演劇集団Schwarz welt


演劇集団Schwarz Welt ~再びの邂逅~
『棄てられし者の幻想庭園』

期間
2017/11/17 (金) ~ 2017/11/19 (日)
劇場
中野スタジオあくとれ

チケット(1枚あたり)
一般3,000円 学生・リピート割2500円
中二割300円引き(当日受付にて適応)
【発売日】2017/09/17
予約フォーム https://ticket.corich.jp/apply/84662/

タイムテーブル
11月17日㈮ 14:00/19:00
11月18日㈯ 12:00/16:0

記事一覧(39)

『棄てられし者の幻想庭園』第8章

 6・12(木) 23:45。 梅雨と言うには風情に欠ける激しい雷雨が窓を打ち付ける中、アカネは一人ギルドの廊下を及び腰に歩いていた。アカネ 「知らなかった……ここ夜は何も点かないんだ。……でも、何で部屋に誰もいないんだろ。と言うか、せめて懐中電灯くらい……」 不平不満がポンポンと口をついてしまうがそれも致し方なく。 防犯上の理由か何かなのか、2階から上はホテルの客室のような構造をしていながら廊下には僅かな小窓しか無く、しかも照明も何故か全て落とされている為に時折の雷鳴の僅かな光でしか道が分からず、まさしく一寸先は闇状態。アカネも今完全に壁に手を付き手探りで進むしかなくなっている。そもそもこの1週間こんな時間に部屋の外へは出た事が無かったので(大抵ぱったりと寝落ちていた)こんな事になるとも知らなかったのだが。 そしてホテルのような造りとは言えどもホテルではないので、自室には自分で持ち込んだ以上の物は無い。充電の出来ないスマートフォンと服の中にしまい込んだナイフだけでは何をどうすることも出来ない訳であり、階下に、そして外へと出るまでは牛歩戦術である。 それにしても。アカネ 「……もうじき、か」 昼間あれだけ脅しながら優しくもしてくれていたギルドメンバーの気配が、建物内から本当に全くと言っていい程無くなっている。『闇の業』のリミットに向けて自分にも自室で心の整理を付けろ的な事を言ってくれはしていたが、何も建物全体で静まって集中させてくれなくったっていいだろうに。こっそり誰かの意見を聞いたり相談したりしたって良かったのだけれども。 とは言えおかげ様で、こうして(大して無いけど)身支度を整えて出て行こうという結論が出せた訳なのではあるが。誰もいないと言うならばそれもそれで好都合でもある。 成り行きに近い形とは言え、沢山世話にもなったし思い出と呼べるものも出来た。でもだからこそ、これ以上自分の事でこの人達の目的を阻害したくはない。自分の事は自分でどうにかケリを付けて見せよう、誰もいない所で、誰とも関わらないようにすれば、いつか自分諸共『闇の業』は消えてくれる筈だから。そう思ったのだ。父親の時は誰にとっても唐突過ぎただけ、今回は知識があるから大丈夫だと。それこそいざとなったら『精霊の盾』が守ってくれるのではないかとか、そんな期待も少しだけして。 誰もいなくとも意識して、そして無意識にも息を殺してアカネは1階へと辿り着く。そしてそこから裏口へと進む途中、横切るリビングへと目をやった。 絢爛豪華な訳でも無い、大層な工夫がされている訳でも無いこのリビング。しかしここへ来てからというもの、一番長い時間を過ごしていたような気がするこの場所。いつも来れば誰かいて、真面目だったり下らなかったり、とにかく他人と交流を図ることの出来た空間。 寄るつもりも無かったのにこうしてふらっと足を踏み入れてしまうくらいには、アカネの心はここに馴染んでいた。ここの調度品として今も一番の存在感を発揮し続けているソファにそっと腰を下ろすと、自然と皆とここで交わした言葉達が頭の中に流れてくるようで。アカネ 「たった、1週間だったんだけどな……」 しかし間違い無く、これまでの人生で最も濃密な1週間だったであろう。19年の積み重ねがあっさり脳から押し出されてしまうんじゃないかくらいに。アカネ (あ、世間的にはもういなかったんだった) そんな面白くも無い自虐で失笑を浮かべてみたところで、別側のリビングの入口の方から静かに、しかし確かな足音が近づいて来る事にアカネは気付いた。『精霊の盾』があるとは言っても見えない相手が近付いて来る恐怖というものはあるもので、その足音のする方を向いたままアカネの体はキュッと固まってしまう。 コツン、コツン、と一定のリズムで大きくなる足音。やがてそれがリビングの入口辺りでぴたりと止まる。そしてそのタイミングで今日一番の落雷が爆ぜ、鋭く青白い雷光の明滅がそこにいる人物のシルエットを浮かび上がらせた。??? 「うふふふ……」アカネ 「うきゃあぁぁっ!!」 もうお化け屋敷のような状態でかろうじて見えたのは、前髪で目元が隠れ、切れ長の口の端を上げて怪しく微笑む洋装の少女。イノリ 「どうしました、アカネちゃん?」 もとい、ギルドが誇る微笑みのメイドさんだった。 そのメイドさんが、いつか見た(と思われる)青い光のランタンを灯すとお腹の辺りからボワッと淡く姿が浮かぶ。しかしいかにLEDと言えどもそれ一つで凹凸のある体の何もかもカバー出来たりはしない訳で。アカネ 「イ、イノリさんか……。てっきりおば   」イノリ 「おば……?」アカネ 「何でもないです……」 暗闇で下から光を顔に当てたらさてはてどう見えるのか。全力で口を紡ぎ顔を反らしたアカネからその回答は聞けない。 あと、この状況でニコニコし続けながら尋ねて来るメイドさんにはやっぱり言い辛いものが。
イノリ 「……さすがに、寝てられない?」 このお戯れについてはメイドさんも深掘りする気は無いらしく、リビングに入って来て普通にアカネを気遣っているのが分かるトーンで話し始めた。アカネ 「はい……。あの、夜っていつもこんなに暗いんですか?」イノリ 「これでも闇の組織ですから。夜11時消灯です」 全力でツッコミたい衝動を、アカネは必死になって抑え込む。イノリ 「……ね、不安で落ち着かないなら私といる?」 アカネの顔を人によってはあざとく見える角度で覗き込み、甘い声で囁くイノリ。前は全く感じる余裕の無かった事だが、こう直接自分にだけ向けられるこの人の笑顔はさすがの破壊力で。と言うよりもうっかり妙な感覚に陥ってしまいそうでつい。アカネ 「え、イノリさんと?」イノリ 「……嫌なの?」 一瞬にして、イノリの声に闇が差した気がした。アカネ 「いえ滅相も無い!」 なので、全力で否定させていただきました。

『棄てられし者の幻想庭園』第7章

シルバ 「プロジェクト『闇の業(ラビリンス)』……」 ギルド4階、シルバの私室兼執務室。 昼間の日当たりこそ良いものの、防犯上厚いカーテンがされていることに加えて近年稀なシリアス話題が始まったために、打ちっぱなしの室内と緊急会議の空気は全体的に薄暗かった。シルバ 「またとんでもないのが出て来たねぇ……」 お気に入りの高級革貼りマスター椅子に背を預けながら、プリントアウトされた資料を苦々しく机に放り出す。ソナタ 「感謝するが良いぞ?儂の驚異的な勘の良さと単独潜入スキルの高さにの。まーったく、儂の3日掛かりの華麗なミッションインポッシブルをダイジェストでいいからお届けしたかったわい」 他人の侵入を防ぐようにドアへ寄り掛かりドヤ顔で腕を組んで語るソナタの目には、若干の隈が出来ていた。 ハヤト 「身内の恥を晒させるか。いや、身から出た錆ではあるが……」 眉間に最大限の皺を寄せ、執務机に腰掛ける某大臣。取っている格好はソナタと似ているがこちらの纏う重々しい空気はそれの比ではない。 と言うのも、ミコト 「いくらハヤト様管理の機関と言えど、ギルドの仕組みを知らなければ研究データの謎の消失に慌てるのは当然でしょう。失態としては下の下ですからね」 シルバの横で同じく資料に目を通していたミコトの言うように、自分の管轄である組織の不正が自分の直属の部下により暴かれてしまったのである。しかもチート能力者相手とは言え、そこそこ自信のある警備体制を敷いていた施設のセキュリティを突破しての事であるため、特殊技巧防衛大臣のハヤトとしては体裁としても正義より嘆息の感情の方が遥かに勝っていた。 だが、実の所それに関しては大した問題では(あるけどそうでも)無く。ミコト 「しかもそれが、父親から大量殺人の遺伝子を引き継いだ人間のものともなれば、内々に処理したくもなります。ある意味、所員には同情を禁じ得ませんね」 ソナタが直感と気分に従って潜入した、内閣特殊技巧防衛大臣直轄国立犯罪行動心理学研究所。そこでは数日前から、ある人間に関する国家機密レベルの研究データが忽然と消失すると言う一大事に混沌を極めていた。 世界でも一部の人間にしか理解出来ないその原因は、対象が人知を超えた現象によってこの世界から切り離されたため。即ち、ギルドに加わった事。 ソナタ 「となると、娘を色々な意味で案じて探し回った挙句精神疲労でぶっ倒れたあの母親は、意図せずファインプレーじゃったのー」 研究所はかつてないその失態を(責任の所在も充分な言い分も不明なせいで)隠蔽していたが、その研究の協力者の存在がその発覚の一端となった。 研究名は、「プロジェクト『闇の業』」。国内に限らず全世界において希少かつ凶悪な遺伝子を対象とした犯罪心理研究。その詳細は、ハヤト 「『闇の業』、時限式の殺戮衝動遺伝子か……」 ミコト 「その特性が、希少保存の本能と星の因果律による自殺の拒絶」  科学では未だ解析不明の、その『現象』とも言うべき仕組みを解析する事。 だった。シルバ 「そしてそこに、あらゆる外傷を防ぐスキル『精霊の盾』のコンビ……」 ソナタ 「……ほんにあの娘、ハデスやプルートの加護を一身に浴びとるようじゃの」 それすら解明される前に凶改悪されてしまった、その世界滅亡の可能性を秘める事態への対処へと今やその研究は知らず内容の変更を余儀無くされていた。その事こそがハヤトを初め、この場にいる全員に不可視の重圧を課している要因である。 「プロジェクト『闇の業』」。その検体名は、×× ×××。 現在は便宜上、アカネと称する19歳の少女だった。 アカネ 「18年前。当時20歳だった私の父親は、お母さんと私を初め、50人近くの人間を殺害・重傷を負わせる事件を起こしました」 ギルド3階、アカネの自室。 ベッドに俯いて座るアカネを囲んで、フタバ、メグミ、シグレ、コヨミの4人が同じ資料を片手にアカネの解説を受けていた。アカネ 「父親は、アパートの室内で私達をナイフで切りつけた後、付近の住民を通り魔的に次々と殺傷して行ったと。その様子は、薬物中毒かつ血の快楽を覚えた獣のようだった、らしいです……」シグレ 「成程、ねぇ……」 一つの記憶の背景が判明し、シグレは眉を顰めて納得する。ままある事だったが、その手や胸に身に覚えの無い感触が沸き上がっているような気がした。アカネ 「私は2歳で、事件のショックか当時の記憶は無く、父親がいた事すら忘れていました。思い出したのはつい先日……、偶然お母さんが隠していた資料と事件に使われたナイフを見た時。思い出したというよりは知ったと言うべきですね。そこには父親が現在収容されている研究施設と、その内容のやり取りが載っていたんです」 そう重々しく俯いて語るアカネにはこれまでの平凡じみた少女の空気は毛程も無く、完全な悲劇のヒロインめいた様相を醸し出していた。たった3日間で、人はここまで変わるものなのだろうか。 無論、何も無ければそんな事にはならないのではあるが。フタバ 「自分が大量無差別殺人事件の犯人の娘で、更に母親が自分の監視と観察を条件に報酬を受け取り『闇の業』とやらの研究に協力していた。と……」メグミ 「13日の生まれが原因の1つとなる複数の特定遺伝子と限定的な血液型の塩基配列を条件とし、20歳を機に発症するこの細胞異常現象を『闇の業』と名付ける~」 聞きも聞かれもしなかったため、ひた隠しになっていたアカネの背景。ありがちなようで、その詳細は全く新しく前例が無い。 そしてそれは、そんなねじ曲がり過ぎた世界とは無縁に生きて来た少女が抱えるには、重いなんて物では無く。 シグレ 「そりゃそんな事実見せられたら、資料をズタズタにした挙句家を飛び出し彷徨った末に自殺したくもなるな」コヨミ 「アカネちゃん……、辛かったね」 ギルドに保護された日。泣き顔を塗り潰す程の雨に濡れたこの少女は、こんな風に思わず抱き締めてしまわざるを得ない程に儚い存在だったに違いない。きっと何も言わずともここのマスターはそれを見抜いて保護したのだろう。たぶん。 隣に座るコヨミにまた優しく抱きしめられ、しかし今度は自身を蔑んだ笑みを浮かべてしまいながらアカネはその腕にそっと手を添えた。アカネ 「……お母さんは、私に平凡だけど不自由無い生活をさせてくれていました。でもどことなく態度に壁があって、あまり仲が良いとは言えなかったです。思えばそれも、私の正確なデータを取るための振る舞いだったんですね」

『棄てられし者の幻想庭園』第6章

 『むちゅう』という読みを用いる四字熟語が二つ存在する。 『無我夢中』、そして『五里霧中』。 それぞれ「我を忘れる程一心に行う」「行く先を見失う」という意味であり、動と静の言葉であるが故に同じ読みを内包しながらもそうそう並立する事が無い。 しかし大都心のど真ん中、動も静も内包するこの東京と言う都市の昼下がりに、一人の少女が見事それを同時に使用して見せた。 それは交通事故に遭わない事が不思議なレベルで下を向きながら街中を全力疾走をし、仕事先から明確な言い分も無く逃走を図った末に、現在地もギルドへの上手い戻り方も分からなくなってしまってどこかの公園の入り口で呆然と立ち尽くしてしまっている、アカネさんと言う人だ。アカネ 「…………、……? え……」 更にはそのアカネさん。気付けば懐に隠していた大事な物が忽然と消えており、元より色白めの顔から血の気も引いて行く。アカネ 「…………。どうしよう。私、どうしたら……」  初夏の陽天直下な中無我に逃げ続けたのに汗の一つすら出て来やしない、視界も未来も五里霧のアカネのそんな呟きは、人気の無い住宅地と公園に空しく広がる。 ただ、そんなアカネからは見えないだけで、世界にはどこかに誰かがいるもので。??? 「どうしたのかな、迷子の子猫ちゃん?」 ふわりと優しく耳に届くその声に、チカついてホワイトアウトしていたアカネの視界も少しずつ景色を取り戻して行き、脱力しかけていた肉体も僅かに活性化させられて首がそちらへとゆっくり向く。

アカネ 「……コヨミ、さん?」 小さな公園のど真ん中、横並びになった正方形な石の謎なオブジェに腰掛けてコヨミはこちらを見ていた。 何故かそこに、小洒落たティーセットを広げて。アカネ 「どうして……」 勿論それは、ここでお茶を愉しんでいる事に対してではない。 一口お茶を啜り、その味を目を閉じ深々と感じようとするままに、コヨミは自然な微笑みを声に乗せて返す。コヨミ 「キミがここで泣いている未来が見えたから」 アカネ 「……ふぇ!?」 アカネには未知過ぎたその返しが、どういう訳か冷め切っていた全身を蒸気が巡ったかの如く熱くさせて一歩よろめかせた。 その反応にコヨミも大いに満足したようで、自分の腰掛ける石オブジェをポンポンと叩き、コヨミ 「ふふ。ひとまず落ち着かない?紅茶でも飲みながら、キミの話を聞かせてよ」   不思議の国のお茶会よろしく、コヨミの独特な雰囲気に誘われて訳も分からないまま公園で始まった二人のお茶会。 ティーセットを挟んで横に座ったアカネは初めこそ口を開く事すら躊躇っていたが、コヨミに勧められて紅茶を一口飲むとあら不思議。
コヨミ 「なるほどねぇ、そんなやり取りが」  塞いでいた口も心も内から溶けるように解け、カフェでのトーコとイノリとのやり取りの事を少し時間を掛けながらだが話していた。アカネ 「……本当、美味しい」 1エピソード話す度に1口。悪いものを吐き出す代わりに優しい紅茶で穴埋めするみたいに。気付けば2杯目すら飲み切っていた。コヨミ 「ありがとう。今日はそこそこ上手く出来た筈なんだ」  コヨミも自分の分のおかわりを注ぐ。実はこれで4杯目らしいのだが、そんなに飲んで平気なのだろうかと思いつつもそんな事アカネも言わない。アカネ 「紅茶、好きなんですか?」 コヨミ 「好きと言うか、スキルを覚えてから時間の感覚が薄くてね。分刻みで味の変わる紅茶を入れるのが良い治療法で、その内それが趣味みたいになってしまったんだよ。何事も捉え方次第だね」 長く物事に付き合う内に愛着が沸いたり、拘りが出てきたりすることは往々にしてある話。しかしまあ、紅茶を淹れることが治療になると言うのもなかなか洒落たスキル対策だが誰が発見したのやら。アカネ 「捉え方次第……。私のスキルも、価値もでしょうか」 自身ではどう考えても覆すことの出来ない自己評価。無敵と言う特性を一体どう捉えたら良いものなのか、今のアカネには全くと言っていい程定まらない事だった。 そんなアカネに、コヨミは今までより少しだけ声に力を込めて語り出す。コヨミ 「……真実はいつも一つ。ただし、それは人の目を通さずしてこそあり」アカネ 「人の目を、通さず?」コヨミ 「そう。物体の価値は見る人による積み重ね、何重にも塗り重ねられてようやくその輪郭が見えて来る。時間に疎い私が言うのも何だけど、人は結果を急ぎ過ぎ。限られた寿命の中で、極力何かを為そうとする。痛みや失策を避けて、効率的に物事を為そうとする」 アカネ 「でもそのおかげで、世界が発展して来たんじゃないですか?」 作業化、効率化、機械化。人の世は人の手を離れれば離れる程、人にとって完璧に近付いている。 だがそうして来た人と言う存在の、何と脆くて不完全な事か。そう変えてきた世界に順応出来る個体の何と僅かなものか。コヨミ 「うん。でも急過ぎた。見極める前に見極めて来た。その結果、あっても良い筈のものが切り棄てられた。だからボク達はそこに手を伸ばすの。気の遠くなるような時間をかけて、理不尽に棄てられたものを元に還すために」 そう言いながら細めた目をして天を見る。そうすれば、過ぎ去ってしまったものが見える気がして。

『棄てられし者の幻想庭園』第5章


ソナタ 「ふ~、闇雲に探しても儂のカモシカのような美脚が悲鳴を上げてしまうの~っと」 全く疲れた素振りを見せず、ソナタは剥き出しの細い生脚をモデルよろしくピンと自慢げに見せてそんな事を呟く。 都内某所。ギルドの本拠地があるこの地区には大きな特徴が二つある。 一つはギルドも実はそうであるように、比較的背の高い建物が多い事。高層とまでは行かなくとも、4~10階建ての住宅やオフィスビルがひしめき合い、立地次第では日が差さなかったりする。ギルドは大通りから一本入った路地なのでギリギリ感。 そしてもう一つが、そんな限られた日なたを税金の力という公平な方法で公園として何十か所かで住民に共有させている事、つまりは公園が非常に多い。勿論常時日なたと言う訳ではないにしろ、望ましく差し込むように計算された建築計画が地区ぐるみでされているおかげで、大小問わず公園の大半は憩いの場としてそこそこ機能している。 何故そんなに公園ばかり作ったのかは、きっとアーバン風をここの土地開発担当者が吹かせたかったんじゃないの?というのがシルバ談だが、そんなことしなくても一応都市部なのにというのはハヤト談。 そんな若干の税金の無駄遣いの産物である公園の中の、それなりの無駄遣いに位置する地区外れの小さな児童向けの公園。全く対象者のいない時間帯のため過疎めいた雰囲気のあるそこで、ノープランにギルドを飛び出したソナタを初めとしたシグレ、フタバ、メグミの『オペレーション・デトネイター』組は、歩き出して30分程でようやくその捜索の足を止めていた。シグレ 「カモシカならもっと働け。つっても、流石に手掛かりが無さ過ぎるか」 シグレからするとちょうどいい位置にあったソナタの尻を軽く蹴りド突きつつ、ベンチにどっかと座って天を仰ぐ。ビルや団地のせいで四角く切り取られた青空を見ると規模のデカいサンルーフのようで多少馬鹿馬鹿しい。メグミ 「ん~、どこかに落ちてませんかねえ、手掛かり~」 今では諸般の理由で消えつつある鉄製の大きな網型ゴミ箱に半身を突っ込んで何かを漁っているメグミには、気持ちを押さえて誰も突っ込まない。フタバ 「まあ、いつも通り行くしかないんじゃないっすかね」 カフェの制服のまま駆り出されて少々居心地が悪そうにしていたフタバだが、こういう時の自身の役割とすべき事と言うのは理解しているためきちんと仕事をすべくソナタに進言。ソナタ 「じゃな、確率は怪しい所じゃが。ほれ、早う済ませい」 全くこちらを見ず、何かテンションを上げつつ子供用のバネ馬でひゃっほいしているこのロリババアをぶん殴ったろうかという心地はそっと拳の中にしまって。フタバ 「メグミ、頼む」メグミ 「ふぁーい」 最早ゴミ箱へ天地逆にすっぽり入りつつあったメグミを猫のように引っ張り出して、公園のど真ん中を占める白いサラ砂系の円形砂場に運ぶ。ソ・シ (パンツスーツで良かったね……) という、その光景を見ていた二人の感想もやはり微妙な笑顔の裏で出て来る事は無く。 砂場の中央でフタバとメグミは向かい合って膝を立て座り、慣れた様子でおでこを合わせる。そこから二人が目を閉じ集中を始めると、周りの砂の表面がメグミの足元へと渦を巻くように摺り寄り始めた。シグレ 「毎度思うが、何でわざわざ円形の何かの中でやるんだ?」ソナタ 「イメージの力と言う奴じゃろ。見てる分には今みたいに力の流れが分かり易くて良いのではないか?」 そうして息を吸いながら開いたメグミの瞳は、普段とは異なる黄金色の光を煌々と宿す。メグミ 「宿れ、我が星の導き。『最期の一葉』!」 スキルの宣誓と共に瞳の光は弾け飛び、渦を巻いて集っていた砂々が風に煽られたようにザァッとフタバの方へと広がった。 そしてすかさず、次の宣誓が刻まれる。フタバ 「我が求めし物の行く末を掴め。『両天秤』!」 フタバの声が辺りに反響し、やがて消えて行く。 ……が。こちらは特に何も環境の変化は起きず、ただただ砂場の真ん中でおでこをくっつけ合っている男女の間抜けな図がしばらく晒される事となっていた。シグレ 「…………不発か?」ソナタ 「こりゃ、ゼロ側だったかの~」フタバ 「……まあ、S級関連っすからねぇ」 フタバの、確率を傾けるスキル『両天秤』。当人が求める事柄の成功率を0か100に限り無く近付けると言うもので、その傾きは元々の成功率に依存する。50%を境にそれ以下なら0側、それ以上なら100側になると言う、地味ながらかなりの高度なスキルである。 元々の実現難易度が高ければ必然と成功率は低く、今回フタバが行った『S級観察対象者の手がかりを発見する』というものに対する『両天秤』も、正直ノーヒント状態の今行えば普通に考えれば成功率など考えるまでも無いのだが、ソナタ 「メグミの強運も、1日2日では大して貯まらぬか」メグミ 「フェニックスが大暴れしてましたしねぇ」 そこにメグミの幸運を譲渡するスキル『最期の一葉』を加えると、話が変わって来るのがギルドでは通例だった。 メグミの『最期の一葉』は、自身の持つリアルラックを対象に全て移すという変わり種。それによりフタバのスキル成功率計算にも多大なプラス補正が出来ると言う、捜索における強力コンボが実現する。 ただし、そのプラス補正はそれまでメグミが貯めていた幸運値に拠るので短い期間で連発してもその効果は薄く、更にはコンボが成功したとしても凶悪なデメリットもある。シグレ 「……ん?何だありゃ?」ソナタ 「あーん?」 幸運を全譲渡するという事は、本人には全く運が残らない。つまりは、不幸な出来事が起こりやすくなる。しかもその幸運値が多ければ多い程その反動は周囲を巻き込むレベルで凄まじい。 例えば、何だあれ?と言われて上を見上げれば、そこから何かが真っ逆さまに落ちて来ている真っ最中だったり。フ・メ 「!!?」 スキル使用後でまだ砂場に座している二人の間を、避ける間も無く天からの何か細く黒い一閃が猛烈な速度でカチ割った。 砂場にそれが突き立った衝撃でボフンと辺り一面に砂煙が舞うが、都心特有のビル風に煽られてさほど広くない公園は程無くして景色が晴れた。とは言え、その場にいた4人は砂爆発の震源地にいた訳なのであれこれ被害は受ける。ソナタ 「目がっ、目がぁ~っ!」シグレ 「その後滅びの呪文とか言うんじゃねえぞ」 言ったところで何の影響も無いだろうが、万が一という事も無きにしも非ずなのが神の庇護下にあるこのギルドと言うもので。メグミ 「…………、ぷへぇ」フタバ 「……何が起きた、っ」 爆心地にいた二人は目どころか全身砂まみれである。が、何故かフタバの方により砂が飛んでいたらしく老人化したかのように顔面がヤバかった。
ソナタ 「んぁあーっ、しょい!……まあじゃが、成功確定の方に傾いたようで何よりじゃの。で、何なんじゃ?」 眼をこすり終わり、次は長髪をわしゃわしゃしながら。言葉だけ老人化している合法ロリが今度はバネパンダに跨って誰かに指図する。 取り敢えずで首から上の砂を叩き落として、目の前にいたフタバが砂場の底にまで達する寸前にまで突き刺さっていた黒い一閃の正体を確認する。フタバ 「……、短剣?」 天から現れ砂場の砂を半減させたそれは、黒い鞘と柄の刃渡り20cm程の両刃のナイフ。鞘にどことなくアンティークのような品の良い細工がされた物で、抜いて見れば刀身は綺麗に磨かれてはいたものの僅かに刃毀れや傷跡がある。メグミ 「何か、カッコイイ」フタバ 「失踪者関連の物の確率100%っすけど、物騒っすね」 S級クエストの手がかりで舞い込んで来た物が、使用済みと思しきナイフ。これが物騒でなくて何なのか。シグレ 「ほら、早く貸せ。記憶を辿れなくなってても困る」メグミ 「あー、小物は記憶が薄いんでしたっけ~」 検分していたフタバからひょいとそれを取り上げて、シグレはスキルを使うべく砂場の縁に腰掛ける。何であれ手掛かりとあっては『読心術』使いの出番と言うのは捜索隊の中では定石であり、メグミの言うように物体がシンプルで小さい程定着しているエピソード記憶は消えやすい(今回は人間でいえば幼児くらいの感覚)らしいのでフタバもそれには抗わない。 柄と、そしてメインに使われる部分である刀身に触れてシグレは目を閉じる。世界から自分と物体だけが漆黒の空間に切り残された感覚がしたら、シグレの中では始まりの合図だ。そうしてVRゴーグルを掛けている時のように自身の瞼の裏側へとその映像が再生されて行く。 やがてそれは始まり、指先から脳へと物体から漂う記憶のオーラが伝わって行きそれが映像になる。だが何となく予感していた通り、その映像はかなり断片的で不鮮明だった。 古めかしいアパートらしき部屋の一室の天井。画面が激しく揺れて誰かの手の中へ。 ブツリ。 同じような室内。視点が定まらずぼやけているが、大小二つの人の輪郭が横になっている。 ブツリ。 扉から外へ。すぐ横には下へと続く錆びた階段。 低くて荒い興奮した男の息遣い。一瞬大きく画面が揺れると視界がグルンと反転。玄関で前と同じ色輪郭の人の腕が自分の下へと伸びている。 ふわりと視点が上ったと思ったら、それが急降下。ブチュウッという肉音と共に画面を赤黒いフィルターが覆う。 ブツリ。 赤黒い世界。どこかの住宅地をまっすぐに、ゆらり、ゆらり。 遥か彼方に動く影。歩みが止まり、視界が縦に、呼吸に合わせてゆらゆらゆらら。 歩みが奔る。視界が弾んで風を切る。映るは獣の猛る声。 は、はは、はははは、はははははひゃひゃひゃひゃhyはyはやひゃはやひゃはひゃ!!!!シグレ 「ッ!!?」 バチィッ!! 目の感覚が激しくスパークして、シグレは現実に引き戻された。 フタバ 「シグレさん?」 いつもに無かった気がする反応に思わず伺ったフタバにも、シグレは目元をギュッと抑え込んですぐには返せない。シグレ 「……。今のは」 弾かれた衝撃は、果たしてどちらからの拒絶反応だったのか。だがそれに至るまでにも、確かめるべき事は多そうだった。 メグミ 「ん~、MP切れですか~?聖水ありますよぉ~?」シグレ 「……そんな水要らん」 有名栄養ドリンクの瓶をぶら下げて的外れに気遣うメグミの額を小突き、シグレはナイフを納めて立ち上がる。シグレ 「取り敢えず、もう少し一人で静かに落ち着ける場所で見たい」フタバ 「……トイレ?」ソナタ 「独房?」メグミ 「羅生門~?」シグレ 「環境悪化加速させるな!」 羅生門で集中して何かを出来る人がいたら是非紹介していただきたいものである。 そんなほんの少しのシリアスも笑いの肴にしてしまいながら、折角手に入れた重要極まり無い手掛かりを分析する為、シグレ達はガヤつきつつ公園を後にして適当な場所へと歩き出した。

『棄てられし者の幻想庭園』第4章

イノリ 「アカネちゃん、接客業は初めて?」 メグミが齎したフェニックス暴走による火災未遂事件を(主にアカネが体を張って)鎮め、何やかやでもうじきお昼時となった頃。アカネはイノリに連れられて、ギルドの建物の表通り側に居を構えるカフェスペースにて開店準備をさせられていた。 店内は12畳程のウッドフロアに丸テーブル4台とシンプルかつ狭めな造りだが、イノリの趣向なのかテーブルクロスや壁紙、調度品は白とシルバーを基調としたややゴシック寄り。テーブル中央に据えた手の平サイズの鉢植えやフロアの四隅にひっそりと主張する観葉植物など、西洋の自然派カフェか何かを目指したっぽい。勿論ドアベルも欠かさない。 またギルド側からカフェ側へは先日見掛けた廊下にある厚手の扉を通ればいいだけなのだが、世界が区切られているような感覚になる仕掛けを微妙にしてあるため普段は全く警戒していないとの事。ちなみにフェニックス騒動が起きたキッチンとカフェのキッチンは同じなので、もし客がいたら騒ぎになっていたかもしれない。アカネ 「バイトもした事無いです。母子家庭なので本当はするべきだったんですけど、お母さんがしなくていいって。だからドキドキで……」 成人するまで勤労未経験と言うのは現代ではそこそこ珍しい部類かも知れない。そこから家庭環境が疑われるのはどれくらいの割合なんだろうかとテーブルクロスを敷きながらアカネは思う。イノリ 「ウチはカフェと言っても隠れた名店的な物だから、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ?お客さんも1日に片手をへし折るくらいしか来ないし」 アカネ 「それは色々危機的状態なのでは?」 経営的にも、腕的にも。そして誰の腕をへし折るのか。イノリ 「お仕事も基本お客さんと楽しくお喋りするだけだよ。カンタンカンタン☆」アカネ 「それはもう違うお店なのでは?」 フロアが女子だけならそれはもう。イノリ 「あ、残念。アルコールは出ないゾ?」アカネ 「まだギリ未成年です!」 その返しはどうなんだろうと、アカネ自身も言ってから思った。あとどうもイノリのボケと言うかトーク術は微妙にエグいとも。笑ってトークを切り上げているが、『癒しの面』と相まってイノリが普段どう思って行動を起こしているのかが凄く読みにくいとアカネも感じていた。 それから雑多なトークを繰り広げつつ一通りセッティングを終え、後は開店時間を待つだけとなった時。不意に、しかしやや優し気に表のドアが内に開き、ドアベルが慎ましくチリリンと鳴った。アカネ 「あっ、いらっしゃ   あ」 反射的に口をつきつつドアへ振り返った先で、アカネは見た。 背中から腰までの長く白い翼を生やし、その翼に負けない清楚で純白のドレスを身に纏った長い黒髪の聖女が陽の光を背に。 有名なチェック柄の紙袋を提げているのを。 イノリ 「トーコさん!もう大丈夫なんですか?」 アカネはポカンとしてしまったのに、奥にいたイノリはやはり笑顔でパタパタと寄って来る。トーコ 「はい。朝を迎える前に紋章の城から安らぎの園への帰還を果たせましたので」イノリ 「そうですかそうですか」 そのトーコさんという女性は、イノリに対して親し気によく分からない事をのんびりと言った。ただ何となく昨晩何かあったっぽい事は覗える。 と言うよりも、アカネ 「……あの。昨日の人、ですよね?」 その服装だったり口調だったり。よくよく思い返して見てみれば天命教で被害に遭っていてギルドが助け出したあの女性そのままであった。羽が生えている以外は。イノリ 「アカネちゃんは知らないよね?実は数少ないウチのカフェ常連のトーコさん!……あと、本当に一般人だから」 横に来て紹介して来るイノリだが、最後に耳元でぼそりと付け加えるところからしても本当に客と店員の関係を貫いているらしかった。ついでに垣間見えるこのカフェの繁盛具合。 ちなみに、何の自主的説明の無いそのトーコさんの背中から生える白の双翼については、イノリ 「目を凝らすと肩紐が見えます」 とだけ。 扉をきっちりと閉めたトーコさんは、エレガントに見える歩調でアカネの前まで来ると、ドレスの裾を軽く摘まんで挨拶を試みる。トーコ 「初めまして、人間界ではトーコと名乗っております」アカネ 「……え」トーコ 「はい?」 お互い、次元が噛み合わない事が分かる間と空気が流れた。 やれやれとばかりに、イノリが二人に等しく見えるところで解説を始める。イノリ 「トーコさんは所謂天使系厨二病の人でね~。仕事もしないでここでよく主人公系と魔王系のお仲間二人に、仕事中のフタバ君も加わって駄弁ってるよ?」 天使系厨二病というものが何なのか今一つアカネはピンと来なかったし主人公系と魔王系と言うのも何なのか説明して欲しい所ではあるが、取り敢えず天使系とはその作り物な見た目と合わせて要はこんな感じらしい。トーコ 「逢瀬来世に至るまで現世に無駄な事などありません。瞳の瞬き、鼓動の旋律、それだけで私は世界と言う絵画を彩る絵筆となり、その事が私という機工を動かす魔力となるのですよ?」イノリ 「……凄いよね、食っちゃ寝の開き直りをここまで長く言えるのってマスターくらいかと思ってたよ」 この優しい声の80文字の言葉の意味を食っちゃ寝だと分かっちゃうイノリもある意味凄いと思える。これもシルバの日頃の言動の賜物だったりするのだろうか。トーコ 「ただ、今回は下界の方々に私の未熟さ故に多大な負担をお掛けしましたので。特にイノリさんには。ですのでミサよりも早く謝辞を伝えに参りました。あ、これ、決してつまらなくない物です」 そう言ってイノリに頭を提げつつ、例の有名紙袋を渡すトーコさん。中を見てキャッキャしてる所を見るに確かにつまらなくはなさそうだ。あの百貨店にはつまらないものも実際無さそうだし。 だが。こうして自分達の前に現れたトーコさんは悟りを開いたかの如く実に穏やかな顔をしている。確かに元々イノリとは顔見知りではあるのだろうけれど、天使系厨二病というものがそこまで精神的にあの出来事を乗り越えられる要素であるとは、アカネにはどうしても思えなかった。 故に、この和やかな雰囲気の中で、アカネは重々しく問いかける。アカネ 「……あの」トーコ 「はい?」アカネ 「何で、そんなに明るくいられるんですか」 その切り出し方でトーコさんにも昨日のアカネが多少なりと伝わったろう、それまでの明るさが少しだけ身を引いた。アカネ「誘拐されたんですよね?殺されたんですよね!?トーコさんが、そんな生き方しているせいで」 人の趣味や生活をそんな呼ばわりもどうかと思われるかもしれないが、昂りはどうしようもない。それにアカネがこういった類の人をどう捉えているかも口にせずとも伝わった。トーコ 「……はい」アカネ 「自分が嫌にならないんですか。必要無いって感じないんですか。そのまま死んでいたかったって思わないんですか!?」イノリ 「ちょ……アカネちゃん!」 万年笑顔メイドすら慌てさせるアカネの言い方。しかし、トーコ 「はい、そんな事にはなりませんでした」二人  「……」 当の本人は、何一つ揺るがず正面から微笑みを返した。トーコ 「確かに、私のこの在り様のせいで利用され、騙され、殺されはしました。でも子供の頃からずっと憧れていた非日常の世界に触れることが出来た、それは私がこの私であったからなのです。信じられないでしょうけれど、実は嬉しかったりもするのですよ」アカネ 「殺された事がですか?」トーコ 「殺されたのはそりゃ嫌ですよ?そうじゃなくて、選ばれた事がです」 西洋風カフェに佇む、柳のような存在。しかしそれが何故か馴染む。トーコ 「私は何度も何度も何度も何度も、自分は本当に世界に存在しているのかと疑って来ました。何の役にも立たず、誰にも見向きもされない私は本当はこの世にいない、むしろもういなくて精神だけの存在なのではと、自分で自分の価値を捨てていた。けれど、形はどうあれ私は誰かの目についた、存在した、捨てた価値を拾い上げてくれる人がいた。たとえそれが矮小な価値であっても、私にとってはこの自分が許される十分すぎる未来への希望で。そう思えば、今回の事は差し引きややプラスくらいです」イノリ 「いいの?それって、言い換えれば誰かの餌になる事も認めちゃってるけど」 その典型が、昨日だったのではなかろうか。トーコ 「空っぽよりは全然。それに餌か毒か薬か、決めるのは人として奇跡的に生きる事が出来ている私の権利です。心の向き一つで自分と未来は変えられるのですから」アカネ 「また、心ですか……」 長く喋る人は必ずそれを口にする、頭と必ずしも連結しないそこの所。トーコ 「まあ今回の事はざっくりまとめてしまえば、いいきっかけでした、いい経験でした、という事ですね」イノリ 「軽っ!」 ギルドの人間がそうまで言うのは、イノリの態度からして本当に珍しそうだ。トーコ 「それでいいの、人の世は複雑すぎます。きっと私はこれからこの体験をただの教訓めいた話として面白おかしく話して行くんでしょうね。それでも、こうして生きてこそそう感じて出来る事な訳ですから、皆さんに助けていただいた事はとても感謝しているのですよ?それこそ、死んでいたかったとはこの嬉しさと楽しさを知ったからには翼の毛先程も思いませんね」アカネ 「……強すぎじゃないですか。もっと恐怖とか、トラウマとか生まれるものでしょ?それとも、私達が助けた人は皆こうなるんですか?」イノリ 「何その強制前向かせスキル。逆に怖いって」 あるとしたらそのスキル名は『夢現(トリッパー)』とかの名前が付きそうだとイノリは脳内でボケてみる。トーコ 「私は天使なので特殊なのかもしれません、もしくはショッキング過ぎて感覚がぶっ飛んでしまったか。それを除けば……そーですね、こんな私にもお仲間がいた事に気付けたからでしょうか。引きこもりでも精神体でも誰かと繋がっていると。今回はそれで助かりましたし、この体験を喋りたいなーというワクワクが怖さに勝ってしまいました」イノリ 「私から見たら、トーコさん結構愛されキャラでしたよ?……脇が甘そうで」トーコ 「まあ。また新しい価値を見付けてしまいましたね」 付け足しが聞こえたのかどうなのか。聞こえていたならトーコさんマジ天使。トーコ 「アカネさん、あなたの周りにもきっと、あなたの知らないあなたの価値を見付けてくれる方がいます。そうすれば、今抱えていそうなその不安を煽る未来を覆う霞も、晴れてくれる筈ですよ」イノリ 「人の価値は他人が決める、これマスターが私達に言う事なんだよ。自分の事は自分が一番分からない、自分で自分の、人の価値を決めつけてはいけない。それはその人の未来の選択肢を、可能性を消す行為だ。ってね」 巷に溢れている標語を完全否定するような教えだが、それはやはり人の世の闇を抜けて来た存在だからこそ。アカネ 「…………。ありがとうございます、何かすいませんバカみたいに」 未来の可能性が光り輝いている若者には、それは強く響く事だろう。アカネ 「けどもう一つだけ、聞いてもいいですか」トーコ 「何でしょう?」 だがしかし。アカネ 「……想像出来る未来がどうしようもない理不尽な暗闇しか待っていなくても、あなたは同じ事が言えますか」二人  「…………」 その身に何を秘めているのか、一目で分かる奴などそういない。 ましてやパッと見ただの小娘が、光を塗り潰すような深い眼でそんな事を口走るなど。アカネ 「私にはそんな無責任な事は、どう足掻いたって言えない」  アカネの中で、遺伝子から生まれた自身を苛む堪え切れない圧が渦を巻いて。 結果、言い捨てる形で外へと駆けだしてしまった。
イノリ 「……、お仕事放棄は良くないなぁ」 イノリの中では意外でも無かったのかどうなのか。開け放たれた扉を呑気に見つめて口を出たのがそれ。トーコ 「私には、彼女のバイブルに一筆加える権利は無いようですね」 イノリほどではないが穏やかな表情でい続けたトーコさんにも、僅かに眉を顰める時が来た。 しかしこんな時でも、或いはこんな時だからこそ。イノリのスキルはその身に凛麗を纏わせ、沈んだ空気に日溜まりのような色を添える。イノリ 「お気になさらず。ここから先は、私達の仕事ですっ」 ニッコリと、しかしピシッと。右手を軽く胸に添えこの場の責を引き受けるイノリ。トーコさんもそれに感応して、歪めた目元を綺麗なアーチに戻すことが出来たようだ。トーコ 「では微力ながら、そのお仕事に私の翼をお貸ししましょう。また後程」 何であれ、やはり大人なので。 トーコさんはドアの前でイノリに軽く会釈をすると、自らもアカネを探しに出て行ってくれた。流石、女神の器候補だった人である。 イノリはそれを見送り、実は表に掛けていた営業案内をCLOSEDにして扉を締め切った。それからふとフロアを見れば、トーコさんの白い羽がぽつり。イノリ 「……アカネちゃん、かぁ。なーる、あんなんじゃどーせいつか、私たちの世話になってたか」 摘み上げた羽を裏返せば、背面は鴉の濡れ羽のような黒。表裏一体、天使と堕天の作り羽。  どこで誰がこんな手の込んだ物を作ってトーコさんの手に渡ったのかは知らないし興味も無かったが、何となく今の気分的に気に入らなくてそれをグシャリと握り潰してポケットへ。そうしてサッと髪を掻き上げて、フロアの奥へと歩き出す。イノリ 「専門家、舐めんじゃねーですよ。ってね」 フロアの電気を全て消し、イノリは自分の持ち場へと向けて上司にショートメールを打ちつつ廊下の扉を通り抜けて行った。  貰ったあの紙袋に関しては、誰にも言わないでおくつもりで。 

『棄てられし者の幻想庭園』断章・あの時を、お茶請け代わりに

シルバ 「……ふむ。これもハズレ、と」 速読と言うスキルを実は私は持っている。いや、スキルとは言わないか。これは技能だな。まだ表の世界にいた頃に必要に駆られて習得した技能なのだが、こういった調べ物をする時に大変役に立っているのでありがたい。 自主的にやり始めた事とは言え、部屋としては広いが図書館ばりの狭っ苦しさを感じるLED電球一つの暗い書庫に何時間もいると鬱屈した気分になりそうだし、案外数冊読むだけでもかなりの神経を使い果たすものだから、正直早々に切り上げたいものなのだがこれがそうも行ってくれない。昨日の今日で急がなくても良いのかもしれないが、これも1ギルドマスターとしての義務というものだ。あーしんどい。 読み終えた分厚く古めかしい本を適当に棚に戻す。書庫なんて現代ではなかなか無用になりつつある物かもしれないが、こういった古い資料はデジタル化されていない物もまだまだ多いからな。 それに私は紙媒体の資料の方が好きだったりする。こうしてまた本を手に取り、本棚に寄り掛かりながらペラペラと本を捲る様など画になるじゃないか。ハヤト 「何だその下らない理由は」シルバ 「うをっとぉ!!」 いつの間にか書庫に忍び込み私のモノローグを表情だけで読み取るとは。そんな事をしてきやがる輩は今の私の周りには一人しかおるまい。ハヤト 「よう、銀色の」 鉄面皮の中にいつもながらの挑発的な臭いを感じたので、昨日の礼にとこっちもやり返してくれる。シルバ 「やあ、不死鳥の」 久々にこれを使ったぜ。案の定こいつの眉間の皺が深まった。ハヤト 「人の事を火の中にダイブしてシャカリキになる派手な鳥みたいに言うな」 シャカリキて。今の若者に通じるのかぁ?ハヤト 「後、それはマスコミが適当に付けたセンスも捻りも無い二つ名だから使うんじゃねえといつも言ってるだろ。おかげであの新人にも変な眼で見られたぞ」シルバ 「アカネちゃんかい?あまり怖がらせないでおくれよ、繊細そうな子だから」 目下話題の最先端。ハヤト 「……なら早めに教育してくれ。そもそもノリと勢いでメンバーを増やすからいつもあんな感じでメンタルが追い付かなくて苦労するんだ」シルバ 「メンゴメンゴ~」 テヘペロっ★ って可愛く謝ってやったのに、何がお気に召さないのかハヤトが殴り掛かって来た。ハヤト 「液体窒素にぶち込むぞ」シルバ 「わぁお、イッツコキュートス!」 クソ狭く逃げ場の無い書庫で、続けて繰り出されるハヤトの容赦無い連撃を持っていた本を捌きに使って防ぎ切る。相変わらず打撃の一発一発が重てぇなあ、もやしっ子の私にはしんどいぜ。シルバ 「で。何か話が、あるんだろうっ!?」 そう言いつつ、私からもちょいちょい手刀で反撃。お互い本棚にぶち当てないよう限られた攻撃の読み合いだ、滾る。ハヤト 「……特務だ、ランクS」シルバ 「このタイミングで……、恵まれてるなぁ。それで?」 戯れつつ聞く話では無くなってきた感があるが、どちらかが一撃入れるまで終わらないのが俺達の戯れのルール。殴っては捌き、捌かれては捌き。ハヤト 「昨晩突如失踪した人物の捜索だ」シルバ 「おや」 拍子抜けしてうっかり顔面ガードを誘われ、腹に当て身を喰らっちゃったじゃないか。シルバ 「ぬぅ……。S級の割に、な内容だね?」 おかしい、運命では勝てる筈だったのに。どこかで何かがずれてしまったか。 こいつはこいつで勝ち誇った顔で、尻餅をついた私を見下ろして来るし。ハヤト 「どうやら重要観察対象になっている人物らしい。下からの連絡がまだ断片的でな、俺も困っている」 ……もしかして、昨日訳の分からん報告がどうこう言っていたやつか?だとしたら本当にS級なんだろうな。 この男がそんな事を言う時は、昔から本当に厄介なのだから。ソナタ 「ほうほう、それは気になるのぅ?」 声に驚いて見れば、背後の微妙に開いたドアの向こう側に目が見えた。 戯れも不本意ながら終わった事だし、呼び込んでやるか。嗅ぎ付けられてしまった訳だしな。
シルバ 「何だか騒いでたみたいだが落ち着いたのかな?」 おかげで多少私の集中力が時折乱れたんだがね。さっきなんか思いっ切りくしゃみしちゃって貴重な資料に鼻水が付いちゃったんだぞ。後でミコトにどうにかしてもらわんと。 そんな事は露知らず、ソナタはどこか暗い空気で入って来た。ソナタ 「両方のー。儂のハトは治らなんだが、ぽっぽ」 ぽ、ぽっぽ?シルバ 「……まいいや。で、何が気になるって?」 ぽっぽは気にしても始まるまい。ソナタ 「まずはアカネじゃの。あ奴……まだ何か腹の底にグツグツ煮込んどるぞえ?」 こっちもぽっぽは単なる一ネタだったのか、本来の腕組み小生意気スタイルに戻って話し始めた。ハヤト 「何故そう思う?」ソナタ 「お主達警察とは違った意味での人間観察の結果じゃよ、イノリも気付いとるかも知れん。何にせよ、下痢になりたくなければアカネに関しては素性を洗う事を勧めるぞよ?」 成程、この二人の直感か。それは頼もしいね。 下痢にならないよう動いておいたのは間違っていなかったわけだ。

『棄てられし者の幻想庭園』第3章

アカネ 「……人の命って、何なんですかね」 ギルドのリビング。何故かソファに鎮座しており威厳を醸し出していた、アカネの上半身程はあるクマのぬいぐるみと向かい合って、呟くように問う。 でも明かりを点ける気には何かなれなかった。??? 「ふむ、それはまた哲学的なテーマじゃのう?」 その独り言のような問い掛けにぬいぐるみの力を借りて答えるは、神聖でありながら妖艶な空気を纏った絶世の美女の声。アカネ 「いきなりあんなやり取りを見せられて、私はどうしたらよかったんですか」神美女 「どーせんでもよかろ~。あれで何も感じぬ程お主は不感症なのかえ?」アカネ 「いえ……」 神美女はワードを変化球に使って来る。答えてくれるから良いのだが。アカネ 「私も、いつかやるんですか。ああいった事を」神美女 「そうじゃのー。ま、そう遠くない内にの」 遠くないとは、いったい誰の物差しでの事なのか。そしてあれだけの事を表情も心も揺らがせずにこなせるようになるまで、何度こんな胸焼けが全身に転移するような心地にならなければならないのか。 神たる美女はその聡明な知能と慈愛の精神をもって、アカネのそんな心中を慮り敢えて砕けて語る。

『棄てられし者の幻想庭園』断章・笑うメイドの裏事情

 ふと思ったけど、私の肩書は何とも自称するには痛々しい。 だって、カフェの看板娘でギルドの受付嬢だよ? どんだけ幻想庭園さんとこのイノリさんは容姿に自信がおありなの?って嫌味言われそうじゃん。私の外見へのハードルが高層ビル化しそうじゃん。 あのー、別に私だってそんなもん好きで名乗ってる訳じゃないからね?そんな事させて名乗らせてる上司とそんな事させられる顔にした生みの親のせいだ。だからどうか私自身を責めないで欲しい。 ……でもそれは死に戻った私のお仕事だし。それに死ぬ前に比べたら遥かに心も体も軽々しいし、どう名乗らされようが今は楽しく生きられている事には違いない。 そんなわけで、今日も今日とてイノリさんは笑顔がデフォルトになるスキル『癒しの面』を勝手に全開にして、個人的には戦闘服だと思っているメイド服に着替えてギルドの業務に励むのだ。  さて。今日は早朝から月に一度のお出迎えの日。 通常業務のカフェの準備だって朝7時で間に合うのに、この日ばかりは4時に起床だ。来るかどうかも分からない客の為に身なりを完璧に整えて、地下の会議室で一人小道具と演出用の機材を準備する。マスターの趣味だから仕方無いし別に私もこういうノリは嫌いじゃないんだけど、はっきり言って面倒臭い。って言うか拘るなら自分でやれや。 せめてもの主張と言うか反抗心で、今月は小道具でそれっぽいランタンを用意してみた。いつものスモークと青照明だとこっちの目にも良くないし、LEDライトで青いフィルム被せてもこれ一つでも結構明るいからこれくらい良いよねー。ちなみに材料費込みで2000円くらい。 バタバタ準備して6時6分。部屋の照明を全消しして真っ暗な室内でスタンバイ。実はこのせいでいつも奥の扉が出てくる瞬間が見えなくてつまんないんだよね、どういう仕組みなのかこの目で見てみたいとずっと思ってるのに。まあその後の客の反応を真っ先に楽しむ権利と引き換えみたいなもんだけど。 さーて今月は……。あ、客来ちゃった。しょうがない、呼吸を整えて受付嬢モード、オン。前回は俗っぽい願いだったし、今回は可愛らしい依頼だと良いんだけどな~。 ……おっとぉ、何か幸薄そうな女の子が来たねぇ。でもいかにもその辺にいそうな見た目がちょっと良いくらいの子だしぶっ飛んだ物が出そうな気配はアカネ 「私、死にたいんです。生きたくない……、生きてたら行けないんです!」 ううっっっっっっをわあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあ!!!! やっべー、どうしよ。この見た目で一番来て欲しくない系のぶっ込んで来たぁぁぁぁ。本っっ当良かった、『癒しの面』発動してて。そうじゃなかったらこの営業スマイルの陰での全身の冷や汗バレッバレだって。 えーーーーーと、どうするんだろうなーーこういう場合。いつもはここで適当に処理出来る案件だから私一人で何とかなるんけど。 あああ、何かもう泣きそうだしさぁこの子ぉ。私がちょっと泣きたいんだけどなぁ、昔からこの手の女子ってどう接していいか分かんないんだよ。別に得意な相手なんかもいなかったけど。シルバ 「よかろう!その依頼、この私が承った!」 おーっとぉ、ここで一見天の助けっぽいけど実は一番良いタイミング狙いまくってたっぽいマスター来たーーーーーー!しかも自分で機材のスイッチ入れてくれたなありがとうめぇぇぇ!! あーでも良かった。後はもう任せちゃお、うん。  ……って思ってたからかなぁ。「起きたらあの子の教育係よろしくー」ってさ、言われちゃったよねぇ……。 いや、まあうん。それは全然構わないんだけどさぁ……。 起きてすぐにオペレーションに連れてく羽目になるとか思わないよねぇ!? アカネちゃんかぁ。確かに初めて見た時から幸薄そうだったし何か隠れてそうな気配はしたけどここまでとは。こりゃあこの先、一波乱以上ありそうな気がするねぇ。イノリ 「って事で、オペレーション掛かったから行ってくるね~」フタバ 「はぁ!?」 はい、カフェです。オペレーション・ターニングが発令した後のカフェフロアでの話。出発の前に、同じくカフェ担当のフタバ君に言っとこうと思って。 ちなみに既に営業時間でね?あんまり大きい声出して欲しくないんよ?ほら、常連のお二人が何事かと見てるじゃん。話すなら顔近付けてよ。フタバ 「あ、ああ。……何でお前だけ?俺は?」イノリ 「さあぁ?要らないって思ったんじゃないの?」 私も実は呼ばれて聞いただけだからそこは知りませんて。フタバ 「おいっ。だって、聞く限り、あれだろ?」イノリ 「うん。天命教って言ってたから」フタバ 「じゃあ俺だって行く権利あるだろ、むしろ行かなきゃだろ!!」イノリ 「だから声黙れってばよ」 そう。実は今回のオペレーション、表の世界……と言うかこのカフェ側にも無関係じゃなかった。兆候そのものはアカネちゃんが来る数日前からあって、エピソードとしては割愛させてもらうんだけど今いる常連さんとも関わりがある。 私はカフェ側にいる時は基本スキルに任せてニコニコしてるだけの方が多いんだけど、フタバ君の方は妙に常連さん達と馬が合っちゃったのか結構深入りしちゃっている。やめときゃ良いのにっていうかよすべきなのに。イノリ 「お店空ける訳にも行かないからでしょ?メグミに任せたら今は大惨事だし、コヨミちゃんは調査に入っちゃって手が空かないし」フタバ 「じゃ閉めろよ店」 もっともだ。イノリ 「じゃーそんなに言うならマスターに直訴してみんさいよ。まず無理だろうけど」フタバ 「例え1%でも、可能性があるなら諦めんっ!!」 猛ダッシュで裏に引っ込んでしまった。さっきの漆黒のスピードスター戦とどっちが早いだろう。 さて、どうしたものか。ここにいる常連さんの男性2人にはギルド関連の部分は省いて状況を説明せざるを得なかったんだけど、こんなの日常無いイベントだからやっぱり盛り上がっちゃってしまっている。 一応誘拐事件なんだけどね、これだから人間ってのは恐ろしい。フタバ 「よし!遊撃隊として助けに行くぞ!!」イノリ 「えっ!?」 戻って開口一番オープンに言いおった! 堂々と常連さんにも事情っぽい物を説明して完全に全員で助けに行く流れだ。ねえ本当に一般人巻き込み許可降りたのかい?基本こっちの話はスピンオフ扱いじゃなかったの??フタバ 「断られたけどじっとしてられないから行くと決めた!」 うわ馬鹿だコイツ!!頭は良いのに色々思考回路がバカだ!!!フタバ 「正しい事をするのに何故責められなきゃならん!?」 ……うわ、瞳が真っ直ぐだよ。分かってるけどさー、この人がそういう主人公めいた思考って事は。だからこそ、ギルドに来ちゃったって事情も。 はぁ、こうなるともう止めるだけ私のエネルギーの無駄だな。幾ら何でも危ない橋は渡らないだろうし、フタバ君には常連さん達を上手く使ってもらってフタバ 「じゃ、俺達はくっついてく形を取るから。先導、よろしく!!」 ……おいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!  結局、私が別動隊で動いてはいるけどフタバ君がいかにもリーダーみたいな形で、常連さん2人と共に4人パーティで天命教ホールの裏口ら辺まで来てしまった。しかも敷地を囲う植樹群の中に潜んで、男共が気分的な(役に立たないハリボテの)武装をするのにちょっと待たされて。 ……うん、遠足か何かかなこれは。フタバ 「さて。ここからどうしたらいいかな」 ちょっと口とか殴って見ても良いかな。笑顔で殴れば他の2人には勘付かれないよね?イノリ 「そうだねー。あそこがいかにも裏口って感じだね、ゴツい見張りも立ってるし」 何かそんな空気をしたがっているっぽいので私も少しシリアスっぽく声を潜めて言ってみる。もうこれを楽しむしかないのかな。 いかにもも何もどう見ても搬入口であるホールの裏口の前には、堂々と身長2mくらいのガタイの良い黒人男性が仁王立ちで一人煙草をふかしていた。目立つ場所なのに警備が一人とはよっぽど自信があるという事の表れだろう、多分。 そんなのに一般人がコスプレ武装をしたのとウェイター&メイドが正面から突入しようとしたら当然止められる、と言うか今でも見つかりはしないか不安だし見付からないのが不思議でしょうがない。それはフタバ君(と他2名)も分かっている筈。 私もオペレーションの手順があるし、早々に中に入らなければならない。仕方無い、いかにも出来る副官の如く進言してみるとしよう。イノリ 「フタバ君たちは敢えて正面から接近して、囮としてなるべく無駄話してて。その間に私は死角から不意打ちで突破してみる。最悪見つかったらボコる勢いで」フタバ 「……大丈夫なのか?」イノリ 「私、これでもバトルメイドですから」 決め台詞っぽく言っちゃったが、めっちゃ恥ずかしい。笑顔だけど顔の内側歪みまくり。何バトルメイドって。フタバ 「……。オーケー、任せた。頼むぜ相棒!」 めっちゃいい顔でグーサインして送り出して来た。他の2人も話は聞いていなかったっぽいけど同じく真似して来る。何これ。あとあんたの相棒は厳密に言えば私じゃ無くない? かくして私は単独で裏口から離れて行く。充分に距離を取って、3人が植え込みから姿を現したところで私も迅速に行動開始。建物の角を曲がって見張りの視界から完全に外れた場所に滑り込み、 すんなりホール内部に侵入完了っと。 え?そりゃ別の入口から普通に入ったに決まっているじゃないですか。メイドですもん、買い物袋の一つでも提げてりゃ入れてくれますってw 男共はこれで勝手に上手い事本当に囮をしてくれるので、ようやく私は自分の任務をスタート出来る。あー長かった、私だってオペレーションに失敗して怒られたくないやい。これでも人命担ってるんだぞ。 まずは4階にあるPA室へ。途中途中にいる何か見張りっぽいスーツ姿の人達は走りながら私の笑顔(と、ちょい突っつき)でご退場いただき、PA室にいた人も同じく笑顔(と、ちょいさば折り)でご納得いただき、さて着席。階下の舞台を映してるモニターチェック。 おー、ちょうど演説が盛り上がり切ったところくらいかな。予定だとそろそろマスターが突入するらしいんだけど、そこは何も打ち合わせが無いからなぁ。良いように対応してくれって指令は、ちょーっと私に丸投げ過ぎないかい?信頼と思っておくけどさぁ。 って、ぅを!天井からマスター落ちて来た!しかも何か奥にあった箱?みたいなのを踏み潰してったし!!シルバ 『はいはーい、おっ疲れ様でしたぁ~っ。緞帳クローズプリーズ!』 にゃんとっ!?えぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~とぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、あ、これかな?ポチッとなっ!! ……おー、幕降りて来た~。何となくコヨミちゃんから機材の場所教えられてたから良いけど、いきなりは焦るわぁ~。……何か緞帳が降りるスピードがめっちゃ速く見えるけど、ま、いっか。 さて、これで最初のミッションは完了っと。客席の方はこの後ハヤトさん達が何とかしてくれる手筈だし、私はその間にターゲットの捜索に行かねば。 んー、しかしPA室を出たのはいいけど手掛かりがなぁ。定石としては最上階か地下なんだろうけど……、近いから上から行きますかね。 屋上に続く階段と扉でも何人か屈強な装備の男達から熱烈な視線をいただきましたけど、それらを全部ぺこりと笑顔(と、お辞儀からの不意打ち気味の金的的な物)で袖にして。そうして外に出てみたらそこにはまあなんとビックリ! 何かあると思ったら何にも無いじゃあないですか!!イノリ 「……………………チッ」 おっとぉ、いけないいけない。えがおえがお。メイドは笑顔が基本じゃね、にっこりぃ。 屋上は確かにいざという時逃げやすいけど妨害されやすい、ましてやこの時代衛星追跡だってお手の物だ。この組織がどれだけ金持ちかは知らないけど、宇宙にでも逃げるつもりでもない限りはそんな怪盗みたいな逃走法は取らないだろう。私ももうちょっと考えるべきだったかもしれない。 だだっ広いがらんどうな屋上を一通り観察して本当に何も無かったのを確認して、仕方無いから下の方へ向かう。階段でK.Oしたメンズ達はまだそのままだったから、せめてものお詫びに南無参しておいて。 ……うーむ、さすがにちょっとフロアの方はざわざわしておるな。非常階段を使いたいところだけど、屋上から素直に降りて来てしまったから非常階段に行くには信者の方々で溢れるフロアを突っ切らなければならない。さすがに部外者だし秘密の暗号とか聞かれでもしたら躱せないからあまり接触を持ちたくはない。 よし、幸いにもハヤトさんとこの部下さんがちらほらいてくれてるし、この方法を取っても後は何とかしてくれるだろう。階段から目標までの直線には人影無し……! いざ。ダッシュ&ジャーンッッップ!!!3階から1階までの吹き抜けを一気に下るっ!!!! ……なんて直接そんな事したらマスターじゃないんだから死んじゃうんで、ジャンプ直後空中で反転しつつリボン型のアンカーを3階の柱に射出。長さは最大10m、加重限界は180kg。私の体重とGを計算してもギリギリ耐えられる高さの筈なのだっ。 アンカーの先が柱に突き刺さり、私は振り子よろしく1階ロビーへ向けて弧を描いて落下。そして1階の天井、2階の回廊の床でもある部分を支点に私の身体が再び上向きになりかけた瞬間にアンカーをボタンで解除、軌道が上から斜め前に修正されてふわっと走り幅跳びの要領で着地っっ!と。ついでに強襲する蛇の如くしなって収納されるアンカーを華麗にバシッと回収。リボンとして再び装着ッ!! どーよ、この映画さながらのワイヤーアクションは!仮に下に誰かいたとしたってスカートの中が見えないよう翻りの角度と風圧での脚への貼り付きまで加味した軌道計算をしつつショートカットに成功したこの決断!!ミコト 「どんなに華麗に飛んだところで、隠密性を欠いた時点で0点ですよ」 うをっ!?何故姐さんが私より先に1階に!!?ミコト 「階段を下りていたら、あなたのアンカーの射出音が聞こえたものですから先回りを。あと、連絡にはちゃんと出なさい」 え。 あ、ほんまや、通信入ってた。でもいつだよぉ、屋上にいた時かな。ミコト 「さ、行きますよ。シグレとコヨミの情報では、地下の鉄扉の部屋に対象はいるようです」イノリ 「あい、師匠っ」 そう、私がギルドに来てから5年。あれこれ身に付けた護身術やアクションはこのミコ姐さん直伝なのだ。そのミコ姐さんは……我流なんだろうか? ともあれ戦力的にはフタバ君よりよっぽど頼りになる人が来てくれて。ここからはバトルメイドとバトル秘書。変な肩書の二人で救出作戦、である。 ……変なDVDの撮影班とか、付いて来てないでしょうね?  当然ながら、すんなり目標の場所まで行ける筈も無くて。ミコト 「……、階段周りで5人程ですか。下手を打ちましたかね」 地下1階への踊り場。そこで隠れつつ手鏡を出して先の様子を確認。こういう所が何かもうスパイ映画か何かの見過ぎなんじゃないの?役に立ってるから良いけどさ。イノリ 「私達よりよっぽどこういうのに向いてる人、いるんですけどね~」ミコト 「同感ですが、今いない人の事を頼っても仕方ありません」 デスヨネー。ミコト 「あなたに経験値を積ませてあげても良いのですが、今回はアカネさんの事も心配ですしスピード重視という事で」イノリ 「あいあいさー」 私も実戦経験はそう多い訳でも無い、毎日が戦いだったようなもんのミコ姐さんに比べたら潜って来た修羅場の数が違う。だって私、元は単なる一般人だったしさ。 ミコ姐さんが鏡の代わりに愛用の小銃を取り出して、突貫の構えを見せる。後は私は先行する姐さんの後をまったり付いて行けばそれでいい。 ……何て、甘い現場ではギルドは無い。イノリ 「そんじゃ、行きます!」 屈み込んでいるミコ姐さんを飛び越して、私がまず踊り場に堂々と姿を晒す。そうしたら当然、階段下の皆さまは私に注意が向きまくる。 でもよく考えてご覧なさい。ムサい男達が多少ピリピリ警戒してる現場に突然メイドさんが舞い降りてきたらどうなるよ。 私が単独で戦ってた時もそうだったけど、素っ頓狂過ぎて硬直するっしょ? そうなってる内に、まず私はふわりと階下へジャンプ。今度は着地ダメージは気にならない。 でも相手も警備の仕事の方々ですからすぐに私を警戒し直し5人で取り囲もうとするので、私は眼前の2人だけを着地の勢いで攻撃。剥き出しの顎を身長差を利用して小ジャンプしつつ掌底で突き上げて一人撃破、着地の流れでもう一人を足払い、うつ伏せになった所を思いっ切り人体急所の脇下目掛けてトーキックして二人目撃破。 そうしている間に、私に向いていたせいで背中ガラ空きのお3方はミコ姐さんが華麗に制圧。銃を抜いていた割に銃声は一発もせず、私が向いた時には既に階段を下りていたのでどうやったかは分からないけど。 勿論こんだけの立ち回りを無音ではやれないので(主に私のせい)、廊下の先にいる人達は私達に気付いた。一般的な狭さの25m程、部屋数は5かそこらの直線廊下に15人くらい、内警棒で武装しているのが10人程度で後は素手。変な人間がいることくらいは伝わっていて警戒レベルが上がったとしか思えない配置だ。 で、私が飛び降りたロビーには全然警備の姿が無かった事から考えてこっちの方がVIP扱いなのは明白な訳であって。ミコト 「さあ、駆け抜けますよ」 言うが早いか、すうっと一呼吸溜めるとミコ姐は廊下の反対側目掛けて猛ダッシュ開始。でも今度は容赦無しに銃をぶっ放して。 警備の皆さんは手前からガンガンヘッドショットを喰らいまくって倒れて行くんだけど、実はミコ姐さん愛用の銃は凶悪カスタムされた違法エアガン。だから派手な音もしないし、離れて使えばたとえヘッドショットであろうと昏倒程度で済んじゃう安心安全な代物だったりするのだ。ちなみに何でそんなもの持てるのかは触れないでおく、って言うか私はよく知らない。 そうそう。勘違いしないでもらいたいけど、この廊下は反対側にも普通に階段があるのでどっちが追い込まれるというような状況にはならない。だから姐さんも迷い無く駆け抜けちゃえるのだ。もち、建物の構造は突入前に予習済み。 解説してる間に突風吹き荒れるが如く突っ込んで行ったミコ姐さんは、アクション俳優顔負けの流れるような銃格闘、ガン・カタを使って次々と警備員を振り返る事無く脱落させて行く。まさにミコト無双。運悪く撃ち漏らした人だけ私が後から追い付いて適当に倒す、という流れで30秒もしない内にこの階を制圧。駆け抜け切った廊下を初めて振り返れば、死屍累々と言った惨状がそこにはあった。当然、一人も死んでない。ミコト 「如何に敵陣を混乱させ、対処させる前に速攻を掛けられるかが鍵です。鍛錬すれば、あなたもこれくらいは出来るようになりますよ」 汗の一つも掻かずにしれっと言ってくれるけどねミコ姐さんや、そら無理ってもんですよ。あなた自分が移動しながら動く的に確実に全弾ヘッドショットさせるとか、どんだけ超人的なことしてるのか自覚無いんですかね?あ、超人だからか。ミコト 「この下は駐車場ですし、あるとしたらこの階でしょうか」 うおー、話進めようとしてる。時間も無いから仕方無いけどさ。 『読心術』の話を聞いた限り運ばれたのは無骨なままの造りの駐車場とは違うこの廊下の壁紙をした天井から続く部屋って事だし、累々してる皆様の分布が廊下の真ん中に多い。って事は、イノリ 「あの部屋、ですかね?」 観音開きの扉になっている、倉庫と書かれている部屋。 なんだけど、何かちょっと金色の豪華な飾りで縁取っていやがる。再び確認するけど、ここは倉庫。白単色の廊下に備わっている一部屋。 ……何だろう、馬鹿にされているのだろうか。ミコト 「……開けましょうか」 姐さんもめっさ呆れ顔をしている。 もしやこれだけ人を馬鹿にした造りと備えをしているのは、私達をこうやって呆れさせて油断させるか、或いは飛んで火に入る夏の虫よろしく罠に嵌める為だったりするんじゃない!? って思ったのは白状するんだけどさ。全然そんな事無かったんです、本当。 開ければ、そこでは結構広い空間で暗がりの中魔法陣の描かれた紺色の絨毯の中央に棺を据え、それを囲って数本の燭台と、黒ローブ姿の連中が何やらうんにゃらほんにゃらと呟きまくっていた。壁には一面髑髏とか十字架とか謎の生き物の置物とか、何かもうごちゃごちゃおどろおどろしく飾り付けがされている。イノリ 「……何じゃこりゃ」 せめて人工の光くらい点けなさいよ、暗いったらありゃしない。窓も無いのに。ミコト 「……正直、理解し難い部分はありますが」 パシャリと室内をデジカメで撮影した姐さんが一歩室内に踏み込むと、ようやく室内の連中が異変に気付いたらしく。ミコト 「救出が最優先。蹴散らしましょう」 銃口を向けたミコ姐さんに対し、阿鼻叫喚の様をほんの一瞬晒してしまったのだった。 イノリ 「……やっぱりなぁ」 室内の連中は非戦闘員だったため掃討があっさり済んでミコ姐さんが室内の様子をあれこれ写真に収めている間、私は棺の中で横たわっている女性の顔を見ていた。 真白いドレスに身を包んだ色白な成人女性。最後に見た時にはもうちょっと装飾があったのだけれどそれらは全て邪魔だったのか外されてしまっている。そして喉元にある、装飾品の物とは異なる親指程の幅の絞状紋。特に表情に安らかさは無い事からそれ程幸せな最期では無かった事が分かる。 ……いやはや。分かってはいた事だけれど、こうやって死者と対面するのは心苦しいものがあるよね。それが知っている人物であるなら尚更。私は積極的に関わろうとはしなかったけれどもそれでもだ。それを思えば、あの3人を置いて来たのは正解だったかもしれないね。そう言えば今どうしてるんだろうか。ミコト 「おや、これは……」 ミコ姐が見ていたのは、壁に掛けられた天命教のシンボルマークっぽいマークが描かれた旗。を、引っ剥がした場所。イノリ 「エレベーター?」ミコト 「倉庫から直通の、ですか。しかし……」 確かにそこにあったのは、人用ではなく明らかに物を運ぶ用のエレベーターだった。学校で給食を運ぶ時に使うみたいな縦開きのやつ。それが倉庫にあるのは確かに納得出来ると言えば出来るのだけれど、イノリ 「B1、1F……、ST?」 1Fはそりゃ分かるんだけど、STって何じゃいな?ST……さと?すた?そて……ミコト 「…………、ステージ?」イノリ 「ステージ……。え、舞台?」 床下の奈落って事!?あのパカって開いてせり上がって来るやつ?? おいおいおいそれってこんな下の階から続いてるもんなのかい?せめて下の階からなんじゃないの!?ミコト 「確かに位置的にはここはホールの真下ですから、辻褄は合うのですけれど。うーん……」 さすがのミコ姐さんもこれにはしかめっ面だ。 何にしたって確認しなけりゃ始まるまいと取り敢えずエレベーターのドアをポチッと開けてみる。ゴインゴインと重厚な機械音を立てて扉が開くけど、中はやっぱり至って普通のゴツイエレベーター。 じゃなかったよねー!! まず床が木張り。こう、綺麗な木目地でせり上がった時に舞台とぴったり合うデザインっぽいやつ。そこがまず何で?って普通なるでしょ。 そして、天井高っっっかいの!いや、高いって言うか、無いの!!ポツポツ小っちゃなライトがあっても暗いから正直よく見えないんだけど、ビヨーーーンって上まで伸びてるの。首を垂直に上げて見ちゃうくらいには高いの!!イノリ 「これって、建築基準法違反なんじゃないの……?」 そんな事笑顔で言っちゃう私は、ロマンを理解はしている現代っ子。 完璧に現実味を帯びて来たこの奈落エレベーター。正直、まだ微妙に信じがたいものの……ミコト 「利用しない手は無いでしょうね」イノリ 「まあ、そうなりますよね」 私達に課せられているミッションは、今回の被害者を探し出しマスターの元へ連れて行く事。ここは地下1階、マスター達がいるのは地上3階。直通のエレベーターがあるんだったらそりゃ使いたくなるに決まっているじゃないですか。ミコト 「イノリ、あなたが責任持ってその方をお連れしなさい。顔見知りなのでしょう?」 うげ、知られていましたか……。ミコト 「別に私はどうこう問いませんけどね。嫌なら私が運びましょうか?」イノリ 「運びます、運ばせていただきます!」 別に嫌じゃないっすよぉ。さっきの心の声を聞いていなかったんですかぁ?あ、そりゃ聞いてなかったか。 棺からよいしょと女性の体を起こして、その腕を軽く私の首に回して、膝を立たせて。背中と膝の裏に腕を差し込んで~、よいしょっとぉ!お姫様抱っこぉ~っ!! あ、自分よりもタッパのある人を担ぐなんて出来るのかと思われたかもしれませんがね、何事もコツってものがあるんですよ。あとちょっとだけ棺の枠を破壊しましたw しかしまあ、抱かれるんじゃなくてまさか抱く側に先になるとはなぁ。 私が乗り込んでから、ミコ姐さんは外で昇降スイッチを押して滑り込むようにエレベーターに乗り込んだ。確かこういう昇降機って事故防止のためにボタンを押しっぱなしにしてなきゃいけなかったような気もしたんだけど、ミコト 「教団の建物として、そういう用途は想定していないのでしょう。と言うよりも、一部の人間が一部の用途でしか利用しない物なんでしょうね。だからやりっ放しで良いんですよ」イノリ 「どういう事です?」ミコト 「劇団が舞台装置として使うわけでは無いのですよ。これは教団の幹部クラスが緊急の避難経路として使う事を目的としているのでしょう、旗で隠してもいましたしね。倉庫にも下げるのボタンはありませんでしたが、きっと舞台袖にも上げるのボタンはありませんよ。マスターがあるのは恐らくPA室だけでしょうね」 マジですか。知らずに上で乗っちゃった人はビビるだろうなぁ、まぁ本来舞台に上がることも出来ないんだろうけどさ。 ……ところで。1分もあれば3階まで着いちゃいそうな速度でこれ上がってるんですけど、どうやったら天井の舞台床部分は開くんですかね?そこあんまり気にしてなかったんですけど。ミコト 「……………………」 あ、あれあれ?ミコ姐さん??どうしました、そんなうっかり八兵衛みたいな汗を一筋垂らして。ミコト 「…………祈りましょう、開く事を」 姐さーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!????ミコト 「普通に考えて自動で開く筈ですけど……。いざとなったら、私がぶち破りますから」 そう言って昇竜拳を出すべくしゃがんだミコ姐さん。 多分ですけど、そういう所の床って結構分厚くて頑丈だと思うんですよねー。あとやったらやったで絶賛お姫様抱っこ中の防御出来ない私の頭上に色々振って来る筈なんでやって欲しくないんですけどー。 やっばい、ただ天井が開くか開かないかってだけでバトルの時より緊張するんだけど。動いてないのに心臓バックバクなんですけど!そんな時に心臓動いてない人を抱えているっていうこの皮肉!! 1階が過ぎた筈なのにまだ開かない。思わず普通のエレベーターあるあるの「無意味に上を見る」をやってしまう。天からの救いの光が差す事をこれ程までに待った事があっただろうか。エレベーターより遅くて昇降機より早いっていうこの微妙な速度が、ここに来て焦れったさと待って欲しい感を併せ持つ事になろうとはっ……! ああ、遂に暗くても天井の繋ぎ目が見える高さまで来ちゃったやん。ペース的にはあと30秒あるかどうかかなぁ……?下手したらあと30秒であったかいお煎餅が3枚出来上がっちゃうぞぉ。いや、2枚はくっついてボリューミーな1枚になるんだけどねぇ? っと。何やら上の方から機械音に混じって野太い声が聞こえたような……?イシキ 「冥途の土産に絶望と言う名の圧倒的な力の差を味わうが良い!」 ガションッ!!ギュイイィィィィィィン。 あっ、光がっ……!空が、割れて行くぅ~~~~!! 目算、約4m。私達のプレッシャーとプレスな運命から解放された瞬間だった。 あぁー。今の私、心からの笑顔してそう。スキル要らず。ミコ姐さんもしゃがんだまんまちょっと安堵の顔しちゃってるし。クールな美人の油断した顔、良いねぇ~。 ……って、安心してばかりもいられなかった。さっきの声からして何か緊迫した状況に私ら飛び込む事になるみたいだし、ここはきちんとギルドの一員としてキッチリ自分の仕事を果たさねば。特に何を意識する訳でも無いんだけど心構え的にね。  笑顔は武器、スマイル最強っ!これさえあれば何とかなる!! ついでにカモン、スポットライト!!!イノリ 「遅くなりました~」   …………。 あ~、終わった終わったぁ~。 って心の中でだけ嘆息。何せまだ終わったのは山場だけ。 かしこまり~、で出て来たのは良いけどまだ事後処理ってものがね。マスター達はまだ舞台上で戦ってる訳だから、私の方が少しは楽ってものでしょう。あのお仕置き輪廻街道はあんまり見たいもんじゃないからなぁ。 ……アカネちゃん、耐えられるのかね? さて。私はえっちらおっちら、また女性を今度はおんぶして階段を下りている。ホールを出た所で私が延髄チョップでまた気絶させちゃったからだ。 誤解無きよう言っておくと、これは既定路線。説明は全て警察の方でして貰う事になっている。私らはあくまで闇の組織、そうそう表舞台に立っちゃいけないのですよ。そしてぶっちゃけ説明が面倒臭い。 なので気絶させて、移動部分は本人の体感的にはショートカットさせていただきました。 建物内のざわつきも大分落ち着いたようで、いっぱい溢れていた信者達もどうやら大半は外に出されて、一部はまだホール内で大人しくしているよう見張られているらしい。おかげで今度は飛び降りなくても済んでいるんだけど、逆に誰にも会わないからこの背中の人を預けられない。 さすがにメイドさんが女神の器たるドレス姿の美女を背負ってる様子を街の皆様にお見せする訳にも行きませんで、せめて建物を出るまでには責任ある人に任せたい所なんだけどなぁ。あと、下まで来たは良いけどどこから出て良いものやらだ。表も裏も出待ち状態だろうし……。ハヤト 「……ん?」 あ、正面玄関から堂々と見知った顔が部下二人を引き連れて来てる!?ハヤト 「『癒しの面』か。状況はどうなっている?」 うんわ、相変わらず実直なお方ですなぁ~。私のこれを見てもまず説明を求めるかね、そりゃそうなのかもしれませんけど。あと人の事をスキル名で呼ぶなや、ペーペーですけどねっ。イノリ 「現在3階ホールで矯正対象と交戦中、クライマックスまで後少し。私は重要救出対象を保護した所です、出来れば引き継ぎお願いします」ハヤト 「そうか、ご苦労」 指示されて、私よりも軽々と女性をお姫様抱っこする部下さん。ついでにその時もう一人の部下さんが、来てた上着を脱いで上から掛けてあげてた。ひゅう、紳士ぃ。今初夏だけどね。 部下さんはそのまま正面から女性を連れて出て行った。信者の人達があの人の顔を知っているのかは知らないけど、この人の部下だからそこら辺は混乱が起きないよう上手くやってくれるだろう。でないと怒るぞ、マジで。人任せにしておいて何だけどさぁ。 そしてこの人もこの人でもう私には目もくれず階段を上がって行きやがった。クライマックスまで後少しって言ったのは確かに私なんだけど、もうちょっとこう……労ってくれても良いんじゃなかろうかと思うんですけどどうなんですかねぇ?イノリ 「……。帰ろ」 今回のミッションは遊撃だし、やることやったからもういいよね? ああ、どっと疲れた。こんな時でも私の笑顔は崩れないんだから困りものだ。もしかしてそのせいで心配されないんじゃないかと思えなくも無い。 気分ではあったけど、正面から出たくなくて裏口から出る事にする。でもおっきい搬入用の扉はシャッターも下りてどうもガッチリ閉められているようなので、その横にある管理人室の通用口から。 せっかくなのでさっきの部下さんに倣って管理人室にあったジャンパーをお借りして身分隠し。多分こっちにも信者さん方はいらっしゃるでしょうからねぇ、メイドさんじゃあ無駄に目を引くってなもんですよ。全員叩きのめす訳にも行かないしさ。 そうして鍵を開けてそっと外に出てみれば、やっぱり十数人の信者さんと思われる人達が閉まった扉前でざわざわしていた。一応警官さんが2人で何やら対応しているようだけど、その警官さんもそんなに事情を知っている訳では無さそうだ。中が片付くまでもうしばらく無益な時間に耐えていて欲しい。 そして、その一団からはちょっと道路側に離れた場所で。フタバ 「…………、あれ?」 おバカな男4人が、揃いも揃って大して動いていなかった。イノリ 「終わったから。帰るよー」 それだけ言って、私は天命教本部をもう後にした。だってここを掘り下げたところでもう大して面白く無さそうだったんだもん。 だから、どんなに切なそうに見られたところで私はその日もう誰の面倒も見ませんでしたとさ。  イノリ 「ただいまー」 カフェ側ではなくギルドの家側の玄関から、私ご帰宅。まだ他の皆はオペレーション中だから、家の中も割と静かだ。 なのでソファでちょいゴロンとしよっかなーとリビングに入ったけど、そこにはまさかの先客が。コヨミ 「……、……」 寝息を立てずに寝れるタイプだったらしいコヨミちゃんがスリーピング。胸元にタブレットを抱いたままな所を見るに、やることやって寝落ちしたんだなこれは。 現場で働く人もそりゃ大事なんだけれど、こうやってバックアップしてくれる存在がいるからこそってものだよねぇ。私もコヨミ情報に結構助けられてたもんね、今日のオペレーション。 私以上に労われない可能性もあるし、このお休みを邪魔しちゃ悪いね。大人しく自分の部屋に戻って寝るかなぁ……。ああでもその前にシャワーも浴びたいし、メグミ 「あー、イノリさんお帰りなさい~」イノリ 「うぉう、ただいま。あれ、それ何?」メグミ 「ああー、コーヒーですー。起きたらコヨちゃん飲むかなーって。良ければイノリさん、これ飲みますかぁ~?」イノリ 「良いの?」メグミ 「コヨちゃんのは、また淹れますから~」イノリ 「そ。んじゃあいただきます」  ゴクリ。 イノリ 「しょっぱあぁぁぁあぁぁぁぁっ!!!」メグミ 「あれぇ~?」 

『棄てられし者の幻想庭園』第2章・後編

 ガションッ!と、イシキの高らかな宣告と共に舞台の下から重々しい機械音と振動がする。それが確実にこの舞台下に仕込まれている昇降装置であることはアカネ達全員理解出来たため、その場所であろうセンター位置から脇へと引き下がった。 そして予想通り、舞台中央の床が開いて奈落から駆動音がし始める。公共の施設の筈なのに随分と手の込んだ造りを最近はするものだなぁなどとアカネはひっそり思ったのだが、これだけ大きなホールだと演劇や歌謡ショーにでも使う機会もあるだろうとこの場は納得しておくとして。 舞台の昇降装置は安全の為それ程スピーディーには上がって来ない。なら早く逃げるなりなんなりした方が良いのではないかとアカネはシルバの顔を伺ったのだが、何かシルバは緊張と期待の入り混じったギラギラした目でゴクリと唾を飲みそのせり上がって来る場所を見つめていた。横にいるシグレもそんな感じ。 何だろう、打ち合わせでもしているかのような、まるでドラマや小説のお約束をやっているから邪魔しちゃいかんと言ったこの感じは。さっぱりアカネの理解の外でもう何が何だか。 そうしてアカネが心中慌しくしている内に徐々に舞台下から人の姿がフレームインして来る。と、イノリ 「遅くなりました~」 そこから結構見覚えのある頭が可愛らしく声を発した。 そしてそのヘッドドレスを携えた頭の持ち主が完全に床と共に舞台上に登場すると、一人の見知らぬ黒髪で薄い純白ドレス姿の女性を悠々とお姫様抱っこしていたのである。イシキ 「なっ……にぃ!?」 アカネ 「あ、メイドの土産だ……!」 何か上手い事言えてしまった。やったぁ。 先程までハイテンションで悪役顔していたイシキも、驚愕の顔で硬直している。いや勿論アカネの冗談に感動した訳でも、このミュージカルよろしい登場に魅了されたわけでも無くて。 と言うより、この人が例の女神の器に選ばれたとかの人だよなぁと遅まきながらアカネは考えたが、そこは屈んだ状態で一緒に上がってきたミコトが即座に補足に入る。ミコト 「ああ、同じ問いを繰り返さないように先に言っておきますと、館内の湧いて来た警備と例の棺の周りでうんにゃらほんにゃらやっていた方々は私とイノリでこらっ!としておきました」イノリ 「今回も、勉強させていただきました~」 ちょこんっと軽い拳骨みたいな振りをミコトはしたが、どうもそんなんじゃない気がする。 そしてイノリは突入してからどこで何をしていたんだろうか。ミコト 「しかし、何故悪の組織の皆様は誰も彼も大事な部屋の目の前に仰々しく警備を敷くのでしょうね。そこが重要な場所だと教えているも同然ですのに」シルバ 「よっ、流石は紅の戦乙女!」ミコト 「その名はもう棄てましたから」アカネ 「何それ凄い気になる」 また謎の盛り上がりが始まりかねない空気になった時、硬直していたイシキが動き出した。イシキ 「きっ、貴様ら……何をしたのか分かっているのか!我々の長きに渡る研究と資金と人材を費やした偉大な儀式を台無しにしたのだぞ!?貴様らの身勝手なエゴの正義感によって!」ミコト 「素敵な言葉のブーメランですね。あなたもこの女性の長きに渡る人生を台無しにしたのです、あなたの身勝手なエゴと欲望によって。それにマスターの思考を代弁させていただくならば、我々は正義の使者ではなく闇の組織ですから、その闇のイメージを貶めるあなた方のようなちっぽけな悪の組織が許せないのですよ」シルバ 「ミコト、勝手に人の脳内を解説しないでくれ。恥ずかちいだろう?」ミコト 「これは失礼を。あとこれ、現場写真です」 ミコトがスーツの内ポケットから取り出したデジカメをシルバはポチポチしながら、シルバ 「ふむ。とは言え、これ以上ここでお互いの持論で水掛け論をした所でただ見ているだけの人は退屈だろうから、もう事実でキミを攻略していこうと思う。シグレ」 イノリがこちら側に寝かせていたあの連れて来た女性の頭に、シグレはそっと触れて目を閉じる。シグレ 「……コヨミのビジョン通り、死因は首を絞められたことによる窒息死。他に傷を付けられた様子は無いな」 そう断言するシグレ。その様子からアカネもさすがに何となくシグレのしている事が分かったが、初心者であるアカネに配慮してかそれとももう一人の為か、イノリが横で解説してくれる。イノリ 「シグレ君のスキル、『読心術』。物体に刻まれた記憶を読み取るスキルだよ」アカネ 「物体の、記憶?」イノリ 「そう、そのエピソード記憶。私達が来てる服とか、この建物とか。世界に存在するあらゆる物質、それの『目』に当たる部分に映った映像をそのまま辿って見ることが出来るって訳。それこそ、あの壊れてる棺の見た記憶もね」 先程シグレが棺にスキルを使っていたらしい時に言っていた上向いてるとか言い向きだとかいうのはその目に関する話だったのか。ミコト 「ですがそれは本来、生物である人間の記憶を読み取ることは出来ません。定義である『物体』という枠には人間は含まれませんから。では、使えるようになった時とはどんな時か」 その言葉の意味、そしてこの状況。答えは、明白だ。アカネ 「……死んでる、時」ミコト 「理解が速くて何よりです」 目の前にいるのは、土気色になりつつある女性。 人間の死体。 その事実を今まざまざと突き付けられ、そして改めてそれが自分の視界に映り、アカネの心臓がドクンと強く脈を打った。イノリ 「警察で言う所の、死者を殺しても殺人にはならないっていう死体損壊の定義と同じ。世界の仕組み上死亡判定されたなら、人間は遺体というモノになる。それを逆手にシグレ君は死んだ時の状況を読み解けるの」 そんな話を、倫理にうるさい団体や学者に聞かせたらどうなるかね~?とイノリは乾いた笑いを付け加えた。その意味は、この時のアカネは図りかねたが。ミコト 「一瞥した限りですが、私のスキルの必要性も感じられませんでした」シルバ 「だろうな。黒魔術において生贄は生者に近い方が成功率が高い、特にこれは憑依の類だから使い物にならない躰だったら招かれた側からしたら契約違反だし何をするか分からない。そんな事態を避けたくなるのは当然の心理だな。おっと、『読心術』使いがいるのに心理の話なんてこりゃあ馬の耳にセミナーだね」アカネ 「黒魔術?」 急に得意気に長々語り出したと思ったら思いがけないワードが飛び出して来る。シルバ 「宗教でも何でもない、天命教の正体は単なる黒魔術マニアの集まりだ。やってる事は都合の良い欲に塗れた連中を利用したただの自己満足、悪魔が女神に鞍替えしただけで、数世紀前の西洋で一部の貴族間の娯楽に行われてたものと大差無いね」 これだけの情報で、どうやったらそんな結論に到達出来たのだろう。と言うより、アカネとしてはシグレの見た物やデジカメに映っていたものを見せて欲しかったのだが。そうしたらもうちょっと話に付いて行けそうなのに何でだろう。 そしてこっちはそんなもの見なくても付いて来れているらしく、イシキ 「私のアルカディアル・マギクスをそんなカビの生えた遺物と一緒にしないでもらいたい。それにスキルだの何だの、貴様らこそ誇大妄想が過ぎるのではないか?」 何か色々決定的だが、イシキの怒気はシルバ達には暖簾に腕押しの様相。シルバ 「ああいいよ、そこら辺は別にどうだってさ。私達が教えたい事実はたった一つ。理不尽な死の重みだけだ」アカネ 「?」 するとシルバは横たわっている女性に歩み寄り、右手の人差し指に付いた鉄の爪を分かり易くアカネとイシキに見せ、それを女性の胸元に当てた。 すうっ……と息を吸い、周囲の空気を静止させる。全ての視線がその爪に注がれたのを感じてシルバは静かに、しかし全力で、行使。
シルバ 「刈り取れ、死の因果。ジャッジメント!」 耳を劈くように鋭利な金属音のようなものを放ちつつ、鉄の爪が女性の胸元から見えない何かを掻き上げた。 アカネも初めて見るその行為が一体何を意味するのか何をもたらすのか全員が固唾を飲んで見守るしか無かったのだが、その全ての余韻がやがて自然と消え去る頃、横たわっていた女性が激しく盛大に息を吹き返して咳き込み出したのだった。イシキ 「……そ、んな、バカなっ!?」 文字通り目を飛び出させるほど仰天してその現象を目の当たりにするイシキ。シルバ 「ん~?この程度で何を驚いているんだ、アルカディアル・マギクス使い(笑)?」アカネ 「(この程度!?)」 確かこの方は先程あなた方が死んでいると定義してくれたのではなかったか。 見た限りシルバがそんなご遺体に対して行った事と言えば、スキルっぽいものの名前を口走った後に鉄の爪を宛がって動かしただけ。 そんなんで死人が生き返ったなんて、どこをどうやって信じたらいいのだろうか。 だが当のご本人は、呼吸が安定したのかぼんやりと辺りを見回し始めていた。女神器 「……私、は?」ミコト 「無事にお目覚めのようで何よりですが、取り急ぎ一つお尋ね致します」女神器 「あ、はぁ。何でしょう?」 この状況で初対面の人からのいきなりな問い掛けにもゆるりと応じるこの女性は、やはり器がデカいのかもしれない。ミコト 「あなたの拉致・殺害を命じたのは、あるいは実行したのは、あの者ですか?」 キッとイシキを睨むミコト。そのイシキと女性の視線が交差した時何か事情めいた物も飛び交ったように見えた気がアカネにはしたのだが、それはやはり当事者間の問題であろう。多分複雑なのだ、大人は。 そうして少し憂いのある伏し目をしながら、女神の器たる女性は女神器 「……はい」 シルバ 「イノリ、彼女を外へ」イノリ 「かしこまり~」 イノリが、目覚めても立てずにはいた器の女性を再び抱え上げて舞台袖から出て行く。それに全く抵抗せず「ふあぁ~~」とか言っているあの女性も、何だか浮世離れしていると言うか。単純に考えて、色々狙われそうな気がアカネは凄くした。 シルバ 「死人に口無しって言うけど、こうやって殺された人間が真実を語ってくれれば世の中もっと平和になる気がするよねぇ、抑止力的な意味でさ。惜しむらくは、それを今の人類では受け止めきれないって言う所か。……今のお前さんみたいにな」 そんな雰囲気に和むことはこちらはせず、蒼白になりつつある顔に脂汗を流し続けて完全に怯み切っているイシキへの追及は続く。イシキ 「……まやかしだ。い、いや、何かのトリックだ、偽りだっ!でなければ   」
シグレ 「私が殺した筈の人間が生きている訳がない、ってか?」ミコト 「所詮それが、覚悟の無い人間の限界という事ですよ」 何だろう、覚悟とは。シルバ 「さてアカネ、よく見ておくといい。ギルド『幻想庭園』の存在意義というものを。我々のスキルの、本来の使い方を」 そう言ってシルバは狩人のような目をしつつ、イシキにゆっくりと迫り鉄の爪をその胸に向ける。信じがたい事に死人を蘇生させたその爪で今度は何をするつもりなのか、知らない二人はただただ子の行く末を馬鹿みたいに見るばかり。見ておけと言われたんだけど。シルバ 「ジャッジメント・リベレイション」 そう告げて、シルバはその爪を刈り落とす。
イシキ 「かっ……!?あ、ぐっ……ぉぁぁ!」アカネ 「ッ!?」 胸を掻かれたイシキが突如首を押さえてもがき苦しみ出し、そして狂ったように悶え始めた。 恐怖で青白かった顔はみるみる赤く染まり、開かれた口からは容赦無く唾液が溢れ始め、目も顎も天を向く。だが何かを求めるように天を仰ぐ反応とは裏腹に膝はやがて折れ、肉体は地に伏せり、陸揚げされた魚の如くのたうつばかり。シルバ 「これが私の固有スキル、『生命判断(ジャッジメント)』。対象の人間を死に至らしめた一連の因果を切り取り保有、そしてそれを再び人間へ移すことが出来る」アカネ 「因果……?」シルバ 「そう。そして今回の彼女の場合他に外傷も無く絞殺のみの因果故に……」 そこで、床を打ち付ける音がぴたりと止んだ。シルバ 「死ぬまでが長く、苦しみの全てを味わうことになる」 見下ろすシルバの視線をアカネが追うと、目から鼻から口から体液を流し、白目を剥いたイシキが歪な体勢のままぐったりと横たわっていた。 シルバの言葉をそのまま受け取るのであるなら。今この男は、自分の目の前で、人を殺した。 状況と話からして、窒息死。アカネ 「ぅ……」シルバ 「心配せんでも、キミに間違って掛けたりはしないぞ?それにキミの『精霊の盾』ならこのスキルも無効化出来る」 大層おちゃらけて言ってくれているが、それどころではない。ミコト 「アカネさん、それが当たり前の反応です」 対してミコトが、至極冷静に声を掛けてくれる。この異常な状況では、それだけで毛布にくるまれたような温かさを感じられるような気がした。ミコト 「ただ、これで終わりではありませんよ」アカネ 「……え?」シグレ 「常軌を逸するのは、ここからだ」 そうして、再び視線がシルバの指先へと向けられる。シルバ 「刈り取れ、『生命判断』」 横たわるイシキの胸を再び鉄の爪で刈り取る。イシキ 「っ、ゲフォッ、ゲホッ!」 先の女性同様、弾かれるように息を吹き返し噎せ返る。ただ、急激な酸素の循環に体が付いて行けずにしばらく吸入と嘔吐を起き上がれないまま繰り返していた。 そうして一通り肉体を暴れさせたのを見守ってから、シルバは静かに上から問いかける。シルバ 「黄泉への入口から、おかえり。……どうだい、キミが彼女にした事の感想は?」 理解を強いている。そう出来る事をシルバは知っている。 だが当のイシキは這い蹲って醜態を晒しながらも、自分に起きた事を理解した筈でありながらも、まだ何も認めようとはしなかった。イシキ 「……は。私が、何を」 シルバを下から見返す瞳の奥には、微かに野心の色が籠っている。 しかしそんな相手にシルバは正面から、一歩に巨人の如し重みと圧力を込めて距離を詰めて行く。シルバ 「我々はキミを逃がすことは決して無い。理不尽を生む存在を許さない。その芽を摘むまで枯らすまで、理不尽と言う罪の水を浴びせ続けよう」 そして再び、鉄の爪が命を抉る。シルバ 「リベレイション」イシキ 「ぁうぐっ……、ぁっ!」 誰も間に入る事無く、イシキが一人窒息して行く様がまた無音の舞台で繰り広げられて行く。シルバ 「死んで、殺して、そこで終わりじゃない。その後の世界に歪が残る、どこかの誰かに影を生む。その業を、痛みを知らないからこそ、無関係な人間への殺人の境界線を容易に越えてしまえる。それじゃあ悲しみの輪廻は永遠に終わらない」 苦しむ最中に語られるその訴えは、聞かせている者に届いているのかいないのか。 どちらにしても。再び窒息死したイシキの胸に、指先の鉄鎌が添う。
シルバ 「刈り取れ、『生命判断』」イシキ 「っ、ごぁはっ!」 二度も殺され顔も服もグシャグシャになったその様は、アカネでなくても目を反らしたくなる程の黒々しさが漂っている。にも拘らず、ミコトもシグレもそこから一瞬たりとも視線を外さないでいる。 ここで行われている全てを、網膜に焼き付けようとしているかのように。シルバ 「我々の役目はそれを加害者に教える事だ。他ならぬ、自分の犯した理不尽な罪によって。その体に、脳髄に、徹底的に。その心が塵になるまで」イシキ 「   っ!」シルバ 「これが本当の、因果応報ってやつさ」  行いには必ず報いがあるという、善にも悪にも働く言葉。 そして、あの女性を殺害したという手段と同じ現象で繰り返し殺される現状。 この事態の原因を正しく知るものが見れば、確かにその通りなのだろうが。シルバ 「さってと。それじゃあ取り敢えず……、あと50回くらい行っとこうかぁ?」 完全に攻守交替。ニンヤリと嗜虐的な笑みで見下すシルバと唾液に塗れた姿で這い蹲り弱々しく見上げるイシキの状況を傍から見たならばどうなのか。  ともあれ、本当にそこから数十分の間。舞台からは一人の男の内臓から搾り出る呻き声だけが響き続けていた。  そうして耳も麻痺して来たのではないかと思う程の文字にならない声を聴き続け、最早もがく事すらしなくなった死に際を見せられるようになって数度目の蘇生。イシキ 「……ハァ、…………ハァ」 安穏と生きていたら決して正しく知ることがなかったであろう事を、アカネは今この時知った。 これこそ、拷問というもので。矯正というものなのだ。シルバ 「どうだ、犯罪者。……後何回死なせて欲しい?」 そう言い放つシルバの瞳は、鉄よりも重く灰色で、悪よりも深く黒い。イシキ 「…………すみませんでした」 初めに雄弁に振るっていた時はいつだっただろうか。 その時の熱量をもう思い出すことが難しいくらいにか細く、虚ろに。長い沈黙を経てイシキは視界の上隅に相手を捕らえて、遂にそう答えた。見ている側にとっても拷問のようだったこの時間もこれでようやっと終わり、そうアカネは思っていた。    思っていたのに。 シルバはイシキのそれを受けしばし黙す。だが再び爪を構え、開いていた距離を詰めるべく足を踏み出していた。 まだ続く。この誰にとっても苦しいだけのような時間が。そう感じてしまったアカネの身体は、何が命じるまでも無く駆け出し、シルバの歩みを止めるように立ち塞がっていた。
ミコト 「アカネさん、マスターの邪魔を   」 厳しい口調で飛ぶミコトの声を、シルバがそちらを見る事無く手で制していた。 代わりに、圧倒的な存在感を誇るその双眸が、アカネの全身に向く。 何もされていない、ただただ自分の何かを待ってこの男は自分の一歩前にいる。それだけの筈なのに息が詰まる、伸ばした両腕が保てなくなる、脚の支えが利かなくなりそうになる。 この男は、ギルドの長というこの人間は、これ程の存在だったのか。

アカネ 「…………あの。もう……」 そうして、潰されかけたその細い身体からようやく出た言葉は、それだけでしか無かった。 でも、決して目だけは反らさない。アカネ 「お願い、します……」 シルバ 「…………」 シルバはアカネのその様をしばらくじっと見つめていた。そしてそのアカネの後ろで、信じられない物を見るような目でアカネの背を見上げているイシキの姿も。 そのままじっと、何かを見切って。やがてシルバは大きく息をついて完全にその構えを解いた。そしてこれで終いと言わんばかりの表情とダラダラ具合で、アカネに背を向け舞台袖口から出て行こうと歩き出す。 自分の一瞬の必死を汲み取ってくれた事への安堵と感謝、そして他の二人がシルバのその決断に少なからず当惑している事への謝罪を込めて、アカネは深々と礼をした。アカネ自身、こんな自分がしでかした事の重大さをどこか感じているのか、この下げた頭がなかなか重たくて上げられない。さっきまでは決して目線を外すまいとしていたのに今はここにいる誰かの自分を見る顔を見るのが怖くて仕方が無い、そんな心地。 そうして下がっている脳天の先から足音が遠ざかって行く事を感じていると、その真反対から不揃いな床鳴りが微かに二度聞こえた気がした。そうだ、私はこの人を庇ったのだったとこうなってからアカネは理解する。 けれど、散々傍観するしかなかった自分がこんな風に割って入った所で、この後どんな顔をしてどんな声をこの人に掛けたらいいのだろうか。いっそこのまま振り返る事無く走り去りでもした方が良いのではないか。でもさすがにそれは感じが良くない気がするし……。 若干19歳の平凡な脳がそうして悩んでいた結果ああもういいや言い逃げでも何でもという乱暴で無責任な結論に辿り着き、ギルドの仕事を邪魔したっぽい部分の罰は、何だか理不尽な気もするけど怒られようと決意はして(理不尽と戦う組織という説明をされた気もしたけれど)。でもやっぱり一般人なのだから気の重みがそのまま駆動に出てしまい、油切れの人形みたいにアカネは固々しくその体を起こした。 そう言えばイシキは(自分からしたら)背が高かったなぁとそこで思い出し、多少距離が開いていても話すなら見上げなきゃかとか呑気に思いながらようやく意を決してアカネは自分の背後へと顔を向ける。割って入ってからここまで、果たしてどれだけの時間が経っていた事だろう。 だからなのか。アカネが顔を向けた時には、イシキは自分の足でしっかりと立ち上がっていた。 それどころか、イシキ 「ハッ、甘ぇんだよぉっ!!」アカネ 「   ッ!?」 してやったりと凶悪に、そしてなりふり構わず全速力でアカネ目掛けて突っ込んで来ていた。 首だけが先行して向いてしまったせいでアカネは横向きに慣性の利いた体を止められず、イシキに対してどうすることも出来ない。そもそも完全に不意を突かれたから反射するまでも無く、既にアカネを羽交い絞めにしようとイシキの両腕は首元に巻き付く寸前だったのだ。あと年頃の女子としては、醜悪に乱れ切った中年男の顔面が迫って来る時点で精神的にも恐ろしく体が竦んでもいた。 そうアカネがあらゆる拒絶反応で目を瞑りかけ、イシキの全身がアカネを囲おうとした正にその刹那。 ギャキイィィィィィンッッ!!!と二人の間で轟音と衝撃が弾けた。 アカネは微動だにせず、イシキだけが逆ベクトルに砲弾の如く吹き飛んで行く。数度天地が入れ替わってもまだ足らず何の受け身も取れていない状態で床を転がされ、最終的には首を支えに完全に体が天に伸びた状態で終わりを迎え、仰向けにバン!と倒れた。アカネ 「         」 そうして、暴れ狂う心拍とは対称的に幾度目かの静寂が訪れる中で、アカネはこの数秒を悟る。 そんな気は無かったとはいえ、自分は、完全に恩を仇で返された。
イシキ 「あ……、あぁ……」 あれだけの事があって。地獄巡りとしか言えない時間を経て、憔悴の果てに遂には自ら謝罪の言葉を口にして。それでも続きかけた深層への道を、全身で止めたのに。きっとそれは自分の中のどこかでこの人間の事を信用したからこそだった筈なのに。 にも拘らず。その相手が今自分に対して、異形の怪物と遭遇したかのように恐怖を超えた戦慄の目を容赦無く向け、腰が砕けたまま後退る事に失敗し続けている。 自分が一体何をした、と言うならば。アカネと言う存在を構成する遺伝子より生まれた超常の力。あらゆる外傷を防ぎ切るアカネのスキル、『精霊の盾』。 その存在を、いよいよもって確信した。こんな最悪の形で。 どうしたらいいのだろう。こんな状況になって、こんな心中になって。まず何から泣く事を求められているのだろう。 因果応報と言うのなら、この因果とは何なのか。シルバ 「……アカネ、人間なんてこんなもんだ」 いつの間にか止まっていた足音の方から、何かを諦めたような声がした。 そうして自分の元まで戻って来てくれていた銀髪の男は、アカネの横で刹那立ち止まってポンと頭に手を置いてくれる。顔を見れば、心から申し訳無さそうに労いの笑みを浮かべてくれた。シルバ 「実に、実に残念だよねぇ毎度毎度、人の腐った精神を磨り潰すのはさ……」 そしてそれ以上アカネに構う事無く、またしてもシルバは執行者としてイシキに迫る。今度はマスターの意を汲んだミコトも、懐から銀の銃を取り出し傍に控えて。イシキ 「……っ!ご、めんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ   」シルバ 「ダーメ、許さない。誰のせいか……分かるよねぇ?」 もう逃げる事すらしなくなったイシキの胸に、シルバは見せつけるようにじっくりゆっくりとその爪を立てる。ぴたりと、その感触を間違えさせないよう服の上からめり込ませて。対象に思いを刻むため言葉を解き放つ。 ねっとりと。二度と耳から離れぬよう。眼前で。
シルバ 「刈、り、取、れ。『生命判   」??? 「そこまでだ!」 舞台袖の扉を開け放ち、一直線にその声の主は舞台に駆け込んで来た。 見るからに質の良いダークグレーのスーツに身を包み短い黒髪をオールバックにしたその男は、その声で静止したこの状況を一瞥すると、ハーフフレームの眼鏡をクイと上げて確認する。駆込男 「…………俺はどれを逮捕させればいいんだ?」 それに対し、体は止まったまんまあっけらかんと、シルバ 「一番悪そうな奴?」駆込男 「成程」 では、写真でこの状況を舞台正面側から切り取って見てみよう。 左端に怯え切って縮こまった中年の男。その前には銃を構えた女性を脇に従え鉄の爪をギラリとさせて笑う銀髪。中央奥には半ば泣きかけの放心状態で戸惑う少女。右端に真面目な顔をしているが結構な傍観状態で腕組みをして立つホスト。 では、ここから一番悪そうな奴の首根っこを引っ捕まえてみよう。ガシッとな。シルバ 「うぉーい」 もいっちょ。ミコト 「え、私も!?」シグレ 「だよなー」 無関係の人が見たらやはりダントツではなかろうか。駆込男 「さて、冗談はこの辺にして」 真顔でやり切って手を放し、イシキの方へと歩み寄って行く。駆込男 「組織的詐欺、指定暴力団との関与及び拉致誘拐委託、そして殺人未遂。お前にはこれらの嫌疑が掛けられているが……、何かここで弁明はあるか?」イシキ 「…………ありません」 どこかイシキの声に妙な落ち着きが戻っているようだった。ハヤト 「そうか。なら表に車を待たせてある、付き添ってやるから自力で出頭してくれ。安心していい、この先に待っているのはごく普通の取り調べと、真っ当な量刑だけだ。今のところは、な」  穏やかで強い声に促され(ついでに脇を抱え上げられ)、すぐによろよろと舞台袖へと歩き出すイシキ。その体はこの数分で20歳くらいは老けたのではないかと思うくらいどこもかしこも力が入っていなかったが、それにしては立ち上がりが早かったのはやはり普通の人間であるからか。 故に、牛歩ながらも一心に外を目指そうとしていたイシキが横を通り過ぎようとした瞬間、
シルバ 「忘れるなよ。理不尽という名の罪の重さを。そして、それを知ったキミのこれからの役割を。もしも忘れたら……いつでも教えに行ってあげるからな?」 シルバのダメ押しでまた凍り付いたところを、駆け込み男にバシッと刑事ドラマの如く背中を叩かれて動き出すイシキ。 そしてイシキは舞台袖に入った所で、何故か扉の脇で待機していた本物の刑事っぽい風体の男達に本当に連行されて行った。しかも駆け込み男はその刑事っぽい人達に手で小さく何か合図をして舞台上に残っているし。 ここに来て更によく分からない人物による二次元的展開に、アカネは精神というか脳の処理がもう追いつかない。初めからかもしれないけど。
ミコト 「ハヤト様、公務中のギルド出勤お疲れ様でございます」 とりあえずここで一番真面目そうな人が、やっぱり真面目にその男に声を掛けてくれた。 ハヤトと呼ばれたその男が後ろ手を組みながらミコト達に振り返ると、微かに空気が引き締まる。ハヤト 「ああ。今回の被害はどれだけになる?」ミコト 「被害者は1名、外傷の少ない絞殺のみですから高く見積もっても10万程度かと」ハヤト 「ならいい。ったく、最近派手な事案が多いからギルドの予算がきついんだよ。もっと怪我を減らせるよう全員に徹底してくれ」ミコト 「善処します」シルバ 「えーそれ私らに言われてもなぁ~」 もう懐かしい気もするシルバの飄々とした態度が、ハヤトの眉間に深い皺を刻む。ハヤト 「お前のために言ってるんだろうが! ……後始末。よろしく頼むぞ、お前達」  ヒラヒラ~。ピッ。ペコリと。ギルドの面々が三様に返答をするのを見ると、ハヤトは踵を返してホールから出て行った。シルバ 「……よーし。じゃあちゃっちゃとやって帰るとするか」 ハヤトが出て行ったのを確認すると、何の説明も無いままシルバは舞台の中央で何故か柔軟体操をやり始めた。アカネ 「まだ何かあるんですか……?」 そう聞くアカネの声も、大分お疲れである。シルバ 「うむ、ここまでが我々の為すべき事だからな」ミコト 「アカネさんは見ているだけで結構ですよ、むしろ見ていて下さい」 そう言われても、そうするしかないのだし。 シルバは立位を終えて座位の柔軟に入る。シルバ 「……理不尽だろうと何だろうと、一度世界に生じた死という因果は切り取ってもどこかに残さなければならない。大きな意味ではエネルギー保存の法則に当てはまる話なのだが、そうしないと世界に歪みが生まれるからね。ならばその役目はその因果を切り取ってしまった者が負うのが道理というもの。それが、世界を変えようとするための覚悟と代償の一つだ」アカネ 「は、ぁ……」 また急に難しい事を言われ始める。柔軟体操しながら。シルバ 「じゃ、アカネちゃん。今日のミッション全てで感じた事、じっくり考えるの宿題ね?」アカネ 「え……?」シルバ 「ミコト、後よろしく~」ミコト 「はい。行ってらっしゃいませ」 皆がアカネを置いてけぼりにしたまま。シルバは柔軟を終え、足を組みピンと背筋を伸ばしてそのまま座る。そしてミコトとシグレに粛々と見られている中シルバは一度大きく深呼吸をすると、あの鉄の爪を自らの胸に宛がった。 そして、シルバ 「……ジャッジメント・リベレイション!」 解放の言葉と共に胸を掻くと、シルバはやはりイシキと同じく呼吸を断たれ。シルバ 「か……っ、ぎっ……つ……」 口から泡を吹き、白目を剥いて窒息死してしまった。アカネ 「……え、ええ!?何やってるんですかっ!?」シグレ 「まあ、頭おかしいよな。人が死ぬのをわざわざ自分が引き受けるとか」ミコト 「出来るからと言って、やりたがるものではありませんしね」 2人は控えたまま、倒れたシルバを見つめて動かない。アカネ 「何でそんな落ち着   死んじゃってるんですよね!?」 とうとう世界か自分かのどちらかが狂い切ってしまったのだろうか。目の前で死なれて、顔色一つ変えず冷静にその人を評するなんて。 混沌の果てに辿り着いたアカネに、だが2人は淡々と語る。ミコト 「このギルドの正確な使命は、生活の保証と引き換えに世界の理不尽を、その元凶を、一つでも消す事。理不尽な死を無かった事にし、齎された死を齎した者へと返して悪意を更生させ、結果の現象の矛盾を自分達が痛みと共に引き受けて解消する。そうして、死ぬという事に向き合った者に考える機会を与える事が、理不尽を無くす事には必要なのです」シグレ 「一番常軌を逸しているのは、こうやって死ぬ事まで業務の一環になってて、俺らもそれを受け止めなきゃならん事だな。慣れるのとは違うぞ?毎回死なれる事の痛みを俺達も感じ取らなくちゃならん。でないと、俺らは完全に人間じゃなくなる」アカネ 「…………」 静止するアカネ。ミコト 「……アカネさん。誤解しているかもしれませんが、マスターはこれでも人間という生き物を愛していて、救いたいと思っているのですよ。勿論、あなたの事も」アカネ 「私……も?」ミコト 「知られる事も感謝される事も報われる事も無いこのやり方で、己の信念を貫き通して。だからこそ、私達もそんなマスターを支えているのです」アカネ 「…………」ミコト 「……その内分かりますよ」 それは、いつの日になるのだろう。  そう思っても、問いかける事も解を与えてくれることも無いまま、ミコトは死んだシルバの傍らに銃を持ってひざまずき、その頬に手を添える。ミコト 「お疲れ様です、マスター……」 そしてこれまで見た中で最高の慈愛の表情を向けたと思ったら、手にした銃をシルバの腹部へと突き付け、 ミコト 「彼の者に在るべき命の姿を、『完全懲悪』」 言うと同時に、ミコトの銃の撃鉄がガツンと音を立ててその弾を撃ち放ったのだった。

『棄てられし者の幻想庭園』第2章・前編

??? 「さて、我々人類は誠に愚かな存在である!」 都内某所、一等地に立つとある施設の大ホール。 そこの中央で一人スポットライトを浴びて、背の高い質の良い紺のスーツに身を包んだ男が野太い声で、何かそんな事を口走っていた。野太男 「他者の脚を引きずり合い、利権を求めるだけ求め、欲望のままに共に喰らう。知能や言葉をなまじ備えてしまったがために獣よりも獣じみた醜い存在になり果ててしまった。じ、つ、に、嘆かわしい!そうは思いませんか!?」 数百名で座席が埋まっている会場に歓声と拍手が上がる。座席にいる人々もどこかスピーチをしている男と似た意識高い系な外見の人間が男女問わず多い。 そんなそれまでの公演で適度に温まっていた会場の盛り上がりに後押しされ、男は更に熱弁を振るい続ける。野太男 「最早人類は、人類同士だけで生き残ることなど出来ない。脳の容量の足りない俗物な政治家も、世の最高学府を出た石頭の研究者も、人の良いお隣のご老人も、勝手に人の道を外れて徒党を組む自称アウトロー共も、我々を守ってはくれない、より良い存在へと導くことなど出来はしない!ここに集った同志の皆さまはそれをこれまでの人生で嫌という程味わって来た筈でしょう。人類の闇を目の当たりにし何度もこの胸と身を引き裂かれ、それでも僅かな光と可能性に縋ってこの世を生き抜いて来た我々が、それに見合った救いをこの世で得られないのは何故か!それは人類が愚かな同類に管理支配されているからに他ならない!だからこそ我々天命教は、今ここに新たな人類の指導者を、我らの間違いを正す人の理を超越する者の降臨を迎えようとしているのです! 」 言葉尻で男がステージ中央の奥をバッと煽り示すと、それに合わせて方々からスポットライトが当てられ、2m程の十字型をした灰色のオブジェが姿を現した。

『棄てられし者の幻想庭園』第1章・後編

??? 「おはようございます~」 ここに来てからアカネが聞いたどれよりもほんわりした声色を発しつつやって来たその人を、この空間にいた3人は微動だにせず、しかし諸手を挙げたつもりで迎え入れる。 そうして気軽に、知らず混沌空間に足を踏み入れてしまったその来訪者は、またしても黒スーツな小柄女子。しかしながら今までの女性陣のようにばっちり外見がキマッているのではなく、どちらかと言えば服に着られている感が強く肩までの黒髪もぶわっとしていて、言わばお洒落という概念をまだ知らないような純朴っぽい女の子だった。 それが、何故か結構な大きさの段ボール箱を抱えてのほほんと入って来たのだから、状況的にはプラスなのかマイナスなのか3人は判断に困ってしまう。??? 「何だか不思議な空気ですねぇ~」アカネ 「(物怖じゼロ!?)」 パッと見誰でも微妙な空気になっているこの空間を何か不思議で済ませて躊躇せず踏み込んで来たのは、果たして組織と本人どちらが原因なのだろうか。どちらであってもアカネとしては思う所はあるが。コヨミ 「あー、メグミさん?何ですか、その箱?」 コヨミが何故かこっそり冷や汗をかきつつ勇気を持って選択する。他の二人はこれで、行く末を見守るしかなくなった。 その期待と不安を一身に背負っている事に多分気付いていないメグミは、何の気無しによいしょとローテーブルにその箱を置いた。メグミ 「あー、これはですねー」 その説明が始まろうとした時、奥の方から賑やかな足音が舞い戻って来た。シルバ 「我ら、死地より舞い戻ったりッ!」シグレ 「あんた何にもしてなかったじゃんよ……」ミコト 「マスター、ソファに飛び乗ると生地が痛むのでとっとと降りて下さいね」 何だろう、この妙なノリとテンポの心地良さは……。とアカネはそれを見て思ったのだが、それが昭和という時代のズッコケ3人組という前例から脈々と続くものとは知る由も無い。メグミ 「マスター、おはようですー」 そしてそこに変わらぬテンポと伸びる語尾で斬り込んで行くメグミは、やはりこういう人なんだとアカネは知った。やや安心。シルバ 「うむ。何だその箱は?」 メグミ 「お店宛ての荷物~。何だか賑やかで誰もピンポン気付かなかったっぽいので、あたしが受け取りました~。」 へらりと報告するメグミだが、仮に表のお店宛の物なら表に持って行けば良いんじゃない?とアカネはそっと思う。 シルバ 「おおそうか、それはすまなかっ   」 アカネとメグミ以外の全員が、そこで何かに気付いたようにバッと箱を凝視する。しない二人は頭の上で?が踊っている。ミコト 「……誰が、受け取ったと?」メグミ 「あたしが受け取りました~」シグレ 「……持ってきたのも?」メグミ 「あたしが~」イノリ 「……最後に『最期の一葉(ラストリーフ)』を使ったのは?」 コヨミ 「確か……昨日?」メグミ 「あ」 ここでメグミも何かを悟ったようで、場を沈黙が支配する。アカネ 「……開けないんですか?」全員  「わーーーーーーーっ!」 焦れて箱に手を伸ばそうとするアカネを全員が止めつつ、しかし全員が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。

『棄てられし者の幻想庭園』第1章・前編

 人は目が覚めた時そこが見知らぬ天井であると、脳の覚醒が遅れている事と相まって激しく混乱する。 特に、思考回路が擦り減り過ぎてその年齢より幼い外見よりも更に脳年齢が下がってしまっていそうな、それまで平凡な日々を送って来ていた筈の人間であるならば尚更である。少女  「…………、……んぅ?」 ふわりと柔らかく暖かな何かに包まれている感触を肌で感じつつ、閉じた瞼の隙間から昼白色の光に刺激され目覚めた彼女の目に映ったのは、記憶の引き出しには無い一面の薄黒な壁紙の天井。 その事に、動かない体の駆動は目を閉じてひとまず放棄し、脳は尻上がりだが急速に覚醒状態へ移行し、点でしかなかったこれまでの記憶の情景を線へと並べ直し始める。どこかの玄関、舗装の甘く雑多な植樹のされた夜道、雨露に濡れた階段、漆黒の闇に微かに浮かぶ鈍色の刃、古びた扉を越えた青と七色の光に彩られていた気がする空間……。 そうして二分程かけて、現実的な裏付けは無いが取り敢えず事実としての脳内補完を終えたところで彼女の導き出した次の思考は、少女  「(……ここ、どこ!?)」 そう至った瞬間、彼女はガバッと全力で跳ね起き   たかったのだが、実際はモゾモゾぬるぬると寝起きそのままに起き上がるのが精一杯だった。だって普通の女の子なんだもん。 どうにか腕を支えに岩場の人魚のように上体を起こし切ると、肩の辺りから下へしゅるりと衣擦れの音がした。目を擦って曇りガラスのような視界を叩き直して見ると、ブランケットが一枚落ちている。そしてよくよく見れば、彼女がいるのは座り心地抜群な感じの白い二人掛けソファの上で、ここは広々としてはいるが妙に家具の少ない洋風のリビングのような所だった。??? 「あら、お目覚めですか?」 少し離れた所から艶っぽい静かな女性の声が飛んで来る。 彼女が反応して見ると、そちらにはソファと合わせたっぽい白木のローテーブルを囲んで三人が地べたに座り、茶を啜りつつもこちらに目線を送って来ていた。 一人は今の声の主らしき、黒いパンツスーツ姿で茶髪のポニーテールな女性。正座も凛としていて薄化粧そうながら誰もが美人と称しそうな、美人過ぎる秘書とでも言えそうな人。 もう一人は、彼女から見たらテーブルの向こう側で寝転びながら片肘を立ててこちらを向く痩身の若い男性。同じく黒スーツ姿なのだが、こちらは前ボタンを留めずノーネクタイ。しかし首から上はかなり整えられており、何だかイケメンホストの出勤前みたいな印象を彼女はその男性からは受けた。 そして、最後の一人は。??? 「ふむ。体調に問題は無さそうだね、アカネ君」 恐らく、意識が途切れる寸前まで目の前にいた、あの飄々な銀髪の男性だった。 ……ところで、彼は今誰の名前を呼んだのだろうか? 一応自分の方を見ていたが私そんな名前じゃないし、まさか後ろに誰かいる!?と彼女は思って背後を見るがそこはただの壁。ではと三人の顔を見回してみるも、やはり視線は自分にロックオン。 つまるところ。少女  「……え、私!?」??? 「他に誰がいんだよ」 イケメンホストの出勤前がノータイムで突っ込んで来る。アカネ 「だって、私の名前は   」??? 「その先は口を慎みたまえ、アカネ君!」 これまた身振りは劇的にお口にチャック、しかし発言を封じる強い口調で、銀髪が彼女、アカネを制する。アカネもどこか逆らい難い空気に押されて息を飲みつつ口を一文字に結んでしまった。 そこから、至って日常会話のように銀髪は茶を啜りつつ続ける。銀髪  「昨日言っただろう、もはやキミは今までのキミではないと。ほら、キミの名前の表記もさっきから変わってる」アカネ 「あ、ほんとだ!?」 誰の手回しなのだろう。そして何故分かるのだろう。考えたら負けかも知れない。銀髪  「って私は銀髪かよ!……まいっか。さて、このギルドに入った者は人外のスキルを得る代わりに自らの存在の証、つまりは戸籍を失うんだ。そりゃあもうありとあらゆるデータベースからキミに関する資料は一切合切デリートされている。今までの携帯電話も使えまい。あ、インストールしてたゲームくらいは出来るよ?故に、これまでのキミは既に社会的には存在しないものになっていると言う訳だ。」
アカネ 「え……?」 いきなり始まる長台詞に、アカネは再び理解が遅れてフリーズする。 だがその解凍を待たずして、横の秘書風が台詞を引き継いだ。秘書風 「そしてこれからのあなたを定義するために、ギルドマスターがスキルと共に新しい名前を与えます。これからあなたがこのギルドで生きて行く時の名前が、今マスターが託宣した通り、アカネです。ああ、我々の自己紹介がまだでしたね。私は風ではなく本当に、マスターの秘書を務めておりますミコトと申します。有するスキルは『完全懲悪(イノセント)』です。よろしくお願い致します」ホスト 「あ、俺はシグレ。担当スキルは『読心術(サイコメトリー)』。言っとくがホストじゃねえぞ。ま、よろしく~」 勘の良いそれぞれが自分の紹介を上手く挟むが、アカネの頭には上手く入って来ない。 それでも残りの一人は、やはり流れに乗って舞い踊って来る。銀髪  「そしてこの私が、ギルドマスターのシルバ!!」ミコト 「でも呼び方はマスターで結構ですよ、皆そう呼ぶのですから」 何か続けたそうな感じのシルバをミコトがぴしゃりと制する。それですごすごとシルバも戻るので、傍から見れば何となく力関係も分かりそうな画なのだが。ミコト 「他にもこのギルドの構成員は数名おります。ミッションで出払っていたり表の方にいたりしますが、その内に」アカネ 「ちょっちょっ、ちょっと待ってくださいっ!」
ミコト 「……何でしょう?」 矢継ぎ早に攻めてくるミコトの話を、さすがにアカネはせき止めた。 情報の量もそうだが、質がおかしい。しっかりゆっくり噛み砕かないと、最初の一口で内臓が溶け出しかねなさそうなのだった。 取り敢えず、一番最初に入って来て網に引っ掛かったままのワードから紐解いてみる。
アカネ 「……あの。何ですか、存在しない者って……。」
ミコト 「文字通り。消えた、と言う訳ではない。世界は今のあなたを以前までのあなたと認められない、認めるわけにはいかない。だって違う存在なのだから。死んで、拾われて、人外の存在になったのだから。以前までのあなたをあなたは名乗ることは出来ない、なることは出来ない、そういう事です。」 極めて冷静に、そして真剣に、嘘のない瞳で意味不明な話をミコトはして来る。 だがその中身をそのまま理解するのであれば、そして昨日までの現実の延長であるならば、何と理不尽な話なのだろう。 そして、アカネは今も昔もあまり、人の話を疑わない性格だった。アカネ 「そんなの……」ミコト 「これはあなたが望んだ結果の先の事です。押し付けられたという被害者意識や筋違いな逆恨みなどせず、受け入れて飲み込まなければなりません」アカネ 「……」 ミコトはどうやら、厳格な社会人のようだった。ミコト 「私達と同じように」 そして、冷酷な訳ではないらしい。アカネ 「   」 何をどう理解して、口に出したらいいのか。やはりまだアカネには難しい。 すると、違う所から助け船が入る。シグレ 「ギルドにいるのは、全員不条理に世界に殺された奴だ。それでも生きようとしたがった、生きるべきだと思われた奴がマスターのスキルに救われてここにいる」 チャラい雰囲気など一切纏わず、シグレはアカネに補足する。だが、何故かその口にはいつの間にかうま〇棒チーズ味が。 和ませてくれようとしていたなら大失敗だなぁと後でアカネは思ったものだが(この時シグレはミコトに蹴りを入れられていた)、少なくともこの二人の補足は沈み切りかけたアカネをどうにか上に向かせることには成功する。 勿論不条理に世界に殺されたとか自分と同じとか重た過ぎる説明もあるのだが、アカネの脳的に優先された(処理落ちしないと判断された)ワードがまだあった。アカネ 「スキル……?」 聞いたことがあるような無いような。あったからこそ浮上出来たのかもしれないが。
シルバ 「まあゲームの魔法のようなものだと思っておけばいいさ。それを扱うために、我らは人間ではいられない、ヒトであってはいけない、存在する者と思われてはいけない、そういう流れ」 アカネも人並みに漫画やアニメの知識はあるので「スキル=魔法」の部分は成程と思えたものの、残りはやはり理解し切れない。アカネ 「何故ですか」シルバ 「人の世を乱すから」アカネ 「何のために」シルバ 「人のために」アカネ 「……」 人のために。ヒトであってはいけない。我らは人間ではない? 何かの比喩なのか、はたまた自分が知らないまた何かなのか。答えなど出ようも無い。だってここにはどう見ても人間しかいないし。シルバ 「ま、ギルドは陰ながら世の為人の為、誰に褒められるでも無いけれど誰にもハッキリ知られないものだけれど。その痛みを知っている者達で世界の理不尽と戦う組織だよ」 シルバはサラッと言う。 深刻な細かい事はさて置き、アカネはまず自分のいる環境の解を求めたかった。アカネ 「……正義の味方か何かですか?」シルバ 「正義?そんな御大層なものじゃないよ」 違うのだろうか。一応そうとしか聞こえない最後だったのだが。アカネ 「なら、ボランティアか何かですか」シグレ 「こちらとある筋からきちんと任務に対するご報酬をいただいて生計の大筋が立っている明朗会計な、裏組織でございます」ミコト 「先月は久々に黒字会計でしたね」 違ったらしい。しかし、聞き逃せないワードがあった気がする。 と、シルバから突然三人が立ち上がり。シルバ 「そうっ、我ら陰ながら!」
ミコト 「黒字会計の!」
シグレ 「裏組織っ!」 ローテーブルに集って、
シルバ 「あ、これがほんとの」
3人  「ブラック企業!」