『棄てられし者の幻想庭園』第1章・後編

??? 「おはようございます~」

 ここに来てからアカネが聞いたどれよりもほんわりした声色を発しつつやって来たその人を、この空間にいた3人は微動だにせず、しかし諸手を挙げたつもりで迎え入れる。

 そうして気軽に、知らず混沌空間に足を踏み入れてしまったその来訪者は、またしても黒スーツな小柄女子。しかしながら今までの女性陣のようにばっちり外見がキマッているのではなく、どちらかと言えば服に着られている感が強く肩までの黒髪もぶわっとしていて、言わばお洒落という概念をまだ知らないような純朴っぽい女の子だった。

 それが、何故か結構な大きさの段ボール箱を抱えてのほほんと入って来たのだから、状況的にはプラスなのかマイナスなのか3人は判断に困ってしまう。

??? 「何だか不思議な空気ですねぇ~」

アカネ 「(物怖じゼロ!?)」

 パッと見誰でも微妙な空気になっているこの空間を何か不思議で済ませて躊躇せず踏み込んで来たのは、果たして組織と本人どちらが原因なのだろうか。どちらであってもアカネとしては思う所はあるが。

コヨミ 「あー、メグミさん?何ですか、その箱?」

 コヨミが何故かこっそり冷や汗をかきつつ勇気を持って選択する。他の二人はこれで、行く末を見守るしかなくなった。

 その期待と不安を一身に背負っている事に多分気付いていないメグミは、何の気無しによいしょとローテーブルにその箱を置いた。

メグミ 「あー、これはですねー」

 その説明が始まろうとした時、奥の方から賑やかな足音が舞い戻って来た。

シルバ 「我ら、死地より舞い戻ったりッ!」

シグレ 「あんた何にもしてなかったじゃんよ……」

ミコト 「マスター、ソファに飛び乗ると生地が痛むのでとっとと降りて下さいね」

 何だろう、この妙なノリとテンポの心地良さは……。とアカネはそれを見て思ったのだが、それが昭和という時代のズッコケ3人組という前例から脈々と続くものとは知る由も無い。

メグミ 「マスター、おはようですー」

 そしてそこに変わらぬテンポと伸びる語尾で斬り込んで行くメグミは、やはりこういう人なんだとアカネは知った。やや安心。

シルバ 「うむ。何だその箱は?」

メグミ 「お店宛ての荷物~。何だか賑やかで誰もピンポン気付かなかったっぽいので、あたしが受け取りました~。」

 へらりと報告するメグミだが、仮に表のお店宛の物なら表に持って行けば良いんじゃない?とアカネはそっと思う。

シルバ 「おおそうか、それはすまなかっ   

 アカネとメグミ以外の全員が、そこで何かに気付いたようにバッと箱を凝視する。しない二人は頭の上で?が踊っている。

ミコト 「……誰が、受け取ったと?」

メグミ 「あたしが受け取りました~」

シグレ 「……持ってきたのも?」

メグミ 「あたしが~」

イノリ 「……最後に『最期の一葉(ラストリーフ)』を使ったのは?」

コヨミ 「確か……昨日?」

メグミ 「あ」

 ここでメグミも何かを悟ったようで、場を沈黙が支配する。

アカネ 「……開けないんですか?」

全員  「わーーーーーーーっ!」

 焦れて箱に手を伸ばそうとするアカネを全員が止めつつ、しかし全員が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。

 訳が分からず困惑するアカネを置いて、話は進行して行く。

ミコト 「……フタバを呼びましょうか?」

シグレ 「『両天秤』だと、ただヤバいのが確定するだけでは?」

コヨミ 「最悪、ミコ姐さんに原状復帰を」

ミコト 「『完全懲悪』をこんな所で使わせない!」

 ならどんなところで使うのだろう、『完全懲悪』。

シルバ 「……アカネ。ちょっとこれ上の白金の間で開けて来てくんない?」

 ソファの影で頭隠して尻隠さず、シルバから指令が飛んで来る。

アカネ 「……色々、どうしてですか?」

シルバ 「これはキミのスキルを発揮するのに必要な事案であるのだよ。うん、そうそう」

アカネ 「……嘘くさい」

シルバ 「何を言う、ミコトの『完全懲悪』で私の体は体臭一つ無い清潔さんだぞ?」

シグレ 「そんな所には使わせてるんだ」

ミコト 「黙りなさい」

 きっとそんな使い方はしないのだろう、『完全懲悪』。

アカネ 「……はあ、分かりましたよ。所有物はマスターに逆らいませーん」

 置いてけぼりな事への不服感を乗せて、アカネは箱を持ちあげる。

 持ってみると結構ずっしり重い。よくメグミはこれを何でもないように持っていたものだと思うくらいに。

シルバ 「これ、人を悪者みたいに」

 偉そうに言うが、ソファの背から目線までしか出ていない。

 何だかそれで少しだけ嗜虐心が沸き、ちょっと箱を重量の慣性に乗せて横にぶん回して見ると、予想通り部屋にいる全員が更に戦慄して壁にへばりつく。

 今までの余裕綽々な彼らの態度がこうまで一変する事にちょっと満足感を覚えたところでアカネは言われた通り2階に行こうと、出た所から左右に分かれている廊下のひとまず右を選んで部屋を出た。特にツッコまれなかったのできっと合っていると思って。

 そうして行く先の場所も知らず出た廊下は意外な程暗く、狭く感じられた。それと言うのも木目な床や壁紙な事に加えて照明器具や窓が通常の家々に比べて圧倒的に少なく、それぞれ突き当たりに小さな電球がぶら下がっている程度しか無いようなのだ。窓に至ってはガチで見当たらない。

 今いたリビング的な所は結構普通に明るかったというのに何なのだろうか。

 とにかくと道なりに廊下を進めばT字の曲がり角で階段はあっさり見つかったが、その逆の廊下の角から煌々と明るい光と空気が漂って来ているのも見えた。きっとあっちがカフェスペースなのだろうと感じつつも何となくそちらへ寄り道する事が躊躇われてしまい、アカネはこれまた暗い階段を頑張って昇りにかかった。足元が箱で見えないので壁を背に横向きに昇らないと危険なのがこれまた面倒に感じつつ。

 そうして一般的な物よりも少し急に感じられた一度曲がりの13段を昇り切ると、ようやく小窓が点在するもののやはり薄暗いフロアに出た。陽の光の偉大さを妙な事で感じながら、アカネは一軒家から木造の民宿か寮のような造りに変わった廊下を歩いて行く。

 しかしパッと見同じ造りの部屋がズラリとしているせいで指定された部屋は何処なのかと初め不安だったのだが、よくよく見ると全ての部屋の扉には「三日月の間」「流水の間」などの部屋名が記載されたプレートが付けられていた。

アカネ 「(……何か意味があるのかな)」

 あのノリからして無さそうなのだが、もしかしたらここは元旅館だったのかもしれないし。

 外から見ても6畳間っぽいのに大仰な名前の部屋を一つ一つ確認しながら進んで行くと、昇って来た階段とは反対側、3階への階段の目の前でようやく「白金の間」は見付かった。特別な意味が無ければきっとちょっとした新人イビリかと思えてならない。

アカネ 「(……、新人)」

 いつの間にか、自分がここの組織の仲間入りを果たしたような気分になっていたことに気付く。

アカネ 「(私なんかが……、ここにいて、いいのかな)」

 下でのやり取りが、自分でも少し面白かった部分があったことは否定出来ない。きっとあの人達もそういった技術に長けている部分もあるのだろう。かと言って……。

 そんな思考の坩堝に片足を踏み込んでいたら、無意識にアカネは白金の間の扉を開けていた。何はどうあれ、今はこの抱えている箱である。

 白金の間は、予想していた通りそれほど広くは無い、しかし予想外の倉庫部屋だった。いかにも重くて頑丈そうな箱だったり石の置物だったりと、アカネにはよく分からない何やらゴツゴツした物ばかりが所狭しと鉄製の棚に並べられている。

 埃が被っていない所を見るに別段使われていない部屋ではないようだが、本当に何故ここなのかの回答を得るためにも、アカネは部屋の真ん中にいい加減疲れ始めた腕から謎の箱を降ろした。箸より重い物を持った事は幾らでもあったが、それでも女子が持ち続ける重量ではないと思うし。

アカネ 「あ、ガムテープ……」

 ここまで来て蓋を見下ろして呆然となる。紙テープであれば適当に爪の先で切れる事は知っていたが、布テープは流石に爪が痛む。ここの棚にある何かを使えるかもしれないが勝手に触るのもどうかと思うし、かと言ってすごすご戻るのも何となく。

アカネ 「(……あ)」

 思い当たって懐に手を当てる。人間困っていたり急いでいる時は物事を深く考えないもので、アカネもこの瞬間は何一つ疑問を持たないままその手段を実行してしまった。

 素直にさっくりと封を切り、よいしょと蓋を開けて中を見る。実の所運んでいた時のとある感触で中身の想像は微妙についていたのだが、改めてその現物を見てみると。

アカネ 「え   

 

 

 一方、アカネの去ったリビングで。

シグレ 「そもそも、あれの中身は何だったんだ?」

メグミ 「何か、カチカチ言ってた気がする~」

シグレ 「少しオチが読めた」

ミコト 「そのオチとやらに、彼女のスキルは対応出来るんですか?」

シルバ 「うーん、この説明書が本当に本当ならね」

 ポケットから、生まれたての古びた羊皮紙を取り出してひらひらさせる。

ミコト 「無駄に引っ張りますね。アニメじゃないんですからそんな劇的に披露しなくとも素直にそれを公開したらいいじゃないですか」

シルバ 「いつも言ってるだろう。私達のスキルなんて地味過ぎて劇的なイベントでもない限り覚えてもらえないし楽しくないじゃないか」

 それは、ここで生きて行くために定めた理念。

シルバ 「……そういう意味じゃ、メグミが来てから賑やかさに事欠かないな」

メグミ 「褒められた~」

コヨミ 「違うと思うよ?」

シグレ 「相変わらずの落差だな、『最期の一葉』」

ミコト 「メグミは明日まで外界接触禁止にします」

メグミ 「あう~」

 いつも通りな流れを、パンッと手を鳴らしてシルバが視線を呼ぶ。

シルバ 「はい、それでは皆様そろそろカウントダウンをご唱和下さい!5、4、さ   

 瞬間、階上からズドォォンと鈍い音と振動が世界を揺らした。

全員  「ボムッた……」

 一様に上を見て反応するものの、しかし今回はどこか納得の表情。

シグレ 「流石渡したての破壊力」

ミコト 「……これは本当に原状復帰が要りますかね」

 ついた溜息は、きっと現実味満載な意味なんだろうなぁとその場の誰もが思った。

コヨミ 「流石姐さん、血肉を見ても揺るがないその精神ぱないっす」

シルバ 「んー、そこまでの必要性は無いんじゃないかなぁ?」

 だらりとソファで取り出した紙を眺めながら言うシルバ。

ミコト 「あの部屋でこの振動ですよ?少なくとも破損率は全品の4割くらいだと思いますが」

シグレ 「やっぱそっちか」

 それが非情によるものではない事は全員が知っている。

メグミ 「きっとあの子、起きたらビックリだろうね~」

シルバ 「さてはて、驚くのは誰だろうねぇ」

シグレ 「は?」

 言ってシルバは、部屋の出口を指差す。

 全員がそれに釣られて視線を向けると、そこへ非常~~~~~~~~にゆっくりとした足取りで、焼き切れた段ボールの切れ端を持ったアカネがお茶くみ人形の如くカタカタとフレームインして来ていた。

 出て行った時と、何一つ変わらない姿で。

シルバ 「どうした、ハトが豆鉄砲喰らったような顔して?」

 他のメンバー達も一瞬豆鉄砲を食べたようだが、そこは即座に対処・復帰を果たしていた。

アカネ 「……爆発しました、目の前で。ハト時計が」

シルバ 「うわちくしょうめ!」

ミコト 「ネタ潰しご愁傷様です」

シグレ 「でも誰が頼んだんだそんなもん」

 今時どれだけハト時計が不意にやって来る事があるだろうか。これはディベートの議題としては盛り上がるかもしれない、虚を突き責任を無理矢理押し付けられる贈り物とは何か、で。

アカネ 「爆発、したんですよ!?」

シルバ 「……あぁ。みたいだねぇ?」

 危うく盛り上がりが別方向に行きそうだった。一同ちょっと反省。

アカネ 「…………じゃあ。何で、私は生きてるんですか」

 何だろう、この温度差は。どう考えたっておかしなことの筈なのに。

 アカネが自分自身と世界の仕組みそのものを疑い始めている事はその場の誰もが分かっていた。だが故に、続く言葉の空気はどこか軽い。

シルバ 「それがキミの、『幻想庭園』新メンバー・アカネの、キミを構成する遺伝子から生まれたスキルだという事だよ」

 シルバはそれまで見ていたメモを大仰掲げてみせる。

シルバ 「キミのスキルは『精霊の盾(イージス)』。少し疲れ易くなる代わりにあらゆる外的悪影響、物理的外傷やウイルス性疾患、果てはスキルによる影響まで防ぎ切る。一言で言えば、殺されなくなるスキルだそうだ」

4人  「おおーっ!」

アカネ 「殺されない……」

 アカネが小さく一部分だけを反芻している事には構わず、他の人間達はレアガチャを引いたかのような盛り上がりを始める。

シグレ 「それってほぼ無敵じゃんか」

コヨミ 「夢のようなスキルだね」

ミコト 「私としてもギルドとしても助かります」

メグミ 「凄いね~、羨ましい」

アカネ 「羨ましい……!?」

 全身全霊で絶望してからの理解不能という顔のアカネに、メグミはそれこそ理解不能という風に大層良い事のような笑顔で、

メグミ 「だって、あたしのスキルじゃそんな人のためになりそうな事出来ませんし~」

アカネ 「人の、ため……」

 やはり腑に落ちない、と言うよりも概念が合わないと言った風に黙り込むアカネ。

 沸き上がっていた面々も、こればっかりは本当にアカネが分からず顔を見合わせてしまう。

シルバ 「……まあ、そのスキルでやる事は主に無敵の壁だけどね」

 それをどういうつもりで言ったのかは分からない所だが、

シグレ 「壁かよ」

コヨミ 「壁だね」

メグミ 「壁かぁ」

ミコト 「幼気な女の子を壁として皆の矢面に立たせる……」

4人  「この鬼畜が!」

シルバ 「うわぉ絆半端無い!?」

 ノリの再来をこの場に呼び込んだのは、マスターとしての役割か何かなのか。

 何にせよ、妙なテンションはこの総ツッコミを皮切りに綺麗さっぱり終わってしまっていた。

アカネ 「本当何なんですか、あなた達は……」

 シリアスを許さないという風にまた穏やかに笑い始めたこの空気を眼前にするアカネとしても、どこか圧迫されていた胸が緩んだような心地にされてしまっていた。言葉にしたことで、より一層モヤモヤがここの空気に溶けだしてしまったみたいな……。

コヨミ 「ハッ!?」

 とか思えちゃっていたのに、突如全ての空気をブレイクしてコヨミが天を見て硬直した。しかもキャラから何の脈絡の無い、名状しがたい珍妙なポーズを何故か取った上で。

アカネ 「今度は何ですかっ!?」

4人  「シッ!」

アカネ 「っ、?」

 ノリの延長かと反応してしまったアカネに対し、他の全員がとんでもなくシリアスな眼差しをして無声音とポーズで黙るよう訴えて来た。

 唐突過ぎる方針変更に、アカネは内心泣きそうだったり。

シルバ 「コヨミのスキル『懐中時計』、ランダムに未来視が出来るスキルだ。そして、その内容が深刻であればある程、硬直の具合が激しくて面白い」

アカネ 「面白……」

 少なくとも今のコヨミの体勢はアカネの笑いの琴線には触れないのだが。そもそも面白いの意味が違ったりするのだろうか、この流れではそれも無くは無い話だと思う。いやそんな事より、

アカネ 「深刻って?」

シルバ 「例えば……、誰かが死んだりとか」

アカネ 「え……」

 アカネの発想からは予想外の、この空気の意味が垣間見えた瞬間、コヨミの硬直が溶け全身が脱力しかける。が、本人は膝を支点にギリギリ踏み止まった。

コヨミ 「……」

 コヨミの瞳は、どこか虚の色を映している。

シルバ 「どうだ」

コヨミ 「……1時間後くらい、ですか。都内のどこか、ホールのような所。展開は、女性を拉致監禁の後……殺害」

 そこまでを途切れつつも伝えきった所で、コヨミは限界を超えたのかその場でグラりと倒れかけた。間近にいたメグミがすかさずそれを支えに入る。

シルバ 「ふむ、1時間か。ならば猶予はあまり無いな。傾聴!」

 シルバの顔も、いつの間にか肩書きとして聞いたそれになっていた。部屋とメンバーの空気がその一言で一気に張りつめて行く。

 アカネも、さすがに今は口を挟むべきではないと悟っていた。

シルバ 「ミコトは通常通り私の補佐に回れ。コヨミは残って各所との連絡と情報収集、シグレは同行してカードの確保、メグミは今回待機だ、ギルドの防衛を担当しろ。イレギュラーはレベル4以上を報告義務とする!」

4人  「了解!」

 まるで本当に秘密組織に来たみたいだな~、などとアカネはこの時面喰らいつつも思っていた。

シルバ 「アカネ、キミも同行しろ」

アカネ 「え、えぇ!?」

 そんな所に急にその勢いで来られたら、そりゃあ驚きである。

シルバ 「我々の事をその肌で、その目で、その脳で感じられる良い機会だ。スキルの使い方も学ぶといい」

アカネ 「……」

シルバ 「返事」

アカネ 「……りょうかい」

 そうするしかないじゃない、これ。

シルバ 「よろしい。それでは!A級オペレーション、あー……『フェアリーテイル』開   

メグミ 「マスターマスター!」

シルバ 「っ、……何じゃい!?」

 傍から見ても流れのまま結構キメキメで号令を出そうとしていたのに。シルバも見事に出鼻を挫かれていた。 

メグミ 「それ使ってますね~」

シルバ 「……あ、マジで?」

メグミ 「7回くらい前に~」

アカネ 「???」

 何の事やら、アカネにはさっぱり。

シルバ 「んーじゃあ、オペレーション『エンジェルティア』   

ミコト 「14回前に使用済みです」

 どうもこれからやる事に題目を付けるらしい。が、全くどういう訳かそりゃあ見当もつかないけれど、引き出しに偏りがあるのかダブっているようで。

 しかし、それぞれよく覚えているものだ。

シルバ 「『アルティマニア』   

コヨミ 「使用済みです」

シルバ 「……『鯖の味噌煮』」

シグレ 「使用済み」

シルバ 「噓でしょぉ!?」

 本当になぁ……。という顔を誰もが例外なくしていた。

 そしてシルバは悩み抜いた末、

シルバ 「…………じゃあアカネ、キミが決めろ」

アカネ 「は?」

シルバ 「ここの空気に慣れる第一歩だよ、オペレーション名、カッコイイのを一つ頼むわ」

 それっぽく理由を付けて丸投げである。しかもジャンルが多少限定。

 更に全員が揃いも揃ってアカネに頭を下げて懇願して来るものだから逃げ場が。確か死人がどうこう言っていたのではなかったか。

アカネ 「あの、そんなことしてる場合じゃ   

ミコト 「名前は重要なのですよ。ギルドにとって、ふざけているようで重要度の高い作業なのです」

アカネ 「(えーーーーーー)」

 まさかのミコトから真顔でこの作業肯定返しである。

コヨミ 「本当、ふざけているようで無いと困るからね。ボク達の士気にも関わる」

 確かにチームでの作業的には呼称の有無で違いはあるかもしれないが。

メグミ 「ふざけているようでこれが日常ですからね~」

 余所様の日常なら一概に否定するのもどうかとは思うのだが。

シグレ 「ふざけているようで   

シルバ 「ふざけているのは今のお前達だ!」

 やっぱり途中からはふざけていたらしい。

 ならどこまで真面目に聞いておけば良かったのだろう。ミコトまでだろうか。

シルバ 「……で、思い付いたか?」

アカネ 「(うやむやにはならなかった!)」

 そこはマジだったらしい。全員の期待の眼差しがアカネに注がれる。

 オペレーションというものがどういうものか分からないが、内容も知らされず付けろとは普通に考えて無茶な話だとは思う。しかし一任されたのだからシルバの嗜好に沿わなくても良いのだろうけれど、未来永劫覚えていられて尚且つたまにああして呼ばれる事もあるのかと思うと迂闊な名前は付けられない気もする。しかもどうせいい加減に付けても納得するものが出てくるまでリテイクされそうだし。

 けど自分にその重要(らしい)事項の名付けを任せるという事は、少なくとも本当にさっきシルバが言った通り自分の事をここに招き入れるつもりという事で。ならば自分も少なくともこの人達に、そして自分の事に向き合うべきなのではないか。そう、意識を変えなければならないのではないか。

 思えば、自分からはあれこれ聞きまくったけれど、ここの人達からは自分について根掘り葉掘り聞かれたりするどころか……。

 非現実的な話から現実へ、今までからこれからへ。成り行きでも何でも、少し先に仄暗い不安が待ち構えていても、どうにかなるかもしれないなってしまうかもしれない、そんな分岐点として。

アカネ 「…………。じゃあ、オペレーション『ターニング』」

 意外と出て来ちゃったそれっぽい英単語に、

シルバ 「なかなか意味深だねぇ、よかろう」

 ここのマスターは良い感じに受け取っちゃったらしい。

 と言う訳で、一発採用である。仲間入りを果たしちゃったかもしれない瞬間、決定。

シルバ 「それではこれより、オペレーション『ターニング』を開始する!行動に入れっ!!」 

全員  「イエッサー!」 

 こうして威勢の良い号令とそれを大いに超えるメンバー全員の返答に揉まれ、アカネは結局自分では何一つ詳しい事は分かっていないまま初のオペレーションとやらに参加するため、慌しくミコトにくっついてリビングを後にする事となってしまうのであった。

 

 

 そうして、ギルド内でオペレーション『ターニング』に向けてバタついている最中。

 それらの騒ぎが一切届かない落ち着ける場所でシルバは一人、メタリックな専用電話をコールさせていた。無数の深い傷が入ろうとも、その機能に衰えは無い。

 そして4コール程で出たその相手は、いつもと変わらない低く沈着な声をシルバに向けて来る。

??? 「よう、どうした銀色の。遂に結婚の報告か?ならウチの党総出で処理に困る微妙な贈り物を差出人不明で山のように送ってやるぞ?」

 低く、沈着に……。いつもと変わらず。

銀色の 「人の事を絵の具でもなかなか使われない色で呼ぶな、字幕変わっちゃうから」

??? 「字幕?」

銀色の 「← あぁーほら!……、ま、こっちの話だよ。それに贈り物はどうせならこの時期に湿気らない食べ物に限定してくれ。……コードFAだ」

??? 「そうか。正直言えば、今朝から何だか分からない報告が俺のところに上がって来ていて滅入っていた所だ。ギルドの方がよほど気分が良いよ。で、何処にどうすればいい?」

銀色の 「……天命教本部に、第三種警戒態勢で」

??? 「天命教?」

銀色の 「どうも新興宗教紛いなものらしいな。詳しくは後でコヨミからの資料を読んでくれ、場所は都内らしい」

??? 「承知した。警戒は第三種程度で良いんだな?」

銀色の 「恐らくはね。いつも通りオイシイ所だけを持って行ってくれればいいさ。現場は私達の、……俺の仕事だ」

??? 「……まあ、神輿の俺が言うのも何だが。あまり無茶はするなよ、これでも毎度心配しているんだからな」

 そこで向こうから通話は切れてしまう。

 相手の顔が今どんな具合か何となく分かってしまって小さく笑いつつ、

銀色の 「……そんなこと、ずっと前から知っているよ」

 自らも出撃の為、仲間達の元へと足を進めるのだった。

 

 

 

銀色の 「…………。いつ直るかなぁ、名前」

 

0コメント

  • 1000 / 1000