『棄てられし者の幻想庭園』終章

 想像を絶したあの殺戮の宴から早1か月……。

 

シルバ 「と言う訳で、ごめんね。折角のオラクルを無駄にさせちゃって」

 どころかまだ日付すらも変わっていない、6月13日の夕方。

 ギルド内の後処理も一通り済ませたシルバは、一人リビングでくつろぎながらギルドマスター専用回線の携帯電話で話していた。

シルバ 「……うん、まあキミ達も余計な仕事しなくてよかったんだから良いじゃないか。いやん、そう怒っちゃやーよ?……分かった分かった、次のハーモニスタに菓子折りでも持って行ってあげるからさ。……へいへい、注文が細かいねぇ。あー!や、うん。じゃね」

 最後はもう向こう側の声を遮る勢いで通話を終える。実際に顔を付き合わせた時の事を思うとほんのり寒気がするので、シルバはつい持っていた携帯電話をぺいっと嫌な物のように放り出すと、それが良い感じに角が床で跳ねてリビングの出口まで転がって行く。

  そしてそれは、いつの間にかそこにいた男の手によって拾われてようやく止まった。

ハヤト 「……。どれ相手だ?」 

 お馴染みの鉄面皮に蟻の触覚程の呆れ成分を出し、色々省略気味に尋ねて来るハヤトにシルバもソファに寝転がりながら慣れた様子で返す。

シルバ 「ん?ミドリちゃん」 

ハヤト 「京都の『暗き毒竜(ニーズヘッグ)』か……。あそこは荒っぽいからな、観光ついでに視察に行くといつも疲れる。出来ればもう行きたくない」 

 携帯電話をシルバに放り返しつつ、ハヤトもミドリのいる光景で無駄に気が重くなったのかどっかとローテーブルの前に座り込んだ。

 お互いに直接向き合わないL字で高さも異なる位置関係にありながら、何の問題も無くそのまま会話が続く。

シルバ 「グランドマスター様が何言ってるんだ。部下には良くしてやらないと、私と違って拗ねてしまうぞ?」 

ハヤト 「どMか何かかお前は、褒める気が無くなるぞ。……まあとにかく、今回お前はよくやってくれた。俺の方の失策でもあったからな、礼を言う」

シルバ 「はは、私の力ではないさ。私を信じてくれたメンバーと、何よりアカネちゃん自身の頑張りのおかげだよ」

ハヤト 「そうか。なら土産のミスティ・ザッハトルテはお前以外の奴らに   

シルバ 「ごめんなさい僕とっても頑張りました後生だからその最高級の黒の貴婦人の味わいをこの愚物にもお恵み下さいませマイロード!!」

 掲げられた洋菓子店の袋に犬の如くバタバタと飛び付こうとする銀髪男と、それを真顔で往なしつつもどこか楽しそうにそれを続けるオールバック黒髪のスーツ男の図。

 きっとどこかに需要がありそうな戯れではあるが(しかも謎の照明や花畑や笑い声のオプション付きで)、少なくとも途中からその戯れを見始めたこの二人にはそういう趣向は無かったらしくリビングには入らず、

ミコト 「アカネさん、あんなノリの大人になってはいけませんよ?」 

アカネ 「なりたくもありませんから大丈夫です」 

シルバ 「あっ、乙女達の視線が初夏の気候に心地良い冷たさ! 」

 シルバもそれに興奮するような性癖では無かったようで、同じくその視線に気づいたハヤトの(信頼した上で)放り投げたケーキの袋をまさしくフリスビーキャッチの如くキャッチしに行った。

ハヤト 「現世に帰るのか?」 

 そうした事で強引かつ強制的に真面目な空気にしてみたハヤトが、改めて普通にそこに立っていた、少しばかりの身支度を整えていたアカネに尋ねた。

アカネ 「はい。……やっぱり、お母さんが心配で」 

 アカネもリビングに入って来てハヤトにはきちんと向き合う。隅っこで何かガサゴソ言っていてももうツッコまないし気にしない。

ハヤト 「そうか。スキルを無くした今、戸籍も可能な限り元に戻せる。これまで通りの、いや、今回の事でこれまでより深い関係を母親とも築いて行けるだろう。しばらくは研究所に協力してもらうが、そこから先は二人で協力して未来を歩んで行ってくれ。政府としてはありきたりな補償しか出来ないが、グランドマスターとしてはお前達の事は気に掛けさせてもらう」 

アカネ 「ありがとうございます」 

 ハヤトの話した事にアカネが驚かないのは予めミコトから現状についての説明を受けていたからである。逆にハヤトはアカネの決断についてまでは聞いていなかったためこれでもやや驚いている。

ミコト 「理由はどうあれ、自分を顧みずあなたを案じてくれる身内がいる以上進んで世界の影になる事はありません。真っ当に生きる事は人間としての義務でもありますし、表の世界に戻る決断、私達は尊重しますよ。少し寂しくはありますが」

アカネ 「でも、まだ少し不安です。『闇の業』が消えた訳じゃないですし、いつどんなきっかけで再発してしまうかと思うと……」

 神が『原初への回帰』で消滅させたのは『精霊の盾』のみ。遺伝子で発症する『闇の業』はアカネそのものとも言える為、言うなれば今は沈静化している状態である。詳細は省かれているがおおよその『闇の業』を封じた過程を聞いたアカネとしては、今後を憂うのも至極当然ではあった。

 そんな時こそ、指導者の出番である。

シルバ 「苦しめ苦しめ。それが出来る限り、お前も世界も安心だ。敢えて苦しむ道を選べるのは人間だけであり、ギルドはそうありたいと願う、人間社会から棄てられた、人間に戻りたい者達の場所だ。そこから飛び立てる事を誇りに思っておけ」

アカネ 「マスター……」

 凄く良い顔で語るシルバに対して、アカネは言わずにいられない。

アカネ 「唇にチョコ、付いてます」

シルバ 「おっと」

ミ・ハ 「はぁ……」

 こっちはどれだけ憂いたところでもうどうしようもなかったし、もうどうする気も起きなかった。

 と、

メグミ 「アっっっカネちゃ~~~ん!!」

 階上から複数の激しい足音と共に声が近付いて来たかと思うと、日頃のぽややんとした空気からは考えられない俊敏さでメグミがズバッとリビングに現れた。そして押し倒さんばかりの勢いでアカネにジャンピングホールド。

メグミ 「アカネちゃん覚え収め~、すりすり~」

アカネ 「うおぉぉ……」 

 結構な激しさで頬擦りされつつ匂いを嗅がれているので正直アカネは若干の困惑が生まれたのだが、やはり自分のした事を思うとされるがままでいるべきかと思ってしまう。でもちょっとキツい、物理的に。

 そんな事をされていると、後追いでゾロゾロと入って来たメンバー達も(メグミを引き剥がしたりは決してせずに)アカネに声を掛け始める。

イノリ 「アカネちゃん、カフェの方にはいつでも来てくれて良いんですよ?ね?」

フタバ 「お、おう。何なら、バイト扱いでもいいくらいだなっ」

アカネ 「あはは、それって良いんですかね?」

シグレ 「まあそれはそれとして、だ。一応俺らからお前に餞別の品がある」

 アカネも、ついでにシルバとハヤトもそれは聞いていなかったので目を丸くする。

アカネ 「え!?持ち出しなんかしていいんですか?」

ソナタ 「大事な仲間のこれからを想っての送り物じゃ、許されるに決まっておろ~!」 

ミコト 「ギルドの歴史ある一品です。ぜひ受け取ってください」

アカネ 「あ、ありがとうございますっ!」

 そんな事を言われるとハヤトもシルバも今更止め辛い。この辺はミコトの入れ知恵か何かだろうか。

 そして後ろに控えていたコヨミが代表して、その餞別の品が入っているらしい平たい腕くらいの長さの箱をアカネに差し出す。

アカネ 「開けてみても?」

コヨミ 「勿論」

 ギルドにあったもので自分に送られる物(しかもこの形状)にアカネは素直に今想像がつかない。

コヨミ 「私達の平穏をずっと守って来た聖なる剣。その名も……」 

 パカリと上蓋が外れ、その全容が露になる。

六人  「エクスカリバー!」 

 緩衝材が敷き詰められた中に収められていたのは、柄から先端まで全てが蒼く染まった伝説の名刀!!

 ……として皆が使っていて、一度だけアカネもチラッとだが目にした、ハエ叩きだった。 

アカネ 「ここで来たかぁ~……」

 そう言えば、そういうノリの組織だったのである。ここは。

ハヤト 「確かに、これからの時期には要るかもだが……」

ソナタ 「これくらいは良かろう?」

シルバ 「……ま、いっか」

 そりゃ市販品なので。

シルバ 「とは言えアカネちゃん、くれぐれもここでの事は脳内だけに留めておけよ?」

アカネ 「あ、はい」

 退職祝いがハエ叩き、なんて斬新過ぎる話の事では勿論無い。それは含めなくても良いがそれも含めた一切合切の事である。

アカネ 「……あの、マスター。最後に聞いても良いですか? 」

シルバ 「ん?」

 最後に、と言う言葉に少なからず若いメンバー達もアカネに寂し気な眼を送る。

 そしてアカネも、今度は真っ直ぐにシルバを見た。

アカネ 「ギルドはどうして、存在を隠して少しの人しか救わないんですか?勿論助けてもらった事には感謝してます。けどそれこそ世界を変えるなら、もっと早くて良い方法があると思うんですけど……」

 初めてギルドの仕組みを聞いた時にも思ってはいた事。そしてこうして今改めても思う事。

 するとシルバはいつもの飄々さとも、マスターとしてのとも違う、どこか哀愁を帯びた人間の雰囲気の顔をしてアカネに問い返した。

シルバ 「ならば聞くが少女よ。世界中の人が等しく同時に善人になって世界平和が訪れる方法とは何だ?」

アカネ 「え」

 シルバの空気に、そして思わぬ問いにアカネは固まる。

シルバ 「ほぼ全ての人間が一度は教育を受けるだろう。争い事はいけません、悪い事をしてはいけませんと。だがそれでも日々人は人に傷付けられる、殺される。その多くは理不尽にだ。ではどうしたらそんな状況を手っ取り早く変えられるか?」

アカネ 「え……と。何かこう、強制的に意識改革と言うか、洗脳、みたいな……?」

 我ながら頓智来な発想を口走っているかもとアカネも感じたが、それもこのギルドに染まったせいか。

 そして本人が本気にしていない事を、相手は本気に捕らえて返して来る。

シルバ 「それは、人の世では許される事ではないだろう?」

アカネ 「まあ、はい……」

 それこそ有象無象の物語で語られていて、現実の風潮からしても倫理的に禁忌で最早論じるまでも無い事で。

シルバ 「キミの問いに対する答え。それは俺達が、ハヤトが一度人として殺されたからだ。そうして、この世界に生きる人という存在の在り様を知ったからだ」

 それはギルドを作るに至った経緯。過去に交わして今も未来も続く契約。

シルバ 「ヒトが抱える自意識から生まれる無数の罪の因子。それはこの太陽系における数少ない上位知的生命体として進化するに至った代償とも言える、自身でも御し切れない混沌だ。だがそれに目を背けても構わないような世界を構築してしまっている事に気付いていない。いや、或いは気付いた上でこう感じてしまうようになっている、『自分には関係無い』と」

 現実にある事ですら虚構として、まるで物語のように捉える。溢れ返ったヒトの知性の反乱の結果生まれた、情報の価値と現実味の劣化。そしてそれが招いたヒトの歪な意識の進化。

シルバ 「善も悪も、欲も罪も、ヒトが定めた尺度。世界にとってはただのファクターだ、勝手に削れた質量の一つに過ぎない。それを埋めるのは無論ヒトでなくてはならない、不条理に理不尽に他の要素で埋めるのは因果に不都合が生じる。ヒトが愚かになればなるほどヒトが苦しむだけ。その絶対的な法則をその無駄に進化した知識でねじ曲げようとしているんだ」

 きっとそれは、傲慢と言う。

シルバ 「私達はヒトとして、それを変えたい。知って貰いたい。だが疾走するこの世界、人は直接心に痛みを感じなければ本当には変わらない。間接的な刺激で変わったように振舞っていても所詮それは薄っぺらな見せかけだ。もう、ヒトとはそういう生き物になっているんだ」

 人間の、意識に関する浸透圧はかなり弱い。それこそ染み込ませるのではなく刻み込まなければ深層には決して辿り着かない程に。

シルバ 「とは言え、そうならそうでもう仕方が無いんだよ。ヒトがこうなったのは何かもうそういう流れか何かだったんだ多分。それこそ、どっかの神様か何かが仕組んだんじゃないかって感じだ」

アカネ 「えぇ~……」

 あくまでこれは、主観的な話です。

シルバ 「だからせめてものその理不尽な被害に遭った存在からの矮小な反抗心と言うか、切なる願いみたいなもんなんだよ。絶対的な法則の行く末を知っているからこそ確実に伝えたい、だが人間には分相応ってものもある。それはもう倫理がどうとかって問題じゃなく、摂理として人間は過去も進化も変えられないって話だ。だから俺達は未来のために、それしかないから痛みで人と手を繋ぎ、人自身の手で世界を変える道を選んだ。妄想を超えた幻想をいつか現実にするために」

アカネ 「幻想を現実に……」 

シルバ 「一歩一歩、最終的には地球全てを塗り潰す必要のあるとんでもない道のりだ。だがだからこそ、その道に傷付く人がいるなら、そしてそれが我々の金と痛みで助けられるくらいなら喜んで差し出す。何なら、原因と疑わしき神だって利用してでもやり通す。それが一度命を捨てかけて力に目覚めた我々の果たすべき責務だ。光を支える影の誇りと拠り所だ。……別に全部に納得出来なくていい、こんなのはただのエゴ、理想に過ぎないのだからね」

 それだって、見方を変えれば何とだって言われるだろう。それも人の賢しい一面。

 それでも、このヒトはそんな事はしなかった。

アカネ 「……いえ。その理想に救われる人がいるんです。私も、少しだけですけど、その幻想を現実にするお手伝いをさせていただきますね」 

シルバ 「……ああ、助かるよ。ありがとう」

 その幻想が現実になるまで、どれ程の時を必要とするのか。正直シルバ達も滅入る話なのだが、こうした一つ一つの変化があるからまだ立っていられる。

 どんなに小さな変化だとしても、本当に心からありがたい事なのだった。願わくばそのまま願いを染み渡らせる泉になって欲しいところである、今回は特に。

ハヤト 「……では、私は行くとしよう。まだまだすべき事は尽きないからな」

 仕事の出来る男はどんな時でもありがたい存在である。無駄に煽らない奴なら尚更に。

ハヤト 「アカネ、ついでだから母親の入院先まで送ってやる」

アカネ 「公用車でそんな事していいんですか?」

 一応この人は国の重要人物だった。 

ハヤト 「……要らん知恵と気を遣うな、自家用車だ。ほら行くぞ」

 ハヤトはもう自身でも無駄な気は遣わず、さっさとその場を後にした。唐突気味ではあるもののアカネもそれに倣い、リビングの出口で振り返りメンバーに向けて別れを口にした。

少女  「では皆さん、お世話になりました!」

シルバ 「うむ。これからのキミの世界が、曇り無き陽光に満ちたものになる事を陰ながら祈っているぞ! 」

少女  「はいっ!」

 それはそれは、晴れやかな笑顔だった。

 

シルバ 「さて、我々も基本に戻って職務に励むとしようではないか!」

 姦しくメンバーが見送り、完全にその存在の余韻が無くなった事を確認してからシルバはいつものようにメンバーへ告げた。各々メンバーも、そのいつも通りに進んで行く。

ミコト 「はい。フタバ、イノリ両名はいつも通りカフェを」

二人  「了解!」 

 爽やかに営業スマイルをしたり。

ミコト 「シグレ、コヨミ両名は『オペレーション・インケスタ』。資料は後程お渡しします」

二人  「了解」 

 難儀な仕事に勤しんだり。

ミコト 「メグミは例によって本日は事務所待機で」

メグミ 「はうぅ~」

 迷惑にならないようたまにはのんびりしたり。

ソナタ 「儂は?儂は何なのじゃ?」

ミコト 「あのゴミ(ハト時計)を捨てて来てください」

ソナタ 「何でじゃ~!」

 オーバーなリアクションに、一同が笑ったり呆れたり。

 そう、いつも通りである。

 でも、それまでとは絶対にどこかが違う、いつも通り。

 世界に無駄な事など何も無く、全てが今とこの先に連なって。

 どこかで何かが、変わって行く。

シルバ 「では諸君!今日も陰ながら生きて行こうではないか。世界に棄てられた者達が造る理想郷、ファンタズマゴリアのために!!」

全員  「おーーーーー!!!!!」 

 では、〆の一言を。

シルバ 「私達の理想を造る戦いは、まだまだこれからだ   !」 

全員  「ってそれじゃ打ち切りフラグだろーが!!」  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

    6月某日深夜。某所。

 地上300mを超える建物の屋上に、その人間達はいた。

 あらゆる角度から攻撃を受けず、また最悪の場合は脱出が容易な場所で行われる。そして、地よりも天に近い場所で行われる事。

 それが、『五星集天(ハーモニスタ)』のルールだった。

??? 「だ~からってさぁ、毎度毎度ビルの屋上ってキツくね?貸し切るのも迷惑だしぃ、この高さじゃ風とんでもねーじゃん。アオイちゃんのミニスカもピランピランよ?」

 そう言ってこの場で一番高い避雷塔に座る、夏なのにワインレッドのコートを羽織った長身かつ秀逸な肉体の男が、九州地区のギルド『聖血の鳴剣(シルヴァンス)』のマスター、シンク。

??? 「履いてもいないスカートを風で捲らないでスケベ。それにオードがいれば強風くらい何て事無いでしょ?」

 まるでアニメのような萌え声で分かり易く腕組みをしてつんけんしてみせるのがこの中で最年少最小の女性。中学生で通じそうな体格に特注のぴったりスーツに身を包んだゆるふわのピンク髪と白い眼帯が特徴の、中部・北陸地区のギルド『清流鎖縛(トロイメライ)』のマスター、アオイ。

??? 「あのですね。頼りにしていただくのは構いませんけれど、毎度スキルと気を遣う身としましてはもう少し気楽にさせて頂きたい所でして……」

 直立不動で後ろ手を組み穏やかな笑顔でそう話す、筋骨隆々でややパツパツの燕尾服を纏い少し長めの顎髭を生やした男性は、東北地区のギルド『守護の大地(アースガルド)』のマスター、オード。

??? 「だから、今回は労いと罰を兼ねて差し入れを持って来させたじゃない。好きでしょ、オード?銀座の人気洋菓子店『IDBB』のバウムクーヘン。あむ」

 一人一箱配られたバウムクーヘンセットに舌鼓を打ちつつ優雅に地面に座すのは、深層の令嬢のような外見ながら誰よりも鋭い眼光を秘めた女性。鴉のような長い黒髪を白いレースのリボンで束ねた細身だがバランスの取れた全身をした、関西地区のギルド『暗き毒竜(ニーズヘッグ)』のマスター、ミドリ。

シルバ 「ん~、おっかしいなぁ。電話じゃ確かどーしてもそこのが食べたいって言われた気がするんだけど、もっ!?……ナンデモナイデス」

 そして、要らん事を言って顔面にフォークを投げつけられた関東地区のギルド『幻想庭園(ファンタズマゴリア)』のマスター、シルバに加えて。

ハヤト 「次回のハーモニスタからは検討しておく。では、会議を始めよう」

 内閣特殊技巧防衛大臣兼国家清廉計画統括国立犯罪行動心理学研究所名誉顧問兼ギルドグランドマスター、ハヤトの全6名によるギルドマスター会議『五星集天(ハーモニスタ)』が開催されていた。

アオイ 「って言うかさぁ、こうしてログ見たけど。シルちゃん、あんたやっぱアホなんじゃないの?」

シルバ 「うぇっへぃ!いきなり串刺しにして来るねぇアオイちゃん」

 今回の一連の騒動については、始まりの日からお別れの日の事まで各ギルドマスターにはシルバが報告書としてまとめた物が既に行き渡っていた。所々小説のようになっていたり想像で書かれているような部分はシルバの主観が多分に混じっているからである。

シンク 「読み物としては面白いけど、報告書としてはどーなのこれ。ハヤトさんもよくオッケー出しますよね?」

ハヤト 「俺達の中だけで共有する物だからだ。国に提出するのであれば最初の数行でデリートしている」

ミドリ 「そもそも、脚色が過ぎるでしょう。何なの最後の長ったらしいそれっぽい説明は」

シルバ 「ええー、何か間違ってる!?」

アオイ 「間違っちゃいないけど良い風に言い過ぎない?『バカは死ななきゃ治らない』で済む話じゃん、あたし達の事なんて」

オード 「それはそれで、雑過ぎる気もしますが……」

 パン!とハヤトの手が叩かれ、話の流れを堰き止める。

ハヤト 「俺達の理念の話とこいつの狙い過ぎな報告書の話は一先ず置いておけ。シルバ、今回の件で得られたデータは」

シルバ 「はいはいとっくに整理整頓収納済みですとも。ウチの子達が体張って集めた汗と涙と血の結晶ですもの、SS級の扱いでよろしくさん?」

ミドリ 「ま、そこは確かに評価してあげるべき所ね。偶然とは言え。データ採取の為に無理矢理なオペレーションを実行したとは言え」

シルバ 「ちょ。私、心の傷は刈り取れないのよ……?」

ミドリ 「無駄に心配させた罰だと思いなさい」

アオイ 「『闇の業』ねぇ……。ま『精霊の盾』クラスのスキルでもない限りはどうとでもなるって事か。にしてもほんとに反則的ね~『精霊の盾』、オードのスキルより無駄が無さ過ぎるし」

オード 「いや全く、羨ましいくらいですよ」

シルバ 「でっしょ~?私の持ち駒、優秀過ぎない?」

シンク 「ドヤ顔で言う事じゃねーしつかもうその駒無くなってるし」

アオイ 「それだってうっかりなんでしょ?無駄に大金使わせた上に成果がそれってどうなの、仕事舐めてんの!?」

シルバ 「おやおや心外だぞアオイちゃん。あんな綱渡りな現場、繊細な私の心ではあれで精一杯よ?あいつが来るのも早すぎたし」

ミドリ 「……あいつ、本当に当分はおとなしくしてるんでしょうね?」

シルバ 「おそらくはね」

ハヤト 「奴の事も含め、『幻想庭園』での今回の件は貴重なデータ揃いだ。アオイ、管理は怠るなよ」

アオイ 「ういっす、お任せです」

 アオイが大きく息をつき眼帯を外す。それをきっかけに他の全員の意識も互いに向いた。

ハヤト 「都市伝説の方は現状のペースを維持していいだろう。でないとメンバーの増強が急務になるからな、今回それもなかなか難儀だとも感じたが」

シンク 「そー考えると、7年でここまでギルドを広げられたのは本当にハイペースっすね」

シルバ 「いやまさしくこれ我らの絆の力が為せる偉業だねぇ~」

アオイ 「シルちゃんが言うとほんとインスタントに聞こえるよね……」

オード 「語り出せば、また居酒屋メニュー全制覇では足りなくなりますな」

ミドリ 「だね。あれからまだ10年も経ってないってのに……」

ハヤト 「今は感傷に浸るような頃合いでもない、それに俺らにとって10年や20年など大した意味はもう持たん」

アオイ 「目先の目標が片付くのが早すぎましたしね~。っと、踏み台にも感謝感謝でした」

ハヤト 「そうだ、ここまでの全てが今の俺達に繋がっている。蹴り落として来た全てを背負い、刻んでいる事を忘れるな」

 それぞれが、それぞれの思いと共に頷いた。

ハヤト 「さて、では続けよう。世界の影に埋もれるための、世界を変える計略の話を……」

 

 こうして誰に知られる事も無く、彼らの物語は続いて行く。

 数多の現実虚構入り混じる題目の一つとしても陽の目を見る事も無く。

 それこそ、この世界では語る価値すら見出せないと言わんばかりに……。

 

 

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