演劇集団Schwarz welt


演劇集団Schwarz Welt ~再びの邂逅~
『棄てられし者の幻想庭園』

期間
2017/11/17 (金) ~ 2017/11/19 (日)
劇場
中野スタジオあくとれ

チケット(1枚あたり)
一般3,000円 学生・リピート割2500円
中二割300円引き(当日受付にて適応)
【発売日】2017/09/17
予約フォーム https://ticket.corich.jp/apply/84662/

タイムテーブル
11月17日㈮ 14:00/19:00
11月18日㈯ 12:00/16:0

記事一覧(44)

四季を越え、走り出すイベント

 いざ、覚醒の時は来たれり!!      ……何言ってんでしょうねw さて。秋分を迎えようとしている今日この頃、約1年の時を経て我らSchwarz Weltも次なる世界の創造に向けて動き出します。 前回から1年経ったんだからすぐ本公演か?とお思いの方もいるかもしれませんがあいやしばし待たれい!この漆黒の聖書や幻想の庭園を創り出して来た我々が、ここに来て素直に次に進むわけには行かない気がしていたのです。気がしただけですが気になったからには我々は実行せざるを得ないのです。 というわけで。記事タイトルにも載りました、次の公演へと繋がる長期完成イベントの開催をここに宣言するっ!!     名付けて。「FAIRYTAIL quarter:」シリーズ!!! 我らSchwarz Weltの生み出す4つの童話劇。それらは秋冬春夏を経てやがて1つになり、大いなる世界を創造する礎となって全ての者達に祝福をもたらすであろう……。(訳:来年の本公演に繋がる、全4回のファンミーティング&中二病×コメディ童話の紙芝居劇イベントです)    中野で開催中の「カフェあめだま」さんとコラボさせて頂き、次回公演までおよそ季節に1度ずつ、次回公演をより楽しんでいただくためのイベントをやりましょう。という事になった訳です。当日はカフェあめだまの飲食&展示企画も楽しんでいただきつつ、紙芝居劇というこのIT時代に逆行する手法の作品で我らと和やかな時間を楽しんでいただけます(なお、作品の内容は季節とは全く関係無い、雪名ひかる氏書き下ろしのコメディ童話作品です)。 クォーターというくらいですから4つで完成するわけでありますし、4回全てにお越し下さった同志の方々には何か次回本公演において素敵な特典を、とも企画しております。勿論そんな事関係無く、ただ我らと触れ合いに来ていただけるだけでもウェルカムでありますし、それぞれの回でそれぞれ違う作品になりますので全部来なければ逆に分からなくなるようなこともありません。気軽でいいのです、気軽で。 ちなみに今回はカフェあめだまで開催の『ウィッチクラフトアート展』に合わせて(いるかどうかは分かりませんが)、生命判断術士のゆう姉さんがカフェに登場予定です。物販的に生命判断も出来ますので興味のある方は体験してみてはいかがでしょう?     では、まずは一つ目のご案内をば。 

『棄てられし者の幻想庭園』終章

 想像を絶したあの殺戮の宴から早1か月……。 シルバ 「と言う訳で、ごめんね。折角のオラクルを無駄にさせちゃって」 どころかまだ日付すらも変わっていない、6月13日の夕方。 ギルド内の後処理も一通り済ませたシルバは、一人リビングでくつろぎながらギルドマスター専用回線の携帯電話で話していた。シルバ 「……うん、まあキミ達も余計な仕事しなくてよかったんだから良いじゃないか。いやん、そう怒っちゃやーよ?……分かった分かった、次のハーモニスタに菓子折りでも持って行ってあげるからさ。……へいへい、注文が細かいねぇ。あー!や、うん。じゃね」 最後はもう向こう側の声を遮る勢いで通話を終える。実際に顔を付き合わせた時の事を思うとほんのり寒気がするので、シルバはつい持っていた携帯電話をぺいっと嫌な物のように放り出すと、それが良い感じに角が床で跳ねてリビングの出口まで転がって行く。  そしてそれは、いつの間にかそこにいた男の手によって拾われてようやく止まった。
ハヤト 「……。どれ相手だ?」  お馴染みの鉄面皮に蟻の触覚程の呆れ成分を出し、色々省略気味に尋ねて来るハヤトにシルバもソファに寝転がりながら慣れた様子で返す。シルバ 「ん?ミドリちゃん」 ハヤト 「京都の『暗き毒竜(ニーズヘッグ)』か……。あそこは荒っぽいからな、観光ついでに視察に行くといつも疲れる。出来ればもう行きたくない」  携帯電話をシルバに放り返しつつ、ハヤトもミドリのいる光景で無駄に気が重くなったのかどっかとローテーブルの前に座り込んだ。 お互いに直接向き合わないL字で高さも異なる位置関係にありながら、何の問題も無くそのまま会話が続く。シルバ 「グランドマスター様が何言ってるんだ。部下には良くしてやらないと、私と違って拗ねてしまうぞ?」 ハヤト 「どMか何かかお前は、褒める気が無くなるぞ。……まあとにかく、今回お前はよくやってくれた。俺の方の失策でもあったからな、礼を言う」シルバ 「はは、私の力ではないさ。私を信じてくれたメンバーと、何よりアカネちゃん自身の頑張りのおかげだよ」ハヤト 「そうか。なら土産のミスティ・ザッハトルテはお前以外の奴らに   」シルバ 「ごめんなさい僕とっても頑張りました後生だからその最高級の黒の貴婦人の味わいをこの愚物にもお恵み下さいませマイロード!!」

『棄てられし者の幻想庭園』第9章

 建物内に定刻を告げる鐘が5つ鳴る。 と同時に、地を這う塊がまた一つ蠢いた。アカネ 「はっ……、はっ……、はっ……。っ、こぉ、のぉっ!」 自分の足元へと幾百と伸びて来たそれを、『闇の業』アカネは同じく幾百と繰り返して来たように無作為に蹴り飛ばす。 室内を埋め尽くす血だまりを掻き分けるようにバシャリと音を立てそれは倒れ伏してまた動かなくなるが、 僅かに響く別の声によって再び動きを取り戻した。
アカネ 「っ……!」 望んでいた筈の行為。遺伝子に刻み込まれた本能が求める行為。殺人。 自分が何もせずとも供給され続けるその快楽であるはずの行為に、アカネの体は各所に不快感を覚え軋み始めていた。 シルバ 「……ほら、どうした?まだ贄はあるぜ……」アカネ 「   !」 肩で息をしながら膝を付くシルバの言葉に逆撫でされ、アカネは周りを見回す。 全体が砕け、焼け焦げ、溶けて、生々しい血の海が広がる見るも無残な有様の会議室に散らばる無数の人間。誰一人として立ち上がれる者はいないものの、微かにしかし確実に、こちらへと這い寄って来る。 それらは二丁拳銃の長髪女性であったり、金髪のメイドであったり、ホストのような長身の男性であったり。顔を見ればそれに結び付く自分との映像が過る者達。 その存在の全ての視線がアカネに向けて注がれ、どれも苦痛に耐え抜く表情をしていた。イノリ 「アカネ、ちゃん……」アカネ 「っ……!」 静寂の中では、地に伏したままでの吐息に乗った程度の微声であっても明瞭に響き渡る。ましてや対象に向けた物であれば尚更の事。ミコト 「アカネさん……」シグレ 「アカネ……」メグミ 「アカネちゃんっ……」フタバ 「アカネ……!」コヨミ 「アカネちゃん……」
アカネ 「ぅ、あぁ……。ああぁぁぁ」 メンバーの呼ぶ声が、アカネの耳を、脳を、全身を突き抜けて行く。 それに困惑し、頭を抱えて狼狽える様に、数時間前までの狂気に満ちた少女の姿は大きく陰りを見せていた。
シルバ 「さあどうしたっ……!昂るんだろう、血を啜りたいんだろう、命を喰らいたいんだろう!?」 疲弊しきった体で、それでもシルバはマスターとしてアカネの前に立つ。全くの無防備に。シルバ 「やれよ、やってみろよ、ほら、その手で!さあ!!」 アカネの胸座を掴み、シルバは殆ど零距離でアカネと対峙する。 そうして揺れ続ける瞳が一線に見つめ返して来る瞳と交差した時、アカネの内側が最後の大脈を打って大脳神経から電撃を駆け巡らせた。アカネ 「あっ……!良イ。い、やだ……。あぅ、ウ、ぁぁ……」 ビクンビクンと、恍惚と抵抗の痙攣を起こして人と獣の間でもがく。崩れ落ちたくても逃げたくても、シルバが胸座を掴んで離さない。『闇の業』による興奮と、殺人の本能的嫌悪感と恐怖感と罪悪感とがせめぎ合う。そして、アカネ 「はっ、はぅ、あ……、ああああアアアアアああああアアあああっっ!」  双方が最大限に達し、絶叫と共にアカネは短剣をシルバに振り上げた。メンバー「マスター!!」

『棄てられし者の幻想庭園』断章・2分30秒の5時間

 ああ、楽しい。愉しい!シグレ 「はああぁっ!!」 成人男性の放つ凄そうな右ストレートも、私の顔面からバツンと弾かれる。アカネ 「あはっ!」シグレ 「ぐぁ、はっ……」 ああ、人の肉を私の右手があっさり突き抜けてる!肋骨も、脊柱も、心臓も肺も関係無くずっぷりと。 私の願いに応じて『精霊の盾』も最低限の膜だけを貼ってくれて、殺すときには手からその衝撃と感触がきちんと伝わって来る。攻防一体の『精霊の盾』の加護、何でも防ぎ、何でも蹴散らす。こんなに私に都合の良いスキルがあっていいのかな!?フタバ 「はあぁっ!!」イノリ 「やぁああっ!」アカネ 「?」 背中とお尻に微妙な痒みが。ああ、フタバさんとイノリさんが死角から蹴って来てたのか。 無駄なのにね。アカネ 「ふんっ!」フタバ 「くっ……!」 あ、避けられた。ただ腕を振ってもダメかぁ。 じゃ、飛び掛かってみよう!アカネ 「キャハハッ!」フタバ 「グギャ、ハッ……」 あぁ~、初めて男の人を抱いちゃった。意外とすぐ、潰れちゃうもんなんだねぇ……?イノリ 「フッ!」 んっ、脳天!?さすがイノリさん、ちっこ軽いからジャンピング踵落としとか余裕かぁ。 んじゃ、私もっ!アカネ 「やーーあっ!」イノリ 「っ、とっ。せぇっ!」アカネ 「ほっ、とっ!!」 ちょっと躱されたけどっ!イノリ 「……がは、っ」 手ばっか見て、ナイフを忘れちゃだめだよねぇ?『精霊の盾』と違って生のナイフは、また違った肉感がクる。刃先に纏わりついて、肉にめり込んで。でも血の潤滑でじゅるっと滑るように抜けて行く。 はぁ……っ、体の内側にじゅんと来るっ!また痺れちゃう!!アカネ 「……はぁあ。ぁ、ははっ、あはははっ!」 もっと、もっと。もっとっ!メグミ 「は~い、こっちだよぉ~」 お、メグミさメグミ 「っしょっ!」アカネ 「んっ!?」 痛っ!   くはないんだけど言っちゃうよね。 ってか、椅子ブン投げて来るとか。わいるどだなぁ意外とっ。メグミ 「そぉいっ!」 何個投げて来てもっ!!アカネ 「    ふぅっ!!」メグミ 「、ぐぶっ」 あ~、やっぱりお腹を行くのが一番殺った、って気になるなぁ。こうやってだらんってなった体がずしっと来ると、命の重みってのを感じるよねぇ……。 じゃ、気持ち良いからしばらくこのままやってみよ。ミコト 「なかなか、エグい発想をしてきますね……」アカネ 「そーですかぁ?」 おっきいテーブルの上ど真ん中から見下ろして来るミコトさん、おおぅ二丁拳銃カッコイイなぁ。あと照明が何かちょっと煽ってない?自動で動くのここの照明!? でも、エグイも何も別に気にせず撃って来れば良いのにね?ほら、右手のこれはただのお肉だからさぁ。ミコト 「では、遠慮無く……!」アカネ 「えっ!?」 距離、詰めて……っ!?ミコト 「疾ッ!」 ガンガンッ!!アカネ 「みゅっ!!」 目っ……!ミコト 「颯ッ!」 ガキュッ!アカネ 「~~~~~~~ッ!!」 ……煩っ!!アカネ 「斬いぃッッ!!」ミコト 「と、っ」アカネ 「あっ!」 ナイフ、蹴られたっ!?ミコトさん、マジぱねぇ!! じゃあ、こっちは蹴り飛ばせるのかなっ!?ミコト 「ちょ……っ!」 必殺、メグミ砲っ!!んりゃぁっ!! ……あ、ギリ避けた。まあいーけど、ナイフナイフ……。シルバ 「お~っと!」アカネ 「マス   」 ぽいっ。 割り込んで来たマスターが丸い何かを……。アカネ 「!?」 ズドムッッッ!!アカネ 「~~~~~~~~~~~~~ッ!?」 爆発   爆弾!?でもっ、眩しくて、耳にクる……っ!あーでも、我慢出来ない程じゃないな。爆弾ってこういうもんなの? ん、目と耳を塞いだまんまでマスターが何か言い始めてる?シルバ 「今のは、スタングレネードってやつだ。音と光で相手を昏倒させる爆弾なんだが……、聞こえてるって事は鼓膜を破るまでは行かなかったらしいな。さすが『精霊の盾』」アカネ 「……いや、うるさかったですけどね。後眩しかったし、ミコトさんの銃よりも」 そのミコトさん、ちゃっかり離れてメグミさん回復させてるし。シルバ 「いやいや。物理防御が完璧ならこういうデバフ系の小細工なら効くかな~と思ってたんだが、これが最大効力を発揮する室内で零距離射撃とその程度の差しか無いとなると、『精霊の盾』の防御機能ってのはかなり柔軟で、都合の良いもんらしいな」アカネ 「都合?」 なに、どういうこと?シルバ 「ま、いいさ。ほらよ」 マスターが私のナイフを拾って投げ返して来てくれた。わざわざ妨害したのに?シルバ 「細かい事は気にするもんじゃないさ。ほら、まだまだ宴は始まったばかりだぞ?」 また最初みたいに取り囲まれてる。皆血塗れだったりするけどもう誰も怪我はしてないし、どこか口角上がり気味な気もする。シルバ 「ここからは私も混ざらせて貰おう。ほーら、こっちの肉は美味いぞん?」アカネ 「そーですかぁ。じゃあ、遠慮無くっ!」 別に、殺したいだけで食べたい訳じゃないんだけどさぁっ!!  イノリ 「せえのっ!」 ボギュッ、ズシュリ。シグレ 「バッター振りかぶってぇ……、せえっ!」 ガキンッ!ガシュシュッ。メグミ 「こーいうのはどーですかねぇ?」フタバ 「おま、それロケットラ   」 ボシュウゥゥゥ、ガゴォォォォ!!! ……タッタッタッタッタッタッ、ズブシュッ!ザムッ!!ミコト 「『完全懲悪』ッ!……破ァァッ!!」 バチュンッ、バチュンッ!!……ガシ。ぎゅうぅぅブチュルッ。シルバ 「44……。『生命判断』!」コヨミ 「後ろ……、たぁぁっ!」 バツンッ! トッ……、ペグシュゥッ!!メグミ 「た~~~~   」 クルッ……、ゴッ!! グシュ。イノリ 「ジェット!」シグレ 「ストリーム!」フタバ 「アターッ   」 ズシュルッ! バチチィッッ!! ザ、ザグッ。……ズ、ヂュルゥゥッッ!!アカネ 「はぁ~~~~~~~~~……っ。……は、ははっ」 良い。 良いねぇ……。 どんどんどんどん上手くなる。 分かる。どうすればアガるのか。どうやれば正解なのか。シルバ 「『生命判断・三連爪(トリニティ)』!! 83……」 腕を振るえば肉を裂ける。 手を伸ばせば骨を砕ける。 指で触れれば溶けて行く。ミコト 「斉、射ッ……!」フタバ 「うぉっ!弾き……痛だっ!でっ!!」 開けばいい香りのする入れ物。触り心地もすごくイイ。 ずっと、ずっと戯れていたくなる。イノリ 「硫酸の瓶とか投げ付けたらどうなる?」コヨミ 「それ、瓶が弾けてキミに掛かるよ」 これが、人間なんだって? こんなに素敵で、壊しやすい物が……ふふ、ニンゲン? それじゃあ、いっぱいいっぱい、愛さなきゃ。 ふふふ。ほかのひとに殺されないように、わたしがニンゲンを殺(あい)さなきゃ。シルバ 「103……っ。せぇぇやっ!!」 ズッシュゥアッ……!シルバ 「……ぐっ」 いっぱいいっぱい、い~っぱいいるけど。なんどもなんどもなんどでも、わたしのために生き返ってくれるけど。 わたしがしていいんだもん。ふふふふ。わたしだけが、わたしの為の! 人間なんて、私が殺すためにいるありふれた物なんだよ。 ……だよね、ラビリンス?       …………なんでかな?シルバ 「……328」 なんでこの人達は、私に殺されているのかな? なんで、この人達はこんなに無駄な事をしているのかな……?アカネ 『そりゃあ、私を愉しませ続けてくれようとしてるからじゃない?』 そう、なんだよね。 火炎放射器もガトリングガンもダイナマイトもチェーンソーも液体窒素も超音波粉砕機も、何一つ効かないって分かっても私に突っ込んで来て殺されてくれるこの人達。アカネ 『気持ち良いよね、人間って。あったかいし、やわらかいし、ちぎりやすいし』 焼き立てのパンみたいだね。 うん、ずっとこうしていたい。してていい、んだよね。アカネ 『そうだよ。誰が私の生き方に文句が言えるのさ。みんな私の生き方を認めてくれたからこうして私の為に来てくれてるんじゃない』 そう。わたしはわたし。これが、わたし。いまのわたしこそ、わたしなんだ。 ……だけど、だけどさ。シルバ 「402……」 この人達、何なの……?アカネ 『愉しい物だよ』 死ぬときにさ、わたしをじっと見てるんだ。アカネ 『で?』 それだけ。 ……それだけなのに、さぁ。 何か……。何かね。アカネ 『ほら、潰そう?』 あ、うん。 ……………………。 ああ、やっぱりだ。アカネ 『何。気持ちいいでしょ?』 うん、手から体の芯にゾクッと来る。 でも、でもね? なんだか……冷たくなってきたの。アカネ 『気のせいだよ』 ……そっかなぁ。 もう100回も殺せば、わかるかなぁ?アカネ 『そだね、分かるよ。じわじわと』シルバ 「……463」 …………。 ……ああ。 今の、メグミちゃんだ。アカネ 『それが?その辺の人間と、別に変わらないじゃない』 …………うん。うん? そう、でもなくない、かな。アカネ 『ほら、手が鈍ってるよ?』 おっと。 ……今の首の高さと硬さは、シグレさんか。 何だろう。何だろうな……。  お腹、痛いな……。  ねえ、もしかしてなんだけどさ。アカネ 『何』 この人達って、殺しちゃいけないんじゃないのかな。アカネ 『どうしてさ』 いけない……、わけじゃない。アカネ 『殺しちゃいけない人なんていないじゃない』 そう、いけないひとなんていないよ。 ただ……ただね。アカネ 『愉しいよ?気持ち良いよ?興奮するよ?ほら、殺ろうよ?』 えいっ。アカネ 『ほら。やっぱりね、悦んでるよ?』 ……はは。そう、なんだよねぇ。体は正直だ。アカネ 『でしょう?じゃあほら、次が   』 ちょっと黙ってくんないかな。アカネ 『…………何て?』 ……来ないで、欲しいかな。アカネ 『私を……拒むの?』 違うよ。あなたじゃない。 だって、来ちゃうと殺しちゃうでしょ?殺したくなっちゃうでしょ?アカネ 『それが当たり前じゃない』 当たり前って何さ。 私は私、私はラビリンス。それはそう。 でも。私はそれだけじゃない。 私は選んだんだ。教えてもらったんだ。人間とはどういうものであるのかを。アカネ 『ただの私の餌でしょう?』 そうかもしれない。でもそれだけじゃない。アカネ 『愉しいじゃない。それでいいじゃない!』 そうかもしれない。でもそれだけじゃない。 人間は、苦しむことが出来る。アカネ 『そんな事、何でする必要があるわけぇ?』 私が、人間であるために。 人外が、人であろうとするために。 この世が、命にとって幻想にも等しい楽園であるために。アカネ 『私がそんな事する必要無いじゃない?それは誰かがやる事だよ』 じゃあ、私がやっても良いんだよね?アカネ 『私はただの『闇の業』だよ?そんな事出来る訳無いじゃん。人は死ぬもの、殺すもの。ただそれだけでいい』 そうだね。そうだったら、どんなに簡単で素敵だったんだろう。 でも、そうじゃない事を教えてくれた人がいたんだよ。 複雑で醜くても、それでこそだって言っていた人達がいたんだよ。アカネ 『それが……この人達って事?』 多分……そうだった筈。アカネ 『だから、この人達は殺しちゃいけないって』 ごめんね、ラビリンス。 あなたは私だから、否定する訳じゃないんだよ。 けど、けどね……。アカネ 『分かってるよ。私もあなただから』 うん……。アカネ 『じゃあ、早くこいつらを殺して他を殺しに行こう!』 ……え?アカネ 『この人達だから、殺さない方が良いんだ。だから、やっぱりその辺の人で愉しもう』 ちが……そういうことじゃ。アカネ 『だって、愉しいって事に変わりは無いでしょ?その証拠に、ほら……?』 ……?シルバ 「……6、28」アカネ 『口では何とでも言っても、体は正直じゃない?』アカネ 「ハァ……ハァ…………。は、ははは……。あははは、はははははっ!」 っ……!アカネ 『あ、また起き上がって来た。本当、頭おかしいんじゃないこのニンゲン達』 ………………みんな。アカネ 『おかしいね、おかしいよ。何で殺されに来るのさ、ニンゲンのくせに!』  ……来ないで。 さっきから、手が……身体が…………寒いんだ。  躯体中に纏わり付いた鉄が、重いんだ。 

『棄てられし者の幻想庭園』第8章

 6・12(木) 23:45。 梅雨と言うには風情に欠ける激しい雷雨が窓を打ち付ける中、アカネは一人ギルドの廊下を及び腰に歩いていた。アカネ 「知らなかった……ここ夜は何も点かないんだ。……でも、何で部屋に誰もいないんだろ。と言うか、せめて懐中電灯くらい……」 不平不満がポンポンと口をついてしまうがそれも致し方なく。 防犯上の理由か何かなのか、2階から上はホテルの客室のような構造をしていながら廊下には僅かな小窓しか無く、しかも照明も何故か全て落とされている為に時折の雷鳴の僅かな光でしか道が分からず、まさしく一寸先は闇状態。アカネも今完全に壁に手を付き手探りで進むしかなくなっている。そもそもこの1週間こんな時間に部屋の外へは出た事が無かったので(大抵ぱったりと寝落ちていた)こんな事になるとも知らなかったのだが。 そしてホテルのような造りとは言えどもホテルではないので、自室には自分で持ち込んだ以上の物は無い。充電の出来ないスマートフォンと服の中にしまい込んだナイフだけでは何をどうすることも出来ない訳であり、階下に、そして外へと出るまでは牛歩戦術である。 それにしても。アカネ 「……もうじき、か」 昼間あれだけ脅しながら優しくもしてくれていたギルドメンバーの気配が、建物内から本当に全くと言っていい程無くなっている。『闇の業』のリミットに向けて自分にも自室で心の整理を付けろ的な事を言ってくれはしていたが、何も建物全体で静まって集中させてくれなくったっていいだろうに。こっそり誰かの意見を聞いたり相談したりしたって良かったのだけれども。 とは言えおかげ様で、こうして(大して無いけど)身支度を整えて出て行こうという結論が出せた訳なのではあるが。誰もいないと言うならばそれもそれで好都合でもある。 成り行きに近い形とは言え、沢山世話にもなったし思い出と呼べるものも出来た。でもだからこそ、これ以上自分の事でこの人達の目的を阻害したくはない。自分の事は自分でどうにかケリを付けて見せよう、誰もいない所で、誰とも関わらないようにすれば、いつか自分諸共『闇の業』は消えてくれる筈だから。そう思ったのだ。父親の時は誰にとっても唐突過ぎただけ、今回は知識があるから大丈夫だと。それこそいざとなったら『精霊の盾』が守ってくれるのではないかとか、そんな期待も少しだけして。 誰もいなくとも意識して、そして無意識にも息を殺してアカネは1階へと辿り着く。そしてそこから裏口へと進む途中、横切るリビングへと目をやった。 絢爛豪華な訳でも無い、大層な工夫がされている訳でも無いこのリビング。しかしここへ来てからというもの、一番長い時間を過ごしていたような気がするこの場所。いつも来れば誰かいて、真面目だったり下らなかったり、とにかく他人と交流を図ることの出来た空間。 寄るつもりも無かったのにこうしてふらっと足を踏み入れてしまうくらいには、アカネの心はここに馴染んでいた。ここの調度品として今も一番の存在感を発揮し続けているソファにそっと腰を下ろすと、自然と皆とここで交わした言葉達が頭の中に流れてくるようで。アカネ 「たった、1週間だったんだけどな……」 しかし間違い無く、これまでの人生で最も濃密な1週間だったであろう。19年の積み重ねがあっさり脳から押し出されてしまうんじゃないかくらいに。アカネ (あ、世間的にはもういなかったんだった) そんな面白くも無い自虐で失笑を浮かべてみたところで、別側のリビングの入口の方から静かに、しかし確かな足音が近づいて来る事にアカネは気付いた。『精霊の盾』があるとは言っても見えない相手が近付いて来る恐怖というものはあるもので、その足音のする方を向いたままアカネの体はキュッと固まってしまう。 コツン、コツン、と一定のリズムで大きくなる足音。やがてそれがリビングの入口辺りでぴたりと止まる。そしてそのタイミングで今日一番の落雷が爆ぜ、鋭く青白い雷光の明滅がそこにいる人物のシルエットを浮かび上がらせた。??? 「うふふふ……」アカネ 「うきゃあぁぁっ!!」 もうお化け屋敷のような状態でかろうじて見えたのは、前髪で目元が隠れ、切れ長の口の端を上げて怪しく微笑む洋装の少女。イノリ 「どうしました、アカネちゃん?」 もとい、ギルドが誇る微笑みのメイドさんだった。 そのメイドさんが、いつか見た(と思われる)青い光のランタンを灯すとお腹の辺りからボワッと淡く姿が浮かぶ。しかしいかにLEDと言えどもそれ一つで凹凸のある体の何もかもカバー出来たりはしない訳で。アカネ 「イ、イノリさんか……。てっきりおば   」イノリ 「おば……?」アカネ 「何でもないです……」 暗闇で下から光を顔に当てたらさてはてどう見えるのか。全力で口を紡ぎ顔を反らしたアカネからその回答は聞けない。 あと、この状況でニコニコし続けながら尋ねて来るメイドさんにはやっぱり言い辛いものが。
イノリ 「……さすがに、寝てられない?」 このお戯れについてはメイドさんも深掘りする気は無いらしく、リビングに入って来て普通にアカネを気遣っているのが分かるトーンで話し始めた。アカネ 「はい……。あの、夜っていつもこんなに暗いんですか?」イノリ 「これでも闇の組織ですから。夜11時消灯です」 全力でツッコミたい衝動を、アカネは必死になって抑え込む。イノリ 「……ね、不安で落ち着かないなら私といる?」 アカネの顔を人によってはあざとく見える角度で覗き込み、甘い声で囁くイノリ。前は全く感じる余裕の無かった事だが、こう直接自分にだけ向けられるこの人の笑顔はさすがの破壊力で。と言うよりもうっかり妙な感覚に陥ってしまいそうでつい。アカネ 「え、イノリさんと?」イノリ 「……嫌なの?」 一瞬にして、イノリの声に闇が差した気がした。アカネ 「いえ滅相も無い!」 なので、全力で否定させていただきました。

『棄てられし者の幻想庭園』第7章

シルバ 「プロジェクト『闇の業(ラビリンス)』……」 ギルド4階、シルバの私室兼執務室。 昼間の日当たりこそ良いものの、防犯上厚いカーテンがされていることに加えて近年稀なシリアス話題が始まったために、打ちっぱなしの室内と緊急会議の空気は全体的に薄暗かった。シルバ 「またとんでもないのが出て来たねぇ……」 お気に入りの高級革貼りマスター椅子に背を預けながら、プリントアウトされた資料を苦々しく机に放り出す。ソナタ 「感謝するが良いぞ?儂の驚異的な勘の良さと単独潜入スキルの高さにの。まーったく、儂の3日掛かりの華麗なミッションインポッシブルをダイジェストでいいからお届けしたかったわい」 他人の侵入を防ぐようにドアへ寄り掛かりドヤ顔で腕を組んで語るソナタの目には、若干の隈が出来ていた。 ハヤト 「身内の恥を晒させるか。いや、身から出た錆ではあるが……」 眉間に最大限の皺を寄せ、執務机に腰掛ける某大臣。取っている格好はソナタと似ているがこちらの纏う重々しい空気はそれの比ではない。 と言うのも、ミコト 「いくらハヤト様管理の機関と言えど、ギルドの仕組みを知らなければ研究データの謎の消失に慌てるのは当然でしょう。失態としては下の下ですからね」 シルバの横で同じく資料に目を通していたミコトの言うように、自分の管轄である組織の不正が自分の直属の部下により暴かれてしまったのである。しかもチート能力者相手とは言え、そこそこ自信のある警備体制を敷いていた施設のセキュリティを突破しての事であるため、特殊技巧防衛大臣のハヤトとしては体裁としても正義より嘆息の感情の方が遥かに勝っていた。 だが、実の所それに関しては大した問題では(あるけどそうでも)無く。ミコト 「しかもそれが、父親から大量殺人の遺伝子を引き継いだ人間のものともなれば、内々に処理したくもなります。ある意味、所員には同情を禁じ得ませんね」 ソナタが直感と気分に従って潜入した、内閣特殊技巧防衛大臣直轄国立犯罪行動心理学研究所。そこでは数日前から、ある人間に関する国家機密レベルの研究データが忽然と消失すると言う一大事に混沌を極めていた。 世界でも一部の人間にしか理解出来ないその原因は、対象が人知を超えた現象によってこの世界から切り離されたため。即ち、ギルドに加わった事。 ソナタ 「となると、娘を色々な意味で案じて探し回った挙句精神疲労でぶっ倒れたあの母親は、意図せずファインプレーじゃったのー」 研究所はかつてないその失態を(責任の所在も充分な言い分も不明なせいで)隠蔽していたが、その研究の協力者の存在がその発覚の一端となった。 研究名は、「プロジェクト『闇の業』」。国内に限らず全世界において希少かつ凶悪な遺伝子を対象とした犯罪心理研究。その詳細は、ハヤト 「『闇の業』、時限式の殺戮衝動遺伝子か……」 ミコト 「その特性が、希少保存の本能と星の因果律による自殺の拒絶」  科学では未だ解析不明の、その『現象』とも言うべき仕組みを解析する事。 だった。シルバ 「そしてそこに、あらゆる外傷を防ぐスキル『精霊の盾』のコンビ……」 ソナタ 「……ほんにあの娘、ハデスやプルートの加護を一身に浴びとるようじゃの」 それすら解明される前に凶改悪されてしまった、その世界滅亡の可能性を秘める事態への対処へと今やその研究は知らず内容の変更を余儀無くされていた。その事こそがハヤトを初め、この場にいる全員に不可視の重圧を課している要因である。 「プロジェクト『闇の業』」。その検体名は、×× ×××。 現在は便宜上、アカネと称する19歳の少女だった。 アカネ 「18年前。当時20歳だった私の父親は、お母さんと私を初め、50人近くの人間を殺害・重傷を負わせる事件を起こしました」 ギルド3階、アカネの自室。 ベッドに俯いて座るアカネを囲んで、フタバ、メグミ、シグレ、コヨミの4人が同じ資料を片手にアカネの解説を受けていた。アカネ 「父親は、アパートの室内で私達をナイフで切りつけた後、付近の住民を通り魔的に次々と殺傷して行ったと。その様子は、薬物中毒かつ血の快楽を覚えた獣のようだった、らしいです……」シグレ 「成程、ねぇ……」 一つの記憶の背景が判明し、シグレは眉を顰めて納得する。ままある事だったが、その手や胸に身に覚えの無い感触が沸き上がっているような気がした。アカネ 「私は2歳で、事件のショックか当時の記憶は無く、父親がいた事すら忘れていました。思い出したのはつい先日……、偶然お母さんが隠していた資料と事件に使われたナイフを見た時。思い出したというよりは知ったと言うべきですね。そこには父親が現在収容されている研究施設と、その内容のやり取りが載っていたんです」 そう重々しく俯いて語るアカネにはこれまでの平凡じみた少女の空気は毛程も無く、完全な悲劇のヒロインめいた様相を醸し出していた。たった3日間で、人はここまで変わるものなのだろうか。 無論、何も無ければそんな事にはならないのではあるが。フタバ 「自分が大量無差別殺人事件の犯人の娘で、更に母親が自分の監視と観察を条件に報酬を受け取り『闇の業』とやらの研究に協力していた。と……」メグミ 「13日の生まれが原因の1つとなる複数の特定遺伝子と限定的な血液型の塩基配列を条件とし、20歳を機に発症するこの細胞異常現象を『闇の業』と名付ける~」 聞きも聞かれもしなかったため、ひた隠しになっていたアカネの背景。ありがちなようで、その詳細は全く新しく前例が無い。 そしてそれは、そんなねじ曲がり過ぎた世界とは無縁に生きて来た少女が抱えるには、重いなんて物では無く。 シグレ 「そりゃそんな事実見せられたら、資料をズタズタにした挙句家を飛び出し彷徨った末に自殺したくもなるな」コヨミ 「アカネちゃん……、辛かったね」 ギルドに保護された日。泣き顔を塗り潰す程の雨に濡れたこの少女は、こんな風に思わず抱き締めてしまわざるを得ない程に儚い存在だったに違いない。きっと何も言わずともここのマスターはそれを見抜いて保護したのだろう。たぶん。 隣に座るコヨミにまた優しく抱きしめられ、しかし今度は自身を蔑んだ笑みを浮かべてしまいながらアカネはその腕にそっと手を添えた。アカネ 「……お母さんは、私に平凡だけど不自由無い生活をさせてくれていました。でもどことなく態度に壁があって、あまり仲が良いとは言えなかったです。思えばそれも、私の正確なデータを取るための振る舞いだったんですね」

『棄てられし者の幻想庭園』第6章

 『むちゅう』という読みを用いる四字熟語が二つ存在する。 『無我夢中』、そして『五里霧中』。 それぞれ「我を忘れる程一心に行う」「行く先を見失う」という意味であり、動と静の言葉であるが故に同じ読みを内包しながらもそうそう並立する事が無い。 しかし大都心のど真ん中、動も静も内包するこの東京と言う都市の昼下がりに、一人の少女が見事それを同時に使用して見せた。 それは交通事故に遭わない事が不思議なレベルで下を向きながら街中を全力疾走をし、仕事先から明確な言い分も無く逃走を図った末に、現在地もギルドへの上手い戻り方も分からなくなってしまってどこかの公園の入り口で呆然と立ち尽くしてしまっている、アカネさんと言う人だ。アカネ 「…………、……? え……」 更にはそのアカネさん。気付けば懐に隠していた大事な物が忽然と消えており、元より色白めの顔から血の気も引いて行く。アカネ 「…………。どうしよう。私、どうしたら……」  初夏の陽天直下な中無我に逃げ続けたのに汗の一つすら出て来やしない、視界も未来も五里霧のアカネのそんな呟きは、人気の無い住宅地と公園に空しく広がる。 ただ、そんなアカネからは見えないだけで、世界にはどこかに誰かがいるもので。??? 「どうしたのかな、迷子の子猫ちゃん?」 ふわりと優しく耳に届くその声に、チカついてホワイトアウトしていたアカネの視界も少しずつ景色を取り戻して行き、脱力しかけていた肉体も僅かに活性化させられて首がそちらへとゆっくり向く。

アカネ 「……コヨミ、さん?」 小さな公園のど真ん中、横並びになった正方形な石の謎なオブジェに腰掛けてコヨミはこちらを見ていた。 何故かそこに、小洒落たティーセットを広げて。アカネ 「どうして……」 勿論それは、ここでお茶を愉しんでいる事に対してではない。 一口お茶を啜り、その味を目を閉じ深々と感じようとするままに、コヨミは自然な微笑みを声に乗せて返す。コヨミ 「キミがここで泣いている未来が見えたから」 アカネ 「……ふぇ!?」 アカネには未知過ぎたその返しが、どういう訳か冷め切っていた全身を蒸気が巡ったかの如く熱くさせて一歩よろめかせた。 その反応にコヨミも大いに満足したようで、自分の腰掛ける石オブジェをポンポンと叩き、コヨミ 「ふふ。ひとまず落ち着かない?紅茶でも飲みながら、キミの話を聞かせてよ」   不思議の国のお茶会よろしく、コヨミの独特な雰囲気に誘われて訳も分からないまま公園で始まった二人のお茶会。 ティーセットを挟んで横に座ったアカネは初めこそ口を開く事すら躊躇っていたが、コヨミに勧められて紅茶を一口飲むとあら不思議。
コヨミ 「なるほどねぇ、そんなやり取りが」  塞いでいた口も心も内から溶けるように解け、カフェでのトーコとイノリとのやり取りの事を少し時間を掛けながらだが話していた。アカネ 「……本当、美味しい」 1エピソード話す度に1口。悪いものを吐き出す代わりに優しい紅茶で穴埋めするみたいに。気付けば2杯目すら飲み切っていた。コヨミ 「ありがとう。今日はそこそこ上手く出来た筈なんだ」  コヨミも自分の分のおかわりを注ぐ。実はこれで4杯目らしいのだが、そんなに飲んで平気なのだろうかと思いつつもそんな事アカネも言わない。アカネ 「紅茶、好きなんですか?」 コヨミ 「好きと言うか、スキルを覚えてから時間の感覚が薄くてね。分刻みで味の変わる紅茶を入れるのが良い治療法で、その内それが趣味みたいになってしまったんだよ。何事も捉え方次第だね」 長く物事に付き合う内に愛着が沸いたり、拘りが出てきたりすることは往々にしてある話。しかしまあ、紅茶を淹れることが治療になると言うのもなかなか洒落たスキル対策だが誰が発見したのやら。アカネ 「捉え方次第……。私のスキルも、価値もでしょうか」 自身ではどう考えても覆すことの出来ない自己評価。無敵と言う特性を一体どう捉えたら良いものなのか、今のアカネには全くと言っていい程定まらない事だった。 そんなアカネに、コヨミは今までより少しだけ声に力を込めて語り出す。コヨミ 「……真実はいつも一つ。ただし、それは人の目を通さずしてこそあり」アカネ 「人の目を、通さず?」コヨミ 「そう。物体の価値は見る人による積み重ね、何重にも塗り重ねられてようやくその輪郭が見えて来る。時間に疎い私が言うのも何だけど、人は結果を急ぎ過ぎ。限られた寿命の中で、極力何かを為そうとする。痛みや失策を避けて、効率的に物事を為そうとする」 アカネ 「でもそのおかげで、世界が発展して来たんじゃないですか?」 作業化、効率化、機械化。人の世は人の手を離れれば離れる程、人にとって完璧に近付いている。 だがそうして来た人と言う存在の、何と脆くて不完全な事か。そう変えてきた世界に順応出来る個体の何と僅かなものか。コヨミ 「うん。でも急過ぎた。見極める前に見極めて来た。その結果、あっても良い筈のものが切り棄てられた。だからボク達はそこに手を伸ばすの。気の遠くなるような時間をかけて、理不尽に棄てられたものを元に還すために」 そう言いながら細めた目をして天を見る。そうすれば、過ぎ去ってしまったものが見える気がして。

『棄てられし者の幻想庭園』第5章


ソナタ 「ふ~、闇雲に探しても儂のカモシカのような美脚が悲鳴を上げてしまうの~っと」 全く疲れた素振りを見せず、ソナタは剥き出しの細い生脚をモデルよろしくピンと自慢げに見せてそんな事を呟く。 都内某所。ギルドの本拠地があるこの地区には大きな特徴が二つある。 一つはギルドも実はそうであるように、比較的背の高い建物が多い事。高層とまでは行かなくとも、4~10階建ての住宅やオフィスビルがひしめき合い、立地次第では日が差さなかったりする。ギルドは大通りから一本入った路地なのでギリギリ感。 そしてもう一つが、そんな限られた日なたを税金の力という公平な方法で公園として何十か所かで住民に共有させている事、つまりは公園が非常に多い。勿論常時日なたと言う訳ではないにしろ、望ましく差し込むように計算された建築計画が地区ぐるみでされているおかげで、大小問わず公園の大半は憩いの場としてそこそこ機能している。 何故そんなに公園ばかり作ったのかは、きっとアーバン風をここの土地開発担当者が吹かせたかったんじゃないの?というのがシルバ談だが、そんなことしなくても一応都市部なのにというのはハヤト談。 そんな若干の税金の無駄遣いの産物である公園の中の、それなりの無駄遣いに位置する地区外れの小さな児童向けの公園。全く対象者のいない時間帯のため過疎めいた雰囲気のあるそこで、ノープランにギルドを飛び出したソナタを初めとしたシグレ、フタバ、メグミの『オペレーション・デトネイター』組は、歩き出して30分程でようやくその捜索の足を止めていた。シグレ 「カモシカならもっと働け。つっても、流石に手掛かりが無さ過ぎるか」 シグレからするとちょうどいい位置にあったソナタの尻を軽く蹴りド突きつつ、ベンチにどっかと座って天を仰ぐ。ビルや団地のせいで四角く切り取られた青空を見ると規模のデカいサンルーフのようで多少馬鹿馬鹿しい。メグミ 「ん~、どこかに落ちてませんかねえ、手掛かり~」 今では諸般の理由で消えつつある鉄製の大きな網型ゴミ箱に半身を突っ込んで何かを漁っているメグミには、気持ちを押さえて誰も突っ込まない。フタバ 「まあ、いつも通り行くしかないんじゃないっすかね」 カフェの制服のまま駆り出されて少々居心地が悪そうにしていたフタバだが、こういう時の自身の役割とすべき事と言うのは理解しているためきちんと仕事をすべくソナタに進言。ソナタ 「じゃな、確率は怪しい所じゃが。ほれ、早う済ませい」 全くこちらを見ず、何かテンションを上げつつ子供用のバネ馬でひゃっほいしているこのロリババアをぶん殴ったろうかという心地はそっと拳の中にしまって。フタバ 「メグミ、頼む」メグミ 「ふぁーい」 最早ゴミ箱へ天地逆にすっぽり入りつつあったメグミを猫のように引っ張り出して、公園のど真ん中を占める白いサラ砂系の円形砂場に運ぶ。ソ・シ (パンツスーツで良かったね……) という、その光景を見ていた二人の感想もやはり微妙な笑顔の裏で出て来る事は無く。 砂場の中央でフタバとメグミは向かい合って膝を立て座り、慣れた様子でおでこを合わせる。そこから二人が目を閉じ集中を始めると、周りの砂の表面がメグミの足元へと渦を巻くように摺り寄り始めた。シグレ 「毎度思うが、何でわざわざ円形の何かの中でやるんだ?」ソナタ 「イメージの力と言う奴じゃろ。見てる分には今みたいに力の流れが分かり易くて良いのではないか?」 そうして息を吸いながら開いたメグミの瞳は、普段とは異なる黄金色の光を煌々と宿す。メグミ 「宿れ、我が星の導き。『最期の一葉』!」 スキルの宣誓と共に瞳の光は弾け飛び、渦を巻いて集っていた砂々が風に煽られたようにザァッとフタバの方へと広がった。 そしてすかさず、次の宣誓が刻まれる。フタバ 「我が求めし物の行く末を掴め。『両天秤』!」 フタバの声が辺りに反響し、やがて消えて行く。 ……が。こちらは特に何も環境の変化は起きず、ただただ砂場の真ん中でおでこをくっつけ合っている男女の間抜けな図がしばらく晒される事となっていた。シグレ 「…………不発か?」ソナタ 「こりゃ、ゼロ側だったかの~」フタバ 「……まあ、S級関連っすからねぇ」 フタバの、確率を傾けるスキル『両天秤』。当人が求める事柄の成功率を0か100に限り無く近付けると言うもので、その傾きは元々の成功率に依存する。50%を境にそれ以下なら0側、それ以上なら100側になると言う、地味ながらかなりの高度なスキルである。 元々の実現難易度が高ければ必然と成功率は低く、今回フタバが行った『S級観察対象者の手がかりを発見する』というものに対する『両天秤』も、正直ノーヒント状態の今行えば普通に考えれば成功率など考えるまでも無いのだが、ソナタ 「メグミの強運も、1日2日では大して貯まらぬか」メグミ 「フェニックスが大暴れしてましたしねぇ」 そこにメグミの幸運を譲渡するスキル『最期の一葉』を加えると、話が変わって来るのがギルドでは通例だった。 メグミの『最期の一葉』は、自身の持つリアルラックを対象に全て移すという変わり種。それによりフタバのスキル成功率計算にも多大なプラス補正が出来ると言う、捜索における強力コンボが実現する。 ただし、そのプラス補正はそれまでメグミが貯めていた幸運値に拠るので短い期間で連発してもその効果は薄く、更にはコンボが成功したとしても凶悪なデメリットもある。シグレ 「……ん?何だありゃ?」ソナタ 「あーん?」 幸運を全譲渡するという事は、本人には全く運が残らない。つまりは、不幸な出来事が起こりやすくなる。しかもその幸運値が多ければ多い程その反動は周囲を巻き込むレベルで凄まじい。 例えば、何だあれ?と言われて上を見上げれば、そこから何かが真っ逆さまに落ちて来ている真っ最中だったり。フ・メ 「!!?」 スキル使用後でまだ砂場に座している二人の間を、避ける間も無く天からの何か細く黒い一閃が猛烈な速度でカチ割った。 砂場にそれが突き立った衝撃でボフンと辺り一面に砂煙が舞うが、都心特有のビル風に煽られてさほど広くない公園は程無くして景色が晴れた。とは言え、その場にいた4人は砂爆発の震源地にいた訳なのであれこれ被害は受ける。ソナタ 「目がっ、目がぁ~っ!」シグレ 「その後滅びの呪文とか言うんじゃねえぞ」 言ったところで何の影響も無いだろうが、万が一という事も無きにしも非ずなのが神の庇護下にあるこのギルドと言うもので。メグミ 「…………、ぷへぇ」フタバ 「……何が起きた、っ」 爆心地にいた二人は目どころか全身砂まみれである。が、何故かフタバの方により砂が飛んでいたらしく老人化したかのように顔面がヤバかった。
ソナタ 「んぁあーっ、しょい!……まあじゃが、成功確定の方に傾いたようで何よりじゃの。で、何なんじゃ?」 眼をこすり終わり、次は長髪をわしゃわしゃしながら。言葉だけ老人化している合法ロリが今度はバネパンダに跨って誰かに指図する。 取り敢えずで首から上の砂を叩き落として、目の前にいたフタバが砂場の底にまで達する寸前にまで突き刺さっていた黒い一閃の正体を確認する。フタバ 「……、短剣?」 天から現れ砂場の砂を半減させたそれは、黒い鞘と柄の刃渡り20cm程の両刃のナイフ。鞘にどことなくアンティークのような品の良い細工がされた物で、抜いて見れば刀身は綺麗に磨かれてはいたものの僅かに刃毀れや傷跡がある。メグミ 「何か、カッコイイ」フタバ 「失踪者関連の物の確率100%っすけど、物騒っすね」 S級クエストの手がかりで舞い込んで来た物が、使用済みと思しきナイフ。これが物騒でなくて何なのか。シグレ 「ほら、早く貸せ。記憶を辿れなくなってても困る」メグミ 「あー、小物は記憶が薄いんでしたっけ~」 検分していたフタバからひょいとそれを取り上げて、シグレはスキルを使うべく砂場の縁に腰掛ける。何であれ手掛かりとあっては『読心術』使いの出番と言うのは捜索隊の中では定石であり、メグミの言うように物体がシンプルで小さい程定着しているエピソード記憶は消えやすい(今回は人間でいえば幼児くらいの感覚)らしいのでフタバもそれには抗わない。 柄と、そしてメインに使われる部分である刀身に触れてシグレは目を閉じる。世界から自分と物体だけが漆黒の空間に切り残された感覚がしたら、シグレの中では始まりの合図だ。そうしてVRゴーグルを掛けている時のように自身の瞼の裏側へとその映像が再生されて行く。 やがてそれは始まり、指先から脳へと物体から漂う記憶のオーラが伝わって行きそれが映像になる。だが何となく予感していた通り、その映像はかなり断片的で不鮮明だった。 古めかしいアパートらしき部屋の一室の天井。画面が激しく揺れて誰かの手の中へ。 ブツリ。 同じような室内。視点が定まらずぼやけているが、大小二つの人の輪郭が横になっている。 ブツリ。 扉から外へ。すぐ横には下へと続く錆びた階段。 低くて荒い興奮した男の息遣い。一瞬大きく画面が揺れると視界がグルンと反転。玄関で前と同じ色輪郭の人の腕が自分の下へと伸びている。 ふわりと視点が上ったと思ったら、それが急降下。ブチュウッという肉音と共に画面を赤黒いフィルターが覆う。 ブツリ。 赤黒い世界。どこかの住宅地をまっすぐに、ゆらり、ゆらり。 遥か彼方に動く影。歩みが止まり、視界が縦に、呼吸に合わせてゆらゆらゆらら。 歩みが奔る。視界が弾んで風を切る。映るは獣の猛る声。 は、はは、はははは、はははははひゃひゃひゃひゃhyはyはやひゃはやひゃはひゃ!!!!シグレ 「ッ!!?」 バチィッ!! 目の感覚が激しくスパークして、シグレは現実に引き戻された。 フタバ 「シグレさん?」 いつもに無かった気がする反応に思わず伺ったフタバにも、シグレは目元をギュッと抑え込んですぐには返せない。シグレ 「……。今のは」 弾かれた衝撃は、果たしてどちらからの拒絶反応だったのか。だがそれに至るまでにも、確かめるべき事は多そうだった。 メグミ 「ん~、MP切れですか~?聖水ありますよぉ~?」シグレ 「……そんな水要らん」 有名栄養ドリンクの瓶をぶら下げて的外れに気遣うメグミの額を小突き、シグレはナイフを納めて立ち上がる。シグレ 「取り敢えず、もう少し一人で静かに落ち着ける場所で見たい」フタバ 「……トイレ?」ソナタ 「独房?」メグミ 「羅生門~?」シグレ 「環境悪化加速させるな!」 羅生門で集中して何かを出来る人がいたら是非紹介していただきたいものである。 そんなほんの少しのシリアスも笑いの肴にしてしまいながら、折角手に入れた重要極まり無い手掛かりを分析する為、シグレ達はガヤつきつつ公園を後にして適当な場所へと歩き出した。

『棄てられし者の幻想庭園』第4章

イノリ 「アカネちゃん、接客業は初めて?」 メグミが齎したフェニックス暴走による火災未遂事件を(主にアカネが体を張って)鎮め、何やかやでもうじきお昼時となった頃。アカネはイノリに連れられて、ギルドの建物の表通り側に居を構えるカフェスペースにて開店準備をさせられていた。 店内は12畳程のウッドフロアに丸テーブル4台とシンプルかつ狭めな造りだが、イノリの趣向なのかテーブルクロスや壁紙、調度品は白とシルバーを基調としたややゴシック寄り。テーブル中央に据えた手の平サイズの鉢植えやフロアの四隅にひっそりと主張する観葉植物など、西洋の自然派カフェか何かを目指したっぽい。勿論ドアベルも欠かさない。 またギルド側からカフェ側へは先日見掛けた廊下にある厚手の扉を通ればいいだけなのだが、世界が区切られているような感覚になる仕掛けを微妙にしてあるため普段は全く警戒していないとの事。ちなみにフェニックス騒動が起きたキッチンとカフェのキッチンは同じなので、もし客がいたら騒ぎになっていたかもしれない。アカネ 「バイトもした事無いです。母子家庭なので本当はするべきだったんですけど、お母さんがしなくていいって。だからドキドキで……」 成人するまで勤労未経験と言うのは現代ではそこそこ珍しい部類かも知れない。そこから家庭環境が疑われるのはどれくらいの割合なんだろうかとテーブルクロスを敷きながらアカネは思う。イノリ 「ウチはカフェと言っても隠れた名店的な物だから、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ?お客さんも1日に片手をへし折るくらいしか来ないし」 アカネ 「それは色々危機的状態なのでは?」 経営的にも、腕的にも。そして誰の腕をへし折るのか。イノリ 「お仕事も基本お客さんと楽しくお喋りするだけだよ。カンタンカンタン☆」アカネ 「それはもう違うお店なのでは?」 フロアが女子だけならそれはもう。イノリ 「あ、残念。アルコールは出ないゾ?」アカネ 「まだギリ未成年です!」 その返しはどうなんだろうと、アカネ自身も言ってから思った。あとどうもイノリのボケと言うかトーク術は微妙にエグいとも。笑ってトークを切り上げているが、『癒しの面』と相まってイノリが普段どう思って行動を起こしているのかが凄く読みにくいとアカネも感じていた。 それから雑多なトークを繰り広げつつ一通りセッティングを終え、後は開店時間を待つだけとなった時。不意に、しかしやや優し気に表のドアが内に開き、ドアベルが慎ましくチリリンと鳴った。アカネ 「あっ、いらっしゃ   あ」 反射的に口をつきつつドアへ振り返った先で、アカネは見た。 背中から腰までの長く白い翼を生やし、その翼に負けない清楚で純白のドレスを身に纏った長い黒髪の聖女が陽の光を背に。 有名なチェック柄の紙袋を提げているのを。 イノリ 「トーコさん!もう大丈夫なんですか?」 アカネはポカンとしてしまったのに、奥にいたイノリはやはり笑顔でパタパタと寄って来る。トーコ 「はい。朝を迎える前に紋章の城から安らぎの園への帰還を果たせましたので」イノリ 「そうですかそうですか」 そのトーコさんという女性は、イノリに対して親し気によく分からない事をのんびりと言った。ただ何となく昨晩何かあったっぽい事は覗える。 と言うよりも、アカネ 「……あの。昨日の人、ですよね?」 その服装だったり口調だったり。よくよく思い返して見てみれば天命教で被害に遭っていてギルドが助け出したあの女性そのままであった。羽が生えている以外は。イノリ 「アカネちゃんは知らないよね?実は数少ないウチのカフェ常連のトーコさん!……あと、本当に一般人だから」 横に来て紹介して来るイノリだが、最後に耳元でぼそりと付け加えるところからしても本当に客と店員の関係を貫いているらしかった。ついでに垣間見えるこのカフェの繁盛具合。 ちなみに、何の自主的説明の無いそのトーコさんの背中から生える白の双翼については、イノリ 「目を凝らすと肩紐が見えます」 とだけ。 扉をきっちりと閉めたトーコさんは、エレガントに見える歩調でアカネの前まで来ると、ドレスの裾を軽く摘まんで挨拶を試みる。トーコ 「初めまして、人間界ではトーコと名乗っております」アカネ 「……え」トーコ 「はい?」 お互い、次元が噛み合わない事が分かる間と空気が流れた。 やれやれとばかりに、イノリが二人に等しく見えるところで解説を始める。イノリ 「トーコさんは所謂天使系厨二病の人でね~。仕事もしないでここでよく主人公系と魔王系のお仲間二人に、仕事中のフタバ君も加わって駄弁ってるよ?」 天使系厨二病というものが何なのか今一つアカネはピンと来なかったし主人公系と魔王系と言うのも何なのか説明して欲しい所ではあるが、取り敢えず天使系とはその作り物な見た目と合わせて要はこんな感じらしい。トーコ 「逢瀬来世に至るまで現世に無駄な事などありません。瞳の瞬き、鼓動の旋律、それだけで私は世界と言う絵画を彩る絵筆となり、その事が私という機工を動かす魔力となるのですよ?」イノリ 「……凄いよね、食っちゃ寝の開き直りをここまで長く言えるのってマスターくらいかと思ってたよ」 この優しい声の80文字の言葉の意味を食っちゃ寝だと分かっちゃうイノリもある意味凄いと思える。これもシルバの日頃の言動の賜物だったりするのだろうか。トーコ 「ただ、今回は下界の方々に私の未熟さ故に多大な負担をお掛けしましたので。特にイノリさんには。ですのでミサよりも早く謝辞を伝えに参りました。あ、これ、決してつまらなくない物です」 そう言ってイノリに頭を提げつつ、例の有名紙袋を渡すトーコさん。中を見てキャッキャしてる所を見るに確かにつまらなくはなさそうだ。あの百貨店にはつまらないものも実際無さそうだし。 だが。こうして自分達の前に現れたトーコさんは悟りを開いたかの如く実に穏やかな顔をしている。確かに元々イノリとは顔見知りではあるのだろうけれど、天使系厨二病というものがそこまで精神的にあの出来事を乗り越えられる要素であるとは、アカネにはどうしても思えなかった。 故に、この和やかな雰囲気の中で、アカネは重々しく問いかける。アカネ 「……あの」トーコ 「はい?」アカネ 「何で、そんなに明るくいられるんですか」 その切り出し方でトーコさんにも昨日のアカネが多少なりと伝わったろう、それまでの明るさが少しだけ身を引いた。アカネ「誘拐されたんですよね?殺されたんですよね!?トーコさんが、そんな生き方しているせいで」 人の趣味や生活をそんな呼ばわりもどうかと思われるかもしれないが、昂りはどうしようもない。それにアカネがこういった類の人をどう捉えているかも口にせずとも伝わった。トーコ 「……はい」アカネ 「自分が嫌にならないんですか。必要無いって感じないんですか。そのまま死んでいたかったって思わないんですか!?」イノリ 「ちょ……アカネちゃん!」 万年笑顔メイドすら慌てさせるアカネの言い方。しかし、トーコ 「はい、そんな事にはなりませんでした」二人  「……」 当の本人は、何一つ揺るがず正面から微笑みを返した。トーコ 「確かに、私のこの在り様のせいで利用され、騙され、殺されはしました。でも子供の頃からずっと憧れていた非日常の世界に触れることが出来た、それは私がこの私であったからなのです。信じられないでしょうけれど、実は嬉しかったりもするのですよ」アカネ 「殺された事がですか?」トーコ 「殺されたのはそりゃ嫌ですよ?そうじゃなくて、選ばれた事がです」 西洋風カフェに佇む、柳のような存在。しかしそれが何故か馴染む。トーコ 「私は何度も何度も何度も何度も、自分は本当に世界に存在しているのかと疑って来ました。何の役にも立たず、誰にも見向きもされない私は本当はこの世にいない、むしろもういなくて精神だけの存在なのではと、自分で自分の価値を捨てていた。けれど、形はどうあれ私は誰かの目についた、存在した、捨てた価値を拾い上げてくれる人がいた。たとえそれが矮小な価値であっても、私にとってはこの自分が許される十分すぎる未来への希望で。そう思えば、今回の事は差し引きややプラスくらいです」イノリ 「いいの?それって、言い換えれば誰かの餌になる事も認めちゃってるけど」 その典型が、昨日だったのではなかろうか。トーコ 「空っぽよりは全然。それに餌か毒か薬か、決めるのは人として奇跡的に生きる事が出来ている私の権利です。心の向き一つで自分と未来は変えられるのですから」アカネ 「また、心ですか……」 長く喋る人は必ずそれを口にする、頭と必ずしも連結しないそこの所。トーコ 「まあ今回の事はざっくりまとめてしまえば、いいきっかけでした、いい経験でした、という事ですね」イノリ 「軽っ!」 ギルドの人間がそうまで言うのは、イノリの態度からして本当に珍しそうだ。トーコ 「それでいいの、人の世は複雑すぎます。きっと私はこれからこの体験をただの教訓めいた話として面白おかしく話して行くんでしょうね。それでも、こうして生きてこそそう感じて出来る事な訳ですから、皆さんに助けていただいた事はとても感謝しているのですよ?それこそ、死んでいたかったとはこの嬉しさと楽しさを知ったからには翼の毛先程も思いませんね」アカネ 「……強すぎじゃないですか。もっと恐怖とか、トラウマとか生まれるものでしょ?それとも、私達が助けた人は皆こうなるんですか?」イノリ 「何その強制前向かせスキル。逆に怖いって」 あるとしたらそのスキル名は『夢現(トリッパー)』とかの名前が付きそうだとイノリは脳内でボケてみる。トーコ 「私は天使なので特殊なのかもしれません、もしくはショッキング過ぎて感覚がぶっ飛んでしまったか。それを除けば……そーですね、こんな私にもお仲間がいた事に気付けたからでしょうか。引きこもりでも精神体でも誰かと繋がっていると。今回はそれで助かりましたし、この体験を喋りたいなーというワクワクが怖さに勝ってしまいました」イノリ 「私から見たら、トーコさん結構愛されキャラでしたよ?……脇が甘そうで」トーコ 「まあ。また新しい価値を見付けてしまいましたね」 付け足しが聞こえたのかどうなのか。聞こえていたならトーコさんマジ天使。トーコ 「アカネさん、あなたの周りにもきっと、あなたの知らないあなたの価値を見付けてくれる方がいます。そうすれば、今抱えていそうなその不安を煽る未来を覆う霞も、晴れてくれる筈ですよ」イノリ 「人の価値は他人が決める、これマスターが私達に言う事なんだよ。自分の事は自分が一番分からない、自分で自分の、人の価値を決めつけてはいけない。それはその人の未来の選択肢を、可能性を消す行為だ。ってね」 巷に溢れている標語を完全否定するような教えだが、それはやはり人の世の闇を抜けて来た存在だからこそ。アカネ 「…………。ありがとうございます、何かすいませんバカみたいに」 未来の可能性が光り輝いている若者には、それは強く響く事だろう。アカネ 「けどもう一つだけ、聞いてもいいですか」トーコ 「何でしょう?」 だがしかし。アカネ 「……想像出来る未来がどうしようもない理不尽な暗闇しか待っていなくても、あなたは同じ事が言えますか」二人  「…………」 その身に何を秘めているのか、一目で分かる奴などそういない。 ましてやパッと見ただの小娘が、光を塗り潰すような深い眼でそんな事を口走るなど。アカネ 「私にはそんな無責任な事は、どう足掻いたって言えない」  アカネの中で、遺伝子から生まれた自身を苛む堪え切れない圧が渦を巻いて。 結果、言い捨てる形で外へと駆けだしてしまった。
イノリ 「……、お仕事放棄は良くないなぁ」 イノリの中では意外でも無かったのかどうなのか。開け放たれた扉を呑気に見つめて口を出たのがそれ。トーコ 「私には、彼女のバイブルに一筆加える権利は無いようですね」 イノリほどではないが穏やかな表情でい続けたトーコさんにも、僅かに眉を顰める時が来た。 しかしこんな時でも、或いはこんな時だからこそ。イノリのスキルはその身に凛麗を纏わせ、沈んだ空気に日溜まりのような色を添える。イノリ 「お気になさらず。ここから先は、私達の仕事ですっ」 ニッコリと、しかしピシッと。右手を軽く胸に添えこの場の責を引き受けるイノリ。トーコさんもそれに感応して、歪めた目元を綺麗なアーチに戻すことが出来たようだ。トーコ 「では微力ながら、そのお仕事に私の翼をお貸ししましょう。また後程」 何であれ、やはり大人なので。 トーコさんはドアの前でイノリに軽く会釈をすると、自らもアカネを探しに出て行ってくれた。流石、女神の器候補だった人である。 イノリはそれを見送り、実は表に掛けていた営業案内をCLOSEDにして扉を締め切った。それからふとフロアを見れば、トーコさんの白い羽がぽつり。イノリ 「……アカネちゃん、かぁ。なーる、あんなんじゃどーせいつか、私たちの世話になってたか」 摘み上げた羽を裏返せば、背面は鴉の濡れ羽のような黒。表裏一体、天使と堕天の作り羽。  どこで誰がこんな手の込んだ物を作ってトーコさんの手に渡ったのかは知らないし興味も無かったが、何となく今の気分的に気に入らなくてそれをグシャリと握り潰してポケットへ。そうしてサッと髪を掻き上げて、フロアの奥へと歩き出す。イノリ 「専門家、舐めんじゃねーですよ。ってね」 フロアの電気を全て消し、イノリは自分の持ち場へと向けて上司にショートメールを打ちつつ廊下の扉を通り抜けて行った。  貰ったあの紙袋に関しては、誰にも言わないでおくつもりで。 

『棄てられし者の幻想庭園』断章・あの時を、お茶請け代わりに

シルバ 「……ふむ。これもハズレ、と」 速読と言うスキルを実は私は持っている。いや、スキルとは言わないか。これは技能だな。まだ表の世界にいた頃に必要に駆られて習得した技能なのだが、こういった調べ物をする時に大変役に立っているのでありがたい。 自主的にやり始めた事とは言え、部屋としては広いが図書館ばりの狭っ苦しさを感じるLED電球一つの暗い書庫に何時間もいると鬱屈した気分になりそうだし、案外数冊読むだけでもかなりの神経を使い果たすものだから、正直早々に切り上げたいものなのだがこれがそうも行ってくれない。昨日の今日で急がなくても良いのかもしれないが、これも1ギルドマスターとしての義務というものだ。あーしんどい。 読み終えた分厚く古めかしい本を適当に棚に戻す。書庫なんて現代ではなかなか無用になりつつある物かもしれないが、こういった古い資料はデジタル化されていない物もまだまだ多いからな。 それに私は紙媒体の資料の方が好きだったりする。こうしてまた本を手に取り、本棚に寄り掛かりながらペラペラと本を捲る様など画になるじゃないか。ハヤト 「何だその下らない理由は」シルバ 「うをっとぉ!!」 いつの間にか書庫に忍び込み私のモノローグを表情だけで読み取るとは。そんな事をしてきやがる輩は今の私の周りには一人しかおるまい。ハヤト 「よう、銀色の」 鉄面皮の中にいつもながらの挑発的な臭いを感じたので、昨日の礼にとこっちもやり返してくれる。シルバ 「やあ、不死鳥の」 久々にこれを使ったぜ。案の定こいつの眉間の皺が深まった。ハヤト 「人の事を火の中にダイブしてシャカリキになる派手な鳥みたいに言うな」 シャカリキて。今の若者に通じるのかぁ?ハヤト 「後、それはマスコミが適当に付けたセンスも捻りも無い二つ名だから使うんじゃねえといつも言ってるだろ。おかげであの新人にも変な眼で見られたぞ」シルバ 「アカネちゃんかい?あまり怖がらせないでおくれよ、繊細そうな子だから」 目下話題の最先端。ハヤト 「……なら早めに教育してくれ。そもそもノリと勢いでメンバーを増やすからいつもあんな感じでメンタルが追い付かなくて苦労するんだ」シルバ 「メンゴメンゴ~」 テヘペロっ★ って可愛く謝ってやったのに、何がお気に召さないのかハヤトが殴り掛かって来た。ハヤト 「液体窒素にぶち込むぞ」シルバ 「わぁお、イッツコキュートス!」 クソ狭く逃げ場の無い書庫で、続けて繰り出されるハヤトの容赦無い連撃を持っていた本を捌きに使って防ぎ切る。相変わらず打撃の一発一発が重てぇなあ、もやしっ子の私にはしんどいぜ。シルバ 「で。何か話が、あるんだろうっ!?」 そう言いつつ、私からもちょいちょい手刀で反撃。お互い本棚にぶち当てないよう限られた攻撃の読み合いだ、滾る。ハヤト 「……特務だ、ランクS」シルバ 「このタイミングで……、恵まれてるなぁ。それで?」 戯れつつ聞く話では無くなってきた感があるが、どちらかが一撃入れるまで終わらないのが俺達の戯れのルール。殴っては捌き、捌かれては捌き。ハヤト 「昨晩突如失踪した人物の捜索だ」シルバ 「おや」 拍子抜けしてうっかり顔面ガードを誘われ、腹に当て身を喰らっちゃったじゃないか。シルバ 「ぬぅ……。S級の割に、な内容だね?」 おかしい、運命では勝てる筈だったのに。どこかで何かがずれてしまったか。 こいつはこいつで勝ち誇った顔で、尻餅をついた私を見下ろして来るし。ハヤト 「どうやら重要観察対象になっている人物らしい。下からの連絡がまだ断片的でな、俺も困っている」 ……もしかして、昨日訳の分からん報告がどうこう言っていたやつか?だとしたら本当にS級なんだろうな。 この男がそんな事を言う時は、昔から本当に厄介なのだから。ソナタ 「ほうほう、それは気になるのぅ?」 声に驚いて見れば、背後の微妙に開いたドアの向こう側に目が見えた。 戯れも不本意ながら終わった事だし、呼び込んでやるか。嗅ぎ付けられてしまった訳だしな。
シルバ 「何だか騒いでたみたいだが落ち着いたのかな?」 おかげで多少私の集中力が時折乱れたんだがね。さっきなんか思いっ切りくしゃみしちゃって貴重な資料に鼻水が付いちゃったんだぞ。後でミコトにどうにかしてもらわんと。 そんな事は露知らず、ソナタはどこか暗い空気で入って来た。ソナタ 「両方のー。儂のハトは治らなんだが、ぽっぽ」 ぽ、ぽっぽ?シルバ 「……まいいや。で、何が気になるって?」 ぽっぽは気にしても始まるまい。ソナタ 「まずはアカネじゃの。あ奴……まだ何か腹の底にグツグツ煮込んどるぞえ?」 こっちもぽっぽは単なる一ネタだったのか、本来の腕組み小生意気スタイルに戻って話し始めた。ハヤト 「何故そう思う?」ソナタ 「お主達警察とは違った意味での人間観察の結果じゃよ、イノリも気付いとるかも知れん。何にせよ、下痢になりたくなければアカネに関しては素性を洗う事を勧めるぞよ?」 成程、この二人の直感か。それは頼もしいね。 下痢にならないよう動いておいたのは間違っていなかったわけだ。

『棄てられし者の幻想庭園』第3章

アカネ 「……人の命って、何なんですかね」 ギルドのリビング。何故かソファに鎮座しており威厳を醸し出していた、アカネの上半身程はあるクマのぬいぐるみと向かい合って、呟くように問う。 でも明かりを点ける気には何かなれなかった。??? 「ふむ、それはまた哲学的なテーマじゃのう?」 その独り言のような問い掛けにぬいぐるみの力を借りて答えるは、神聖でありながら妖艶な空気を纏った絶世の美女の声。アカネ 「いきなりあんなやり取りを見せられて、私はどうしたらよかったんですか」神美女 「どーせんでもよかろ~。あれで何も感じぬ程お主は不感症なのかえ?」アカネ 「いえ……」 神美女はワードを変化球に使って来る。答えてくれるから良いのだが。アカネ 「私も、いつかやるんですか。ああいった事を」神美女 「そうじゃのー。ま、そう遠くない内にの」 遠くないとは、いったい誰の物差しでの事なのか。そしてあれだけの事を表情も心も揺らがせずにこなせるようになるまで、何度こんな胸焼けが全身に転移するような心地にならなければならないのか。 神たる美女はその聡明な知能と慈愛の精神をもって、アカネのそんな心中を慮り敢えて砕けて語る。