『棄てられし者の幻想庭園』第1章・前編

 人は目が覚めた時そこが見知らぬ天井であると、脳の覚醒が遅れている事と相まって激しく混乱する。

 特に、思考回路が擦り減り過ぎてその年齢より幼い外見よりも更に脳年齢が下がってしまっていそうな、それまで平凡な日々を送って来ていた筈の人間であるならば尚更である。

少女  「…………、……んぅ?」

 ふわりと柔らかく暖かな何かに包まれている感触を肌で感じつつ、閉じた瞼の隙間から昼白色の光に刺激され目覚めた彼女の目に映ったのは、記憶の引き出しには無い一面の薄黒な壁紙の天井。

 その事に、動かない体の駆動は目を閉じてひとまず放棄し、脳は尻上がりだが急速に覚醒状態へ移行し、点でしかなかったこれまでの記憶の情景を線へと並べ直し始める。どこかの玄関、舗装の甘く雑多な植樹のされた夜道、雨露に濡れた階段、漆黒の闇に微かに浮かぶ鈍色の刃、古びた扉を越えた青と七色の光に彩られていた気がする空間……。

 そうして二分程かけて、現実的な裏付けは無いが取り敢えず事実としての脳内補完を終えたところで彼女の導き出した次の思考は、

少女  「(……ここ、どこ!?)」

 そう至った瞬間、彼女はガバッと全力で跳ね起き   たかったのだが、実際はモゾモゾぬるぬると寝起きそのままに起き上がるのが精一杯だった。だって普通の女の子なんだもん。

 どうにか腕を支えに岩場の人魚のように上体を起こし切ると、肩の辺りから下へしゅるりと衣擦れの音がした。目を擦って曇りガラスのような視界を叩き直して見ると、ブランケットが一枚落ちている。そしてよくよく見れば、彼女がいるのは座り心地抜群な感じの白い二人掛けソファの上で、ここは広々としてはいるが妙に家具の少ない洋風のリビングのような所だった。

??? 「あら、お目覚めですか?」

 少し離れた所から艶っぽい静かな女性の声が飛んで来る。

 彼女が反応して見ると、そちらにはソファと合わせたっぽい白木のローテーブルを囲んで三人が地べたに座り、茶を啜りつつもこちらに目線を送って来ていた。

 一人は今の声の主らしき、黒いパンツスーツ姿で茶髪のポニーテールな女性。正座も凛としていて薄化粧そうながら誰もが美人と称しそうな、美人過ぎる秘書とでも言えそうな人。

 もう一人は、彼女から見たらテーブルの向こう側で寝転びながら片肘を立ててこちらを向く痩身の若い男性。同じく黒スーツ姿なのだが、こちらは前ボタンを留めずノーネクタイ。しかし首から上はかなり整えられており、何だかイケメンホストの出勤前みたいな印象を彼女はその男性からは受けた。

 そして、最後の一人は。

??? 「ふむ。体調に問題は無さそうだね、アカネ君」

 恐らく、意識が途切れる寸前まで目の前にいた、あの飄々な銀髪の男性だった。

 ……ところで、彼は今誰の名前を呼んだのだろうか?

 一応自分の方を見ていたが私そんな名前じゃないし、まさか後ろに誰かいる!?と彼女は思って背後を見るがそこはただの壁。ではと三人の顔を見回してみるも、やはり視線は自分にロックオン。

 つまるところ。

少女  「……え、私!?」

??? 「他に誰がいんだよ」

 イケメンホストの出勤前がノータイムで突っ込んで来る。

アカネ 「だって、私の名前は   

??? 「その先は口を慎みたまえ、アカネ君!」

 これまた身振りは劇的にお口にチャック、しかし発言を封じる強い口調で、銀髪が彼女、アカネを制する。アカネもどこか逆らい難い空気に押されて息を飲みつつ口を一文字に結んでしまった。

 そこから、至って日常会話のように銀髪は茶を啜りつつ続ける。

銀髪  「昨日言っただろう、もはやキミは今までのキミではないと。ほら、キミの名前の表記もさっきから変わってる」

アカネ 「あ、ほんとだ!?」

 誰の手回しなのだろう。そして何故分かるのだろう。考えたら負けかも知れない。

銀髪  「って私は銀髪かよ!……まいっか。さて、このギルドに入った者は人外のスキルを得る代わりに自らの存在の証、つまりは戸籍を失うんだ。そりゃあもうありとあらゆるデータベースからキミに関する資料は一切合切デリートされている。今までの携帯電話も使えまい。あ、インストールしてたゲームくらいは出来るよ?故に、これまでのキミは既に社会的には存在しないものになっていると言う訳だ。」

アカネ 「え……?」

 いきなり始まる長台詞に、アカネは再び理解が遅れてフリーズする。

 だがその解凍を待たずして、横の秘書風が台詞を引き継いだ。

秘書風 「そしてこれからのあなたを定義するために、ギルドマスターがスキルと共に新しい名前を与えます。これからあなたがこのギルドで生きて行く時の名前が、今マスターが託宣した通り、アカネです。ああ、我々の自己紹介がまだでしたね。私は風ではなく本当に、マスターの秘書を務めておりますミコトと申します。有するスキルは『完全懲悪(イノセント)』です。よろしくお願い致します」

ホスト 「あ、俺はシグレ。担当スキルは『読心術(サイコメトリー)』。言っとくがホストじゃねえぞ。ま、よろしく~」

 勘の良いそれぞれが自分の紹介を上手く挟むが、アカネの頭には上手く入って来ない。

 それでも残りの一人は、やはり流れに乗って舞い踊って来る。

銀髪  「そしてこの私が、ギルドマスターのシルバ!!」

ミコト 「でも呼び方はマスターで結構ですよ、皆そう呼ぶのですから」

 何か続けたそうな感じのシルバをミコトがぴしゃりと制する。それですごすごとシルバも戻るので、傍から見れば何となく力関係も分かりそうな画なのだが。

ミコト 「他にもこのギルドの構成員は数名おります。ミッションで出払っていたり表の方にいたりしますが、その内に」

アカネ 「ちょっちょっ、ちょっと待ってくださいっ!」

ミコト 「……何でしょう?」

 矢継ぎ早に攻めてくるミコトの話を、さすがにアカネはせき止めた。

 情報の量もそうだが、質がおかしい。しっかりゆっくり噛み砕かないと、最初の一口で内臓が溶け出しかねなさそうなのだった。

 取り敢えず、一番最初に入って来て網に引っ掛かったままのワードから紐解いてみる。

アカネ 「……あの。何ですか、存在しない者って……。」

ミコト 「文字通り。消えた、と言う訳ではない。世界は今のあなたを以前までのあなたと認められない、認めるわけにはいかない。だって違う存在なのだから。死んで、拾われて、人外の存在になったのだから。以前までのあなたをあなたは名乗ることは出来ない、なることは出来ない、そういう事です。」

 極めて冷静に、そして真剣に、嘘のない瞳で意味不明な話をミコトはして来る。

 だがその中身をそのまま理解するのであれば、そして昨日までの現実の延長であるならば、何と理不尽な話なのだろう。

 そして、アカネは今も昔もあまり、人の話を疑わない性格だった。

アカネ 「そんなの……」

ミコト 「これはあなたが望んだ結果の先の事です。押し付けられたという被害者意識や筋違いな逆恨みなどせず、受け入れて飲み込まなければなりません」

アカネ 「……」

 ミコトはどうやら、厳格な社会人のようだった。

ミコト 「私達と同じように」

 そして、冷酷な訳ではないらしい。

アカネ 「   

 何をどう理解して、口に出したらいいのか。やはりまだアカネには難しい。

 すると、違う所から助け船が入る。

シグレ 「ギルドにいるのは、全員不条理に世界に殺された奴だ。それでも生きようとしたがった、生きるべきだと思われた奴がマスターのスキルに救われてここにいる」

 チャラい雰囲気など一切纏わず、シグレはアカネに補足する。だが、何故かその口にはいつの間にかうま〇棒チーズ味が。

 和ませてくれようとしていたなら大失敗だなぁと後でアカネは思ったものだが(この時シグレはミコトに蹴りを入れられていた)、少なくともこの二人の補足は沈み切りかけたアカネをどうにか上に向かせることには成功する。

 勿論不条理に世界に殺されたとか自分と同じとか重た過ぎる説明もあるのだが、アカネの脳的に優先された(処理落ちしないと判断された)ワードがまだあった。

アカネ 「スキル……?」

 聞いたことがあるような無いような。あったからこそ浮上出来たのかもしれないが。

シルバ 「まあゲームの魔法のようなものだと思っておけばいいさ。それを扱うために、我らは人間ではいられない、ヒトであってはいけない、存在する者と思われてはいけない、そういう流れ」

 アカネも人並みに漫画やアニメの知識はあるので「スキル=魔法」の部分は成程と思えたものの、残りはやはり理解し切れない。

アカネ 「何故ですか」

シルバ 「人の世を乱すから」

アカネ 「何のために」

シルバ 「人のために」

アカネ 「……」

 人のために。ヒトであってはいけない。我らは人間ではない?

 何かの比喩なのか、はたまた自分が知らないまた何かなのか。答えなど出ようも無い。だってここにはどう見ても人間しかいないし。

シルバ 「ま、ギルドは陰ながら世の為人の為、誰に褒められるでも無いけれど誰にもハッキリ知られないものだけれど。その痛みを知っている者達で世界の理不尽と戦う組織だよ」

 シルバはサラッと言う。

 深刻な細かい事はさて置き、アカネはまず自分のいる環境の解を求めたかった。

アカネ 「……正義の味方か何かですか?」

シルバ 「正義?そんな御大層なものじゃないよ」

 違うのだろうか。一応そうとしか聞こえない最後だったのだが。

アカネ 「なら、ボランティアか何かですか」

シグレ 「こちらとある筋からきちんと任務に対するご報酬をいただいて生計の大筋が立っている明朗会計な、裏組織でございます」

ミコト 「先月は久々に黒字会計でしたね」

 違ったらしい。しかし、聞き逃せないワードがあった気がする。

 と、シルバから突然三人が立ち上がり。

シルバ 「そうっ、我ら陰ながら!」

ミコト 「黒字会計の!」

シグレ 「裏組織っ!」

 ローテーブルに集って、

シルバ 「あ、これがほんとの」

3人  「ブラック企業!」

 アカネに対して決めポーズ!!

 である。ジャキーン!という効果音と共にポスターにでもありそうな感じに。

アカネ 「今すぐ抜け出したくなる上手いご説明ありがとうございます」

 しかも何だろうこの阿吽の呼吸は。やり切った感満載で3人で談笑始めちゃってるし。 

 ひょっとしなくても、今私はヤバい所にいるのでは……。とアカネが思ってしまうのも仕方の無い話ではあった。

 今ならもしかしたらこっそり抜け出せたりする……?と、立ち上がり部屋の出口らしき方へ一歩足を踏み出してみたが、生まれて初めての女の勘か何かがそれをやめさせた。

 ここで現実に背を向けたら、何もかもが置き去りにされて終わってしまう気がする……。

 そう思ったのである。

アカネ 「……。あの、私にもあるんですか」

 気付けばアカネは、小さくだがハッキリと。自ら問いを発していた。

 あの賑やか3人組に。我ながら勇気があるなぁ~、と顔には出さないでおいたが。

シルバ 「あん?」

アカネ 「その……スキルというものが」

 それにシルバは刹那笑みを浮かべて返答する。

シルバ 「……その問いは、腹を括ったと見なすぞ?ああ、そうだ。キミにも既にギルドマスタースキル、スキルを目覚めさせるスキル『覚醒(リバイブ)』で、キミに相応しいスキルを目覚めさせているよ」

アカネ 「いつ、そんな……」

 起きる前後にそんな事をされた記憶は無い訳で。つまり。

アカネ 「っ、まさか!?」

シルバ 「いやそんな純血を守るように身を隠さんでも。乙女の神聖な寝床に忍び込むような真似はヒュプノスに誓ってしていないぞ?ほら、昨日キミの額をばぁんした……あの時?」

アカネ 「え、あんな一瞬で……?」

 しかし何故疑問形か。

シルバ 「ん、何かな?もしかして荘厳で厳正で粛々とした祝詞を奏でながらの儀式めいた方法の方がお好みだったかな?我が『覚醒』の恵みにより、汝に新たなる生を歩むための力を貸し与えようぞ~、みたいな?」

2人  「「それはあんたの趣味でしょう」」

 やはり阿吽の呼吸でボケツッコミをして来るこの3人。しかもこのマスターさんはどうもノリが中二病臭い。

 そこは何だか、先のミコトの言葉ではないが受け入れて飲み込まなければならないものなのかな~と、アカネなりに頭を巡らせておく事にした。

アカネ 「……それで、私に何を」

 

 ドガラガガッシャーーーーーーン!!

 

全員  「!!??」

 アカネが更に踏み込もうとした瞬間、待ってましたと言わんばかりに壁の向こうから響き渡る激しい物音。ついでに1mg程度混じったハイトーンな悲鳴っぽい物。

 どうも沢山の金物が落ちたか吹っ飛んだかの音で確かに不意打ちだったこともありアカネも驚いてしまったのだが……。

 他の3人の身構え方が半端じゃ無かった。

 音の方に一様にザっと向いたと思ったら、3人が3人何かもう空手世界大会決勝戦開始直前の如く素晴らしい構え(よく見るとミコトは右手が腰の近くで何かを取り出すようにスタンバっている)。しかもそれぞれが居合の達人同士が斬り合う寸前のような形相。

 本当にこのギルドと言う組織、何なのだろう。アカネがそう思った時音源の方からドタバタとこちらへ足音がし出し、やがてその主がビタッと部屋の入り口で静止する。

??? 「マスター!フロアに、漆黒のスピードスターが出現しましたぁっ!!!」

 パッと見印象に残らなさそうな地味な外見の青年が、どこぞの軍隊の報告よろしくシルバに全力で叫んだ。

 アカネはそれが何の事なのか全く理解していなかったが、

シルバ 「何、だとぉっっ!!!!」

 他の3人には戦慄を招く事だったらしい。顔がもう、凄く、ヤバイ。

青年  「現在イノリが単独で防衛ラインの死守に当たっております、秘匿武装使用による増援の許可をっ!」

シルバ 「うむ。エマージェンシー発動!漆黒のスピードスター殲滅戦を開始する!ミコトは封印区域よりエクスカリバーとホワイトドラグーンを解放した後イノリと合流、シグレは『読心術』で彼奴らの本拠地を探索、フタバと共に殲滅に当たれ!私は残る者と防衛に全力を注ぐ、決して一匹たりとも我らのホワイトガーデンに入れさせるな!」

3人  「イエッサー!」

 シルバの早口で暗号らしいもの混じりの命令にアカネ以外は完璧な敬礼で答え、目にも止まらぬ速さで出て行ってしまった。アカネは当然、訳ワカメ。

シルバ 「さあ……、ジ・ハードを告げる鐘が鳴る!」

 挙句、シルバも何だか格好良さげに呟いた上に出て行っちゃうし。ローテーブルを飛び越えて行くなんてお行儀の悪い事をしつつ。

アカネ 「え、えぇ~~…………?」

 いやもうほんとなんなのぽつーんなんですけどぽつーん、おんなのこほうちなんてよくないとおもうんですけどー。

 アカネの思考は、最早地の文すら幼児化させるレベルにこんがらがって迷子である。

??? 「……あれ、間に合わなかったかな?」

アカネ 「ッ!?」

 なのに落ち着かせてくれないここの空気。

 他の人達が出て行った方とは全く違う方から声がしたので振り向けば、実はもう一つあった部屋の出口からこれまた黒スーツ姿の誰かが中を覗いていた。何なんだろう、ここではスーツが制服なのだろうか。

??? 「んー……。ま、大丈夫だよねぇ」

 そう呟いてゆっくり入って来るその人はアカネでもちょっと見蕩れそうになるくらいの、宝塚の男役でもしそうな外見と綺麗な女性の声を持った中性的な雰囲気を持つ人だった。綺麗な茶髪を持ち、背はそこまで高く無いものの上から全身を流して見て行けばそちらも細く綺麗な流線形をしている、女から見ても羨ましく思えると思う女性。

 が、エコバックをぶら下げて部屋の中に入って来たものだから、アカネも再びデコピンを受けたような衝撃である。何なのこのボケツッコミ部屋。

 そしてそんな人がエコバックをテーブルに置き、何をするでもなく女の子座りでくつろぎ始めようとしてしまっているものだから、アカネとしても流石に動かない訳にはいかなかった。

アカネ 「あ、あの~……」

 距離感を測りかね、3mくらい離れた所から聞いてしまう。にも関わらず、

宝塚的 「ああ、おはよ。と言ってももうすぐお昼だけどね」

 その人は何の躊躇いも無くアカネに屈託の無い笑顔で返し、

宝塚的 「ボクはコヨミ(……何だろう、宝塚的って)。使うスキルは『懐中時計(クロノス)』だよ、よろしく」

 わざわざアカネの前まで来た上に膝で支えて前屈みになり、アカネより僅か下から微妙に首を傾けて、しかし一直線に目を覗き込んで自己紹介するのだった。その動きは最早熟練を越えた、生まれつきの習慣のように自然過ぎる流れにアカネからは見えた。

 ちょっと、ドキッとしたけれど。

コヨミ 「……えーっと?」

 ちょっとだけドキッとしたので止まっちゃったアカネに、コヨミが返しを優しく促して来る。何だこれ紳士か。それとも反応が気になるだけか。

アカネ 「あ。アカネ……、だそうです」

 まだちょっと、心の準備が。

アカネ 「……えー、あー……。あの、その袋は?」

 無難そうな所で、ひとまず時間稼ぎを。

コヨミ 「ああ、うん。確か、無くなってた気がしたなぁ~って思って」

 言ってコヨミは置いたエコバックからそれを取り出す。

コヨミ 「ホワイトドラグーン」

アカネ 「え、それが!?」

コヨミ 「税込み734円」

 手に持つのは、床を這ったり空を飛んだりするやつに対して使う、ー60°Cのジェットスプレー。

 そう言えばさっきシルバがまくし立てていた中にそんなワードがチラッとあったような気もしたが、まさかこれなんだろうか。だとして、何故そんな呼び方をするのだろう。

コヨミ 「白い竜のブレスっぽいという由来」

 アカネから見えないように自身の口の横に持って行き、口を開けブシャーっと噴射して見せるコヨミ。怪獣映画のジオラマよろしく床に向けて斜めに白い煙が降り注いで、全面に敷かれている灰色のカーペットがその部分の表面だけ微かに凍って行く。

 確かにそう言われればそう見えなくも無いのかも知れなくも無いかもしれない気がしないでもないのだけれど。冷凍ジェットですからねぇ、氷のブレスって言ってもおかしくは……。そしてお手頃価格なドラグーンである。

アカネ 「じゃあ、エクスカリバーっていうのは……」

 そう気付いて尋ねた瞬間、これまたタイミングよろしく出て行ったミコトが勢い良く戻って来る。

ミコト 「あ、コヨミさん!」

 その手には、磨き抜かれた青いハエ叩き。

コヨミ 「はい、ホワイトドラグーン」

ミコト 「さすが、完璧!」

 ミコトはコヨミからパスされた冷凍ジェットを華麗にキャッチすると、再び部屋から出て行った。

アカネ 「あれかぁ~……」

 気付いちゃって少し複雑な気分になる。確かエクスカリバーと言うのは結構な来歴のある聖剣の名前だったと、アカネですら知っているのだけれど。

コヨミ 「あれエクスカリバーよりもゴッドハンドって感じだよねぇ」

アカネ 「いや、そういう問題じゃ……」

 ひょっとしてこの人も少しずれていたりするのだろうか。それとも、

コヨミ 「ちなみに、ホワイトガーデンは厨房ね。ギルドは表でカフェやってるから、そりゃ皆ゴk……漆黒のスピードスター討伐に必死にもなるよね」

アカネ 「今ゴkって言いましたよねやっぱり」

 ワザとな上に人により使い慣れていないかも説浮上。それでもやろうとするのは一体どういう理屈と言うかルールがここにはあるのだろうか。そしてそんな所に拾われた自分も、

??? 「ふみぃ~」

 しつこく壁の向こうから思考を妨害して来るここの人達。しかも今までとは逆に、全身がふにゃりとしそうな声の不意打ち。

コヨミ 「何ですかイノリさん、気の抜ける声出して」

 それでもちゃんと立ったまま、声の主の方を見て言うコヨミ。

 見れば少しだけ見覚えのありそうな女性が、ちょっと眉を顰めた笑顔をしつつギュッと左手を握り入って来ていた。

イノリ 「エリクサーどこぉ?」

コヨミ 「ああ、それなら2階の三日月の間に……。ちょっと取って来ますね」

 またしても謎の存在を言い残して、コヨミはイノリさんの入って来た方から出て行ってしまった。どうやらコヨミが最初に入って来た方が表への出口で、後は建物内部の他の部屋への出口らしいとここでアカネも把握する。

 そして、残され続けるアカネと改めて目が合い、それまでの微妙な表情を一切合切吹っ飛ばしたニッコリパーフェクト笑顔で挨拶して来たのは、気絶前にあの部屋で出会ったあのメイドさんだった。

アカネ 「……確か、最初に」

イノリ 「ギルドの受付とカフェフロア担当、イノリ。スキル名は『癒しの面(ハピネス)』。で、先にこっちに来てたっぽいのはフタバ君、『両天秤(ゼロスタンス)』っていうスキル持ち。共々よろしくね」

 可愛らしくぺこりと自己紹介するイノリ。フタバ君とは、一瞬来ていたあの地味な人の事だろうか。もう顔も出て来ないような地味さだったが、その事だけは覚えておいてもいいかもしれない。

アカネ 「アカネ……です」

 今度は少し、近付いてみる。

イノリ 「うん、アカネちゃん。5年間受付してて初めてだよ、依頼者がそのままギルドのメンバー入りしちゃうの。よっぽど気になったんだね~、マスターは」

アカネ 「そう、なんです?」

 イノリから笑顔のまま向けられる視線が、何となく鋭い。

イノリ 「6の日6の時6の刻、つまり毎月6日の6時6分。この1分間の間にだけ開かれるどことも知れない路地裏の扉にロクな情報も無く辿り着けて、尚且つ私達のスキルを駆使してでも叶えたい強烈な願いを持ちつつ、それが解決した後マスターが引き抜くだけの理由がある人なんてどれだけいると思う?」

 それは確かに少ないかもしれない。アカネ自身もあそこにいたのは偶然ではあるのだし。

 と言うより今更だが、どうやって依頼者の願いを本来は叶えるのだろう。そういうスキルがあるのだろうか。

イノリ 「ギルドの事は嘘曖昧織り交ぜた都市伝説みたいな扱いにしてネットのごく一部に載せてるだけだから毎月人が来るわけでもないし、来れたとしてもその後の身の安全のためにここの事は口止めされるから絶対数そのものがまだ統計を取るには少ないんだけどね?少なくとも、私は知らないかな。マスター的に言えば、この邂逅は神の授けた奇跡~、って感じ」

アカネ 「あ……はあ」

 そんな都市伝説聞いた事も無かったし、あっても情報が少な過ぎて検証する人もいなさそうな感じが凄い話だと思う。情報規制していれば尚更じゃないだろうか。

 そしてやはり、中二病なのはあの人の性癖か何かだったらしい。全員染まっていなくて何より。

イノリ 「……アカネちゃん。アカネちゃんかぁ。ふぅん……」

 イノリの目の色が更に深みを増し、見定めるようにアカネの姿を映す。

 何なのだろう、この女性は。確かこういう満開笑顔のメイドさんって、世の男性は元より女性もちょっとは萌えとやらを感じる生き物では無かっただろうか。アカネからしたら今はただただその笑顔に、視線に、くすぐったさと言うか寒気を感じるレベルなのだけれど。下手したらこのままどうにかなっちゃったりしてしまうのではないかという気すら、薄っすらと……。

コヨミ 「イノリさん、アカネちゃんは食べられませんよ」

 代弁者が来てくれた。ああ良かった。

イノリ 「ちょ、勝手に変なキャラにしないでよねっ?」

 部屋の入り口で立っていたコヨミにイノリが再び可愛らしいキャラに戻ってぷんすかしに行く。

コヨミ 「はい、エリクサーです」

イノリ 「おぉ、さんきゅー」

 イノリが受け取ったのは小さな市販の塗り薬。それをソファに座ってマニキュアでも塗るが如くちょんちょんと左手の平に付けている。

 アカネはそれが某かゆみ止めだと分かった所で、もう突っ込まなかった。変な物でも握り潰してかぶれでもしたんだろう、きっと。

アカネ 「……あの、私のスキルって何なんでしょうか?」

2人  「え?」

アカネ 「今の騒ぎで聞きそびれてて」

 聞きそびれた理由はそれだけではないにせよ、そろそろそれも気にはなっていた所なのだ。

 そもそも、スキルなんて物を一体どうやって使えばいいのだろう。

コヨミ 「何かウズウズと言うかムズムズと言うか、そんな感覚はしない?」

 コヨミがアカネに着席を促しつつ、自身もローテーブル周りに座って尋ねる。

 アカネも従いつつ全身の感覚を自分なりに確認してみるが、

アカネ 「……し、ま、せん、ね?」

イノリ 「じゃあパッシブ系だね~」

 背後からイノリが話題に入って来る。そして出てくる新ワード。

アカネ 「パッ、シ、ブ?」

コヨミ 「常時発動系スキルの事だね、イノリさんもそのタイプ。空気みたいなものだから使ってる感が無いんだよ」

 本来は「passive=受け身の」とかの意味だったとアカネは思ったのだが、意訳してそういう使い方らしい。使っている感覚が無いという事は、自分もイノリも現在発動中という事になるのだろうが。

コヨミ 「逆にボクは意識して使うユーズ系、覚えたての頃はちょっとこそばゆかったんだよね」

 そちらはそのまんま使うらしい。しかしこそばゆいとは、ちょっとコヨミも古臭い表現を使うものである。

アカネ 「どんな感じなんです?」

コヨミ 「常に背筋を指でなぞられてるみたいな?」

アカネ 「それもう呪いじゃないですか」

イノリ 「まーまーまぁ」

 想像すると地獄でしかない気がする。本当にそうでコヨミがそれを克服したとしたら、慣れって恐ろしいものだ。

 どんなにイノリが笑顔でフォローしてくれても、不安は拭えそうになさそうである。

イノリ 「変なスキルが付いたりはきっとしないからそんな不安がらなくていいよ。ね?」

 アカネが微妙な表情を崩さないからか、イノリが後ろから優しくアカネの両肩に手を置いて強引に直接フォローしようと試みた。

 と、その瞬間。

 ギィィィンッ!!!

イノリ 「ッ!!!???」

二人  「?」

 突如イノリの両手が弾かれるようにアカネの手から真上に伸びた。いや、実際に弾かれたのだろう勢いにしか傍から見ていたコヨミには思えなかった。

 何せ、弾かれたっぽい両手の様子を見ていたイノリの顔が、驚愕と困惑で溢れていたからである(でもやっぱり笑顔は笑顔)。

コヨミ 「どうしました?」

 何となく鋭い音がしたのは分かったが背中で起きていた事までは分からないアカネは、そこで振り返ってイノリが何故か万歳したまま硬直していたのを見て首を傾げざるを得ない。

イノリ 「……。静電気、かな?時季外れだね」

 サッと両手を後ろに回しアハハと笑って答えるイノリだが、口の端がちょっと歪んでいた。

 受けた衝撃に、見えた現象に、把握出来ない現状に。それぞれの理由と思考で3すくみな状況に陥り、しかしダイレクトに聞くのは心境的に躊躇われた結果、誰も次の言葉を出せない奇妙な空気がこの空間を支配し始めてしまう。狭い道で向かい側から来る人と擦れ違おうと横にずれたら向こうも同じ方に来ておっと、が続いちゃうみたいな事を全く動かず口だけで、しかも3人で繰り返しまくる状況というこの奇跡の拷問状態。

 その場の誰もが天に助けを求めるそんな沈黙の中、救済か混沌か不明な足音がまた一つ、アカネ達の元へと近付いて来ていた。

 

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