ソナタ 「ふ~、闇雲に探しても儂のカモシカのような美脚が悲鳴を上げてしまうの~っと」
全く疲れた素振りを見せず、ソナタは剥き出しの細い生脚をモデルよろしくピンと自慢げに見せてそんな事を呟く。
都内某所。ギルドの本拠地があるこの地区には大きな特徴が二つある。
一つはギルドも実はそうであるように、比較的背の高い建物が多い事。高層とまでは行かなくとも、4~10階建ての住宅やオフィスビルがひしめき合い、立地次第では日が差さなかったりする。ギルドは大通りから一本入った路地なのでギリギリ感。
そしてもう一つが、そんな限られた日なたを税金の力という公平な方法で公園として何十か所かで住民に共有させている事、つまりは公園が非常に多い。勿論常時日なたと言う訳ではないにしろ、望ましく差し込むように計算された建築計画が地区ぐるみでされているおかげで、大小問わず公園の大半は憩いの場としてそこそこ機能している。
何故そんなに公園ばかり作ったのかは、きっとアーバン風をここの土地開発担当者が吹かせたかったんじゃないの?というのがシルバ談だが、そんなことしなくても一応都市部なのにというのはハヤト談。
そんな若干の税金の無駄遣いの産物である公園の中の、それなりの無駄遣いに位置する地区外れの小さな児童向けの公園。全く対象者のいない時間帯のため過疎めいた雰囲気のあるそこで、ノープランにギルドを飛び出したソナタを初めとしたシグレ、フタバ、メグミの『オペレーション・デトネイター』組は、歩き出して30分程でようやくその捜索の足を止めていた。
シグレ 「カモシカならもっと働け。つっても、流石に手掛かりが無さ過ぎるか」
シグレからするとちょうどいい位置にあったソナタの尻を軽く蹴りド突きつつ、ベンチにどっかと座って天を仰ぐ。ビルや団地のせいで四角く切り取られた青空を見ると規模のデカいサンルーフのようで多少馬鹿馬鹿しい。
メグミ 「ん~、どこかに落ちてませんかねえ、手掛かり~」
今では諸般の理由で消えつつある鉄製の大きな網型ゴミ箱に半身を突っ込んで何かを漁っているメグミには、気持ちを押さえて誰も突っ込まない。
フタバ 「まあ、いつも通り行くしかないんじゃないっすかね」
カフェの制服のまま駆り出されて少々居心地が悪そうにしていたフタバだが、こういう時の自身の役割とすべき事と言うのは理解しているためきちんと仕事をすべくソナタに進言。
ソナタ 「じゃな、確率は怪しい所じゃが。ほれ、早う済ませい」
全くこちらを見ず、何かテンションを上げつつ子供用のバネ馬でひゃっほいしているこのロリババアをぶん殴ったろうかという心地はそっと拳の中にしまって。
フタバ 「メグミ、頼む」
メグミ 「ふぁーい」
最早ゴミ箱へ天地逆にすっぽり入りつつあったメグミを猫のように引っ張り出して、公園のど真ん中を占める白いサラ砂系の円形砂場に運ぶ。
ソ・シ (パンツスーツで良かったね……)
という、その光景を見ていた二人の感想もやはり微妙な笑顔の裏で出て来る事は無く。
砂場の中央でフタバとメグミは向かい合って膝を立て座り、慣れた様子でおでこを合わせる。そこから二人が目を閉じ集中を始めると、周りの砂の表面がメグミの足元へと渦を巻くように摺り寄り始めた。
シグレ 「毎度思うが、何でわざわざ円形の何かの中でやるんだ?」
ソナタ 「イメージの力と言う奴じゃろ。見てる分には今みたいに力の流れが分かり易くて良いのではないか?」
そうして息を吸いながら開いたメグミの瞳は、普段とは異なる黄金色の光を煌々と宿す。
メグミ 「宿れ、我が星の導き。『最期の一葉』!」
スキルの宣誓と共に瞳の光は弾け飛び、渦を巻いて集っていた砂々が風に煽られたようにザァッとフタバの方へと広がった。
そしてすかさず、次の宣誓が刻まれる。
フタバ 「我が求めし物の行く末を掴め。『両天秤』!」
フタバの声が辺りに反響し、やがて消えて行く。
……が。こちらは特に何も環境の変化は起きず、ただただ砂場の真ん中でおでこをくっつけ合っている男女の間抜けな図がしばらく晒される事となっていた。
シグレ 「…………不発か?」
ソナタ 「こりゃ、ゼロ側だったかの~」
フタバ 「……まあ、S級関連っすからねぇ」
フタバの、確率を傾けるスキル『両天秤』。当人が求める事柄の成功率を0か100に限り無く近付けると言うもので、その傾きは元々の成功率に依存する。50%を境にそれ以下なら0側、それ以上なら100側になると言う、地味ながらかなりの高度なスキルである。
元々の実現難易度が高ければ必然と成功率は低く、今回フタバが行った『S級観察対象者の手がかりを発見する』というものに対する『両天秤』も、正直ノーヒント状態の今行えば普通に考えれば成功率など考えるまでも無いのだが、
ソナタ 「メグミの強運も、1日2日では大して貯まらぬか」
メグミ 「フェニックスが大暴れしてましたしねぇ」
そこにメグミの幸運を譲渡するスキル『最期の一葉』を加えると、話が変わって来るのがギルドでは通例だった。
メグミの『最期の一葉』は、自身の持つリアルラックを対象に全て移すという変わり種。それによりフタバのスキル成功率計算にも多大なプラス補正が出来ると言う、捜索における強力コンボが実現する。
ただし、そのプラス補正はそれまでメグミが貯めていた幸運値に拠るので短い期間で連発してもその効果は薄く、更にはコンボが成功したとしても凶悪なデメリットもある。
シグレ 「……ん?何だありゃ?」
ソナタ 「あーん?」
幸運を全譲渡するという事は、本人には全く運が残らない。つまりは、不幸な出来事が起こりやすくなる。しかもその幸運値が多ければ多い程その反動は周囲を巻き込むレベルで凄まじい。
例えば、何だあれ?と言われて上を見上げれば、そこから何かが真っ逆さまに落ちて来ている真っ最中だったり。
フ・メ 「!!?」
スキル使用後でまだ砂場に座している二人の間を、避ける間も無く天からの何か細く黒い一閃が猛烈な速度でカチ割った。
砂場にそれが突き立った衝撃でボフンと辺り一面に砂煙が舞うが、都心特有のビル風に煽られてさほど広くない公園は程無くして景色が晴れた。とは言え、その場にいた4人は砂爆発の震源地にいた訳なのであれこれ被害は受ける。
ソナタ 「目がっ、目がぁ~っ!」
シグレ 「その後滅びの呪文とか言うんじゃねえぞ」
言ったところで何の影響も無いだろうが、万が一という事も無きにしも非ずなのが神の庇護下にあるこのギルドと言うもので。
メグミ 「…………、ぷへぇ」
フタバ 「……何が起きた、っ」
爆心地にいた二人は目どころか全身砂まみれである。が、何故かフタバの方により砂が飛んでいたらしく老人化したかのように顔面がヤバかった。
ソナタ 「んぁあーっ、しょい!……まあじゃが、成功確定の方に傾いたようで何よりじゃの。で、何なんじゃ?」
眼をこすり終わり、次は長髪をわしゃわしゃしながら。言葉だけ老人化している合法ロリが今度はバネパンダに跨って誰かに指図する。
取り敢えずで首から上の砂を叩き落として、目の前にいたフタバが砂場の底にまで達する寸前にまで突き刺さっていた黒い一閃の正体を確認する。
フタバ 「……、短剣?」
天から現れ砂場の砂を半減させたそれは、黒い鞘と柄の刃渡り20cm程の両刃のナイフ。鞘にどことなくアンティークのような品の良い細工がされた物で、抜いて見れば刀身は綺麗に磨かれてはいたものの僅かに刃毀れや傷跡がある。
メグミ 「何か、カッコイイ」
フタバ 「失踪者関連の物の確率100%っすけど、物騒っすね」
S級クエストの手がかりで舞い込んで来た物が、使用済みと思しきナイフ。これが物騒でなくて何なのか。
シグレ 「ほら、早く貸せ。記憶を辿れなくなってても困る」
メグミ 「あー、小物は記憶が薄いんでしたっけ~」
検分していたフタバからひょいとそれを取り上げて、シグレはスキルを使うべく砂場の縁に腰掛ける。何であれ手掛かりとあっては『読心術』使いの出番と言うのは捜索隊の中では定石であり、メグミの言うように物体がシンプルで小さい程定着しているエピソード記憶は消えやすい(今回は人間でいえば幼児くらいの感覚)らしいのでフタバもそれには抗わない。
柄と、そしてメインに使われる部分である刀身に触れてシグレは目を閉じる。世界から自分と物体だけが漆黒の空間に切り残された感覚がしたら、シグレの中では始まりの合図だ。そうしてVRゴーグルを掛けている時のように自身の瞼の裏側へとその映像が再生されて行く。
やがてそれは始まり、指先から脳へと物体から漂う記憶のオーラが伝わって行きそれが映像になる。だが何となく予感していた通り、その映像はかなり断片的で不鮮明だった。
古めかしいアパートらしき部屋の一室の天井。画面が激しく揺れて誰かの手の中へ。
ブツリ。
同じような室内。視点が定まらずぼやけているが、大小二つの人の輪郭が横になっている。
ブツリ。
扉から外へ。すぐ横には下へと続く錆びた階段。
低くて荒い興奮した男の息遣い。一瞬大きく画面が揺れると視界がグルンと反転。玄関で前と同じ色輪郭の人の腕が自分の下へと伸びている。
ふわりと視点が上ったと思ったら、それが急降下。ブチュウッという肉音と共に画面を赤黒いフィルターが覆う。
ブツリ。
赤黒い世界。どこかの住宅地をまっすぐに、ゆらり、ゆらり。
遥か彼方に動く影。歩みが止まり、視界が縦に、呼吸に合わせてゆらゆらゆらら。
歩みが奔る。視界が弾んで風を切る。映るは獣の猛る声。
は、はは、はははは、はははははひゃひゃひゃひゃhyはyはやひゃはやひゃはひゃ!!!!
シグレ 「ッ!!?」
バチィッ!!
目の感覚が激しくスパークして、シグレは現実に引き戻された。
フタバ 「シグレさん?」
いつもに無かった気がする反応に思わず伺ったフタバにも、シグレは目元をギュッと抑え込んですぐには返せない。
シグレ 「……。今のは」
弾かれた衝撃は、果たしてどちらからの拒絶反応だったのか。だがそれに至るまでにも、確かめるべき事は多そうだった。
メグミ 「ん~、MP切れですか~?聖水ありますよぉ~?」
シグレ 「……そんな水要らん」
有名栄養ドリンクの瓶をぶら下げて的外れに気遣うメグミの額を小突き、シグレはナイフを納めて立ち上がる。
シグレ 「取り敢えず、もう少し一人で静かに落ち着ける場所で見たい」
フタバ 「……トイレ?」
ソナタ 「独房?」
メグミ 「羅生門~?」
シグレ 「環境悪化加速させるな!」
羅生門で集中して何かを出来る人がいたら是非紹介していただきたいものである。
そんなほんの少しのシリアスも笑いの肴にしてしまいながら、折角手に入れた重要極まり無い手掛かりを分析する為、シグレ達はガヤつきつつ公園を後にして適当な場所へと歩き出した。
その様を、殿で眺めていた魔女が一人ごちる。
ソナタ 「……ふーむ。あの短剣、なーんか見た事ある気がしたんじゃがのー」
ギルドのメンバーですら殆どが知らない、存在の魔女の知識アーカイブ。
その大半が、実はSS級の何某か。
ソナタ 「……何ぞ、面白くなりそうな予感がするわい」
足元に散らばる砂をいたずらに掴み上げ、空へと適当に撒き散らす。あれだけわしゃわしゃ払った物で再び自分を覆うように。
そうしてニタァと挑戦的な笑みを浮かべながら、存在の魔女ソナタは忽然と姿を消した。
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