『棄てられし者の幻想庭園』外伝・真夏の余の夢

ソナタ「暑っっっっっっっっちぃのぉ~~~~~~~~」

イノリ「冷房の効いた店内のテーブルに寝っ転がってうざい声出さないでもらえませんか、叩き出しますよ?」

 オペレーション・ラビリンスから2ヶ月が経ち、ギルド『幻想庭園』もすっかり通常運転に戻って来たとある快晴の日の朝である。開店準備中のイノリとしては暇人が現れるだけでもやや面倒なのに、この魔女なので輪をかけて面倒臭いところである。

ソナタ「にっこり殺人宣言をするでないわ、こんな常時灼熱光線降り注ぐ中にギルド1柔肌の儂を放り出すなど。ここ最近のミッションの時は毎度秘部以外全身に艶めかしく日焼け止めを塗りたくるんじゃぞ?」

イノリ「艶めかしく塗る必要無いじゃないですか」

ソナタ「気分じゃよ気分。ほれ~、個室で儂のこの超絶美脚や美しいくびれの臍周りに液体を塗りたくるんじゃぞ?高画質で保存して販売するようなせくしぃでぴんきぃな空気にならざるを得ぬではないかっ」

イノリ「そのまま自室に引き籠っててもらえませんか、気色悪いんで。あと三十路間近のそういう映像に需要あるんですかね?」

ソナタ「お主真夏の紫外線より儂を抉って来るのぉ!?」

 一般世間でもあまり受け入れられる嗜好でも対象でもなさそうだし、この人。

イノリ「……ま、出て来て一日中ああやってぼへ~っとされていられるよりは、変態でもソナタさんの方がマシですか」

ソナタ「んあ?」

 イノリの溜息と共に送られた視線の先には、虚空を見つめながらのろのろとミリ単位でモップ掛けをするカフェボーイの姿。しかも観察していると時折悩まし気な吐息をふぅと出してまた元に戻るやつ。

ソナタ「……何じゃい、あの恋に恋するJKみたいな空気を醸し出すキングオブ地味男は」

イノリ「化石めいた表現しないでもらえますか。七月くらいからずっとあんなんなんですよ、カフェの方はまだ客が少ないから良いとしてもミッションの方にも軽く影響が出てるんでミコ姐さんがちょっとお怒り気味で……」

ソナタ「あ~。そう言えば最近あ奴ミッションに組み込まれとらんかったの~」

 『幻想庭園』では大きなオペレーションが無い時も常時何でも屋のような感覚で政府や地域社会から雑用めいた依頼があり、それをミッションと称してこなし日常生活的な報酬を得ている。その振り分けは毎朝マスタールームの外に掲示板的に張り出されており、ミッション情報は全員が共有できるようにはなっていた。

ソナタ「あ奴、何かやらかしたのかえ?」

イノリ「やらかしてはいないけど、仕事に精彩と精度が欠けて評判が落ちるくらいならやらせないって」

ソナタ「随分とお客様の声を気にする闇の組織じゃな」

 どこも世知辛い時代である。人類の生存競争とは最早気遣いに左右されるのであろうか。

イノリ「当の本人に聞いても『あー、うん』とか生返事して来るだけで、さり気無く飲み物に雑巾の搾り汁を入れても大したリアクションもしてくれなくって。もう面倒臭いから最近は放置なんです」

ソナタ「天使の笑顔でさり気無く何してくれとるんじゃこのメイドは。……まあよいわぃ」

 悪い笑みを浮かべてテーブルから飛び降りたソナタは、スキルを駆使しなくても直立したフタバの背後へと忍び寄り。

ソナタ「そいやぁっ!!」

フタバ「んぎょへっ!?」

 一回転してからの超下段真空回し蹴りによる膝カックンをかましてフタバをK.Oさせた。

ソナタ「おー、ちゃんとリアクションするではないか」

フタバ「膝が大爆笑だわ!」

イノリ「はーい、じゃあ楽にさせてあげる」

 イノリに引き上げられてカフェの椅子に腰を下ろされたフタバだが、

フタバ「……背もたれが密着してるんだが?」

イノリ「そりゃ背もたれに括りつけているので」

フタバ「早業過ぎるだろう!!」

ソナタ「つか、何でワイヤーなんぞ持っとるんじゃ……」

 その理由は、『断章・笑うメイドの裏事情』を見てみよう!

ソナタ「で。何なんじゃ、最近のお主が年がら年中寝起き面しとるのは。熱中症なら経口補水ゼリーを下の口から直腸投与してやろうぞ?」

イノリ「うわぁ……」

フタバ「こっちがドン引きしたいけど物理的に出来ないっ!……体調に問題なんて無いっすよ」

イノリ「だろうね。雑巾の搾り汁飲んでもトイレに駆け込まなかったし」

 それは体調がどうこうと言うよりも胃が丈夫かあるいは鈍いだけだろうとソナタはツッコみたかったが、自身のお笑いのプライドに賭けてもうツッコまない。

ソナタ「それで口を割らぬという事は、何か精神的な隠し事かの。まあさっきの感じからして……色恋沙汰じゃろうがなぁ?」

フタバ「……別に100パーセントそうとは限らないじゃないっすか」

ソナタ「ふふふ。この儂にいつまでも隠し事が通じると思うでないぞぉ?」

 不穏な笑いを浮かべながら、ソナタはギルドの方へとトタトタ引っ込んで行く。

イノリ「……拷問でもするのかな」

フタバ「だとしたらお膳立て最高ですよねぇイノリさんや」

イノリ「先週麻薬密売組織の検挙がありましてね」

フタバ「もう都市伝説じゃなくていいんじゃないの、戦うメイドの部分だけ……」

 ある意味大人気になりそうな予感だけはする、キャラソンでも売り出せば多少は儲かるのではないだろうか。そうなると少しはミコトの機嫌も取れそうかもしれないが、逆におチャラけた提案をするなと怒り倍増かもしれない。その確率は50:50。

イノリ「あ、返って来た」

 予想より早くソナタの足音が聞こえて来たと思ったら、

ソナタ「せんせー、お願いしまっす!!」

シグレ「いやだから何なんだ」

 特に事情を知らされていなさそうなサイコメトラーが引き連れられていた。

 その意味するところに、対象であろうフタバの額から軽く汗が流れ落ちる。

イノリ「……って言うか自分、何もしないんじゃんよ」

 

シグレ「…………。成程、大体分かった」

 それから問答無用で『読心術』をフタバの持っていたモップに使ったシグレは椅子にどっかと腰掛けてから、

シグレ「馬っっっっっっっっっっっっっっっっっっ鹿じゃねえの?」

ソナタ「おぉ~、その蔑みの目と合わせて本気度がよく分かるタメじゃの」

 イノリが差し入れた水を一気に飲み干してからシグレは腕と足を組み、まるでマスターのようにふんぞり返りつつフタバを攻める。

シグレ「お前こういうキャラじゃねえだろーがよ、鏡見ろ鏡」

フタバ「それは毎朝してますけど……」

イ・ソ「えっ!?」

フタバ「洗顔くらいさせて!」

シグレ「ハ~……。キャラが理系だから似合わねえっつってんだよ、面倒臭えビョーキ掛かりやがって」

 その『ビョーキ』という無駄に平坦な言い方に女性陣は当然引っ掛かる。

イノリ「精神科の知り合いいたかなぁ」

ソナタ「隔離出来る研究所なら知っとるがの~」

イノリ「それ刑務所の事ですか?」

フタバ「俺に何の罪が!?」

 黙秘権は罪ではない筈なのだが。

ソナタ「でシグレよ、ビョーキとは何じゃ?まさかモノホンの病では無かろ?」

 その問いにシグレは少し目を閉じて考える素振りをしてから、キメ顔でこう言った。

シグレ「   アカネロス症候群」

イ・ソ「……………………はぁ?」

 本気で理解出来ないと言った顔と声の二人である。フタバ当人は気まずそうに三人から顔を背けている。

 そこでシグレは付け足してみる。

シグレ「別名、恋の病」

 それがこの空間にしばらくの静寂を生み出すことになろうとは、言った当人にはこれっぽちも予想出来ていなかった。だって決まったと思ったんだもん。

イ・ソ「…………………………………………はんっ」

フ・シ「揃って鼻で笑う事!!?」

 全責任は多分シグレにあった。シグレでさえなければもうちょっと笑いの起こるやり方もあったろうに。

ソナタ「全く、今時恋の病だとか化石じみた表現するからじゃよ」

イノリ「あなたがそれを言います?」

ソナタ「ニッコリ笑顔のドスを利かせたってもう儂は怯まんぞっ。は~、しっかしマジの色恋沙汰じゃとはの~。んで相手はどこの誰じゃ、カフェの客か?どこぞの現地妻か?」

 その言い方が本気臭しかしておらずイノリもそんな顔をしていたので、男性陣はつい顔を見合わせる。

シグレ「……いやだから、アカネロス症候群だって言ったろ」

イノリ「え~?ん~、あかねろす症候群……。あかねろす……。あかね、ロス……、アカネ……。あ」

ソナタ「アカネ……。あ~、もしかしてこないだの……。って、ええ!?」

フタバ「二人共気付くの遅すぎやしない!?」

 もう一度記しておくと、今はオペレーション・ラビリンスから2ヶ月程経った8月である。

ソナタ「かー。まっさかお主、あの人類破滅計画みたいな修羅場の陰でそんな邪な恋慕をぼーぼーにしとったとはのぉ」

シグレ「邪て……」

イノリ「横縞より、縦縞の方がスタイル良く見えるよ?」

シグレ「服の模様の話なんかしてねーだろぅ、あとモデルポーズ取るな」

フタバ「あのいじるならちゃんといじって!?!」

ソナタ「うぉ、自分からイジメてくれ発言とはドMここに極まれりか……」

フ・シ「イジメてとは言って無くない!?」

ソナタ「冗談じゃよ。しっかしの~、お主そこまでアカネと接点あったかの?」

 オペレーション・ターニングの時もフタバは参加せず、オペレーション・ラビリンスに関しても目立った関わりがあったようには誰も思え無かった。それとも誰も与り知らぬ所で断章にすらならないエピソードでもあったのだろうか。

フタバ「いや、別に何があったって訳じゃないけど……」

 本当に無かった。

イノリ「けど?何でアカネちゃん?」

ソナタ「ほーじゃほーじゃ、こーんなに見目麗しい乙女達と長年過ごしておって手も足も出さんかったくせにのぉ」

シグレ「それじゃ単に女共にボコられたみたいじゃんか……」

 実際問題ミコト辺りには手も足も出ないのだろうけれど。

 と、フタバが急にグッと拳を固めて主張する。

フタバ「そーいうところっすよ!!!!!」

3人 「は?」

 主張における顔の紅潮具合が、相当の鬱憤さを物語っている。

フタバ「ここの女性陣は、美人なのはともかくキャラが濃過ぎるっっ!!!!」

シグレ「あ~……」

 シグレが遠い目で真っ先にそれに同意した。

フタバ「暴力秘書に腹黒メイドに宝塚に眠り天然に合法ロリババァ!そんなのと長々暮らしてたら、ああいう普通女子に癒されて恋しちゃっても仕方が無いってもんでしょうがっ!ちょっとした笑顔とか挨拶とか陰のある伏し目顔とか、守ってあげたいって気に100%なるでしょうがぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 何となくフタバの頭の中では今、『白いワンピースと麦わら帽子姿で向日葵畑をバックにこちらへ微笑むアカネちゃん20歳』の図が浮かんでいるんだろうなぁと聞いている3人は思った。あるいは今ここがどこぞの山頂とかだったらそれをするにふさわしい光景なのかもしれない。

 しかし悲しいかな、ここはカフェで椅子で、磔である。

ソナタ「うふふ~。イノリ~、メリケンサックとか無いかの~?」

イノリ「あはは~。ソナタさん、生憎栓抜きしか~」

ソナタ「じゃあ、爪と歯のどっちをへし折って行くかの~」

イノリ「折れても治せますしね~」

フタバ「失言すみませんでし、たああぁぁぁだあぁあぁぁっっ!!!!!!!!」

 背後の凄惨らしい光景に、シグレは一人目を閉じ、合掌。本音の暴露は計画的にね。

 勿論こんな戯れで本当に『完全懲悪』のお世話になると後で雷が落ちるため、実際は二人に全力で1分程手をつねられただけで口には支障無く、フタバの事情聴取はそのまま続行される。

フタバ「…………千切れるかと思った」

ソナタ「ヒトの皮膚はそこまで軟じゃないわい。んで、地味男が地味娘に浸透圧よろしく惚れたんはまあええがの、ど~すんじゃ?」

フタバ「どう、とは?」

イノリ「悶々としてるだけで良かったの?ってことでしょ」

フタバ「……良いも何も、ルール違反でしょうが。こんなの」

 当然誰も忘れてはいないが、ここは闇の組織。メンバー内ならまだしも表の世界の人間との色恋沙汰など様々な方面から考えても許可される訳が無い。アイドル事務所よりも恋愛には厳しいのである。当人に規律の自覚があるのはまだ幸いではあった。

シグレ「かと言って、このままミッションに支障出っぱなしってのはさすがにどうかと思うぞ」

イノリ「仕事中に結ばれる訳の無い推しの写真見つめてハァハァしてるようなもんだからねぇ」

ソナタ「キモイの」

フタバ「そこのメイドは話盛らないでくれます!?」

 風評被害が甚だしい。そこまではさすがにしていない……筈。

ソナタ「ま、シグレの言う事がもっともじゃが、こればっかりはの~。闇の組織にとって光の存在への恋の病は、普通の恋愛よりも厄介で障害の高い物なんじゃなぁ~」

シグレ「恋愛したことねえ行き遅れのババァが何を偉そーに」

 ソナタ渾身のドロップキックが放たれたが、シグレは見事回避。更に襲い掛かろうとするソナタだったがシグレの長い腕に額を押さえられて何をやってももう届かなかった。

イノリ「溜息かリビドーか分かんないもの聞かされるこっちの身にもなって欲しいんだけど、どうにかなんないの?」

フタバ「何かもう色々すみませんねぇ!……だから、その内収まると思って黙ってたのに」

シグレ「お前のキャラからしてそれはねーわ」

 フタバがこのギルドに来た経緯。それはとてもありきたりな、社会における人間界の狭間での理不尽な悪意。理系で実直で有能で、誰よりも前を向いて組織に尽くしていたからこその反感。ここに来てからそれはそれなりに丸くはなったものの、過去が無くなった訳では勿論無い訳で。

 早い話が、フタバはソナタとは違う意味で恋愛なんて物には一切合切触れて来なかった堅物非リア充理系男子の典型なのである。放ち損ねた恋心の上手い処理なぞそう出来る筈も無い。

イノリ「漫画にしたらフタバ君って恋心をダークマターとか言い始めそうなキャラだよね」

フタバ「そこまで酷くないだろ!?」

シグレ「まあ確実にデータキャラだよな。見た目だけはラノベ主人公みたいなのになぁ」

 取り敢えず、脱線が酷いのでここで無理矢理話が戻される。

ソナタ「溜めてダメなら、出すしか無いのぅ」

 シグレに抑えられて額を赤くしながら、ソナタはしれっと言う。

イノリ「本人に?」

ソナタ「儂に言われてもの~」

フタバ「死んでも言いたくない」

シグレ「だが、会って告白する訳にもなぁ」

 そこでソナタが腕を組みながら、ニヤ~っと笑みを浮かべつつ、

ソナタ「要は、直接コンタクトを取るのがギルド的にイカンのじゃろ?ならば気付かせず告白すれば良いだけの話じゃて」

シグレ「……それ、伝わるのか?」

ソナタ「目的はこの確率男の思いを本人に飛ばす事であって、伝える事ではな~い!」

イノリ「え、要は言い逃げするって事?」

 それは最強にズルい自己満足行為。

 しかしソナタはフタバに取り調べの刑事よろしく肩に手を置き、悪い顔を寄せる。

ソナタ「おにーさんよぉ、儂らの立場は理解しておるじゃろ?これは儂からの最上級の妥協点の提示じゃ。この機を逃して一生悶々としたまま皆の足手まといになりたいのかえ?」

フタバ「その言い方は、ズルくないっすかね……」

ソナタ「どーなんじゃ、おぉ?好きなおなごに告白したいんか、したくないんかぁ?」

フタバ「…………。出来れば、したい……すけど」

ソナタ「よーーーーし決まりじゃあ!」

 バシッと掴んでいた肩を叩いて、意気揚々となるソナタ。フタバは重~~~~~い諦めの溜息。

イ・シ (もうほぼヤクザじゃん……)

 ヤクザでもこんな頭の悪い脅しはしない気もするが名誉のために言わない事にする。

イノリ「でもソナタさん、実際問題そんな事どうやるんです?どこにいるかも知らされてないのに」

 イノリのそのもっともな問い掛けに、ソナタは無い胸をふんぞり返しつつ最大級のドヤ顔を浮かべて返して来た。

ソナタ「儂は『存在の魔女』じゃぞ?人間の存在感一人二人どーにかするなんて、朝飯前ってなもんじゃ~!」

 

 ちなみに『存在の魔女』とは、自称であるのだが。

 

 

 

シルバ「…………オペレーション・フェスティバルぅ?」

 マスタールームでの職務中に持ち込まれた謎の提案に、シルバも机で手に顎を乗せて訝しむ。

ソナタ「うむ~。もう夏も終わりじゃろ?久々に儂らも夏らしいイベントと思い出に浸りたくっての~」

 ソナタはいつものようにおチャラけた態度でしれっと嘯く。小道具として団扇まで引っ張り出して。

ソナタ「少し離れた場所じゃが、今夜丁度夏祭りがあるとゆー予言をコヨミから聞いての~。ミッションで行けぬ者には悪いんじゃが、行ける者達だけでも行くべきではないかと思うてな?」

ミコト「コヨミの予言、ですか?」

 同じく書類整理をしていたミコトが眉間に皺を寄せて話に加わる。

ソナタ「ほーじゃほーじゃ。もしかしたらもしかするかもしれんじゃろ?羽を伸ばしついでに警戒に当たろうではないかえ、という話じゃよ」

 コヨミの『懐中時計』でランダムに見える未来は基本的に良い物では無い。常ではコヨミの『懐中時計』が発生したらそれに従って数人で警戒に当たることにはなっているのだが、

シルバ「夏祭り会場ねぇ……。具体的に何が見えたんだ?」

ソナタ「え?……、知らん。儂は夏祭りがあるとゆーとこにしか関心無かったからの~。現場に行けばまた何かしら見えるのではないかえ?」

 嘘の含有率は100%にしない事。それが嘘をつき通す基本である。

ミコト「あなた、オペレーションにかこつけて遊びたいだけでしょう」

ソナタ「遊びながらも仕事をスマートにこなしてこそプロというもんじゃろ~?心配せんでも、きっちり仕事はするわい」

 不敵に笑ってそう言えばらしく見えちゃうのがソナタのキャラクターの利点である。

 その顔をシルバもじ~っと眺め、最終的には、

シルバ「……ミコト、今日は大きなミッションは何かあったか?」

ミコト「え。あ、はい。マスターは夕方から1件ありますがその他のメンバーは特には。早朝ミッションのメグミも午後には帰還するでしょうし」

シルバ「ふむ。なら、監督はシグレに任せとけばいいだろう。適当に選抜させて任に当たらせろ」

ミコト「かしこまりました」

ソナタ「うをい、儂に仕切らせるんちゃうんか!?」

シルバ「何で関西弁混じり。オペで行かせてやるだけありがたいと思え、日頃勝手にふらついてるんだから」

 シルバが言うのは、ソナタの長期出張ミッション帰りの寄り道の話である。決してソナタがギルドから抜け出して夜の街に繰り出しているとかではない。

 とは言え、これで正式にソナタ達は外に出る大義名分を得た事になった。

シルバ「くれぐれも、羽目を外し過ぎないようにな?」

 そこだけは最後にニッコリと釘を刺されながらだったが。

 

 ソナタがリビングに戻るとシグレとコヨミがまったりとしていたため、ソナタはグッと成功を伝えてから自分はソファに寝転んで伸びをし、案外緊張した体をほぐし始めた。

コヨミ「それでソナタさん?肝心の告白はどうするの?」

 ソナタがシルバの所に言っている間コヨミはシグレからおおよその説明は受けていたため、そのまま話に入って来る。ソナタから理由も言われずアカネの居場所を見るよう突然言われた時は困惑していたが、今はそんな雰囲気微塵も無い。

シグレ「そもそも、母親と一緒に夏祭りに来るんだろ。無理なんじゃね?」

 シルバの所に行く前にさらりと説明したソナタの策は、『コヨミの『懐中時計』でアカネの居場所を探し出し、何かのどさくさに紛れてやんわり告る』という実に穴の開いたものだったのだが、その結果がまさかの『今日、母親と一緒に某夏祭り会場にいる』だったおかげで元からふわっとしていた難易度が明確に跳ね上がってしまったのである。

 が、この合法ロリババァさんは余裕の態度を崩さない。

ソナタ「お主ら、儂の『因果の鎖』を舐めるでないぞ?周りに何百人いようが、例え草むらの陰でお楽しみ中営み中だろうが、ステルス性能に微塵も問題は無いのじゃよ」

コヨミ「お楽しみ中だったらさすがに遠慮してあげるべきだと思いますけどね」

 もしそうだったら告白などする気にもなるまい。

シグレ「そもそも、ステルス状態はお前がなるんであってフタバは見えまくりなんじゃねえのか?母親の前で告白なんて、もうプロポーズだろ」

ソナタ「じゃから舐めるでないと言うておる。ま、正確に言えば認識を弄る訳なんじゃが、儂と手を繋いでおれば其奴もこのスキルの効果内かつそのハイロゥも思いのままじゃ。欠陥があるようなら、儂は今ここにこうして五体満足ではおられんて」

コヨミ「確かに、色々大変な所に潜り込んでますからね」

 ついこの間も政府の秘密研究所に行ったとか行かないとか。今時捕まってどうにかされるような機関が日本にあるのかそもそも疑わしいが。

ソナタ「それに万が一勘付かれたとて、儂のスキルはあくまでその場にいる事を疑わせないスキルじゃ。保険としては十分じゃろ?」

シグレ「バレてもフタバがいる事の違和感は感じないってか?それはそれで良いんだか悪いんだか」

コヨミ「その時は記念写真でも撮っておいてあげたら良いんじゃないですかね」

 それはいつかフタバの黒歴史になると思われる。それか酒の肴か何かに。

ソナタ「ま~念のためメグミにラックアップしてもらえば盤石じゃろ。忘れとりゃせんか、儂らはそこそこの超人なんじゃぞ?『精霊の盾』を無くし『闇の業』を封じた一般人になんぞ裏をかかれる訳なかろうが」

 異常が日常な環境にいるとついつい感覚が麻痺してしまうものである。あるいは小を兼ね過ぎている大になってしまっていて図り兼ねるか。互いが互いを補うスキルを持っているギルドの面々からしたら、油断でもしない限りは一般人に負ける事は無いのは確かなのだが。

コヨミ「それで、私達は現地では何をすれば?」

ソナタ「お主等はアカネの正確な居場所を見つけ次第監視。儂はフタバを連れて死角からアカネに接近し、通常ならギリギリ声が届く距離から告白させて離脱、が基本の流れじゃな。他にも面白い事があればこなしたい所じゃが……、まあお主等は物陰からニヤニヤしとってくれ」

シグレ「逆に俺達が目立ちかねないなそれ」

ソナタ「プロなんじゃから頑張らんかい。んで、当の本人は何処行ったんじゃ?」

コヨミ「折角だからって、イノリさんが服装のコーディネートしてます」

 アカネに会うまでは姿もろ出しなので、スーツやらメイドやらの制服姿では当然祭り会場では浮きまくりの目立ちまくりである。それに気分的にもTPOに合った方が良いというものだし、万が一記念写真を本当に撮るようなことになれば尚更な事だった。

 そしてその告白する当人が現地で行う事は特に無く、逆に仕込みのソナタ達はアカネの動向を把握しておく必要がある上にそれなりに移動に時間が掛かる事もあるため、3人はこれ以上の細かい話は現地でという事にして準備に入る事になった。

 リビングを出るシグレとコヨミの後姿を最後までソファに座ったまま眺めていたソナタは、あの二人も着替えなきゃなんだよなぁと思いながらハタと思う。

ソナタ「……そんな都合の良い衣装ウチにあったっけかの?」

 

 

 その解は、完全一致したリアクションから発覚する。

4人 「うわぁ……」

フタバ「やめてその可哀想な物を見る目」

 イノリに連れられ後から来たフタバは、そりゃあもうチャラかった。

 確かに会場は海沿いの商店街で、暑さもあって一般客の中にも開放的な格好の人もそこそこ多い。夏祭りというワードから考えれば別におかしなことでは無いのかもしれない。

 が、それでも。

ソナタ「どこぞの間違ったDJ志望の若者かお主は」

シグレ「絶対祭りで女の子ナンパする系のアホの子だな」

 前を開けた派手なアロハシャツにゴールドのゴテゴテしたネックレスとか、そのまま海にダイブしても大丈夫みたいな素材のハーフパンツにサンダル履きの格好とか、オールバックに立てた髪型とか。

 正直、全く似合って無かった。と言うより着慣れていない感が丸出しなのである。

メグミ「イノリさん、本気ですか~?」

イノリ「本気も本気。だから縛って連れて来たのよ」

コヨミ「諦めたんだね、フタバ君……」

 かつてオペレーションでこんな格好になった件があっただろうか。無いとしたら、もしかしたらこれはイノリの趣味なのかもしれない。そう思うとあまりこの格好自体の趣味の悪さをどうこう言い辛いのだが、イノリの方はと言えば白いTシャツにデニムのホットパンツなんて普通過ぎる格好をちゃっかりしているのだから面白がっていることは間違い無さそうだった。

ソナタ「ま、こうして会場近くに潜めていられた以上もう格好なんぞ何でも問題無いんじゃがな。さてコヨミよ、説明しとくれ」

 日頃オペレーションでは待機して情報収集に当たる事の多いコヨミは、今回もそのために連れて来られていた面もあった。嘆息しつつもコヨミは使い慣れたタブレット端末を操作しながら、

コヨミ「はいはい。えーと、この夏祭りはまずこの商店街から海岸沿いの大通りに向かって山車がのんびり練り歩いて、最終的に海に山車を入水させたと同時に花火大会が始まるって言う流れらしいのね?」

シグレ「なんつー殺伐とした祭りだ……」

コヨミ「海神に捧げる祭りだとからしいよ。昔は生贄がどうこうとかって言う慣習があったらしいけどそれを山車にしたんじゃない?」

イノリ「その山車にアカネちゃんが乗ってたりしたら、面白いんだけどね~」

 ニッコリ言っても誰も同調してくれなかった。理由は多々あろうが、少なくとも現状においてそんな事になったらマイナスでしかないし。

コヨミ「まあその可能性は無いから良いとしてね。祭が終わるのが3時間後、それが今回のタイムリミットって事で」

シグレ「この辺の建物からサーチしてみたが、アカネは確認出来なかった。まだ来ていないか直接海側の方に行くかのどっちかだな。それが分かるまではうっかり見つからないように待機ってところか」

 到着という結果が分かっていてもその過程までは不明なのが、『懐中時計』の欠点である。『読心術』で商店街の建物の視界記憶を辿ったところで、無い事実は分からないのだからそこはどうしようもなかった。

ソナタ「も~ひとつあるぞ?告白する当人が、ちゃ~んと心の準備をしておく事じゃ。無様に噛み倒したくなければのぅ?」

フタバ「うぐ。分、かってるっての……」

 伏し目がちに言うところを見ると、腹は据わっていないらしい。

 他のメンバーにとっては、別にそれでも構わないのだが。

メグミ「はい、じゃあごっつんこで~」

フタバ「んがっ!」

 突如メグミがフタバに軽い頭突きをかます。勿論まだ縛られているフタバへのいじめではなく『最期の一葉』による運の注入なのだが、本来は軽く触れれば良いだけなのでこれもメグミなりの気合い入れのつもりなのだろう。

メグミ「ぐっどらっく~」

 親指をグッと立てて寝ぼけ眼。メグミが言うとなかなか説得力のある台詞である。

 それにフタバが僅かに頷くのを確認したところで、

ソナタ「よし、それではオペレーション・フェスティバルの開始じゃ~!」

 声のボリュームだけは少し抑えめに天を指してソナタが宣言すると、フタバ以外はそれぞれ索敵のために方々に動き出す。そして残されたフタバの拘束を外しつつ、ソナタはニコリとこう言った。

ソナタ「では、お主は儂と仲良くお祭りデートと洒落込もうかのぅ?」

フタバ「……はい?」

 

 

 余程廃れていない限り、どんな地方でも祭とあらば何だかんだで人は集まり往来も賑わう。それは古来から日本人に刻まれた祭好きという遺伝子がそうさせているという説が存在する程に自然な事として今日もこうして証明されている。

 海辺の商店街という事で渚にまつわるエトセトラなイベントを求めて来ている者も中にはいるが、大半は出店屋台を巡ってそうした雰囲気や喧騒を愉しむ人々。家族連れ、カップル、仲間内、お一人様と事情は様々であるが、悪目立ちするような人やアクシデントも無く楽しい時は自然と流れていた。

 その商店街の道幅は山車が通るという割にはそう広くも無く、日頃なら車が遠慮せず擦れ違える程度。それこそ両サイドに屋台があるため現状は4,5人が横並びになれば何も擦れ違うことが出来ない程で時折そこかしこで接触事項は生じていたのだが、その度にお互いが気を遣って横並ぶのをやめる程にこの祭の客は楽しむという事に理解があった。

ソナタ「無いわ~、今時そんな出来た種族。優等生しか生きてちゃいけないのかの~この地区は」

 往来のど真ん中であからさまにそんな事を口走る輩がいても誰も怒らないし気にしない。

 例えそれが、道のど真ん中でめっちゃ邪魔に腕を組んで歩くカップルに見える存在だったとしても。

フタバ「何もこんな形で実証してくれなくても良かったんすけどね、『因果の鎖』」

 左腕にぴったり子泣き爺の如くしがみ付くソナタに対して、今日二回目の死んだような目を向け

ソナタ「ってちょっと待てい。子泣き爺とは何じゃ、麗しい素敵女子が彼氏に寄り添い甘えとる様じゃろう!?」

 素敵女子はじゃ~じゃ~言わないもん。

ソナタ「何じゃとぅ、キャラ作りの問題とな!?……ま~ええわもう。そしてフタバよ、お主も何でそんな燻製の鮭みたいになっとんじゃい。仮にも年上のお姉さんと手繋ぎ腕絡みのデート体験なんじゃぞう?もっと恥ずかしがらんかこのチェリーが」

 あるような無いような胸に腕を抱えつつ体をすり寄せてフタバを攻めるソナタなのだが、

フタバ「いやそんな、反対側で焼きもろこしと焼き鳥を器用に持ってたまに齧り付くオッサン女にときめけと言われても」

 これじゃ質の悪い酔っ払いに絡まれただけにしか思えない。求めているのはそういうのじゃないと今朝声高に伝えた筈なのだが。

 ソナタは少しむすっとしながらも食べることはやめず、今度は行き交う人々を見つつ逆に自然とそのまま会話を始める。

ソナタ「こーいうのも、あったかもしれん青春の1ページというやつなんじゃろうな」

フタバ「まあ。別に俺はまだそんな目を細める程の年じゃないっすけど」

 お互い、一般的な青春物語を過去に持たない身である。放棄と剥奪の差はあれど。

ソナタ「実際。やっておいて何じゃが、儂の方はあまりときめかんもんじゃの。男は見た目さえ良ければどんな女でもこうひっつけば興奮するもんじゃろうが」

フタバ「男のハードル下げ過ぎですから。あなたどんなイケメンでも暴力男にときめくんですか」

ソナタ「……ま、それは無いのぅ。それだけは無い」

 ほんのり、ソナタの腕を掴む力が緩む。フタバは十分ゆっくりだった歩く速さをまた気持ち落とした。

フタバ「それで、これに何の意味が?」

ソナタ「予行演習じゃよ。ほれ、お主みたいな場違いが儂みたいな可憐な乙女と腕を組んでおっても誰も何ともせんじゃろ?」

フタバ「……………………」

 ズルズルズルズルズルズルズルズル。

ソナタ「あっ、やめてっ、背筋が伸びるっ。あと髪が地面に付いて痛んじゃうっ!」

 体も髪もぷらーんとなって腕に寄生する蛹みたいになる。肉体派でも無いフタバでも引き摺れるソナタの体重とは如何に。

ソナタ「それは乙女の秘密じゃがっ……!っとぉ」

フタバ「いい加減話進めたいんですがね」

ソナタ「別に嘘は言っとらんじゃろ~。儂が何言っても周りは気にしとらんし、注目もされんじゃろ?ここの空気に同化しとる証拠じゃ」

フタバ「それはもう分かりましたから、じゃあ離れてもらっていいすか」

 夏場なのであまりべったりされると当然暑いし。

ソナタ「だーもう、せっかちな若者の代表かお主は、ついでに色気の無い。うっかりばったりしちゃった時の保険でもあるんじゃよ。後は儂の気晴らしと、お主の予行演習も兼ねてじゃな~」

フタバ「予行演習って何度も言いますけど、『因果の鎖』の事はもう分かったって   

ソナタ「アホかお主。デートの予行演習に決まっとろうが」

 ビタッと、フタバの足が止まった。

フタバ「……誰の?」

ソナタ「お主の」

フタバ「誰との?」

ソナタ「アカネとの」

 しれっと言うソナタに対し、フタバの目が外からでもグルングルンしているのが分かる。

ソナタ「何を妄想して混乱しとるんじゃ。別にアカネに限った話では無いがの、この先スリップ系のオペレーションが無いとも限らんじゃろ?その時おなごのリードひとつ出来んで失敗、何て事になられても困ろうに。せっかく都合の良いシチュじゃからと、お主の情操教育も含めた条件でこのオペレーションの許可貰っとるんじゃよ」

 一部、都合の良い話が含まれております。

 なお、当人にはそれでも通じる模様です。

ソナタ「そこんとこ、今の所お主の儂への対応は0点じゃ。まーったく儂をときめかせる要素が出て来んではないかこの未経験堅物理系め。そんなんでアカネへの告白が上手く行くもんかの~?」

 焼きもろこしで頬をグリグリしつつ得意気に下からの上から目線で査定して来やがる魔女。立ち止まっている事も相まって全く持って容赦が無い。

 さすがにこうなると、

フタバ「だ、ったらっ!!」

 焼きもろこしをグリ付けるソナタの手を不意に掴んで横に引けば、自然と身体が開いて互いに正面を向く。そこを、

フタバ「こういう事をしてみたら、良いんですかねっ……!」

 抱き付かれるのではなく、自分からソナタの背に手を回して抱き寄せてみる。まるでダンスのフィニッシュのような形になって。

ソナタ「         

 顔が近過ぎてフタバからは全ては見えないが、確かにソナタの目は瞳孔がキュッと縮んで大きく見開かれていた。

 恐らく今自身の表情は出来る限りのキリリ顔になっている筈だと信じて、そのソナタの瞳を真っ直ぐ見続けるフタバ。こうして異性と至近距離で見つめ合うなんて経験過去に無かったが、ソナタ相手ならさっきと同じで全然ドキドキとかしないじゃないかと内心少し安心してしまっていた。

 だって口を結んでいれば呼吸が荒くなっても全然分からないし、力を入れれば手の震えもおさまるし、きっと顔の距離だってもう数秒あれば簡単に零距離になる筈なのだ。ほら、もう三十秒くらいこのままでいるけどちっとも恥ずかしくなんかなってないじゃな

フタバ「ほぐっ!?!」

 みぞおちに、小さくて丸い物が喰い込んで来た。

ソナタ「腰が引けておるわ、たわけ」

 ソナタの顔が、零距離から上にどんどんずれて離れて行く。その刹那に、その目が細くなっているのだけは見えて。

 早い話、フタバが崩れ落ちていた。引いていた筈の手だけは再び引っ張り上げられて。

フタバ「~~~~~~~~っ!?」

ソナタ「全く。儂ならば簡単に唇を奪えるとでも思ったのかえ?残念じゃが幾らレベル1の女子であったとしても今のお主では負ける気がせんわ」

 今度は完全な上から目線でフタバに言い放って来るソナタ。心なしかさっきよりも楽しそうに。

ソナタ「大体、仕掛けた側が2秒で震え出すとか。手もめっちゃ握りおって、痕になるじゃろが」

フタバ「2秒!?」

 あれ、おかしいなぁ?

ソナタ「どんだけ精神と時の部屋にいたつもりなんじゃよ。そもそも、こんな往来のど真ん中で行為に及ぶなど迷惑千万じゃて。自分の事しか頭にない奴の典型じゃの、これだから低レベルは」

フタバ「あ」

 よくよく考えればその通りである。大勢の人がいる中で急に何かおっぱじめようとしている人の何と目障りな事か(しかも傍目的には超ぎこちなく)。ソナタのスキルのおかげで誰もツッコんでは来ない事が奇跡というかもう『因果の鎖』半端無い。

 その事に考えが及びかつ証言からの自身の客観的な光景を思い浮かべると全身の熱が高まって来るのをフタバ自身もの凄く感じ始めて、汗と赤面で分かり易く外にも溢れ出す。そんな情けなさMAXのフタバの事を両手でソナタは引き上げつつ、最後にこう締めくくった。

ソナタ「……ま。煽られたとて、一歩踏み込めた事だけは評価してやるがの。それが告白には最重要ファクターじゃろうて」

 バシッとフタバの尻を引っ叩いて、ソナタは再びフタバの手を引き歩き出す。

ソナタ「さーてと。そいじゃ連絡が来るまでもうしばし買い食いでもするかの~!」

フタバ「はぁ……。分かりましたよ、もう」

 空気と熱気は冷めやらないものの歩くとその分上がり切った体温が冷めて行く事が分かって、フタバも少しずつ落ち着き始める。やはり相手がソナタだった事が功を奏したのだろうなぁと、子供にしか見えない後姿を見ながらちょっとだけ感謝するフタバなのであった。

 そのソナタの方が、遅ればせながら顔を夕日に混ぜて赤くしている事など当然気付かないが。

 


イノリ「で。差し入れにしては多すぎやしませんかね?」

 それからしばらくしてアカネ親子発見の知らせを受け海辺の大通り近くの路地に集合したメンバー達だったが、その輪の中に鎮座するフタバ持参の食料の山にイノリの開口一番がそれだった。

ソナタ「分かるじゃろ……?この楽しい空気を皆で共有したいという儂のピュアピュアな想いがっ!」

イノリ「乙女チックに手を組んで言われてもイカ焼きと焼きそばとたこ焼きとお好み焼きでは伝わりにくいんですが」

メグミ「伝わるのはいい香りだけですね~」

 焼き物ばかりだからである。

シグレ「バラさないでやるから、これソナタの自腹な」

ソナタ「何とっ!?」

コヨミ「フタバ君が払ってたら、上手い事活動費から補填って事にしてあげますね~」

フタバ「あ、助かります」

 ミコトだったら何も言わずとも察してくれるであろうが、その代わり大量のお小言が待っているのだろう。受けるのはソナタだけなので皆構わないと思っているのだが。

 一人の自爆めいた犠牲のおかげでご飯には困らない事にありがたがりつつも、商店街からの一層の歓声や祭囃子の響きが近付いて来る事から察するに、もうじき山車が海に到着する頃合いであろう事は各々分かっていた。しかしその時が迫っていても特に緊張する必要が無いため安心して焼き物を頬張る面々とは違って、冷静を装いつつも何も喉を通らない人が一人。

フタバ「……、あの。今更だけど、本当にこれやらないとダメ?」

5人 「本当に今更だな」

 さすがにここまで来て。

 皆今の弱気発言に文句を言いたそうだったが、多分この中で他の誰よりも効果的に助言出来る存在が真っ先にそれらを制して一言で締めた。

シグレ「男だろ。これは逃げんな」

フタバ「……。うっす」

 弱気な青年を励ますのはヒロインの専売特許と言う訳では無いのだ。

 後、理屈っぽい男には女子の理屈は精神的に通じにくいのである。

コヨミ「さて。腹ごしらえも済んだところで、フェーズ2だよ」

 まだ食べている人もいるが、そこはこの先観戦するだけなので良し。

コヨミ「10分後。アカネちゃんはお母さんと一緒に近くの展望台、って言ってもただの高台だけど、まあとにかくそこにいる筈。海辺程じゃないけど花火が見れて人がそこそこいるから、人混みに紛れて告白するならまあまあいい場所だと思うよ」

 どうやらアカネ親子は山車メインの祭よりも花火大会感覚で来るらしかった。それはこの時間まで商店街の方に二人がいなかったという事から見ても確かである。

 とここで、場所という明確な条件が出来た以上少し拘りが生まれる。

イノリ「画的には、花火が開いた瞬間に言うべきですよね~」

フタバ「!?」

メグミ「手段的にも、海の方を向いて横並びで告白するのが最適かと~」

フタバ「!?!」

コヨミ「映画のキービジュアルみたいな感じだね」

シグレ「よし、高感度カメラ用意しとくか」

フタバ「っ!!!?」

ソナタ「そしてそのまま駈け出して崖から海にダイブじゃな~」

全員 「何でだよ!!!!」

 ちなみにその高台の下は海ではなく道路であって、サスペンスドラマ的な高台では決してない。

シグレ「ま、花火で台詞を隠せればある意味安全っちゃ安全だけどな。そこは成り行き次第って事で」

メグミ「万が一気付かれたら問題ですからね~」

 あくまでこのオペレーションの目的は自慰行為なのであって同意を得る事では無いのだ。

ソナタ「心配せずとも、この男とてやらねばならん時はやるじゃろ。儂らはただ面白生ぬるく見守っておればい~んじゃ。じゃろ?」

 ソナタの珍しいフォローに、フタバは少し照れ臭そうに目を反らす。イノリですらキョトン顔になる程その反応はメンバーにとってレアな物だった。

ソナタ「さて、んじゃ行くとするかの~。ほれ、早うせんかチェリボ」

フタバ「嫌で変な呼び方やめえ貰えませんかね!?」

 そうしてフタバはソナタに手を引かれて、暗い路地から明るい大通りへと出て行く。その様を見送っているメンバーには一様に、

5人 (引きこもりの兄を引っ張り出す妹にしか見えない……)

 と思わせてしまったのだが、焼きそばと一緒に飲み込んで誰もそれは言わなかった。

 そして現場の様子をテレビ電話という古風な手段で見守りつつ、本当に何も起きずにその時に至る。開けた高台の後方、昇り階段の端から顔と携帯電話を覗かせる位置にスタンバイすると、

ソナタ「ふむ、あれかのぅ?」

 直径20m程のちょっとした円形広場のような高台にわらわら集まる人の中に見える、ちんまりとした黒髪女子。紺のブラウスに白の膝丈スカート、ショルダーポーチなどと、一応大人コーデの筈なのに今でも少女然としたその外見は、実は微妙に忘れかけていたソナタの記憶の引き出しを揺らす。

 ギルドネーム:アカネ。20歳。2か月前とさほど変わらない人がそこにいた。

フタバ「隣にいるのが母親だから、まあ本人に間違いは無いっすよ」

 当然フタバはアカネの顔を覚えてはいたがそう補足する。

ソナタ「おお、そう言えば。ってかお主、母親の顔もバッチリか。気合入っとるの~」

フタバ「あんたも知ってるでしょーが!」

 以前アカネの母親が失踪したのを探し出したのがソナタやフタバ達だった筈である。しかもその後の事情聴取にも同席はしているのであって。

ソナタ「……しっかし、のぅ」

 遠目だが並んで立つアカネと母親を見比べて、ソナタの感想が口をつく。

ソナタ「年齢に説得力の無い親子じゃな、本当に」

フタバ「…………」

 アカネさん、20歳。この前のまんまなのでやっぱりまだ大人に見えない。

 その母親、36歳。元々はややギャル系だったものが母親になり、かつとんでも事件に巻き込まれた経緯もあり祭なのに地味な服装で来ちゃっている所からの異常なまでの老齢感。

ソナタ「お主、あの母親の世話もしたいかの?」

フタバ「そういう事言わない!」

 人様の家庭事情にどうこう言うのはそもそも筋違いである。こちとら闇の組織のしかも通り魔的告白者だ。

 けれどもしばらく様子を見ていれば、何かお互いに続かない会話をしたりそわそわしていたり。この親子はそれまでのぎこちなさと違和感が一周して互いに腫れ物を触るような関係になっているようである。2ヶ月もこれでは、そりゃあ何かきっかけを求めてこういうところに来たくもなるってものだろう。

 一般家庭の基準など、この二人には分からないのだが。

ソナタ「ん。そろそろ入水のようじゃな~」

 少し離れた海岸から巻き起こる人々の歓声。良いタイミングの始まりはすぐそこまで来ていたようで、それは家族の都合とか暗躍の都合とかは当然お構いなしだ。

ソナタ「ほれ、準備はいいかえ?」

フタバ「ん、んん……」

 視線はアカネをロックオンしているフタバ。ついでに階段から覗き込んだまま姿勢もロックしているので、スキルが有っても無くても不審者である。そこはもう弁護のしようは無い。

 やはり実際に本人を見ればそれまでのシミュレーションなどすっ飛んで緊張するもんだとソナタも想定していたのであるが、それではギルド的にも立つ瀬が無い訳で。

ソナタ「ふんっ!」

 ズブォッ。

 激痛と共にフタバの視界が埋まった。

フタバ「くぉおっ!目が、目がぁっ!!」

ソナタ「安心せい、第二関節からじゃ」

 そんなこと言われても悶絶せざるを得ない。

ソナタ「ったく。貴様はうじうじしとらんでさっきみたいに勢いで行くしか無かろうが、行くぞおらっ!!」

フタバ「え、ちょ。っとっとっとっとっとっ!?」

 視界が戻らない中転ばないようどうにか歩かされる。体に掛かる慣性からしてまず間違いなくアカネの方に向かって。

ソナタ「無駄に騒ぐでない、さすがに振り向かれるじゃろうが」

フタバ「っ   

 スキルを駆使して多少ぶつかりながらもぐんぐん進んで行く。待った無しな事と見えない事が相まって拍動の加速度が半端無く、思わず羊の数を数えたくなる程にフタバの思考はまとまらなくなって行く。

 当然、目的地までそう距離がある訳でも無い。それから特に落ち着くための妙案が浮かぶ間も無いままこの連行は突如終了する。

ソナタ「ほれ、目を開けんか」

 環境音に埋もれるか否かの音量でソナタが告げた。

 まだ少し眼球に痛みが残りながらもフタバは目を開け、戻りかけの視界のピントをゆっくり合わせて行く。目の前には複数の人間の輪郭が浮かび、そのどれが誰なのかと脳が判断しようとしている中、

ソナタ「ひ・だ・り」

 と、繋いだ右手の甲に文字を書かれる感触が。

 それに従って僅かに顔を左に向けて、しかしフタバはその顔を即座に正面へと戻す。

 自分の左手の少し先、半身前の所にアカネはいたのだ。周りの祭客と同じように、もうじき上がるであろう花火を見る為に前の空を見ているアカネが。その反対側に母親も。

 視界を塞がれ連れられて、気付いたら隣に思い人。しかも別の異性に手を繋がれながら告白なんて今時ドッキリでもやら無さそうな展開だが、今この状況では逃げ場も編集点も無い。手を離して逃走すれば確実に大勢の客を掻き分ける事になり大問題、言わなきゃ完璧にヘタレ認定である。その証人は横にいる魔女と、画面越しの仲間達だ。

 戻った視界で横眼に見れば、アカネは本当に相変わらず。やはり多少記憶の中で美化されていた部分は認めないでは無いけれど、それでもやっぱり自分が安らいだ素朴な表情と雰囲気はそのままそこにある。今は少しだけその顔に緊張の色が差しているが、それはきっと母親の花火への反応が気になっているのだろう。

 そんなアカネを間近に見ていると、初めこそ胸が大きく跳ねたがやがて不思議とその波が自分でも驚くほど静かになって行ったのがフタバには分かった。

 そして一人静かに、自分の抱えるこの感情の正体と置き場を稚拙ながらに理解する。今、ここで、自分がアカネに何を伝えれば良いのかも。

フタバ「……あ~。んっ」

 でも初めてだから、ちょっと喉が絞まっちゃうのはご愛嬌。

 横で何やら嫌な笑みを浮かべているっぽい魔女は無視するとして。フタバは一度ゆっくり深呼吸をしてからかぶりを振り、しっかり、確実に、半歩前へと踏み出した。

 そうして後ろからではなく同じ並びに立って、前を向いて言いたかった。

フタバ「      アカネ、ありがとう。お前は俺にとって癒しで。きっと、好きだった」

 過去形にした。だって、ここに置いて行くものだったから。

 当然、アカネからは何の反応も無い。そして花火も、まだ揚がらない。

 フタバはソナタの手を握って合図をし、人の輪から外れるべく歩き出した。ソナタはそれを引き留めない。

 言い切った途端、ついアカネに手を伸ばして触れたくもなったけれど。

 それは絶対に掴めない手だと分かっていたから。お互いに繋ぐべき手は他の人なのだから。

 ひとまず今繋いでいる人の事もお構い無しに人混みを抜け出して、階段も無言で駆け下りて。更にそこから適当に距離を取ってようやくフタバの足は止まった。それと同時に急に呼吸が浅くなり、激しい震えが全身を襲い始めて来た。

ソナタ「…………。もーちょい、長々するかと思うたがの」

フタバ「いや、いいよ。あれで、限界……」

 ふぅ~~と長く息をついて、フタバはその場に座り込んだ。そしてソナタはもう必要無いという風にその手を離し、持っていた携帯のカメラを空へと向ける。

ソナタ「こちらからは以上じゃ~。ではお主等、あれに合わせてコンプ宣言と行こうかの?」

 通話口から意図を酌んだ呼吸が4つ聞こえる。刹那のラグはあろうが、それはこちらで息を合わせれば良い。

 と、いうわけで。

5人 「オペレーション・フェスティバル、コンプリート!た~まや~!!!!」

 

 

 笛の風斬り音と共に初弾が打ちあがり、空に一際大きな華火が咲いて。

母親 「……?アカネちゃん、どうしたの?」

アカネ「……………………。何でも、ないよ」

 胸の内から熱を吐き出した少女が母親に向けた笑顔は少しだけ朱色の残る、しかしとても澄んだ素敵な物だった。

 

 


 

 

ミコト「ところで、少々気になっているのですが」

シルバ「何かな?」

ミコト「ソナタの『因果の鎖』、この報告書にあるように他者の存在感まで操作出来ましたか?手を繋いで連携するとか……」

シルバ「いや、無いねぇ。どんだけ手を繋いでいても、きっと周りの祭り客には普通にソナタ以外は姿も声も丸聞こえだったと思うよ?」

ミコト「…………。取り敢えず、ソナタをひっ捕らえて来ます」

シルバ「うむ、よろしく。夏の陽炎の如く無かった事にされる前に、魔女裁判と行こうではないか」

 

 

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