪えるとでも思ったのかえ?残念じゃが幾らレベル1の女子であったとしても今のお主では負ける気がせんわ」 今度は完全な上から目線でフタバに言い放って来るソナタ。心なしかさっきよりも楽しそうに。ソナタ「大体、仕掛けた側が2秒で震え出すとか。手もめっちゃ握りおって、痕になるじゃろが」フタバ「2秒!?」 あれ、おかしいなぁ?ソナタ「どんだけ精神と時の部屋にいたつもりなんじゃよ。そもそも、こんな往来のど真ん中で行為に及ぶなど迷惑千万じゃて。自分の事しか頭にない奴の典型じゃの、これだから低レベルは」フタバ「あ」 よくよく考えればその通りである。大勢の人がいる中で急に何かおっぱじめようとしている人の何と目障りな事か(しかも傍目的には超ぎこちなく)。ソナタのスキルのおかげで誰もツッコんでは来ない事が奇跡というかもう『因果の鎖』半端無い。 その事に考えが及びかつ証言からの自身の客観的な光景を思い浮かべると全身の熱が高まって来るのをフタバ自身もの凄く感じ始めて、汗と赤面で分かり易く外にも溢れ出す。そんな情けなさMAXのフタバの事を両手でソナタは引き上げつつ、最後にこう締めくくった。ソナタ「……ま。煽られたとて、一歩踏み込めた事だけは評価してやるがの。それが告白には最重要ファクターじゃろうて」 バシッとフタバの尻を引っ叩いて、ソナタは再びフタバの手を引き歩き出す。ソナタ「さーてと。そいじゃ連絡が来るまでもうしばし買い食いでもするかの~!」フタバ「はぁ……。分かりましたよ、もう」 空気と熱気は冷めやらないものの歩くとその分上がり切った体温が冷めて行く事が分かって、フタバも少しずつ落ち着き始める。やはり相手がソナタだった事が功を奏したのだろうなぁと、子供にしか見えない後姿を見ながらちょっとだけ感謝するフタバなのであった。 そのソナタの方が、遅ればせながら顔を夕日に混ぜて赤くしている事など当然気付かないが。 イノリ「で。差し入れにしては多すぎやしませんかね?」 それからしばらくしてアカネ親子発見の知らせを受け海辺の大通り近くの路地に集合したメンバー達だったが、その輪の中に鎮座するフタバ持参の食料の山にイノリの開口一番がそれだった。ソナタ「分かるじゃろ……?この楽しい空気を皆で共有したいという儂のピュアピュアな想いがっ!」イノリ「乙女チックに手を組んで言われてもイカ焼きと焼きそばとたこ焼きとお好み焼きでは伝わりにくいんですが」メグミ「伝わるのはいい香りだけですね~」 焼き物ばかりだからである。シグレ「バラさないでやるから、これソナタの自腹な」ソナタ「何とっ!?」コヨミ「フタバ君が払ってたら、上手い事活動費から補填って事にしてあげますね~」フタバ「あ、助かります」 ミコトだったら何も言わずとも察してくれるであろうが、その代わり大量のお小言が待っているのだろう。受けるのはソナタだけなので皆構わないと思っているのだが。 一人の自爆めいた犠牲のおかげでご飯には困らない事にありがたがりつつも、商店街からの一層の歓声や祭囃子の響きが近付いて来る事から察するに、もうじき山車が海に到着する頃合いであろう事は各々分かっていた。しかしその時が迫っていても特に緊張する必要が無いため安心して焼き物を頬張る面々とは違って、冷静を装いつつも何も喉を通らない人が一人。フタバ「……、あの。今更だけど、本当にこれやらないとダメ?」5人 「本当に今更だな」 さすがにここまで来て。 皆今の弱気発言に文句を言いたそうだったが、多分この中で他の誰よりも効果的に助言出来る存在が真っ先にそれらを制して一言で締めた。シグレ「男だろ。これは逃げんな」フタバ「……。うっす」 弱気な青年を励ますのはヒロインの専売特許と言う訳では無いのだ。 後、理屈っぽい男には女子の理屈は精神的に通じにくいのである。コヨミ「さて。腹ごしらえも済んだところで、フェーズ2だよ」 まだ食べている人もいるが、そこはこの先観戦するだけなので良し。コヨミ「10分後。アカネちゃんはお母さんと一緒に近くの展望台、って言ってもただの高台だけど、まあとにかくそこにいる筈。海辺程じゃないけど花火が見れて人がそこそこいるから、人混みに紛れて告白するならまあまあいい場所だと思うよ」 どうやらアカネ親子は山車メインの祭よりも花火大会感覚で来るらしかった。それはこの時間まで商店街の方に二人がいなかったという事から見ても確かである。 とここで、場所という明確な条件が出来た以上少し拘りが生まれる。イノリ「画的には、花火が開いた瞬間に言うべきですよね~」フタバ「!?」メグミ「手段的にも、海の方を向いて横並びで告白するのが最適かと~」フタバ「!?!」コヨミ「映画のキービジュアルみたいな感じだね」シグレ「よし、高感度カメラ用意しとくか」フタバ「っ!!!?」ソナタ「そしてそのまま駈け出して崖から海にダイブじゃな~」全員 「何でだよ!!!!」 ちなみにその高台の下は海ではなく道路であって、サスペンスドラマ的な高台では決してない。シグレ「ま、花火で台詞を隠せればある意味安全っちゃ安全だけどな。そこは成り行き次第って事で」メグミ「万が一気付かれたら問題ですからね~」 あくまでこのオペレーションの目的は自慰行為なのであって同意を得る事では無いのだ。ソナタ「心配せずとも、この男とてやらねばならん時はやるじゃろ。儂らはただ面白生ぬるく見守っておればい~んじゃ。じゃろ?」 ソナタの珍しいフォローに、フタバは少し照れ臭そうに目を反らす。イノリですらキョトン顔になる程その反応はメンバーにとってレアな物だった。ソナタ「さて、んじゃ行くとするかの~。ほれ、早うせんかチェリボ」フタバ「嫌で変な呼び方やめえ貰えませんかね!?」 そうしてフタバはソナタに手を引かれて、暗い路地から明るい大通りへと出て行く。その様を見送っているメンバーには一様に、5人 (引きこもりの兄を引っ張り出す妹にしか見えない……) と思わせてしまったのだが、焼きそばと一緒に飲み込んで誰もそれは言わなかった。 そして現場の様子をテレビ電話という古風な手段で見守りつつ、本当に何も起きずにその時に至る。開けた高台の後方、昇り階段の端から顔と携帯電話を覗かせる位置にスタンバイすると、ソナタ「ふむ、あれかのぅ?」 直径20m程のちょっとした円形広場のような高台にわらわら集まる人の中に見える、ちんまりとした黒髪女子。紺のブラウスに白の膝丈スカート、ショルダーポーチなどと、一応大人コーデの筈なのに今でも少女然としたその外見は、実は微妙に忘れかけていたソナタの記憶の引き出しを揺らす。 ギルドネーム:アカネ。20歳。2か月前とさほど変わらない人がそこにいた。フタバ「隣にいるのが母親だから、まあ本人に間違いは無いっすよ」 当然フタバはアカネの顔を覚えてはいたがそう補足する。ソナタ「おお、そう言えば。ってかお主、母親の顔もバッチリか。気合入っとるの~」フタバ「あんたも知ってるでしょーが!」 以前アカネの母親が失踪したのを探し出したのがソナタやフタバ達だった筈である。しかもその後の事情聴取にも同席はしているのであって。ソナタ「……しっかし、のぅ」 遠目だが並んで立つアカネと母親を見比べて、ソナタの感想が口をつく。ソナタ「年齢に説得力の無い親子じゃな、本当に」フタバ「…………」 アカネさん、20歳。この前のまんまなのでやっぱりまだ大人に見えない。 その母親、36歳。元々はややギャル系だったものが母親になり、かつとんでも事件に巻き込まれた経緯もあり祭なのに地味な服装で来ちゃっている所からの異常なまでの老齢感。ソナタ「お主、あの母親の世話もしたいかの?」フタバ「そういう事言わない!」 人様の家庭事情にどうこう言うのはそもそも筋違いである。こちとら闇の組織のしかも通り魔的告白者だ。 けれどもしばらく様子を見ていれば、何かお互いに続かない会話をしたりそわそわしていたり。この親子はそれまでのぎこちなさと違和感が一周して互いに腫れ物を触るような関係になっているようである。2ヶ月もこれでは、そりゃあ何かきっかけを求めてこういうところに来たくもなるってものだろう。 一般家庭の基準など、この二人には分からないのだが。ソナタ「ん。そろそろ入水のようじゃな~」 少し離れた海岸から巻き起こる人々の歓声。良いタイミングの始まりはすぐそこまで来ていたようで、それは家族の都合とか暗躍の都合とかは当然お構いなしだ。ソナタ「ほれ、準備はいいかえ?」フタバ「ん、んん……」 視線はアカネをロックオンしているフタバ。ついでに階段から覗き込んだまま姿勢もロックしているので、スキルが有っても無くても不審者である。そこはもう弁護のしようは無い。 やはり実際に本人を見ればそれまでのシミュレーションなどすっ飛んで緊張するもんだとソナタも想定していたのであるが、それではギルド的にも立つ瀬が無い訳で。ソナタ「ふんっ!」 ズブォッ。 激痛と共にフタバの視界が埋まった。フタバ「くぉおっ!目が、目がぁっ!!」ソナタ「安心せい、第二関節からじゃ」 そんなこと言われても悶絶せざるを得ない。ソナタ「ったく。貴様はうじうじしとらんでさっきみたいに勢いで行くしか無かろうが、行くぞおらっ!!」フタバ「え、ちょ。っとっとっとっとっとっ!?」 視界が戻らない中転ばないようどうにか歩かされる。体に掛かる慣性からしてまず間違いなくアカネの方に向かって。ソナタ「無駄に騒ぐでない、さすがに振り向かれるじゃろうが」フタバ「っ   」 スキルを駆使して多少ぶつかりながらもぐんぐん進んで行く。待った無しな事と見えない事が相まって拍動の加速度が半端無く、思わず羊の数を数えたくなる程にフタバの思考はまとまらなくなって行く。 当然、目的地までそう距離がある訳でも無い。それから特に落ち着くための妙案が浮かぶ間も無いままこの連行は突如終了する。ソナタ「ほれ、目を開けんか」 環境音に埋もれるか否かの音量でソナタが告げた。 まだ少し眼球に痛みが残りながらもフタバは目を開け、戻りかけの視界のピントをゆっくり合わせて行く。目の前には複数の人間の輪郭が浮かび、そのどれが誰なのかと脳が判断しようとしている中、ソナタ「ひ・だ・り」 と、繋いだ右手の甲に文字を書かれる感触が。 それに従って僅かに顔を左に向けて、しかしフタバはその顔を即座に正面へと戻す。 自分の左手の少し先、半身前の所にアカネはいたのだ。周りの祭客と同じように、もうじき上がるであろう花火を見る為に前の空を見ているアカネが。その反対側に母親も。 視界を塞がれ連れられて、気付いたら隣に思い人。しかも別の異性に手を繋がれながら告白なんて今時ドッキリでもやら無さそうな展開だが、今この状況では逃げ場も編集点も無い。手を離して逃走すれば確実に大勢の客を掻き分ける事になり大問題、言わなきゃ完璧にヘタレ認定である。その証人は横にいる魔女と、画面越しの仲間達だ。 戻った視界で横眼に見れば、アカネは本当に相変わらず。やはり多少記憶の中で美化されていた部分は認めないでは無いけれど、それでもやっぱり自分が安らいだ素朴な表情と雰囲気はそのままそこにある。今は少しだけその顔に緊張の色が差しているが、それはきっと母親の花火への反応が気になっているのだろう。 そんなアカネを間近に見ていると、初めこそ胸が大きく跳ねたがやがて不思議とその波が自分でも驚くほど静かになって行ったのがフタバには分かった。 そして一人静かに、自分の抱えるこの感情の正体と置き場を稚拙ながらに理解する。今、ここで、自分がアカネに何を伝えれば良いのかも。フタバ「……あ~。んっ」 でも初めてだから、ちょっと喉が絞まっちゃうのはご愛嬌。 横で何やら嫌な笑みを浮かべているっぽい魔女は無視するとして。フタバは一度ゆっくり深呼吸をしてからかぶりを振り、しっかり、確実に、半歩前へと踏み出した。 そうして後ろからではなく同じ並びに立って、前を向いて言いたかった。フタバ「      アカネ、ありがとう。お前は俺にとって癒しで。きっと、好きだった」 過去形にした。だって、ここに置いて行くものだったから。 当然、アカネからは何の反応も無い。そして花火も、まだ揚がらない。 フタバはソナタの手を握って合図をし、人の輪から外れるべく歩き出した。ソナタはそれを引き留めない。 言い切った途端、ついアカネに手を伸ばして触れたくもなったけれど。 それは絶対に掴めない手だと分かっていたから。お互いに繋ぐべき手は他の人なのだから。 ひとまず今繋いでいる人の事もお構い無しに人混みを抜け出して、階段も無言で駆け下りて。更にそこから適当に距離を取ってようやくフタバの足は止まった。それと同時に急に呼吸が浅くなり、激しい震えが全身を襲い始めて来た。ソナタ「…………。もーちょい、長々するかと思うたがの」フタバ「いや、いいよ。あれで、限界……」 ふぅ~~と長く息をついて、フタバはその場に座り込んだ。そしてソナタはもう必要無いという風にその手を離し、持っていた携帯のカメラを空へと向ける。ソナタ「こちらからは以上じゃ~。ではお主等、あれに合わせてコンプ宣言と行こうかの?」 通話口から意図を酌んだ呼吸が4つ聞こえる。刹那のラグはあろうが、それはこちらで息を合わせれば良い。 と、いうわけで。5人 「オペレーション・フェスティバル、コンプリート!た~まや~!!!!」   笛の風斬り音と共に初弾が打ちあがり、空に一際大きな華火が咲いて。母親 「……?アカネちゃん、どうしたの?」アカネ「……………………。何でも、ないよ」 胸の内から熱を吐き出した少女が母親に向けた笑顔は少しだけ朱色の残る、しかしとても澄んだ素敵な物だった。    ミコト「ところで、少々気になっているのですが」シルバ「何かな?」ミコト「ソナタの『因果の鎖』、この報告書にあるように他者の存在感まで操作出来ましたか?手を繋いで連携するとか……」シルバ「いや、無いねぇ。どんだけ手を繋いでいても、きっと周りの祭り客には普通にソナタ以外は姿も声も丸聞こえだったと思うよ?」ミコト「…………。取り敢えず、ソナタをひっ捕らえて来ます」シルバ「うむ、よろしく。夏の陽炎の如く無かった事にされる前に、魔女裁判と行こうではないか」