『棄てられし者の幻想庭園』断章・2分30秒の5時間

 ああ、楽しい。愉しい!

シグレ 「はああぁっ!!」

 成人男性の放つ凄そうな右ストレートも、私の顔面からバツンと弾かれる。

アカネ 「あはっ!」

シグレ 「ぐぁ、はっ……」

 ああ、人の肉を私の右手があっさり突き抜けてる!肋骨も、脊柱も、心臓も肺も関係無くずっぷりと。

 私の願いに応じて『精霊の盾』も最低限の膜だけを貼ってくれて、殺すときには手からその衝撃と感触がきちんと伝わって来る。攻防一体の『精霊の盾』の加護、何でも防ぎ、何でも蹴散らす。こんなに私に都合の良いスキルがあっていいのかな!?

フタバ 「はあぁっ!!」

イノリ 「やぁああっ!」

アカネ 「?」

 背中とお尻に微妙な痒みが。ああ、フタバさんとイノリさんが死角から蹴って来てたのか。

 無駄なのにね。

アカネ 「ふんっ!」

フタバ 「くっ……!」

 あ、避けられた。ただ腕を振ってもダメかぁ。

 じゃ、飛び掛かってみよう!

アカネ 「キャハハッ!」

フタバ 「グギャ、ハッ……」

 あぁ~、初めて男の人を抱いちゃった。意外とすぐ、潰れちゃうもんなんだねぇ……?

イノリ 「フッ!」

 んっ、脳天!?さすがイノリさん、ちっこ軽いからジャンピング踵落としとか余裕かぁ。

 んじゃ、私もっ!

アカネ 「やーーあっ!」

イノリ 「っ、とっ。せぇっ!」

アカネ 「ほっ、とっ!!」

 ちょっと躱されたけどっ!

イノリ 「……がは、っ」

 手ばっか見て、ナイフを忘れちゃだめだよねぇ?

『精霊の盾』と違って生のナイフは、また違った肉感がクる。刃先に纏わりついて、肉にめり込んで。でも血の潤滑でじゅるっと滑るように抜けて行く。

 はぁ……っ、体の内側にじゅんと来るっ!また痺れちゃう!!

アカネ 「……はぁあ。ぁ、ははっ、あはははっ!」

 もっと、もっと。もっとっ!

メグミ 「は~い、こっちだよぉ~」

 お、メグミさ

メグミ 「っしょっ!」

アカネ 「んっ!?」

 痛っ!   くはないんだけど言っちゃうよね。

 ってか、椅子ブン投げて来るとか。わいるどだなぁ意外とっ。

メグミ 「そぉいっ!」

 何個投げて来てもっ!!

アカネ 「    ふぅっ!!」

メグミ 「、ぐぶっ」

 あ~、やっぱりお腹を行くのが一番殺った、って気になるなぁ。こうやってだらんってなった体がずしっと来ると、命の重みってのを感じるよねぇ……。

 じゃ、気持ち良いからしばらくこのままやってみよ。

ミコト 「なかなか、エグい発想をしてきますね……」

アカネ 「そーですかぁ?」

 おっきいテーブルの上ど真ん中から見下ろして来るミコトさん、おおぅ二丁拳銃カッコイイなぁ。あと照明が何かちょっと煽ってない?自動で動くのここの照明!?

 でも、エグイも何も別に気にせず撃って来れば良いのにね?ほら、右手のこれはただのお肉だからさぁ。

ミコト 「では、遠慮無く……!」

アカネ 「えっ!?」

 距離、詰めて……っ!?

ミコト 「疾ッ!」

 ガンガンッ!!

アカネ 「みゅっ!!」

 目っ……!

ミコト 「颯ッ!」

 ガキュッ!

アカネ 「~~~~~~~ッ!!」

 ……煩っ!!

アカネ 「斬いぃッッ!!」

ミコト 「と、っ」

アカネ 「あっ!」

 ナイフ、蹴られたっ!?ミコトさん、マジぱねぇ!!

 じゃあ、こっちは蹴り飛ばせるのかなっ!?

ミコト 「ちょ……っ!」

 必殺、メグミ砲っ!!んりゃぁっ!!

 ……あ、ギリ避けた。まあいーけど、ナイフナイフ……。

シルバ 「お~っと!」

アカネ 「マス   

 ぽいっ。

 割り込んで来たマスターが丸い何かを……。

アカネ 「!?」

 ズドムッッッ!!

アカネ 「~~~~~~~~~~~~~ッ!?」

 爆発   爆弾!?でもっ、眩しくて、耳にクる……っ!あーでも、我慢出来ない程じゃないな。爆弾ってこういうもんなの?

 ん、目と耳を塞いだまんまでマスターが何か言い始めてる?

シルバ 「今のは、スタングレネードってやつだ。音と光で相手を昏倒させる爆弾なんだが……、聞こえてるって事は鼓膜を破るまでは行かなかったらしいな。さすが『精霊の盾』」

アカネ 「……いや、うるさかったですけどね。後眩しかったし、ミコトさんの銃よりも」

 そのミコトさん、ちゃっかり離れてメグミさん回復させてるし。

シルバ 「いやいや。物理防御が完璧ならこういうデバフ系の小細工なら効くかな~と思ってたんだが、これが最大効力を発揮する室内で零距離射撃とその程度の差しか無いとなると、『精霊の盾』の防御機能ってのはかなり柔軟で、都合の良いもんらしいな」

アカネ 「都合?」

 なに、どういうこと?

シルバ 「ま、いいさ。ほらよ」

 マスターが私のナイフを拾って投げ返して来てくれた。わざわざ妨害したのに?

シルバ 「細かい事は気にするもんじゃないさ。ほら、まだまだ宴は始まったばかりだぞ?」

 また最初みたいに取り囲まれてる。皆血塗れだったりするけどもう誰も怪我はしてないし、どこか口角上がり気味な気もする。

シルバ 「ここからは私も混ざらせて貰おう。ほーら、こっちの肉は美味いぞん?」

アカネ 「そーですかぁ。じゃあ、遠慮無くっ!」

 別に、殺したいだけで食べたい訳じゃないんだけどさぁっ!!

 

 

イノリ 「せえのっ!」

 ボギュッ、ズシュリ。

シグレ 「バッター振りかぶってぇ……、せえっ!」

 ガキンッ!ガシュシュッ。

メグミ 「こーいうのはどーですかねぇ?」

フタバ 「おま、それロケットラ   

 ボシュウゥゥゥ、ガゴォォォォ!!!

 ……タッタッタッタッタッタッ、ズブシュッ!ザムッ!!

ミコト 「『完全懲悪』ッ!……破ァァッ!!」

 バチュンッ、バチュンッ!!……ガシ。ぎゅうぅぅブチュルッ。

シルバ 「44……。『生命判断』!」

コヨミ 「後ろ……、たぁぁっ!」

 バツンッ! トッ……、ペグシュゥッ!!

メグミ 「た~~~~   

 クルッ……、ゴッ!! グシュ。

イノリ 「ジェット!」

シグレ 「ストリーム!」

フタバ 「アターッ   

 ズシュルッ! バチチィッッ!! ザ、ザグッ。……ズ、ヂュルゥゥッッ!!

アカネ 「はぁ~~~~~~~~~……っ。……は、ははっ」

 良い。

 良いねぇ……。

 どんどんどんどん上手くなる。

 分かる。どうすればアガるのか。どうやれば正解なのか。

シルバ 「『生命判断・三連爪(トリニティ)』!! 83……」

 腕を振るえば肉を裂ける。

 手を伸ばせば骨を砕ける。

 指で触れれば溶けて行く。

ミコト 「斉、射ッ……!」

フタバ 「うぉっ!弾き……痛だっ!でっ!!」

 開けばいい香りのする入れ物。触り心地もすごくイイ。

 ずっと、ずっと戯れていたくなる。

イノリ 「硫酸の瓶とか投げ付けたらどうなる?」

コヨミ 「それ、瓶が弾けてキミに掛かるよ」

 これが、人間なんだって?

 こんなに素敵で、壊しやすい物が……ふふ、ニンゲン?

 それじゃあ、いっぱいいっぱい、愛さなきゃ。

 ふふふ。ほかのひとに殺されないように、わたしがニンゲンを殺(あい)さなきゃ。

シルバ 「103……っ。せぇぇやっ!!」

 ズッシュゥアッ……!

シルバ 「……ぐっ」

 いっぱいいっぱい、い~っぱいいるけど。なんどもなんどもなんどでも、わたしのために生き返ってくれるけど。

 わたしがしていいんだもん。ふふふふ。わたしだけが、わたしの為の!

 人間なんて、私が殺すためにいるありふれた物なんだよ。

 ……だよね、ラビリンス?

 

 

 

 

 

 

 …………なんでかな?

シルバ 「……328」

 なんでこの人達は、私に殺されているのかな?

 なんで、この人達はこんなに無駄な事をしているのかな……?

アカネ 『そりゃあ、私を愉しませ続けてくれようとしてるからじゃない?』

 そう、なんだよね。

 火炎放射器もガトリングガンもダイナマイトもチェーンソーも液体窒素も超音波粉砕機も、何一つ効かないって分かっても私に突っ込んで来て殺されてくれるこの人達。

アカネ 『気持ち良いよね、人間って。あったかいし、やわらかいし、ちぎりやすいし』

 焼き立てのパンみたいだね。

 うん、ずっとこうしていたい。してていい、んだよね。

アカネ 『そうだよ。誰が私の生き方に文句が言えるのさ。みんな私の生き方を認めてくれたからこうして私の為に来てくれてるんじゃない』

 そう。わたしはわたし。これが、わたし。いまのわたしこそ、わたしなんだ。

 ……だけど、だけどさ。

シルバ 「402……」

 この人達、何なの……?

アカネ 『愉しい物だよ』

 死ぬときにさ、わたしをじっと見てるんだ。

アカネ 『で?』

 それだけ。

 ……それだけなのに、さぁ。

 何か……。何かね。

アカネ 『ほら、潰そう?』

 あ、うん。

 ……………………。

 ああ、やっぱりだ。

アカネ 『何。気持ちいいでしょ?』

 うん、手から体の芯にゾクッと来る。

 でも、でもね?

 なんだか……冷たくなってきたの。

アカネ 『気のせいだよ』

 ……そっかなぁ。

 もう100回も殺せば、わかるかなぁ?

アカネ 『そだね、分かるよ。じわじわと』

シルバ 「……463」

 …………。

 ……ああ。

 今の、メグミちゃんだ。

アカネ 『それが?その辺の人間と、別に変わらないじゃない』

 …………うん。うん?

 そう、でもなくない、かな。

アカネ 『ほら、手が鈍ってるよ?』

 おっと。

 ……今の首の高さと硬さは、シグレさんか。

 何だろう。何だろうな……。

 

 お腹、痛いな……。

 

 ねえ、もしかしてなんだけどさ。

アカネ 『何』

 この人達って、殺しちゃいけないんじゃないのかな。

アカネ 『どうしてさ』

 いけない……、わけじゃない。

アカネ 『殺しちゃいけない人なんていないじゃない』

 そう、いけないひとなんていないよ。

 ただ……ただね。

アカネ 『愉しいよ?気持ち良いよ?興奮するよ?ほら、殺ろうよ?』

 えいっ。

アカネ 『ほら。やっぱりね、悦んでるよ?』

 ……はは。そう、なんだよねぇ。体は正直だ。

アカネ 『でしょう?じゃあほら、次が   

 ちょっと黙ってくんないかな。

アカネ 『…………何て?』

 ……来ないで、欲しいかな。

アカネ 『私を……拒むの?』

 違うよ。あなたじゃない。

 だって、来ちゃうと殺しちゃうでしょ?殺したくなっちゃうでしょ?

アカネ 『それが当たり前じゃない』

 当たり前って何さ。

 私は私、私はラビリンス。それはそう。

 でも。私はそれだけじゃない。

 私は選んだんだ。教えてもらったんだ。人間とはどういうものであるのかを。

アカネ 『ただの私の餌でしょう?』

 そうかもしれない。でもそれだけじゃない。

アカネ 『愉しいじゃない。それでいいじゃない!』

 そうかもしれない。でもそれだけじゃない。

 人間は、苦しむことが出来る。

アカネ 『そんな事、何でする必要があるわけぇ?』

 私が、人間であるために。

 人外が、人であろうとするために。

 この世が、命にとって幻想にも等しい楽園であるために。

アカネ 『私がそんな事する必要無いじゃない?それは誰かがやる事だよ』

 じゃあ、私がやっても良いんだよね?

アカネ 『私はただの『闇の業』だよ?そんな事出来る訳無いじゃん。人は死ぬもの、殺すもの。ただそれだけでいい』

 そうだね。そうだったら、どんなに簡単で素敵だったんだろう。

 でも、そうじゃない事を教えてくれた人がいたんだよ。

 複雑で醜くても、それでこそだって言っていた人達がいたんだよ。

アカネ 『それが……この人達って事?』

 多分……そうだった筈。

アカネ 『だから、この人達は殺しちゃいけないって』

 ごめんね、ラビリンス。

 あなたは私だから、否定する訳じゃないんだよ。

 けど、けどね……。

アカネ 『分かってるよ。私もあなただから』

 うん……。

アカネ 『じゃあ、早くこいつらを殺して他を殺しに行こう!』

 ……え?

アカネ 『この人達だから、殺さない方が良いんだ。だから、やっぱりその辺の人で愉しもう』

 ちが……そういうことじゃ。

アカネ 『だって、愉しいって事に変わりは無いでしょ?その証拠に、ほら……?』

 ……?

シルバ 「……6、28」

アカネ 『口では何とでも言っても、体は正直じゃない?』

アカネ 「ハァ……ハァ…………。は、ははは……。あははは、はははははっ!」

 っ……!

アカネ 『あ、また起き上がって来た。本当、頭おかしいんじゃないこのニンゲン達』

 ………………みんな。

アカネ 『おかしいね、おかしいよ。何で殺されに来るのさ、ニンゲンのくせに!』

 

 ……来ないで。

 さっきから、手が……身体が…………寒いんだ。

 

 躯体中に纏わり付いた鉄が、重いんだ。

 

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