『棄てられし者の幻想庭園』断章・笑うメイドの裏事情

 ふと思ったけど、私の肩書は何とも自称するには痛々しい。

 だって、カフェの看板娘でギルドの受付嬢だよ?

 どんだけ幻想庭園さんとこのイノリさんは容姿に自信がおありなの?って嫌味言われそうじゃん。私の外見へのハードルが高層ビル化しそうじゃん。

 あのー、別に私だってそんなもん好きで名乗ってる訳じゃないからね?そんな事させて名乗らせてる上司とそんな事させられる顔にした生みの親のせいだ。だからどうか私自身を責めないで欲しい。

 ……でもそれは死に戻った私のお仕事だし。それに死ぬ前に比べたら遥かに心も体も軽々しいし、どう名乗らされようが今は楽しく生きられている事には違いない。

 そんなわけで、今日も今日とてイノリさんは笑顔がデフォルトになるスキル『癒しの面』を勝手に全開にして、個人的には戦闘服だと思っているメイド服に着替えてギルドの業務に励むのだ。

 

 さて。今日は早朝から月に一度のお出迎えの日。

 通常業務のカフェの準備だって朝7時で間に合うのに、この日ばかりは4時に起床だ。来るかどうかも分からない客の為に身なりを完璧に整えて、地下の会議室で一人小道具と演出用の機材を準備する。マスターの趣味だから仕方無いし別に私もこういうノリは嫌いじゃないんだけど、はっきり言って面倒臭い。って言うか拘るなら自分でやれや。

 せめてもの主張と言うか反抗心で、今月は小道具でそれっぽいランタンを用意してみた。いつものスモークと青照明だとこっちの目にも良くないし、LEDライトで青いフィルム被せてもこれ一つでも結構明るいからこれくらい良いよねー。ちなみに材料費込みで2000円くらい。

 バタバタ準備して6時6分。部屋の照明を全消しして真っ暗な室内でスタンバイ。実はこのせいでいつも奥の扉が出てくる瞬間が見えなくてつまんないんだよね、どういう仕組みなのかこの目で見てみたいとずっと思ってるのに。まあその後の客の反応を真っ先に楽しむ権利と引き換えみたいなもんだけど。

 さーて今月は……。あ、客来ちゃった。しょうがない、呼吸を整えて受付嬢モード、オン。前回は俗っぽい願いだったし、今回は可愛らしい依頼だと良いんだけどな~。

 ……おっとぉ、何か幸薄そうな女の子が来たねぇ。でもいかにもその辺にいそうな見た目がちょっと良いくらいの子だしぶっ飛んだ物が出そうな気配は

アカネ 「私、死にたいんです。生きたくない……、生きてたら行けないんです!」

 ううっっっっっっをわあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあ!!!!

 やっべー、どうしよ。この見た目で一番来て欲しくない系のぶっ込んで来たぁぁぁぁ。本っっ当良かった、『癒しの面』発動してて。そうじゃなかったらこの営業スマイルの陰での全身の冷や汗バレッバレだって。

 えーーーーーと、どうするんだろうなーーこういう場合。いつもはここで適当に処理出来る案件だから私一人で何とかなるんけど。

 あああ、何かもう泣きそうだしさぁこの子ぉ。私がちょっと泣きたいんだけどなぁ、昔からこの手の女子ってどう接していいか分かんないんだよ。別に得意な相手なんかもいなかったけど。

シルバ 「よかろう!その依頼、この私が承った!」

 おーっとぉ、ここで一見天の助けっぽいけど実は一番良いタイミング狙いまくってたっぽいマスター来たーーーーーー!しかも自分で機材のスイッチ入れてくれたなありがとうめぇぇぇ!!

 あーでも良かった。後はもう任せちゃお、うん。

 

 ……って思ってたからかなぁ。「起きたらあの子の教育係よろしくー」ってさ、言われちゃったよねぇ……。

 いや、まあうん。それは全然構わないんだけどさぁ……。

 起きてすぐにオペレーションに連れてく羽目になるとか思わないよねぇ!?

 アカネちゃんかぁ。確かに初めて見た時から幸薄そうだったし何か隠れてそうな気配はしたけどここまでとは。こりゃあこの先、一波乱以上ありそうな気がするねぇ。

イノリ 「って事で、オペレーション掛かったから行ってくるね~」

フタバ 「はぁ!?」

 はい、カフェです。オペレーション・ターニングが発令した後のカフェフロアでの話。出発の前に、同じくカフェ担当のフタバ君に言っとこうと思って。

 ちなみに既に営業時間でね?あんまり大きい声出して欲しくないんよ?ほら、常連のお二人が何事かと見てるじゃん。話すなら顔近付けてよ。

フタバ 「あ、ああ。……何でお前だけ?俺は?」

イノリ 「さあぁ?要らないって思ったんじゃないの?」

 私も実は呼ばれて聞いただけだからそこは知りませんて。

フタバ 「おいっ。だって、聞く限り、あれだろ?」

イノリ 「うん。天命教って言ってたから」

フタバ 「じゃあ俺だって行く権利あるだろ、むしろ行かなきゃだろ!!」

イノリ 「だから声黙れってばよ」

 そう。実は今回のオペレーション、表の世界……と言うかこのカフェ側にも無関係じゃなかった。兆候そのものはアカネちゃんが来る数日前からあって、エピソードとしては割愛させてもらうんだけど今いる常連さんとも関わりがある。

 私はカフェ側にいる時は基本スキルに任せてニコニコしてるだけの方が多いんだけど、フタバ君の方は妙に常連さん達と馬が合っちゃったのか結構深入りしちゃっている。やめときゃ良いのにっていうかよすべきなのに。

イノリ 「お店空ける訳にも行かないからでしょ?メグミに任せたら今は大惨事だし、コヨミちゃんは調査に入っちゃって手が空かないし」

フタバ 「じゃ閉めろよ店」

 もっともだ。

イノリ 「じゃーそんなに言うならマスターに直訴してみんさいよ。まず無理だろうけど」

フタバ 「例え1%でも、可能性があるなら諦めんっ!!」

 猛ダッシュで裏に引っ込んでしまった。さっきの漆黒のスピードスター戦とどっちが早いだろう。

 さて、どうしたものか。ここにいる常連さんの男性2人にはギルド関連の部分は省いて状況を説明せざるを得なかったんだけど、こんなの日常無いイベントだからやっぱり盛り上がっちゃってしまっている。

 一応誘拐事件なんだけどね、これだから人間ってのは恐ろしい。

フタバ 「よし!遊撃隊として助けに行くぞ!!」

イノリ 「えっ!?」

 戻って開口一番オープンに言いおった!

 堂々と常連さんにも事情っぽい物を説明して完全に全員で助けに行く流れだ。ねえ本当に一般人巻き込み許可降りたのかい?基本こっちの話はスピンオフ扱いじゃなかったの??

フタバ 「断られたけどじっとしてられないから行くと決めた!」

 うわ馬鹿だコイツ!!頭は良いのに色々思考回路がバカだ!!!

フタバ 「正しい事をするのに何故責められなきゃならん!?」

 ……うわ、瞳が真っ直ぐだよ。分かってるけどさー、この人がそういう主人公めいた思考って事は。だからこそ、ギルドに来ちゃったって事情も。

 はぁ、こうなるともう止めるだけ私のエネルギーの無駄だな。幾ら何でも危ない橋は渡らないだろうし、フタバ君には常連さん達を上手く使ってもらって

フタバ 「じゃ、俺達はくっついてく形を取るから。先導、よろしく!!」

 ……おいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!

 

 結局、私が別動隊で動いてはいるけどフタバ君がいかにもリーダーみたいな形で、常連さん2人と共に4人パーティで天命教ホールの裏口ら辺まで来てしまった。しかも敷地を囲う植樹群の中に潜んで、男共が気分的な(役に立たないハリボテの)武装をするのにちょっと待たされて。

 ……うん、遠足か何かかなこれは。

フタバ 「さて。ここからどうしたらいいかな」

 ちょっと口とか殴って見ても良いかな。笑顔で殴れば他の2人には勘付かれないよね?

イノリ 「そうだねー。あそこがいかにも裏口って感じだね、ゴツい見張りも立ってるし」

 何かそんな空気をしたがっているっぽいので私も少しシリアスっぽく声を潜めて言ってみる。もうこれを楽しむしかないのかな。

 いかにもも何もどう見ても搬入口であるホールの裏口の前には、堂々と身長2mくらいのガタイの良い黒人男性が仁王立ちで一人煙草をふかしていた。目立つ場所なのに警備が一人とはよっぽど自信があるという事の表れだろう、多分。

 そんなのに一般人がコスプレ武装をしたのとウェイター&メイドが正面から突入しようとしたら当然止められる、と言うか今でも見つかりはしないか不安だし見付からないのが不思議でしょうがない。それはフタバ君(と他2名)も分かっている筈。

 私もオペレーションの手順があるし、早々に中に入らなければならない。仕方無い、いかにも出来る副官の如く進言してみるとしよう。

イノリ 「フタバ君たちは敢えて正面から接近して、囮としてなるべく無駄話してて。その間に私は死角から不意打ちで突破してみる。最悪見つかったらボコる勢いで」

フタバ 「……大丈夫なのか?」

イノリ 「私、これでもバトルメイドですから」

 決め台詞っぽく言っちゃったが、めっちゃ恥ずかしい。笑顔だけど顔の内側歪みまくり。何バトルメイドって。

フタバ 「……。オーケー、任せた。頼むぜ相棒!」

 めっちゃいい顔でグーサインして送り出して来た。他の2人も話は聞いていなかったっぽいけど同じく真似して来る。何これ。あとあんたの相棒は厳密に言えば私じゃ無くない?

 かくして私は単独で裏口から離れて行く。充分に距離を取って、3人が植え込みから姿を現したところで私も迅速に行動開始。建物の角を曲がって見張りの視界から完全に外れた場所に滑り込み、

 すんなりホール内部に侵入完了っと。

 え?そりゃ別の入口から普通に入ったに決まっているじゃないですか。メイドですもん、買い物袋の一つでも提げてりゃ入れてくれますってw

 男共はこれで勝手に上手い事本当に囮をしてくれるので、ようやく私は自分の任務をスタート出来る。あー長かった、私だってオペレーションに失敗して怒られたくないやい。これでも人命担ってるんだぞ。

 まずは4階にあるPA室へ。途中途中にいる何か見張りっぽいスーツ姿の人達は走りながら私の笑顔(と、ちょい突っつき)でご退場いただき、PA室にいた人も同じく笑顔(と、ちょいさば折り)でご納得いただき、さて着席。階下の舞台を映してるモニターチェック。

 おー、ちょうど演説が盛り上がり切ったところくらいかな。予定だとそろそろマスターが突入するらしいんだけど、そこは何も打ち合わせが無いからなぁ。良いように対応してくれって指令は、ちょーっと私に丸投げ過ぎないかい?信頼と思っておくけどさぁ。

 って、ぅを!天井からマスター落ちて来た!しかも何か奥にあった箱?みたいなのを踏み潰してったし!!

シルバ 『はいはーい、おっ疲れ様でしたぁ~っ。緞帳クローズプリーズ!』

 にゃんとっ!?えぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~とぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、あ、これかな?ポチッとなっ!!

 ……おー、幕降りて来た~。何となくコヨミちゃんから機材の場所教えられてたから良いけど、いきなりは焦るわぁ~。……何か緞帳が降りるスピードがめっちゃ速く見えるけど、ま、いっか。

 さて、これで最初のミッションは完了っと。客席の方はこの後ハヤトさん達が何とかしてくれる手筈だし、私はその間にターゲットの捜索に行かねば。

 んー、しかしPA室を出たのはいいけど手掛かりがなぁ。定石としては最上階か地下なんだろうけど……、近いから上から行きますかね。

 屋上に続く階段と扉でも何人か屈強な装備の男達から熱烈な視線をいただきましたけど、それらを全部ぺこりと笑顔(と、お辞儀からの不意打ち気味の金的的な物)で袖にして。そうして外に出てみたらそこにはまあなんとビックリ!

 何かあると思ったら何にも無いじゃあないですか!!

イノリ 「……………………チッ」

 おっとぉ、いけないいけない。えがおえがお。メイドは笑顔が基本じゃね、にっこりぃ。

 屋上は確かにいざという時逃げやすいけど妨害されやすい、ましてやこの時代衛星追跡だってお手の物だ。この組織がどれだけ金持ちかは知らないけど、宇宙にでも逃げるつもりでもない限りはそんな怪盗みたいな逃走法は取らないだろう。私ももうちょっと考えるべきだったかもしれない。

 だだっ広いがらんどうな屋上を一通り観察して本当に何も無かったのを確認して、仕方無いから下の方へ向かう。階段でK.Oしたメンズ達はまだそのままだったから、せめてものお詫びに南無参しておいて。

 ……うーむ、さすがにちょっとフロアの方はざわざわしておるな。非常階段を使いたいところだけど、屋上から素直に降りて来てしまったから非常階段に行くには信者の方々で溢れるフロアを突っ切らなければならない。さすがに部外者だし秘密の暗号とか聞かれでもしたら躱せないからあまり接触を持ちたくはない。

 よし、幸いにもハヤトさんとこの部下さんがちらほらいてくれてるし、この方法を取っても後は何とかしてくれるだろう。階段から目標までの直線には人影無し……!

 いざ。ダッシュ&ジャーンッッップ!!!3階から1階までの吹き抜けを一気に下るっ!!!!

 ……なんて直接そんな事したらマスターじゃないんだから死んじゃうんで、ジャンプ直後空中で反転しつつリボン型のアンカーを3階の柱に射出。長さは最大10m、加重限界は180kg。私の体重とGを計算してもギリギリ耐えられる高さの筈なのだっ。

 アンカーの先が柱に突き刺さり、私は振り子よろしく1階ロビーへ向けて弧を描いて落下。そして1階の天井、2階の回廊の床でもある部分を支点に私の身体が再び上向きになりかけた瞬間にアンカーをボタンで解除、軌道が上から斜め前に修正されてふわっと走り幅跳びの要領で着地っっ!と。ついでに強襲する蛇の如くしなって収納されるアンカーを華麗にバシッと回収。リボンとして再び装着ッ!!

 どーよ、この映画さながらのワイヤーアクションは!仮に下に誰かいたとしたってスカートの中が見えないよう翻りの角度と風圧での脚への貼り付きまで加味した軌道計算をしつつショートカットに成功したこの決断!!

ミコト 「どんなに華麗に飛んだところで、隠密性を欠いた時点で0点ですよ」

 うをっ!?何故姐さんが私より先に1階に!!?

ミコト 「階段を下りていたら、あなたのアンカーの射出音が聞こえたものですから先回りを。あと、連絡にはちゃんと出なさい」

 え。

 あ、ほんまや、通信入ってた。でもいつだよぉ、屋上にいた時かな。

ミコト 「さ、行きますよ。シグレとコヨミの情報では、地下の鉄扉の部屋に対象はいるようです」

イノリ 「あい、師匠っ」

 そう、私がギルドに来てから5年。あれこれ身に付けた護身術やアクションはこのミコ姐さん直伝なのだ。そのミコ姐さんは……我流なんだろうか?

 ともあれ戦力的にはフタバ君よりよっぽど頼りになる人が来てくれて。ここからはバトルメイドとバトル秘書。変な肩書の二人で救出作戦、である。

 ……変なDVDの撮影班とか、付いて来てないでしょうね?

 

 当然ながら、すんなり目標の場所まで行ける筈も無くて。

ミコト 「……、階段周りで5人程ですか。下手を打ちましたかね」

 地下1階への踊り場。そこで隠れつつ手鏡を出して先の様子を確認。こういう所が何かもうスパイ映画か何かの見過ぎなんじゃないの?役に立ってるから良いけどさ。

イノリ 「私達よりよっぽどこういうのに向いてる人、いるんですけどね~」

ミコト 「同感ですが、今いない人の事を頼っても仕方ありません」

 デスヨネー。

ミコト 「あなたに経験値を積ませてあげても良いのですが、今回はアカネさんの事も心配ですしスピード重視という事で」

イノリ 「あいあいさー」

 私も実戦経験はそう多い訳でも無い、毎日が戦いだったようなもんのミコ姐さんに比べたら潜って来た修羅場の数が違う。だって私、元は単なる一般人だったしさ。

 ミコ姐さんが鏡の代わりに愛用の小銃を取り出して、突貫の構えを見せる。後は私は先行する姐さんの後をまったり付いて行けばそれでいい。

 ……何て、甘い現場ではギルドは無い。

イノリ 「そんじゃ、行きます!」

 屈み込んでいるミコ姐さんを飛び越して、私がまず踊り場に堂々と姿を晒す。そうしたら当然、階段下の皆さまは私に注意が向きまくる。

 でもよく考えてご覧なさい。ムサい男達が多少ピリピリ警戒してる現場に突然メイドさんが舞い降りてきたらどうなるよ。

 私が単独で戦ってた時もそうだったけど、素っ頓狂過ぎて硬直するっしょ?

 そうなってる内に、まず私はふわりと階下へジャンプ。今度は着地ダメージは気にならない。

 でも相手も警備の仕事の方々ですからすぐに私を警戒し直し5人で取り囲もうとするので、私は眼前の2人だけを着地の勢いで攻撃。剥き出しの顎を身長差を利用して小ジャンプしつつ掌底で突き上げて一人撃破、着地の流れでもう一人を足払い、うつ伏せになった所を思いっ切り人体急所の脇下目掛けてトーキックして二人目撃破。

 そうしている間に、私に向いていたせいで背中ガラ空きのお3方はミコ姐さんが華麗に制圧。銃を抜いていた割に銃声は一発もせず、私が向いた時には既に階段を下りていたのでどうやったかは分からないけど。

 勿論こんだけの立ち回りを無音ではやれないので(主に私のせい)、廊下の先にいる人達は私達に気付いた。一般的な狭さの25m程、部屋数は5かそこらの直線廊下に15人くらい、内警棒で武装しているのが10人程度で後は素手。変な人間がいることくらいは伝わっていて警戒レベルが上がったとしか思えない配置だ。

 で、私が飛び降りたロビーには全然警備の姿が無かった事から考えてこっちの方がVIP扱いなのは明白な訳であって。

ミコト 「さあ、駆け抜けますよ」

 言うが早いか、すうっと一呼吸溜めるとミコ姐は廊下の反対側目掛けて猛ダッシュ開始。でも今度は容赦無しに銃をぶっ放して。

 警備の皆さんは手前からガンガンヘッドショットを喰らいまくって倒れて行くんだけど、実はミコ姐さん愛用の銃は凶悪カスタムされた違法エアガン。だから派手な音もしないし、離れて使えばたとえヘッドショットであろうと昏倒程度で済んじゃう安心安全な代物だったりするのだ。ちなみに何でそんなもの持てるのかは触れないでおく、って言うか私はよく知らない。

 そうそう。勘違いしないでもらいたいけど、この廊下は反対側にも普通に階段があるのでどっちが追い込まれるというような状況にはならない。だから姐さんも迷い無く駆け抜けちゃえるのだ。もち、建物の構造は突入前に予習済み。

 解説してる間に突風吹き荒れるが如く突っ込んで行ったミコ姐さんは、アクション俳優顔負けの流れるような銃格闘、ガン・カタを使って次々と警備員を振り返る事無く脱落させて行く。まさにミコト無双。運悪く撃ち漏らした人だけ私が後から追い付いて適当に倒す、という流れで30秒もしない内にこの階を制圧。駆け抜け切った廊下を初めて振り返れば、死屍累々と言った惨状がそこにはあった。当然、一人も死んでない。

ミコト 「如何に敵陣を混乱させ、対処させる前に速攻を掛けられるかが鍵です。鍛錬すれば、あなたもこれくらいは出来るようになりますよ」

 汗の一つも掻かずにしれっと言ってくれるけどねミコ姐さんや、そら無理ってもんですよ。あなた自分が移動しながら動く的に確実に全弾ヘッドショットさせるとか、どんだけ超人的なことしてるのか自覚無いんですかね?あ、超人だからか。

ミコト 「この下は駐車場ですし、あるとしたらこの階でしょうか」

 うおー、話進めようとしてる。時間も無いから仕方無いけどさ。

 『読心術』の話を聞いた限り運ばれたのは無骨なままの造りの駐車場とは違うこの廊下の壁紙をした天井から続く部屋って事だし、累々してる皆様の分布が廊下の真ん中に多い。って事は、

イノリ 「あの部屋、ですかね?」

 観音開きの扉になっている、倉庫と書かれている部屋。

 なんだけど、何かちょっと金色の豪華な飾りで縁取っていやがる。再び確認するけど、ここは倉庫。白単色の廊下に備わっている一部屋。

 ……何だろう、馬鹿にされているのだろうか。

ミコト 「……開けましょうか」

 姐さんもめっさ呆れ顔をしている。

 もしやこれだけ人を馬鹿にした造りと備えをしているのは、私達をこうやって呆れさせて油断させるか、或いは飛んで火に入る夏の虫よろしく罠に嵌める為だったりするんじゃない!?

 って思ったのは白状するんだけどさ。全然そんな事無かったんです、本当。

 開ければ、そこでは結構広い空間で暗がりの中魔法陣の描かれた紺色の絨毯の中央に棺を据え、それを囲って数本の燭台と、黒ローブ姿の連中が何やらうんにゃらほんにゃらと呟きまくっていた。壁には一面髑髏とか十字架とか謎の生き物の置物とか、何かもうごちゃごちゃおどろおどろしく飾り付けがされている。

イノリ 「……何じゃこりゃ」

 せめて人工の光くらい点けなさいよ、暗いったらありゃしない。窓も無いのに。

ミコト 「……正直、理解し難い部分はありますが」

 パシャリと室内をデジカメで撮影した姐さんが一歩室内に踏み込むと、ようやく室内の連中が異変に気付いたらしく。

ミコト 「救出が最優先。蹴散らしましょう」

 銃口を向けたミコ姐さんに対し、阿鼻叫喚の様をほんの一瞬晒してしまったのだった。

 

イノリ 「……やっぱりなぁ」

 室内の連中は非戦闘員だったため掃討があっさり済んでミコ姐さんが室内の様子をあれこれ写真に収めている間、私は棺の中で横たわっている女性の顔を見ていた。

 真白いドレスに身を包んだ色白な成人女性。最後に見た時にはもうちょっと装飾があったのだけれどそれらは全て邪魔だったのか外されてしまっている。そして喉元にある、装飾品の物とは異なる親指程の幅の絞状紋。特に表情に安らかさは無い事からそれ程幸せな最期では無かった事が分かる。

 ……いやはや。分かってはいた事だけれど、こうやって死者と対面するのは心苦しいものがあるよね。それが知っている人物であるなら尚更。私は積極的に関わろうとはしなかったけれどもそれでもだ。それを思えば、あの3人を置いて来たのは正解だったかもしれないね。そう言えば今どうしてるんだろうか。

ミコト 「おや、これは……」

 ミコ姐が見ていたのは、壁に掛けられた天命教のシンボルマークっぽいマークが描かれた旗。を、引っ剥がした場所。

イノリ 「エレベーター?」

ミコト 「倉庫から直通の、ですか。しかし……」

 確かにそこにあったのは、人用ではなく明らかに物を運ぶ用のエレベーターだった。学校で給食を運ぶ時に使うみたいな縦開きのやつ。それが倉庫にあるのは確かに納得出来ると言えば出来るのだけれど、

イノリ 「B1、1F……、ST?」

 1Fはそりゃ分かるんだけど、STって何じゃいな?ST……さと?すた?そて……

ミコト 「…………、ステージ?」

イノリ 「ステージ……。え、舞台?」

 床下の奈落って事!?あのパカって開いてせり上がって来るやつ??

 おいおいおいそれってこんな下の階から続いてるもんなのかい?せめて下の階からなんじゃないの!?

ミコト 「確かに位置的にはここはホールの真下ですから、辻褄は合うのですけれど。うーん……」

 さすがのミコ姐さんもこれにはしかめっ面だ。

 何にしたって確認しなけりゃ始まるまいと取り敢えずエレベーターのドアをポチッと開けてみる。ゴインゴインと重厚な機械音を立てて扉が開くけど、中はやっぱり至って普通のゴツイエレベーター。

 じゃなかったよねー!!

 まず床が木張り。こう、綺麗な木目地でせり上がった時に舞台とぴったり合うデザインっぽいやつ。そこがまず何で?って普通なるでしょ。

 そして、天井高っっっかいの!いや、高いって言うか、無いの!!ポツポツ小っちゃなライトがあっても暗いから正直よく見えないんだけど、ビヨーーーンって上まで伸びてるの。首を垂直に上げて見ちゃうくらいには高いの!!

イノリ 「これって、建築基準法違反なんじゃないの……?」

 そんな事笑顔で言っちゃう私は、ロマンを理解はしている現代っ子。

 完璧に現実味を帯びて来たこの奈落エレベーター。正直、まだ微妙に信じがたいものの……

ミコト 「利用しない手は無いでしょうね」

イノリ 「まあ、そうなりますよね」

 私達に課せられているミッションは、今回の被害者を探し出しマスターの元へ連れて行く事。ここは地下1階、マスター達がいるのは地上3階。直通のエレベーターがあるんだったらそりゃ使いたくなるに決まっているじゃないですか。

ミコト 「イノリ、あなたが責任持ってその方をお連れしなさい。顔見知りなのでしょう?」

 うげ、知られていましたか……。

ミコト 「別に私はどうこう問いませんけどね。嫌なら私が運びましょうか?」

イノリ 「運びます、運ばせていただきます!」

 別に嫌じゃないっすよぉ。さっきの心の声を聞いていなかったんですかぁ?あ、そりゃ聞いてなかったか。

 棺からよいしょと女性の体を起こして、その腕を軽く私の首に回して、膝を立たせて。背中と膝の裏に腕を差し込んで~、よいしょっとぉ!お姫様抱っこぉ~っ!!

 あ、自分よりもタッパのある人を担ぐなんて出来るのかと思われたかもしれませんがね、何事もコツってものがあるんですよ。あとちょっとだけ棺の枠を破壊しましたw

 しかしまあ、抱かれるんじゃなくてまさか抱く側に先になるとはなぁ。

 私が乗り込んでから、ミコ姐さんは外で昇降スイッチを押して滑り込むようにエレベーターに乗り込んだ。確かこういう昇降機って事故防止のためにボタンを押しっぱなしにしてなきゃいけなかったような気もしたんだけど、

ミコト 「教団の建物として、そういう用途は想定していないのでしょう。と言うよりも、一部の人間が一部の用途でしか利用しない物なんでしょうね。だからやりっ放しで良いんですよ」

イノリ 「どういう事です?」

ミコト 「劇団が舞台装置として使うわけでは無いのですよ。これは教団の幹部クラスが緊急の避難経路として使う事を目的としているのでしょう、旗で隠してもいましたしね。倉庫にも下げるのボタンはありませんでしたが、きっと舞台袖にも上げるのボタンはありませんよ。マスターがあるのは恐らくPA室だけでしょうね」

 マジですか。知らずに上で乗っちゃった人はビビるだろうなぁ、まぁ本来舞台に上がることも出来ないんだろうけどさ。

 ……ところで。1分もあれば3階まで着いちゃいそうな速度でこれ上がってるんですけど、どうやったら天井の舞台床部分は開くんですかね?そこあんまり気にしてなかったんですけど。

ミコト 「……………………」

 あ、あれあれ?ミコ姐さん??どうしました、そんなうっかり八兵衛みたいな汗を一筋垂らして。

ミコト 「…………祈りましょう、開く事を」

 姐さーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!????

ミコト 「普通に考えて自動で開く筈ですけど……。いざとなったら、私がぶち破りますから」

 そう言って昇竜拳を出すべくしゃがんだミコ姐さん。

 多分ですけど、そういう所の床って結構分厚くて頑丈だと思うんですよねー。あとやったらやったで絶賛お姫様抱っこ中の防御出来ない私の頭上に色々振って来る筈なんでやって欲しくないんですけどー。

 やっばい、ただ天井が開くか開かないかってだけでバトルの時より緊張するんだけど。動いてないのに心臓バックバクなんですけど!そんな時に心臓動いてない人を抱えているっていうこの皮肉!!

 1階が過ぎた筈なのにまだ開かない。思わず普通のエレベーターあるあるの「無意味に上を見る」をやってしまう。天からの救いの光が差す事をこれ程までに待った事があっただろうか。エレベーターより遅くて昇降機より早いっていうこの微妙な速度が、ここに来て焦れったさと待って欲しい感を併せ持つ事になろうとはっ……!

 ああ、遂に暗くても天井の繋ぎ目が見える高さまで来ちゃったやん。ペース的にはあと30秒あるかどうかかなぁ……?下手したらあと30秒であったかいお煎餅が3枚出来上がっちゃうぞぉ。いや、2枚はくっついてボリューミーな1枚になるんだけどねぇ?

 っと。何やら上の方から機械音に混じって野太い声が聞こえたような……?

イシキ 「冥途の土産に絶望と言う名の圧倒的な力の差を味わうが良い!」

 ガションッ!!ギュイイィィィィィィン。

 あっ、光がっ……!空が、割れて行くぅ~~~~!!

 目算、約4m。私達のプレッシャーとプレスな運命から解放された瞬間だった。

 あぁー。今の私、心からの笑顔してそう。スキル要らず。ミコ姐さんもしゃがんだまんまちょっと安堵の顔しちゃってるし。クールな美人の油断した顔、良いねぇ~。

 ……って、安心してばかりもいられなかった。さっきの声からして何か緊迫した状況に私ら飛び込む事になるみたいだし、ここはきちんとギルドの一員としてキッチリ自分の仕事を果たさねば。特に何を意識する訳でも無いんだけど心構え的にね。

 

 笑顔は武器、スマイル最強っ!これさえあれば何とかなる!!

 ついでにカモン、スポットライト!!!

イノリ 「遅くなりました~」

 

 

 …………。

 あ~、終わった終わったぁ~。

 って心の中でだけ嘆息。何せまだ終わったのは山場だけ。

 かしこまり~、で出て来たのは良いけどまだ事後処理ってものがね。マスター達はまだ舞台上で戦ってる訳だから、私の方が少しは楽ってものでしょう。あのお仕置き輪廻街道はあんまり見たいもんじゃないからなぁ。

 ……アカネちゃん、耐えられるのかね?

 さて。私はえっちらおっちら、また女性を今度はおんぶして階段を下りている。ホールを出た所で私が延髄チョップでまた気絶させちゃったからだ。

 誤解無きよう言っておくと、これは既定路線。説明は全て警察の方でして貰う事になっている。私らはあくまで闇の組織、そうそう表舞台に立っちゃいけないのですよ。そしてぶっちゃけ説明が面倒臭い。

 なので気絶させて、移動部分は本人の体感的にはショートカットさせていただきました。

 建物内のざわつきも大分落ち着いたようで、いっぱい溢れていた信者達もどうやら大半は外に出されて、一部はまだホール内で大人しくしているよう見張られているらしい。おかげで今度は飛び降りなくても済んでいるんだけど、逆に誰にも会わないからこの背中の人を預けられない。

 さすがにメイドさんが女神の器たるドレス姿の美女を背負ってる様子を街の皆様にお見せする訳にも行きませんで、せめて建物を出るまでには責任ある人に任せたい所なんだけどなぁ。あと、下まで来たは良いけどどこから出て良いものやらだ。表も裏も出待ち状態だろうし……。

ハヤト 「……ん?」

 あ、正面玄関から堂々と見知った顔が部下二人を引き連れて来てる!?

ハヤト 「『癒しの面』か。状況はどうなっている?」

 うんわ、相変わらず実直なお方ですなぁ~。私のこれを見てもまず説明を求めるかね、そりゃそうなのかもしれませんけど。あと人の事をスキル名で呼ぶなや、ペーペーですけどねっ。

イノリ 「現在3階ホールで矯正対象と交戦中、クライマックスまで後少し。私は重要救出対象を保護した所です、出来れば引き継ぎお願いします」

ハヤト 「そうか、ご苦労」

 指示されて、私よりも軽々と女性をお姫様抱っこする部下さん。ついでにその時もう一人の部下さんが、来てた上着を脱いで上から掛けてあげてた。ひゅう、紳士ぃ。今初夏だけどね。

 部下さんはそのまま正面から女性を連れて出て行った。信者の人達があの人の顔を知っているのかは知らないけど、この人の部下だからそこら辺は混乱が起きないよう上手くやってくれるだろう。でないと怒るぞ、マジで。人任せにしておいて何だけどさぁ。

 そしてこの人もこの人でもう私には目もくれず階段を上がって行きやがった。クライマックスまで後少しって言ったのは確かに私なんだけど、もうちょっとこう……労ってくれても良いんじゃなかろうかと思うんですけどどうなんですかねぇ?

イノリ 「……。帰ろ」

 今回のミッションは遊撃だし、やることやったからもういいよね?

 ああ、どっと疲れた。こんな時でも私の笑顔は崩れないんだから困りものだ。もしかしてそのせいで心配されないんじゃないかと思えなくも無い。

 気分ではあったけど、正面から出たくなくて裏口から出る事にする。でもおっきい搬入用の扉はシャッターも下りてどうもガッチリ閉められているようなので、その横にある管理人室の通用口から。

 せっかくなのでさっきの部下さんに倣って管理人室にあったジャンパーをお借りして身分隠し。多分こっちにも信者さん方はいらっしゃるでしょうからねぇ、メイドさんじゃあ無駄に目を引くってなもんですよ。全員叩きのめす訳にも行かないしさ。

 そうして鍵を開けてそっと外に出てみれば、やっぱり十数人の信者さんと思われる人達が閉まった扉前でざわざわしていた。一応警官さんが2人で何やら対応しているようだけど、その警官さんもそんなに事情を知っている訳では無さそうだ。中が片付くまでもうしばらく無益な時間に耐えていて欲しい。

 そして、その一団からはちょっと道路側に離れた場所で。

フタバ 「…………、あれ?」

 おバカな男4人が、揃いも揃って大して動いていなかった。

イノリ 「終わったから。帰るよー」

 それだけ言って、私は天命教本部をもう後にした。だってここを掘り下げたところでもう大して面白く無さそうだったんだもん。

 だから、どんなに切なそうに見られたところで私はその日もう誰の面倒も見ませんでしたとさ。

 

 

イノリ 「ただいまー」

 カフェ側ではなくギルドの家側の玄関から、私ご帰宅。まだ他の皆はオペレーション中だから、家の中も割と静かだ。

 なのでソファでちょいゴロンとしよっかなーとリビングに入ったけど、そこにはまさかの先客が。

コヨミ 「……、……」

 寝息を立てずに寝れるタイプだったらしいコヨミちゃんがスリーピング。胸元にタブレットを抱いたままな所を見るに、やることやって寝落ちしたんだなこれは。

 現場で働く人もそりゃ大事なんだけれど、こうやってバックアップしてくれる存在がいるからこそってものだよねぇ。私もコヨミ情報に結構助けられてたもんね、今日のオペレーション。

 私以上に労われない可能性もあるし、このお休みを邪魔しちゃ悪いね。大人しく自分の部屋に戻って寝るかなぁ……。ああでもその前にシャワーも浴びたいし、

メグミ 「あー、イノリさんお帰りなさい~」

イノリ 「うぉう、ただいま。あれ、それ何?」

メグミ 「ああー、コーヒーですー。起きたらコヨちゃん飲むかなーって。良ければイノリさん、これ飲みますかぁ~?」

イノリ 「良いの?」

メグミ 「コヨちゃんのは、また淹れますから~」

イノリ 「そ。んじゃあいただきます」

 

 ゴクリ。

 

イノリ 「しょっぱあぁぁぁあぁぁぁぁっ!!!」

メグミ 「あれぇ~?」

 

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